今年は、暑いのかなあ。
7月2日は、半夏生(はんげしょう)。
24節気を、さらに3つずつに分けて、72候というのがあります。
夏至の3番目の5日間を、半夏生といい、
その最初の日が、今年は7月2日です。
「カラスビシャクが咲く」と、暦に書いてありますけれど、
うちの近所に、咲いてません。
カラスビシャクって、烏柄杓と書きます。
サトイモ科テンナンショウ属の、独特の花ですので、すぐにわかります。
半夏とも書きます。
塊茎が鎮吐のための、局方の生薬になっているそうです。
ドクダミ科のハンゲショウのほうは、半化粧と書くべきなのかしら。
ふつうは半夏生って、漢字を当てています。
でも、やっぱり今頃、咲いていますので、ややこしい。
葉っぱが、半分真っ白なので、すぐにわかります。
24節気72候って、
1年を機械的に24等分、72等分しただけです。
お百姓さんは、これを使って、
種まきや収穫の季節を、知りました。
江戸時代は、お月さんの満ち欠けの1巡を、
1ヶ月としていましたけれど、
漁師の人が、潮の満ち引きを知る以外に、
お月さんって、実用的なことが、あったのかしら。
性周期に一致してないでしょう?
何万年も昔は、
太陽の高さや方位を、精確に測れなかったので、
月の満ち欠けを見て、日を数えました。
太陽って、毎日、同じ顔だから、
何日って数えても、印をつけられません。
月ですと、毎日、形が変わるから、印になるでしょう?
暦って、かよみと聞きました。
かよみって、日よみです。
日数を数えたかったのよね、太陰暦。
でも、ややこしい。
日本では、飛鳥時代から、
中国の太陰太陽暦を使っていましたけれど、
江戸時代に初めて、
貞享暦っていう日本製の太陰太陽暦を制定しました。
それの3度目の改訂版の、天保暦が、
明治の初めまで使っていた旧暦ってやつです。
江戸時代に、完全に太陽暦にしてしまったほうが、
便利だったと思いますけれど、
印刷技術と、出版物の普及の関係かしら。
毎年、カレンダーを配布する能力がなかったのよね。
太陽暦にしてしまうと、
一般の人は、日を数えられなくなります。
それで、折衷型の太陰太陽暦にせざるを得なかったのかしら。
昔の人は、24節気72候ってのを、考え出して、
それなりに、合理的に生活してましたけど。
わたしは、太陰暦や太陽暦や、太陰太陽暦とかって、
男や女や、GID(性同一性障害)とかを思い出します。
太陽や月の運行そのものには、関係ありません。
知識の様式の問題にすぎませんから、
それにこだわり、実際に生殖や生活を拒否して、
実際に性ホルモン剤や手術によって、体を壊せば、
認知障害と言われます。
理由もなく、絶対にイヤとか、
絶対にこれこれでないとダメとかっていうのは、
人格障害の普通の症状です。
絶対にというのは、死んでもというぐらいの意味で、
実際にそのために、死んだり、殺したりします。
合理的な理由がありません。
絶対に、これこれはイヤと、言葉にして聞き出せるだけでも、
症状としては、ましなほうです。
言葉に出さないで、死んでもイヤ、死んでもダメを、
実行する人がたくさんいますので、
なぜ、こんなことをするのか、他人が理解するのは困難です。
食事を作らずに、食べずに、何もしないで死ぬ人もいます。
家族がいたときには、食べて生きていましたけれど、
家族が亡くなると、自分も死ぬことになります。
他人は、家族が亡くなったのが悲しくて死んだと、勝手に思いますけれど、
生きている時を観察していれば、
人の言うことを聞くのがイヤで、自分は何もできません。
子供の頃から、そうだったのでなく、
思春期以後、統合失調症がじわじわと進行して、知能が下がっています。
興奮症状や派手な妄想が出なかったので、
強制的な治療を受けることがなく、受診もせずに、
症状が進行しっ放しで、
とうとう最後は、お店に食べに行くことも、拒否するようになります。
何もできなくなるところまで進んで、死にます。
絶対にイヤ、死んでもイヤ、これこれでないと絶対にダメというのを、
性同一性障害(GID)の人は、実行しているだけかも知れません。
性別や異性装や同性愛などの口実を与えて、
絶対にイヤを、医療が脚色してあげています。
理由もなく、絶対イヤを、
理由があって絶対イヤのように、見せ掛けています。
医療の側が、性転換医療として、そういうふうに仕向けています。
もともとは、理由もなく絶対にイヤと拒否して、
何もしなくなる自閉症に見えますので、
性転換医療が、どれほど有効であるかを、その線で評価します。
色ボケに誘って、新しく何かをさせるように仕向ける治療法です。
性転換に躍起になるように、そそのかしてあげます。
性別の口実などは、世間向けの体裁を整えるために、
性転換医療が演出脚色しています。
わたしは、その線で見ています。
もしも性転換しなければ、どうなるか、
リストカットや、多重人格や、他害や自殺などと、
GIDの人は、色々な症状をあげますけれど、
わたしには、それだけ元気な症状の出るのは、
まだ軽症のように思えます。
自分の気にいらないことは、完全に拒否して、
何もしなくなり、餓死します。
餓死するだけなら、まだましです。
喋ることも、眠ることも、おトイレに行くことも、
考えることも、目を開けていることも、
じっとしていることもできなくなります。
たぶんこれが、GIDを放置した時に、行き着くところです。
眠らないでいることも、喋らないでいることも、考えないでいることも、
できなくなるんですよ。
こういう症状って、統合失調症を見慣れている人には、
すぐにわかります。
たとえ、派手な妄想や興奮がなくても、
支離滅裂になる認知障害がなくても、
じわじわと、認知障害が進行して来たみたいって、わかります。
性転換医療を受けても、治らない人が、
老化すると、65才ぐらいで出てくる症状です。
いつまでたっても、性別がどうのこうのと言っていた人が、
何も言わなくなり、引きこもるようになると、こうなります。
たくさんの人のすることを、真似できない人って、
可哀想なんですよ。
真似しないことを、選択しているのでなく、
真似する能力がないので、人のようにはできません。
仕方なしに、違うことをしますけれど、
殺したり、泣いたり、性転換したり、苦しんだり、
食べなかったり、眠れなかったり。
人のすることを、真似できない人が、
仕方なしに、人とは違うことをせざるを得なくなった時に、
自分一人で、誰も手をつけなかった新しい生き方を、
たくましく開拓できるはずもありません。
突飛な症状は、人格が悪いように見えます。
人を殺すのは、死刑にして、唾を吐いてやるべきのように見えます。
でも、凶悪な人も、
やっぱり、人と同じことができずに、あがいているだけなの。
性別が違うと言って、性転換せざるを得なくなるのも、
それだけ、能力の低い、可哀想な人です。
それを、それだけ、能力が高いように、世間をだまして、
本人を、その気にさせて、性転換に躍起にならせて、
積極的に生きようとする気持ちを、引っ張り出してあげて、
マスコミに取材させて、世間を喜ばせます。
それで、良い結果になるかどうかを、わたしは見ています。
何もできずに、死んで行く人と比べて、どうなのかと。
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