高山市丹生川(にゅうかわ)の白樺林です。
もう何年も前の写真ですけれど、今頃の季節は、この感じと思います。
ダケカンバと似たような名前ですけど、
カンバって、アイヌ語のカリンパから来ているそうで、
カリンパは、桜の樹皮の、あの感じの木の皮を言います。
白いカリンパだから、シラカンバです。
シラカバとも言いますが、シラバカではありません。
正田(しょうだ)美智子さんは、1959年に御結婚なさいましたが、
1957年頃から、明仁親王殿下との交際が知れていました。
当時は、皇室のお嫁んさんは、皇族や華族などの、
貴族の出身に決まっていると、思われていましたので、
美智子さんは、お妾さんのようなものと、見なされていました。
翌年に婚約が発表されると、国民はみんな驚きました。
皇族には、お印という紋章のような、印章のような、徽章のような、
本人を象徴する印があるそうで、
美智子さんのお印は、白樺です。
べつに白樺の木にしがみついて、分娩するわけではありません。
樺(かんば)美智子という東京大学の学生が、1960年に亡くなりました。
安保条約の改定に反対する総評のデモに、全学連が加わっていました。
樺さんは、その学生たちの中にいましたけれど、
デモ隊は門を破り、国会議事堂の敷地に突入して、
機動隊と乱闘になりました。
機動隊は、警棒でデモ隊を殴りましたけれど、
デモ隊のほうも、機動隊のトラックを燃やしました。
樺さんは、警棒で殴られて倒れたあと、
雑踏に踏まれたのかも知れません。
担架で運ばれる顔を、ニュースフィルムで見ると、
やくざの暴行で殺された人に似ていました。
この3日後に、安保条約の改定は、自然成立しました。
さらに4日後に、岸内閣が総辞職します。
岸信介氏は、後の年寄りのGIDの人達の性転換に、好意的でした。
佐藤栄作氏のお兄さんで、笹川良一氏の親友です。
わたしは白樺を見ると、
60年安保から70年安保にかけての、新左翼の運動と、
性転換医療のことを思い出します。
当時は、まだ終戦から15年ぐらいでしたので、
政治的な発言をするのは、殺し合いの戦争をするのと同じで、
どこから鉄砲の玉が飛んできても、文句を言えませんでした。
殺されても当たり前ですし、平気で人を殺せるぐらいに、
頭の変な人でなければ、政治は出来ません。
やくざの人と、似ていますけれど、
精神障害の人とも、似ていましたので、
BlogPetというのを、右下に貼り付けてみました。
ページのクリック数だけなら、
はてなのカウンターを付けると、数字が出ます。
下品なので、はずしていました。
一日に300回ぐらいのクリック回数と知っていましたけれど、
何人ぐらいの訪問者になるのか、知りませんでした。
BlogPetって、アクセス解析のフリーサービスです。
ペットにオスカルって名前を付けてあげました。
顔をクリックしてあげると、単語を表示します。
オスカルって、宝塚のベルサイユの薔薇です。
男装の麗人ですけれど、
フランス革命に、そんな人はいませんので、架空の人です。
日本で男装の麗人と言えば、清朝王女の川島芳子さんですけれど、
李香蘭(山口淑子)さんと親しかったそうです。
戦前に笹川良一氏と交際していたことがあり、
戦後、笹川氏が助命を画策しましたが及ばず、
1948年に銃殺されました。
李香蘭さんは、終戦時の上海において、漢奸容疑で逮捕されたものの、
日本国籍でしたので、処刑されずに、国外追放になりました。
日本人でもう一人の男装の麗人は、水の江瀧子さんで、
ロス疑惑事件の三浦和義氏の、実の母でないかと、
噂されていました。
真偽は不明です。
年寄りのGIDと自称する人達の、性転換を診ていた医師を、
2000年頃に脅迫したGIDグループがあり、
自分達が加害者の、脅迫事件の発覚後に、三浦和義氏に急接近して、
ロス疑惑事件を、冤罪であるとする運動に、参加していました。
現在の加害者側のGIDグループの動向は、あまり知りません。
オスカルが、何をしてくれるのか、
おもしろいので、お昼を食べながら、いじくっていると、
カンって人が、総理大臣になりました。
GIDの人が、昔、東京大学の講堂で、
この人のお尻を、蹴ったそうです。
よその大学の学生さんなのに、東京大学の講堂を占拠していたから。
当時は、新左翼の大学生や高校生や労働組合のメンバーが、
あちこちの学校や自治体や公共企業などの現場に押しかけて、
バリケードで建物を封鎖して、
寝泊まりしながら、闘争を応援しました。
