雄花穂の蕾(つぼみ)です。
落葉樹ですけれど、冬から早春の、葉の芽吹く前に、穂状の花が咲きます。
今頃、蕾が出来ているの。
雌花序のほうは、冬から早春に咲いた後、
10月に、2センチぐらいの、松ぼっくりみたいな、
毬果(きゅうか)が熟します。
探したけれど、上のほうだったので、撮影できませんでした。
風があったから、手で枝先を押さえていないと、撮れません。
高いところは、手が届かなかった。
ハンノキって、根っこに、放線菌の類の、細菌が共生していて、
空気中の窒素から、アンモニアを作ります。
根粒菌ね。
ニトロゲナーゼっていう酵素を分泌して、触媒とします。
ニトロって、窒素の意味。
だから、痩せた土地でも、よく育ちます。
窒素は、植物の成長に、必要ですけれど、
植物って、空気中の窒素ガスを、利用できません。
アンモニアの化合物に、窒素が含まれていますから、
それを、水に溶かして、根っこから吸収します。
だから、農地に、硫安や硝安などを、窒素肥料として、撒くと、
作物が、よく育ちます。
安って、アンモニア。
崖崩れなんかで、丸裸になった土地に、
土の流出を防ぐために、植樹する時は、
ニセアカシアのような、マメ科の木や、
ヤシャブシや、ハンノキのような、
カバノキ科ハンノキ属の木を、よく使います。
根粒菌が共生するので、肥料っけのない土地でも、よく育つの。
田んぼに、レンゲソウの種を蒔くのと、同じね。
マメ科の草花だから、空気中の窒素を固定してくれます。
田んぼに鋤き込むと、肥やしになるの。
ハンノキ属でしたら、西日本は、ヤシャブシ、
北日本は、ハンノキを使います。
ハンノキは、寒さに強いだけでなく、水にも強いので、
堤防や、田んぼのはたに、よく育っています。
写真のハンノキも、池のはたでした。
ハンノキの枝に、長い竹や木を渡して、
収穫した稲を干すための、はざ掛けに利用します。
ハンノキって、ハリの木の音便で、ハリは榛と書きます。
奈良県や静岡県に、榛原(はいばら)って地名がありますけれど、
ハンノキの茂る湿地だったのかしら。
北アルプスの針ノ木岳は、夏でも雪の残る山ですけれど、
針ノ木峠に因(ちな)んで、山の名前がついたそうです。
針ノ木雪渓を登り詰めた所が、針ノ木峠ですけれど、
黒部湖のほうに下りる谷が、針ノ木谷で、
ハンノキが、生い茂っていたと、
明治時代の、ウォルター・ウェストンという宣教師が、
書き残しています。
上高地のウェストン祭の人です。
佐々成政という戦国時代の武将が、1584年の冬に、
富山側の西から、立山連峰のザラ峠を越えて、
東側の黒部川に下り、
後ろ立山連峰を、西側の針ノ木谷から、登り返して、
稜線を歩き、北葛岳から、東側の鳩峰、高瀬川へと下りて、
信州に出たそうです。
彼は、織田信長さんから、
富山城を、任せられていましたけれど、
信長さんが殺された後、豊臣秀吉さんと仲が悪く、
小牧・長久手の戦いで、
徳川家康さんが、秀吉さんに勝っていたのに、
和議になりましたので、
最後まで戦って、秀吉をやっつけてしまえと、
家康さんを、煽(あお)るために、
富山から、真冬の北アルプスを越えて、浜松に行きました。
さらさら越えって、言いますけれど、
夏でしたら、北アルプスを越える峠道は、
戦国時代から、幾つもありました。
でも、雪が降ると、当時は、
登山靴やアイゼンなどというのが、ありませんでしたから、
MtFのGIDの人に、自分の顔を、タオルで擦って、
一生、治らない擦り傷に、してしまった人がいます。
エストロゲン剤のせいで、皮膚が薄くなり、
冬には、乾燥がひどくなっていました。
GIDの発症前には、石鹸をつけて、タオルで顔を擦っても、
男の皮膚でしたから、何ともありません、
発症後には、全部、肉を削ぐような、擦り傷になってしまいました。
SRS(性転換手術)の、予後の思わしくない時期でした。
御本人は、知能も学力も高いのに、そのことに気づきません。
美容外科医も、形成外科医も、皮膚科医も、耳鼻科医も、
患者さんの顔を、何カ月も、何年も診て、誰も気づきませんでした。
4人もの医師が、診察していながら、
まさか、自分で、痕形の残る擦り傷を作るとは、想像できませんでした。
