横須賀市長井の漁港です。
大臣さんが、酒飲みだったので、辞めさせられたあと、
お薬のせいのように、2010年に亡くなりました。
GIDのグループの一つが、彼を総理大臣にしようと、
支持していましたが、お父さんと同じ結果になりました。
彼のお父さんも、小さな派閥の領袖でしたけれど、
精神科の病気のせいで、1983年に自殺しました。
料亭政治が批判されたのは、共産党の議席数の増えた1972年ですが、
1963年の選挙に、初当選していますから、
自民党と社会党の間の、国会対策の協議が、
まだ、赤坂の料亭で行われていた時代です。
GIDのグループの人は、
1970年前後に、SRS(性転換手術)を受けた人が多く、
赤坂の芸者さんになった人も、いました。
その関係でしょうか、御贔屓にしてもらっていたそうです。
赤坂でのお遊びが、大好きな政治家でした。
戦前の共産党の、田中某という書記長さんが、
赤坂の料亭組合を作った御縁でしたので、
人と人との関係って、不思議なものです。
息子さんが、後を継ぎましたが、
お父さんと同じ病気のせいで、亡くなりました。
マスコミは、睡眠薬とお酒のことを、報じていましたが、
一般の人は、抗うつ剤の作用を、理解できないかも知れません。
たくさんの患者さんを、見ていなければ、
本を読んでも、なかなか、わかりません。
GIDの患者さんは、精神科に通院している人が多いので、
たくさんの、精神の病気の人を、見ているはずです。
にもかかわらず、何も御存知ないのを、
うべなるかな、と言うべきかは、知りません。
患者さんに、病識を持たせないGID医療の、評価によりますが、
告知しないで、美容手術に倣い、二匹目のドジョウを狙うのは、
美容外科のやり方とも言えますし、精神科のやり方とも言えます。
約半数の患者さんは、発症後10~25年の間に、自然治癒しますが、
残りの半数は、症状がこじれて、性転換が重荷になります。
菅という総理大臣は、1968年に、
封鎖されていた安田講堂に、出入りしていたのを、目撃したと、
赤坂のGIDグループの人は、言っています。
お尻を、蹴ってあげました。
政治的には、ぜんぜん、支持していないそうですが、
初当選が1980年ですから、当然かも知れません。
その頃、GIDの人たちは、
岸某という人に、可愛がってもらっていました。
同時に、例の元書記長の、田中某さんの人脈の、
関西のヤクザとも、親しくしていたそうです。
食肉が、まだ輸入割当制の時代でしたので、
部落解放同盟の枠を、分けてもらいました。
お肉は、伝統的に、未解放部落の人の、お仕事でした。
田中さんと関西のヤクザとは、親友と言われていましたが、
1963年に、麻薬撲滅運動を起こした時に、
市川某という婦人運動家の議員さんが、協賛したように、
彼女のお弟子さんの、菅という総理大臣は、その系統の人です。
当時の関西のヤクザは、新左翼の運動に肩入れしていて、
指名手配されていた人を、匿っていました。
田中某という人は、新左翼に資金援助していたそうですが、
日本の民族系の石油資本の取引に、関与したとは言うものの、
御自分は、一文無しの人ですから、もしかしたら、ヤクザのお金です。
当時は、ヤクザの親分さんの結婚式に、
必ず、地元の警察署長が、出席するしきたりでした。
1967年に、公明党が25名の議席を、初めて衆議院に得た時に、
この慣習が問題視されて、廃止されました。
以後は、ヤクザと警察の、親密なお付き合いがバレると、
辞職するのが、社会の良識となりました。
もっとも、現在でも、地方の役所のお役人には、
出勤しないで、お給料だけを貰っているヤクザが、たくさんいます。
多くは、公務員の労働組合のスジですが、
部落解放運動の関係とも聞いています。
日本全国で、数千人ぐらいでしょうか。
GIDの数と、いい勝負です。
田中某さんは、昭和天皇に、
スターリンの意向を、伝えていたことからもわかるように、
