塩船観音寺 153 病気としての性同一性障害

青梅の塩船観音寺です。
花の寺と言われています。今頃は、紫陽花ばっかり。
咲いていない所をUpします。ひねくれています。
  
 
性同一性障害は、ざっくばらんに言うと、
性転換したいと思い、実行する人の病気です。
精神疾患の診断名ですので、医学上の病気の種類です。
精神の病気です。
 
GIDは、Gender Identity Disorder の略です。
Genderは、役割や文化としての性別。
Idendityは、自己同一性のこと。
日本語に、よく似た概念がないので、様々に翻訳されます。
自己存在証明や、帰属意識と、訳す人もいます。
Disorderは、標準はずれの意味で、病気の名前によく使います。
 
男なのに女の服を着るとか、女なのに男の服を着るとかは、
異性装と言います。
歌舞伎や宝塚と同じです。
男なのに男と性交渉をするとか、女なのに女と性交渉をするとかは、
同性愛と言います。
 
服装や、性交渉の相手の性別は、
時代や場所の流行や、人によって変わります。
容易に変更可能ですので、自由な文化や趣味です。
異性装や同性愛は、病気でありませんので、
性同一性障害の診断の要件になっていません。
どうでもいいってこと。
 
動作や、言葉遣いや、態度振る舞いや、持ち物なども、
男性的であろうが、女性的であろうが、文化や趣味にすぎませんので、
性同一性障害という精神の病気である、とする理由にはなりません。
同じように、体の病気によって、生殖ができなくても、
性同一性障害という精神の病気の証拠にはなりません。
 
どんな服を着ようが、だれとセックスしようが、
流行のある文化や趣味ですので、
全人口の大部分が、異性装や同性愛を嗜むぐらいに、
大流行することもありますし、
法律で禁止されて、死刑になることもあります。
大流行も死刑も、どちらも自由の内です。
 
同じように、動作や、言葉遣いや、態度振る舞いや、持ち物なども、
それによって、たとえばオカマと言われて差別されることもあれば、
たいへん、人に好かれることもありますが、
殺されようが、好かれようが、自由の内です。
精神の病気の証拠にはなりません。
 
そのことから、わかるように、
服装や、性交渉の相手の性別や、
動作や、言葉遣いや、態度振る舞いや、持ち物などは、
変更可能であるのが、健常です。 
変更不能になり、うまく行かなければ、病気と言われます。
 
性交渉の相手は、自分であっても構いません。
人の勝手ですけれど、オナニーと言います。
その時に、
自分と反対の性別の、誰かを想像しようと、
誰かが、自分であろうと、
自分と同じ性別の誰かや、自分自身を想像しようと
人の勝手です。
物体を想像する人や、空気や雰囲気を想像する人や、
抽象語を想像して、オナニーをする人もいます。
動物や死体を想像しても、人の好きずきです。
 
異性装や同性愛や、
動作や、言葉遣いや、態度振る舞いや、持ち物などは、
自由な文化や趣味ですけれど、
生殖不能や生殖拒否は、子供や老人でなければ、病気です。
細胞の微細な形を含めて、体の形に異常がないのに、
生殖不能でしたら、精神の病気です。
 
すでに子供のいる人の、生殖不能や生殖拒否でも、
体に異常があれば、病気ですけれど、
体に異常がなければ、精神の病気と言えるかは、
他の精神症状と合わせて、考えます。
 
GIDでは、体の異常がないのに、
生殖不能や生殖拒否に至る人は、
ほぼ全員に、それ以外の精神症状が、派手に、たくさん出ていますので、
子供のいる人でも、性転換を希望するのは、精神の病気と言えます。
だいたい、心療内科を受診する人と、
同じような精神症状が出ていますが、
本人に病識がなく、苦しいという気持ちがありませんので、
それだけでは受診しません。
GIDでは、人格障害が多く、精神科を受診するのは、
おもに、性ホルモン剤や、性転換手術や、診断書などが目当ての時に、
限られます。
 
異性装や同性愛などは、自由な文化や趣味ですので、
性転換は、美容手術と同じでないかと言う人もいますけれど、
精神症状から見て、病気であることは明らかです。
 
精神の病気を治療するために、
胸や鼻にシリコンを入れ、目を二重瞼にするように、
性腺を除去して、生殖器の外観を変形して、美容を整えるのは、
性同一性障害の精神の病気を治療するためと主張して、
精神外科を自認する美容外科医も、少なくありません。
 