東京大学では、日本全国の新左翼の学生さんが集まって、
校舎で寝泊まりしていました。
講堂が、いちばん象徴的な場所でしたので、
機動隊との争いの最前線でした。
色々な大学の、新左翼の旗を掲げて、
たくさんの学生さんが寝泊まりして、自炊していました。
インスタントラーメンや雑炊を作って食べていましたけれど、
機動隊が放水していましたので、建物の中はびしょびしょ。
真冬でしたので、寒くて寝る場所もなかったのに、
新左翼の学生さんたちは、机を並べて、寝袋に入って寝ていました。
放水で、濡れてしまうので、寝袋をビニールシートでくるんだり、
講堂の中に、テントを張ったりしていました。
まだ、猫も杓子も新左翼の時代でしたので、
新左翼のメンバーや活動家と言っても、健全な精神の青年たちでした。
日本の学生さんの、半数ぐらいが、
新左翼のデモに、参加したことがありました。
スクラムを組んで、ジグザグに行進したり、
投石したり、火炎瓶を投げたりします。
活動家は、ヘルメットに、タオルで覆面をして、
ゲバ棒という角材を持ちます。
一般の学生は、普通のジャンパー姿で、デモに参加するだけです。
それでも、新左翼のシンパの意志表示になります。
一般の人も含めて、日本人の半数くらいは、新左翼に好意的でした。
学生さんは、たぶん7割ぐらいが、新左翼のシンパでした。
東京大学の安田講堂を、機動隊が攻略した後、
日本の新左翼の運動は、急激に冷めて、
真っ先に、マスコミが離反しました。
新左翼のことを、過激派と呼ぶようになりました。
安田講堂の事件の後、全国の大学は、
入学試験を実施するために、機動隊を導入するか、
それとも、入学試験を断念するかの、判断を迫られました。
圧倒的多数が、入学試験を実施するために機動隊を導入しました。
東京大学では、封鎖を解除したものの、
1969年の入学試験は、取りやめになりました。
全国の大学では、機動隊を導入した後に、
入学試験に合格して、新しく入学して来た学生は、
新左翼の運動に、極端な嫌悪感を示しました。
受験勉強の苦しさを我慢して、
うまく入学できたというエリートの気持ちと、
やっと受験勉強から解放されて、羽根を伸ばせる嬉しさとが、
全部、新左翼の学生を見ると、つばを吐く気持ちに、
振り替わりました。
このへんの心理を、あらかじめ、読めなかったのが、
新左翼を指導していたリーダーたちの、能力の限界だったのかしら。
たぶん、カンって人にも、同じ限界が現れています。
新左翼の学生さんたちが、建物を封鎖しようとして、
以前のように、ヘルメットに覆面姿で学内をデモ行進すると、
新入生たちは、罵声を浴びせました。
1970年を過ぎると、内ゲバの殺し合いが、続々と報道されて、
連合赤軍のリンチ殺人事件のあとは、
過激派の呼び名だけでは物足りずに、
テロリストと呼ばれるようになりました。
あれよあれよと言うまに、世の中の雰囲気が変わって行くのを、
わたしの世代の人は、高度経済成長の始まりから、
オイルショックによって、高度成長が終わるまでの時代に、
経験しました。
子供時代は、道端に七輪を出して、秋刀魚を焼きました。
都市ガスも、プロパンガスもなく、
家庭の電気製品は、白熱電球とラジオだけでした。
カンって人を検索すると、1946年の生まれで、
鳩って人が、1947年でした。
日本で最初に性転換した人達も、この世代でした。
1956年に、もはや戦後でないと言われましたけれど、
それまでは、戦後と言っても、戦前よりも貧乏でした。
両親の子供時代よりも、娘や息子のほうが、
貧しい暮らしの中で育ちました。
鳩って人は、お金持ちでしたから、
貧乏は関係なかったと思いますけれど、
わたしは、馬車がお便所の汲み取りに来たのを知っています。
東京では、町のし尿を船に乗せて、農家に配達していました。
お茶の水や水道橋あたりの、JR中央線の横の神田川を仕切って、
バキュームカーがウンコを吐き出していました。
神田川で発酵させてから、堰を開いて、
隅田川のほうへ流していたのを知っています。
やはり、生のまま放流するのは、気が引けたのでしょうか。
肥やしは、生のまま掛けると、作物が枯れてしまいます。
よく発酵させてから、液肥として使いますので、
匂いを嗅いだだけで、
当時は、だれでも、発酵の度合いを知ることができました。
神田川では、発酵したウンコの泡が、
厚さ15センチぐらいのスポンジ状になって、固まっていました。