オイルショックの時に、アラブの石油権益を、ソ連から分けて貰い、
欧米の大手資本を通さずに、
アラブの石油を、日本が直接に輸入する道を、開拓しました。
時の総理大臣は、お父さんのほうの福田某さんでした。
関西のヤクザは、麻薬撲滅運動を笠に着て、
全国のヤクザを統一しようと、警察庁の支援も得ていましたが、
関東のヤクザを説得できずに、抗争になりましたので、
警察が寝返り、
関西のヤクザは、警察から、暴力団という新しい名前で、
呼ばれるようになりました。
この時の、関東のヤクザを支援していたのが、
船舶協会の笹川某さんと、元総理の岸某さんでした。
GIDの人たちは、田中さんにも、岸さんにも、
御贔屓にして貰っていましたから、二股もいいところですが、
所詮は、芸者さんの類(たぐい)でしたから…
岸さんの娘婿さんが、安倍某さんで、
その息子さんが、機能性胃腸障害の元総理です。
GIDの人たちは、3代に渡って御存知ですが、
だんだんと質が落ちてきた、と言います。
岸さんのお弟子さんは、父親のほうの福田某という総理大臣で、
そのお子さんも、民族系石油会社経由で政界に入り、
総理大臣をしていたと、聞いています。
ついでに申しますと、岸さんの農商務省の同期が、
三島某という小説家のお父さんで、
岸さんに、ダメ人間と言われていましたが、
とてもユーモアのある素敵な人でした。
息子さんのほうは、侍従の徳川男爵の息子さんに近づき、
何度も、お姉さんを、小説のモデルにしています。
後の北白川宮の、美人のお妃さんですが、
三島さんと、お見合いの話も、出ていたそうです。
人脈って、面白いでしょう?
同性愛の運動も、面白いかも知れませんが、
芸者さんの類も、悪くありません。
お父さんのほうの中川さんも、同性愛の人でしたし、
そのパートナーだった秘書の、鈴木某って人が、
立候補して国会議員になりました。
中川さんが自殺した時に、
政治資金のことを、秘書さんが仕切っていましたので、
同性愛のもつれでないかと、言われました。
ソ連に亡命したKGBのスパイの、レフチェンコさんが、
後に、アメリカの議会で証言した内容によると、
中川さんは、コードネームを持つソ連の協力者、とされていましたので、
それを苦にして、自殺したという噂もありました。
赤坂のGIDの人たちを、支援していた同族企業は、
KGBの貿易のお仕事を、たくさん請け負っていましたが…
三島さんは、言うまでもなく、同性愛の人でしたが、
かなり、変な精神の人で、
後の知事さんの、石原某という人と、よく遊んでいました。
石原さんは、ヨットの好きな人でしたので、
見掛けたことがありますが、
お仕事をしないで、ぶらぶらしている遊び人としか、見えませんでした。
GIDの人たちのほうが、よほど真面目ですけれど、
横須賀出身の遊び人も、総理大臣になりましたから、
精神科医が、GIDを食べるのも、無理からぬことです。
菅って人のことを、書くつもりでしたが、話がそれました。
あの人は、市民運動家出身で、経済のことを、何も知らないみたい。
わたしの知り合いのお医者さんが、診療報酬を不正請求したので、
保険診療を止められましたけれど、放漫経営でした。
その筋のお医者さんに、頼んでいませんでしたから、
意地悪をされたのに、
自分は何も悪くないと、ホームページで、開き直っています。
つまらない正義感のために、患者さんが迷惑しても、いいのかしら。
死にかけの患者さんも、いるのに。
薬剤エイズで、名をあげましたから、
GIDのことなら、できるかも知れません、菅って人。
プラトンのアカデメイアの門に、
幾何のできない者は、この門をくぐるなって、書いてあったそうです。
哲学に、数学が必要なように、
総理大臣には、経済や金融の能力が、不可欠と思います。
英語、できないし。
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