性転換は、性ホルモン剤を使用しますけれど、
性ホルモンを分泌する機能や、配偶子を生産する機能を阻害して、
長期に渡れば、使用を中止しても、回復不能になりますので、
正当な理由がなければ、
SRS(性転換手術)と同様に、傷害や自傷になります。
異性装や同性愛などは、自由な文化や趣味ですので、
性転換を望む正当な理由にはなりません。
 
SRSは、sex reassignment surgery のことで、
性別再判定手術などと、訳されますが、要するに性転換手術です。
性腺を摘出して、望みの性別の、性器の外観を形成します。
性別は、誕生時の性器の形態によって判定されますので、
性別再判定手術という変な名前になっています。
 
性腺を除去しますので、患者さんは不可逆的に生殖機能を失います。
それを望んで実行するのは、
子供のいない人では、間違いなく自傷行為ですが、
そうしなければ、それよりもひどい精神の異常をきたすことが、
強く推定されますので、
性転換を実施している医師は、手術もやむを得ないと主張します。
そのような正当性がなければ、医師は傷害罪に問われます。
 
それよりもひどい精神の異常は、
犯罪や他害や自殺や、長期的な精神の苦痛などです。
犯罪の予防は、医学的な理由になりません。
 
性転換をすれば、予防できるという保証はありませんが、
患者さん自身が、そう言います。
性転換をしなければ、生きて行けないと。
ほとんどの人は、性転換後に、一般社会に適応できませんし、
新しい性別の社会にも、適応できません。
もともと、性転換をする前から、一般社会に適応できずに、
生まれつきの体の性別の社会にも、
適応できなかった人が、ほとんどです。
 
他に治療する手段がなく、本人が性転換を望んでいると、
医師は主張しますが、
他の治療を、真摯に実施する気持ちが、医師になく、
患者さん本人が、性転換を強く望むように、
医師は、強く暗示を掛けているのでないかと、疑われています。
 
性同一性障害という診断名は、
性ホルモン剤が製造されるようになり、抗生物質製剤が普及して、
性器の形成手術ができるようになった後の、
新しい診断名です。
日本では、法的に認められていませんでしたので、
15年ほど前に、新しくできたばかりです。
 
それ以前には、性転換手術がありませんので、
性転換を望む人は、欧米では、
統合失調症やヒステリーなどと、診断されていました。
性転換と言えるほどの形成手術が、可能になった後では、
法的に認められるまで、日本では、
強いて診断名をつけるとすれば、人格障害に相当しましたけれど、
人格障害一般の常として、ほとんど受診しませんでした。
 
ヒステリーは、現在の診断名として使用されていませんので、
現在は、解離性障害や人格障害などを当てます。
欧米には同性愛に対する宗教的な、あるいは法的な差別があり、
異性装や同性愛は、アンダーグランドのマイナー文化でしたが、
日本には、そのような差別がなく、
歌舞伎や宝塚のように、文化勲章も貰えるメジャー文化でした。
 
精神障害者が性転換したいと言って受診すれば、
飛んで火にいる夏の虫のように、暗示を掛けて、
子供を作れないように、手術してしまう優生医療でないかと、
言われています。
 
流行が変われば、性転換医療を実施している医師は、
もしかしたら、懲役刑になります。
オウムの麻原のようなことを行なっていると、非難する人もいます。
事件が発覚するまでは、
マスコミや学者のなかに、オウムを賞賛する人が、たくさんいました。
でも、ディレクターや編集長や学者さんたちは、
事件発覚後も、逮捕されませんでした。
今度こそは、ちゃんと逮捕して、
性転換医療を実施している医師たちを、
処刑すべきと主張する過激派もいます。
 
わたしは、性転換医療を実施している医師たちが、
治癒した患者さんたちに、殺されはしないかと危惧しています。
 
     異性装や同性愛などは、自由な文化や趣味ですので、
     どのような服装も、どのような性交渉の相手も、自由です。
     どのような態度振る舞いも、言葉遣いも、人の勝手です。
     文化的流行や社会規範があるだけですので、
     気に入らなければ、
     流行や規範を変えようとする運動を試みてください。
     流行文化が気に入らないからと言って、自傷するのは、
     精神の病気です。
 
     なぜ、性器を変形させて、体を壊す手術によって、
     生殖機能の阻害と、自傷を望むのか、
     その心の仕組みに、顕著な精神の病気があります。
     原因は、他の様々な精神症状と同じです。
 
     たとえば、女から男に性転換を望む人(FtM)は、
     男には、ペニスが必要と言います。
     男なのに、お乳が大きいのは許せないと言います。
     自分の心の性別は男だから、自分は男であると、
     その人は主張しています。
     体が、どのような形であろうとも、
     心が男であるから、自分は男であると、その人は主張します。
 
