ハンゲショウ 153 性同一性障害の行き着くところ

今年は、暑いのかなあ。
7月2日は、半夏生(はんげしょう)。
 
24節気を、さらに3つずつに分けて、72候というのがあります。
夏至の3番目の5日間を、半夏生といい、
その最初の日が、今年は7月2日です。
「カラスビシャクが咲く」と、暦に書いてありますけれど、
うちの近所に、咲いてません。
 
カラスビシャクって、烏柄杓と書きます。
サトイモ科テンナンショウ属の、独特の花ですので、すぐにわかります。
半夏とも書きます。
塊茎が鎮吐のための、局方の生薬になっているそうです。
 
ドクダミ科のハンゲショウのほうは、半化粧と書くべきなのかしら。
ふつうは半夏生って、漢字を当てています。
でも、やっぱり今頃、咲いていますので、ややこしい。
葉っぱが、半分真っ白なので、すぐにわかります。
 
     24節気72候って、
     1年を機械的に24等分、72等分しただけです。
     お百姓さんは、これを使って、
     種まきや収穫の季節を、知りました。
 
     江戸時代は、お月さんの満ち欠けの1巡を、
     1ヶ月としていましたけれど、
     漁師の人が、潮の満ち引きを知る以外に、
     お月さんって、実用的なことが、あったのかしら。
     性周期に一致してないでしょう?
 
     何万年も昔は、
     太陽の高さや方位を、精確に測れなかったので、
     月の満ち欠けを見て、日を数えました。
     太陽って、毎日、同じ顔だから、
     何日って数えても、印をつけられません。
     月ですと、毎日、形が変わるから、印になるでしょう?
 
     暦って、かよみと聞きました。
     かよみって、日よみです。
     日数を数えたかったのよね、太陰暦。
 
     でも、ややこしい。
     日本では、飛鳥時代から、
     中国の太陰太陽暦を使っていましたけれど、
     江戸時代に初めて、
     貞享暦っていう日本製の太陰太陽暦を制定しました。
     それの3度目の改訂版の、天保暦が、
     明治の初めまで使っていた旧暦ってやつです。
 
     江戸時代に、完全に太陽暦にしてしまったほうが、
     便利だったと思いますけれど、
     印刷技術と、出版物の普及の関係かしら。
     毎年、カレンダーを配布する能力がなかったのよね。
     太陽暦にしてしまうと、
     一般の人は、日を数えられなくなります。
     それで、折衷型の太陰太陽暦にせざるを得なかったのかしら。
 
     昔の人は、24節気72候ってのを、考え出して、
     それなりに、合理的に生活してましたけど。
 
     わたしは、太陰暦や太陽暦や、太陰太陽暦とかって、
     男や女や、GID(性同一性障害)とかを思い出します。
     太陽や月の運行そのものには、関係ありません。
     知識の様式の問題にすぎませんから、
     それにこだわり、実際に生殖や生活を拒否して、
     実際に性ホルモン剤や手術によって、体を壊せば、
     認知障害と言われます。
 
理由もなく、絶対にイヤとか、
絶対にこれこれでないとダメとかっていうのは、
人格障害の普通の症状です。
 
絶対にというのは、死んでもというぐらいの意味で、
実際にそのために、死んだり、殺したりします。
合理的な理由がありません。
絶対に、これこれはイヤと、言葉にして聞き出せるだけでも、
症状としては、ましなほうです。
言葉に出さないで、死んでもイヤ、死んでもダメを、
実行する人がたくさんいますので、
なぜ、こんなことをするのか、他人が理解するのは困難です。
 
食事を作らずに、食べずに、何もしないで死ぬ人もいます。
家族がいたときには、食べて生きていましたけれど、
家族が亡くなると、自分も死ぬことになります。
他人は、家族が亡くなったのが悲しくて死んだと、勝手に思いますけれど、
生きている時を観察していれば、
人の言うことを聞くのがイヤで、自分は何もできません。
 
子供の頃から、そうだったのでなく、
思春期以後、統合失調症がじわじわと進行して、知能が下がっています。
興奮症状や派手な妄想が出なかったので、
強制的な治療を受けることがなく、受診もせずに、
症状が進行しっ放しで、
とうとう最後は、お店に食べに行くことも、拒否するようになります。
何もできなくなるところまで進んで、死にます。
 
絶対にイヤ、死んでもイヤ、これこれでないと絶対にダメというのを、
性同一性障害(GID)の人は、実行しているだけかも知れません。
性別や異性装や同性愛などの口実を与えて、
絶対にイヤを、医療が脚色してあげています。
理由もなく、絶対イヤを、
理由があって絶対イヤのように、見せ掛けています。
医療の側が、性転換医療として、そういうふうに仕向けています。
 
もともとは、理由もなく絶対にイヤと拒否して、
何もしなくなる自閉症に見えますので、
性転換医療が、どれほど有効であるかを、その線で評価します。
 
色ボケに誘って、新しく何かをさせるように仕向ける治療法です。
性転換に躍起になるように、そそのかしてあげます。
性別の口実などは、世間向けの体裁を整えるために、
性転換医療が演出脚色しています。
わたしは、その線で見ています。
 
もしも性転換しなければ、どうなるか、
リストカットや、多重人格や、他害や自殺などと、
GIDの人は、色々な症状をあげますけれど、
わたしには、それだけ元気な症状の出るのは、
まだ軽症のように思えます。
 
自分の気にいらないことは、完全に拒否して、
何もしなくなり、餓死します。
餓死するだけなら、まだましです。
喋ることも、眠ることも、おトイレに行くことも、
考えることも、目を開けていることも、
じっとしていることもできなくなります。
たぶんこれが、GIDを放置した時に、行き着くところです。
 
眠らないでいることも、喋らないでいることも、考えないでいることも、
できなくなるんですよ。
こういう症状って、統合失調症を見慣れている人には、
すぐにわかります。
たとえ、派手な妄想や興奮がなくても、
支離滅裂になる認知障害がなくても、
じわじわと、認知障害が進行して来たみたいって、わかります。
 
性転換医療を受けても、治らない人が、
老化すると、65才ぐらいで出てくる症状です。
いつまでたっても、性別がどうのこうのと言っていた人が、
何も言わなくなり、引きこもるようになると、こうなります。
 
たくさんの人のすることを、真似できない人って、
可哀想なんですよ。
真似しないことを、選択しているのでなく、
真似する能力がないので、人のようにはできません。
仕方なしに、違うことをしますけれど、
殺したり、泣いたり、性転換したり、苦しんだり、
食べなかったり、眠れなかったり。
 
人のすることを、真似できない人が、
仕方なしに、人とは違うことをせざるを得なくなった時に、
自分一人で、誰も手をつけなかった新しい生き方を、
たくましく開拓できるはずもありません。
 
突飛な症状は、人格が悪いように見えます。
人を殺すのは、死刑にして、唾を吐いてやるべきのように見えます。
でも、凶悪な人も、
やっぱり、人と同じことができずに、あがいているだけなの。
性別が違うと言って、性転換せざるを得なくなるのも、
それだけ、能力の低い、可哀想な人です。
 
それを、それだけ、能力が高いように、世間をだまして、
本人を、その気にさせて、性転換に躍起にならせて、
積極的に生きようとする気持ちを、引っ張り出してあげて、
マスコミに取材させて、世間を喜ばせます。
それで、良い結果になるかどうかを、わたしは見ています。
何もできずに、死んで行く人と比べて、どうなのかと。
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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