漁港 209 昔のGIDと、政治家

横須賀市長井の漁港です。
 
大臣さんが、酒飲みだったので、辞めさせられたあと、
お薬のせいのように、2010年に亡くなりました。
GIDのグループの一つが、彼を総理大臣にしようと、
支持していましたが、お父さんと同じ結果になりました。
 
彼のお父さんも、小さな派閥の領袖でしたけれど、
精神科の病気のせいで、1983年に自殺しました。
 
料亭政治が批判されたのは、共産党の議席数の増えた1972年ですが、
1963年の選挙に、初当選していますから、
自民党と社会党の間の、国会対策の協議が、
まだ、赤坂の料亭で行われていた時代です。
 
GIDのグループの人は、
1970年前後に、SRS(性転換手術)を受けた人が多く、
赤坂の芸者さんになった人も、いました。
その関係でしょうか、御贔屓にしてもらっていたそうです。
赤坂でのお遊びが、大好きな政治家でした。
 
戦前の共産党の、田中某という書記長さんが、
赤坂の料亭組合を作った御縁でしたので、
人と人との関係って、不思議なものです。
 
息子さんが、後を継ぎましたが、
お父さんと同じ病気のせいで、亡くなりました。
マスコミは、睡眠薬とお酒のことを、報じていましたが、
一般の人は、抗うつ剤の作用を、理解できないかも知れません。
たくさんの患者さんを、見ていなければ、
本を読んでも、なかなか、わかりません。
 
GIDの患者さんは、精神科に通院している人が多いので、
たくさんの、精神の病気の人を、見ているはずです。
にもかかわらず、何も御存知ないのを、
うべなるかな、と言うべきかは、知りません。
患者さんに、病識を持たせないGID医療の、評価によりますが、
告知しないで、美容手術に倣い、二匹目のドジョウを狙うのは、
美容外科のやり方とも言えますし、精神科のやり方とも言えます。
約半数の患者さんは、発症後10~25年の間に、自然治癒しますが、
残りの半数は、症状がこじれて、性転換が重荷になります。
 
菅という総理大臣は、1968年に、
封鎖されていた安田講堂に、出入りしていたのを、目撃したと、
赤坂のGIDグループの人は、言っています。
お尻を、蹴ってあげました。
政治的には、ぜんぜん、支持していないそうですが、
初当選が1980年ですから、当然かも知れません。
 
その頃、GIDの人たちは、
岸某という人に、可愛がってもらっていました。
同時に、例の元書記長の、田中某さんの人脈の、
関西のヤクザとも、親しくしていたそうです。
食肉が、まだ輸入割当制の時代でしたので、
部落解放同盟の枠を、分けてもらいました。
お肉は、伝統的に、未解放部落の人の、お仕事でした。
 
田中さんと関西のヤクザとは、親友と言われていましたが、
1963年に、麻薬撲滅運動を起こした時に、
市川某という婦人運動家の議員さんが、協賛したように、
彼女のお弟子さんの、菅という総理大臣は、その系統の人です。
 
当時の関西のヤクザは、新左翼の運動に肩入れしていて、
指名手配されていた人を、匿っていました。
田中某という人は、新左翼に資金援助していたそうですが、
日本の民族系の石油資本の取引に、関与したとは言うものの、
御自分は、一文無しの人ですから、もしかしたら、ヤクザのお金です。
 
当時は、ヤクザの親分さんの結婚式に、
必ず、地元の警察署長が、出席するしきたりでした。
1967年に、公明党が25名の議席を、初めて衆議院に得た時に、
この慣習が問題視されて、廃止されました。
以後は、ヤクザと警察の、親密なお付き合いがバレると、
辞職するのが、社会の良識となりました。
 
もっとも、現在でも、地方の役所のお役人には、
出勤しないで、お給料だけを貰っているヤクザが、たくさんいます。
多くは、公務員の労働組合のスジですが、
部落解放運動の関係とも聞いています。
日本全国で、数千人ぐらいでしょうか。
GIDの数と、いい勝負です。
 