     それなら、それでいいのに、
     どうして、お乳を切り取り、ペニスを取り付けて、
     体を壊さなければいけないのか、
     明らかに、病的に矛盾しています。
 
     心の中で、自分のことを、何と思おうが、人の勝手です。
     ゲジゲジと思っても、法律違反でありませんし、
     意気地なしと思っても、結構です
     実行に移さなければ、なんと思おうが、だれも咎めません。
     性別は心で決まると思い、
     自分の心のゆえに、体にこだわらずに、
     自分の性別はこれこれと確信している人が、
     なぜ、自分の性別はこれこれだから、
     体の性腺を摘出して、
     体の性器を手術しなければいけないと思い、強行するのか、
     はなはだ矛盾しています。
 
     男の性別に、ペニスがなければいけないとするのは、
     男女の性別を、性器の形で決めるとする法律の、
     便宜によります。
     男女を識別するには、何かを目安に決めないと、
     仕方ありません。
     生物学的にも医学的にも、社会慣習からも、
     性器を目安に、決めるようになっていますので、
     法律は、それを準えています。
     性器の形よりも、たくさんの人々の合意を得られる目安は、
     おそらく、ありません。
 
     人間は有性生殖をしますので、雌雄の別があり、
     性別が、生殖のためにあるのは、言うまでもありません。
     人間は、フェロモンの機能が退化していますので、
     生殖するには、知的に雌雄を識別する必要があります。
     識別を間違えば、生殖できません。
     間違いなく生殖できるように、
     知的に、識別点を明らかに掲げて暮らすのは、当然です。
 
     生殖を拒否する精神障害の人は、
     識別できないようにしようとします。
     ヒステリー症状です。
     すでに子供のいる人では、生殖を拒否しても、
     必ずしも精神の病気と言えないにもかかわらず、
     子供のいない人と同様に、ヒステリー症状をきたしています。
 
     人間は、性器の形から、生殖機能を類推します。
     服装や言葉遣いや態度物腰などから、性器の形を類推します。
     服装などは、文化や趣味ですので、しょっちゅう変わります。
 
     精神障害者の多くは、その変化について行けません。
     健常な人でも、老化すれば、流行を気にしなくなりますが、
     どちらかと言うと、気にする能力が低下します。
     精神障害者では、若くても、その能力が不足しています。
     融通が効かず、頑固になり、社会に適応できません。
 
     融通が効かなくなると、中間を調節できずに、
     両極端に走りやすく、衝動的に発作的に、物事を判断します。
     両極端は不快になりがちで、苦しみやすく、
     本人は、苦しみを避けて、逃げるように、衝動的に判断します。
     不快でなければ、そこに座り込んでしまい、
     もう、動こうとせずに、頑固になります。
     不快になることが、不安です。
     不快になる懼(おそ)れから、
     衝動的に発作的に、判断してしまいます。
 
     中間を調節できないことから、多くは認知障害をきたしますが、
     中間を調節できない原因は、
     おそらく遺伝的な素質、もしくは、過酷な生活環境です。
     両方かも知れません。
 
     たとえば、統合失調症に限って、疫学的に調査しても、
     遺伝は強く影響しないと言えますが、
     統合失調症に限らずに、
     器質的な原因の発見されない精神障害を調査して、
     受診した人に限らずに、受診しない人についても鑑定すれば、
     器質的な原因の発見されない精神障害は、
     かなり強く遺伝します。
     そのような精神障害の代表的な診断名が、
     統合失調症にすぎません。
     GIDも、そのような精神障害の一つです。
 
     性別を識別する能力の不足は、
     もしかしたら、
     生殖能力の不足を表しているかも知れませんので、
     興味のあるかたは、たくさんの例を、調べてみてください。
     だいたい、ヒステリーでは、
     能力が不足すると、認知する能力も低下します。
     たとえば、生きる能力が低下すると、
     生物と、そうでない物体とを識別する能力も低下します。
     自分の生死が重要でなくなると、生死を識別できなくなります。
 
     GIDでは、心の性別が大切と言う人が、
     体の手術にこだわるのは、矛盾していますので、
     心の性別と、体の性別とが、不一致であるとか、
     体の性別を許容できないとかと、言う人がいます。
 
     不一致と言う人は、
     心の性別なるものを、変更できなくなっているかも知れません。
     人間以外の動物は、もともと、そうです。
     人間では、自分のことを人間と思うのも、死体と思うのも、
     石ころと思うのも、気体と思うのも、動物と思うのも、
     女と思うのも、男と思うのも、いとも簡単に変更できます。
     健常ならば、そうです。
     心の性別なるものを、変更不能なものとして、
     心の性別と、体の性別とが、一致していないと思うのは、
     健常でありません。
 