このうち、美容外科医と、形成外科医は、
普段から、たくさんのGIDを診ている医師で、
患者さんは、ホルモンとSRSのことで、
数年間、継続して受診していました。
皮膚科医は、GIDを診ていない医師でしたけれど、
皮膚の異常を訴えて、受診しているのに、気づきませんでした。
耳鼻科医は、風邪をひいて受診した時に、
顔の皮膚のことも、訴えています。
わたしは、初めて診て、顔を洗う時に、何かで擦っていないかと、
こちらから問いました。
患者さんは、ハッとして、気づきましたが、もう、遅すぎました。
その後、急速に、GIDの治癒傾向が現れましたが、
顔は、一生、治らないかも知れません。
すでに、SRSを受けていましたので、女性として暮らしていますが、
戸籍の性別は、変更しないと、言います。
GIDを発症してから、今は、10年を超えていますので、
普通でも、そろそろ、治癒傾向の、現れてくる頃ですけれど。
患者さんの心は、性転換から遠ざかっています。
ホルモンのことがあるので、
近所の産婦人科医を、受診していますが、
今後、男性ホルモンを使いたいと、言い出すかも知れません。
SRSを受けた後、経過の思わしくない時期でしたので、
気持ちが、滅入っていたのかも。
御本人は、どうして、こんなことをしてしまったのかと、
わたしに、尋ねましたが、
御本人が気づいた時は、もう、わたしの解釈よりも、
御本人自身で、自分の気持ちを思い出すほうが、確実でした。
わたしは、一般的な、GIDの発症や治癒の仕方を、
教えてあげただけです。
顔の一件は、SRSの予後や、職場での差別など、
幾つものきっかけが、重なっていますが、
MtFのGIDでは、たまに見掛けます。
根本的には、体型や体質から、心に無理のある性転換でした。
1970年前後に、SRSを受けたMtFの人たちは、
体型や声などの、第一印象が、女性としか、見えませんでした。
これでは、中学校や高校で、男の子から、差別虐待を受けるはずと、
すぐに、わかりました。
身長は、150センチ台で、
大人になっても、声変わりをしていない人もいました。
日常生活では、精神障害者の多い、貧乏な家庭で、
家事や育児などに、女性の役割を受け持ち、
御近所の女性に、普段から、日常のことを、相談していました。
お料理や、お裁縫や、育児などは、
思春期に、すでに平均的な女性よりも、遙かにお上手で、
女性的な生活や、話し方や、考え方に、慣れていました。
1960年代後半になると、中学生なのに、新左翼のヘルメットを被り、
ガリ版で、ビラを刷り、集会を催し、教育委員会と交渉して、
女子として、セーラー服での通学や、家庭科の授業を、
勝ち取った人も、出て来ます。
たんに、女子としての扱いを、希望したのでなく、
当時流行の、新左翼のやりかたを真似て、生徒達の人気を得るように、
差別を回避する目的で、御本人は必死で、工夫していました。
教育委員会や学校や先生と、敵対しても、
生徒の信頼を、得ようとしました。
それに比べて、タオルで顔を擦った子は、
差別を受けるような、体型や声でありません。
男性の社会は、女性的な形の頭蓋骨や、顔の皮下脂肪でも、
あまり差別されません。
中学や高校では、身長や、華奢な体つきや、
ぎこちない受け応えの会話や、友達のいない、自閉的な性格などが、
差別虐待の対象になります。
精神や、声などは、大人になってからも、虐待の対象になりますが、
体の差別は、少なくなります。
現に、異性に似ている体のせいで、継続的に、差別を受けている事実と、
学童期や思春期の、異性の社会に適応した生活経験と、
乳幼児期以来の、家庭や御本人の、病的な精神状況などが、
GIDの発症と、治療に、大きく関係しています。
体のことで、差別を受けていないし、
異性の生活に、適応した経験もなく、
乳幼児期から、精神の病気に、縁のなかった人が、
ホルモン療法や、SRSを受けるのは、無理があります。
流行に乗って、取って付けたような、性転換に見えました。
たぶん、ヒステリーのように、
自分から、GIDの症状を、呼び込んでいますけれど、