田中某さんは、昭和天皇に、
スターリンの意向を、伝えていたことからもわかるように、
オイルショックの時に、アラブの石油権益を、ソ連から分けて貰い、
欧米の大手資本を通さずに、
アラブの石油を、日本が直接に輸入する道を、開拓しました。
時の総理大臣は、お父さんのほうの福田某さんでした。
 
関西のヤクザは、麻薬撲滅運動を笠に着て、
全国のヤクザを統一しようと、警察庁の支援も得ていましたが、
関東のヤクザを説得できずに、抗争になりましたので、
警察が寝返り、
関西のヤクザは、警察から、暴力団という新しい名前で、
呼ばれるようになりました。
 
この時の、関東のヤクザを支援していたのが、
船舶協会の笹川某さんと、元総理の岸某さんでした。
GIDの人たちは、田中さんにも、岸さんにも、
御贔屓にして貰っていましたから、二股もいいところですが、
所詮は、芸者さんの類(たぐい)でしたから…
 
岸さんの娘婿さんが、安倍某さんで、
その息子さんが、機能性胃腸障害の元総理です。
GIDの人たちは、3代に渡って御存知ですが、
だんだんと質が落ちてきた、と言います。
岸さんのお弟子さんは、父親のほうの福田某という総理大臣で、
そのお子さんも、民族系石油会社経由で政界に入り、
総理大臣をしていたと、聞いています。
 
ついでに申しますと、岸さんの農商務省の同期が、
三島某という小説家のお父さんで、
岸さんに、ダメ人間と言われていましたが、
とてもユーモアのある素敵な人でした。
息子さんのほうは、侍従の徳川男爵の息子さんに近づき、
何度も、お姉さんを、小説のモデルにしています。
後の北白川宮の、美人のお妃さんですが、
三島さんと、お見合いの話も、出ていたそうです。
 
人脈って、面白いでしょう?
同性愛の運動も、面白いかも知れませんが、
芸者さんの類も、悪くありません。
お父さんのほうの中川さんも、同性愛の人でしたし、
そのパートナーだった秘書の、鈴木某って人が、
立候補して国会議員になりました。
中川さんが自殺した時に、
政治資金のことを、秘書さんが仕切っていましたので、
同性愛のもつれでないかと、言われました。
 
ソ連に亡命したKGBのスパイの、レフチェンコさんが、
後に、アメリカの議会で証言した内容によると、
中川さんは、コードネームを持つソ連の協力者、とされていましたので、
それを苦にして、自殺したという噂もありました。
赤坂のGIDの人たちを、支援していた同族企業は、
KGBの貿易のお仕事を、たくさん請け負っていましたが…
 
三島さんは、言うまでもなく、同性愛の人でしたが、
かなり、変な精神の人で、
後の知事さんの、石原某という人と、よく遊んでいました。
石原さんは、ヨットの好きな人でしたので、
見掛けたことがありますが、
お仕事をしないで、ぶらぶらしている遊び人としか、見えませんでした。
GIDの人たちのほうが、よほど真面目ですけれど、
横須賀出身の遊び人も、総理大臣になりましたから、
精神科医が、GIDを食べるのも、無理からぬことです。
 
菅って人のことを、書くつもりでしたが、話がそれました。
あの人は、市民運動家出身で、経済のことを、何も知らないみたい。
わたしの知り合いのお医者さんが、診療報酬を不正請求したので、
保険診療を止められましたけれど、放漫経営でした。
その筋のお医者さんに、頼んでいませんでしたから、
意地悪をされたのに、
自分は何も悪くないと、ホームページで、開き直っています。
 
つまらない正義感のために、患者さんが迷惑しても、いいのかしら。
死にかけの患者さんも、いるのに。
 
薬剤エイズで、名をあげましたから、
GIDのことなら、できるかも知れません、菅って人。
プラトンのアカデメイアの門に、
幾何のできない者は、この門をくぐるなって、書いてあったそうです。
哲学に、数学が必要なように、
総理大臣には、経済や金融の能力が、不可欠と思います。
英語、できないし。
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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