     体の性別を許容できないと言うのは、
     もしかすると、客観的な見方かも知れません。
     おそらく、体の性別だけでなく、
     許容できないものが、たくさんあります。
     その人は、たくさんの許容できないものを、
     体の性別として、ひとまとめに表現しているのかも知れません。
     なんでもかんでも、それに結びつけてしまいますので、
     コンプレクスと言います。
 
     性同一性障害では、基礎になる精神障害の、病的な心のせいで、
     性ホルモン剤や手術を使い、健常な体を犠牲にしますので、
     ホルモン療法や、手術療法を受けなくても、
     戸籍を含めた事務的な性別を、
     何度でも変更できるようにしてあげれば、
     この人たちの心と体を守るために、
     よい結果になると、わたしは推測します。
 
     手術やホルモンに走らないようにするのが、大切です。
     手術はタイへ行けば、事実上、自由に受けられますし、
     性ホルモン剤は、個人輸入で、自由に買うことができます。
     これを一般的に禁止することはできません。
     手術も売買も、外国のことで、日本の法律では規制できません。
     輸入は、日本の法律によって、税関で阻止できますけれど、
     本人の使用する医薬の持ち込みを禁止するのは、
     性ホルモン剤に限っても、限らなくても、問題があります。
 
     性ホルモン剤や、性転換手術によって、
     性転換を事実上、自分で実施してしまった人の、
     戸籍の性別の変更を、法律で認めないわけには行きません。
     受診すれば、戸籍の性別を変更できるようにしてあげるのが、
     人情です。
 
     ホルモン療法や手術を受けていなくても、
     性同一性障害と診断されれば、
     戸籍の性別を変更できるようにするのが、よいと思っています。
     ホルモン剤や手術によって、体を壊そうと望む人には、
     性同一性障害とは別の病気として、
     リストカットを治療するように、心を治療するのが順当と、
     わたしは思います。
 
     体を壊したり、子供がいなかったりすると、
     後々、しんどい目に遭います。
     子供がいないと、一般社会に適応するのが、困難になるしね。
     性転換しても、学校時代に望みの性別で暮らしていなければ、
     望みの性別社会に適応するのは、まず無理と見ておくべきです。
 
性同一性障害(GID)の人を見ると、知的障害を思います。
治りませんが、すべての精神的な悲劇の原因になります。
知的障害のうちでも、
いったん発達していたのに、退行するものを、認知障害と言います。
真性の認知障害は、もう回復しません。
できるだけ、早期に発見して、仮性のうちに治療するのが正解です。
仮性のうちなら、回復します。
 
認知障害の最初は、人格障害として現れます。
人格障害は、認知障害が治るまで、
認知障害の進行につれて、だんだんとひどくなりますが、
知能検査などによって、認知障害を把握できるようになると、
人格障害とは言わずに、認知障害と言います。
呼び方が変わるだけで、
人格障害は、認知障害の最初から終わりまで続きます。
 
認知能力のうちで、客観的に測定できないものが、
進行する認知障害では、最初に障害を受けやすく、
人格の異変として現れます。
発達障害でも、知能のうちで、
客観的に検査できない知能にのみ、障害のある場合は、
知的障害とは言わずに、高機能広範性発達障害などと言います。
アスペルガーやADHDなどの類ですけれど、
認知能力に障害のあることには、変わりありません。
 
それによく似たことが、
いったん、発達していた認知能力が低下するときにも、起こります。
 
人格障害の顕著な症状は、犯罪や他害や自傷や自殺などですが、
社会に適応できずに、自閉します。
嘘つきになりますが、
嘘を自覚できませんので、嘘とはまた違います。
優しさや思いやりが、わからなくなります。
防御のために、人を攻撃してやろうと、必死になります。
人から自分を守ろうとするだけで、精一杯の人生になります。
 
生まれつきの認知障害は仕方ありません。
発達障害と言い、
進行する認知障害とは一線を画すことになっています。
実際には、器質的な病変の発見されない精神障害では、
広範性発達障害の軽症例から、思春期以後に認知障害が起こりやすく、
統合失調症では、知能まで真性に低下することが少なくありません。
回復不能になり、脳の萎縮と密接な関係があります。
 
発達障害は、能力の不足が、生まれた時に、
すでに現れていることが多く、
ある時よりも後は、能力が発達しなくなり、
発達の程度が、多くの人よりも低い所に、とどまります。
能力の不足は、様々な能力について、
歩調を合わせるかのように、現れるのが普通ですけれど、
一部の能力は、多くの人よりも、優れているかも知れません。
 