身長と、女性に似た顔かたちや、皮下脂肪のつき方などから、
美容にかまける気持ちが、
背伸びして早とちりして、性転換ということになったような…
タオルで擦ってしまったのは、色ボケですけれど、
SRSの予後が悪く、かなり、応えていたと思います。
みんなと一緒に、協調して暮らす気持ちが少なく、
何か功を焦り、自分一人だけ、抜け駆けをしようとして、
転んだような気がします。
まるで、一方的に独立宣言をするように、みんなにカミングしたので、
相談できる人や、アドバイスしてくれる人が、
周囲にいなくなり、孤立していました。
性転換のことを、自分一人で、判断するようになっていました。
一方的に独立宣言を、打ち上げれば、
周囲に小突き回されるのは、当たり前ですけれど、
精神障害という理由で、庇護されているのが、GIDかしら。
自分は精神障害でないと、突っ跳ねていますから、
人を寄せ付けない人間関係を、期待しているかのようです。
心の性別なんて、御本人にしか、わからないのに、
それを楯に取って、カミングするって、
周囲の人が、取り付く島のない気持ちになるのを、
御本人は、計算しているはずです。
美容に凝るみたいに、黙っていても、楽をして、
顔だけで、人の評価を得ようと、思わないほうがいいかも。
SRS(性転換手術)を受けるって、精神の病気の症状とされるほど、
心が、あさってになっています。
患者さんは、自分の心でなく、別人の心を生きているような、
解離した精神状態です。
SRSの時には、自己責任で物事を判断するなんて、不可能なのに。
美容外科や形成外科のお医者さんは、わかっていないかも知れません。
言葉が支離滅裂でなく、まともなのと、
心が上の空でないのとは、別なんです。
GIDでは、統合失調症のように、
言葉の辻褄が合わなくなることは、ありませんけれど、
右も左もわからない戦場を、
無我夢中で駆け抜けるような、非常事態の精神になっています。
目を瞑って、生きているようなものです。
FtMでは、女性のお化粧や衣服や美容に、適応できませんと、
言う人もいますけれど、
男の体や生活を、美容の観点で見ている人が、
少なくありません。
まるで、歌舞伎みたいに、
ステレオタイプの、男の形にこだわります。
女々しいと言われると、
殴り合いの、取っ組み合いの喧嘩をする、
と言うFtMもいました。
おそらく、女同士の、同性愛の社会から、
一歩も出たことがなく、甘えています。
心が男とは、到底、思えません。
性転換が、闇医療から、公然化されたのは、
GIDのためと、思っている患者さんが、少なくありません。
お医者さんが、逮捕されないようにするために、
決まっています。
患者さんのことなんか、お医者さんは、考えていないかも。
毎日、死ぬ人は、死ぬんだから。
医者の不養生って、言いますけれど、
GID医療をやっているお医者さんの、
だれとだれが、患者さんの、顔や体や心を、
おなかを抱えて笑っているかって、
嫌と言うほど、目撃しているもんね。
一流大学の、大先生もいますから、
医者の不養生って、精神の病気のことかと、
疑いたくなります。
笑うのなら、性転換医療から、手を引けばいいのに。
精神障害者を笑って、性転換医療ができますか。
欧米では、公然化されているのに、
日本は、闇でしたから、簡単でした。
欧米は、こうだって、言えば、
日本人はみんな、もろ手を上げて、賛成します。
性転換は、美容外科が開拓しましたから、
縄張りを、失いたくありません。
ホルモン療法は、一生、続きますので、
自由診療でしたら、手間入らずで、ぼろいの。
ホルモンの保険取り扱いを、美容外科はしないでしょう?
わたしは、寛容で優しく、冷静であって欲しいと、
FtMの男性に、期待しています。
顔や体のかたちなどで、人を判断しないように、
悠揚迫らぬ自信を、持って欲しいと思います。
こんなことを言うと、うちの亭主は、きっと、
食ってかかって来ます。
自分のことを、当て擦られたように、勘ぐるんです。
情けない。
FtMの男性って、言っているのに…
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