発達障害の内、何かの少数の能力が、少し低いだけの人もいます。
ある時までは、他の健常な能力が代償しますので、
多くの人と比べて、さして遜色がないように、
同世代の社会に適応して、みんなに、ついて行くことができます。
ある時を境に、ついて行けなくなるのが、普通です。
思春期から青年期に発症するのが、最も多く、
たいていは、思春期以後に、そうなります。
それまでは、健常であった能力までが、退行し始めます。
 
認知能力は、それまで健常に発達していたのに、
思春期以後に退行する能力の一つであったり、
思春期よりも前から、発達が不足していた能力の一つのこともあります。
動作や運動能力の不足や、相互の協調や、
認知機能に協調させる能力の不足や、感覚能力の不足などが、
思春期以前に、目立つことがよくあります。
チックや、吃音や、ベタ足や、股関節脱臼や、
色覚障害や、難聴や、蓄膿症や、喘息や、アトピーなどを、
よく見掛けます。
 
宗教系の病気の御祓いや、サプリメントの販売などの、
チラシ広告に、すっきりと治らない慢性疾患が、
たくさん列挙されています。
精神障害の人には、それが多く、統合失調症も、GIDもそうです。
精神的に健常な人には、
子供の頃から、体の病気に罹ったことのない人が、少なくありません。
体が弱いとか、虚弱体質などと言われる人に、GIDが多いと言えます。
 
脳性麻痺の男性が、
同じ脳性麻痺でも、女の子なら、結婚できるのに、
男なら、結婚できないと言い、
女の子の背中に、ブラジャーが透けているのを見ると、
気持ち良くなるので、自分はMtFのGIDであると、堂々と言い、
性同一性障害の人の間に混じり、あっさりと自殺した人もいました。
 
いったん発達していた能力が、退行するのは、発達障害と言いません。
何かの能力の不足に、足を引っ張られるように、
次々に、他の健常な能力が、共倒れになります。
統合失調症では、思春期以後の認知能力の低下が、
ほぼ全員に共通しています。
 
統合失調症やGIDなどでは、病的に自閉的であることが、よくあります。
GIDでは、自閉傾向が強く、
同性愛やオナニーや異性装などによって、
性的欲求不満を解消することが、少なくありません。
多くは、集団から疎外されて、人によっては、虐待されますけれど、
ゲームや受験勉強などに励んで、医師になる人もいます。
 
わたしは、GIDでありながら医師である人を、見るのが大好きです。
知能や学力が、ある程度、維持されていると、推測しやすいので、
どのような能力が不足しているかを観察しやすいからです。
共通して、気持ちがあさってになっていますが、
これは、ラブホテルに急ぐカップルの気持ちと同じです。
GIDは、一生、この気持ちを、持続的に維持しようとします。
色ボケ大明神です。
 
暗算をするときに、現実のことが耳に聞こえ、目に見えていながら、
心は、暗算に集中して、
現実のことを、蔑(ないがし)ろにしている意識状態を、
GIDでありながら医師である人には、
自閉的に、お勉強に夢中になることによって、
維持しているのかも知れません。
子供の頃から、家のお手伝いもしないで、
テレビゲームみたいに、勉強に夢中になっています。
そんな育ちの悪いのが、医師には多いので、GIDになりやすいのかも。
 
うちの子には、勉強をするとあほになるから、やめなさい、
お医者さんは、人間性が悪いから、
絶対に真似をしてはいけませんと、しつこく躾けましたけれど、
無駄でした。
いちばん楽な道を、選んでしまいます。
 
そのほうが、暗算はよくできるように、
学校の勉強は優秀で、医師になれますけれど、
いつも誰かに手を引っ張ってもらわなければ、
生きて行けなくなるようです。
特別に保護されていないと、生きて行けない…
 
麻原という人が、盲学校出身で、
そんな感じでなかったかと、わたしは思い出します。
あの人も、何万人もの人に、直接に認められた才能ですので、
宗教的な能力は、きっと優秀だったと思います。
わたしは、GIDでありながら医師である人に、
麻原さんと同じような印象を受けることが、よくあります。
 
異性装や同性愛は、性的欲求不満を解消するだけでなく、
自分からカミングして、
仲間内との社交を得るための手づるとします。
カミングは、一般社会との訣別宣言ですので、自閉の一種ですが、
GIDでは、このへんまで一般社会に対して自閉して、
このへんまでは、仲間内とのコミュニケーションを維持するためとして、
ぎりぎりの中間を調節しています。
調整能力一杯の、瀬戸際の判断かも知れません。
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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