子供が、石を投げると、スポンジに穴があきます。
これが、面白くて、男の子は一日中、遊んでいました。
だれも、くさいなんて、苦情を言いません。
どこの家も、汲み取り式のお便所の時代ですから、
ウンコの臭いが、人間の暮らす町の匂いなんです。
世界中、そうです。
たぶん、砂漠と北極以外は。
日本では、江戸時代に、
人間の糞尿を、肥やしとして使う技術が開発されましたので、
都会だけでなく、田舎でも、
うんこの、しっとりとした匂いに満ちていました。
フランスやアメリカでは、都会だけが、うんこだらけでした。
雨が少ないので、なかなか流せません。
田舎は、穴を掘って、お便所にします。
穴が一杯になると、埋めてしまいますけれど、今でも同じです。
日本は、川の流れを、町の中に導いて、
下水の代わりに使いましたので、
川がなければ、町は発達しません。
飲料水は、井戸水でしたけれど、
わたしの子供時代は、東京でも大阪でも、
隣組に一個の井戸がありました。
井戸の湧かない所に、町は作れませんので、
河口や川べりでなければ、扇状地に町を作りました。
同性愛って、性器や肛門を舐めますけれど、
ウンコの臭いが懐かしいって気持ちなんですよ。
水洗トイレの時代になっても、
人間はみんな、乳幼児の頃に、オムツで暮らします。
ウンコはなつかしく、親しい思い出です。
性のことは、人間の共通の思い出と、重なります。
けっして、性別うんぬんの事ではありません。
自分の殻に閉じこもって、共通の意識を持てない人は、
性の意識に変調をきたします。
同性愛は、人間の共通の思い出に根ざしています。
GID(性同一性障害)は、子供時代の自閉症に由来します。
同性愛は、健常な文化や趣味なのに、
GIDは、精神障害と言われます。
生殖拒否は、自閉の現れですけれど、
同性愛の趣味があるからと言って、生殖拒否にはなりません。
同性愛は、流行に左右されますので、
流行期には、人口のすべてに近い人が、同性愛を嗜みます。
人口の一定の割合の人が、精神障害を発症するように、
同性愛を嗜む人の中の、一定の割合の人も、
精神障害を発症します。
そういう人達には、同性愛を嗜む人でありながら、
生殖拒否の精神症状が、出ているかも知れません。
生殖拒否は、だいたい、
自閉症と同じ人に現れる精神症状です。
どうしてウンコを神田川に流すのかは、
高度経済成長の初めの頃の、社会の事情と思います。
下水道や汚水処理施設が整備されていなかったのに、
都会に、たくさんの人が集まりました。
どうして、GIDになるのかは、知りません。
御本人は、乳幼児のことを覚えていませんけれど、
お母さんには、手に取るようにわかります。
わたしは、GIDの母でないけれど、
現在のGIDの子たちの、大部分の人にとっての、
共通の社会や生活の事情を、
直接に、大人の目で体験して、覚えています。
カンって人が、この20年の行き詰まりを打破したいと、
言ってましたけれど、
20年の行き詰まりって、バブル崩壊以後の、
海の底に沈みっ放しの経済のことと思います。
海底にも、山や谷の地形がありますので、
経済の上がり下がりはありますけれど、
この20年間、海の底に沈んだままの経済であることには、
違いありません。
これって、若いGIDの子には、わかりません。
わたしの世代の人なら、肌に感じて、はっきりとわかります。
GIDって、小人閑居して不善をなすのと、
自分の殻に閉じこもるのが、二大原因です。
自分の殻に閉じこもるって、日本独特の言い回しかしら。
ドイツ人が、これは日本の諺だけどって、前置きしてから、
自分の殻に閉じこもるって言っていました。
こんなの、中国の言い方とばかり思っていましたけれど。
自分の殻って、日本人しか言わないのかしら。
日本人は、卵の殻を内側から突っついて、
鳥みたいに一人で生まれ出るのよね。
ほんとかしら、庭鳥でも空を飛べるって。
そのほかにも、GIDは、顔と体の見掛けで性別を決めるので、
GIDの言い分が普及すればするほど、
顔とからだの見掛けが、反対の性別に近い中学生は、
周囲に虐待されて、性転換させられる羽目になります。
年寄りのGIDって人達が、それでした。
まだGIDってのが、ない時代でしたけれど、
男ならこれこれ、女ならこれこれの体や心ってのを、
絶対的なことにように振り回して、
そうでない人を差別して虐待する人達は、昔からいました。
心は、いくらでも適応できるけれど、
顔や体の形は、差別されると、どうしようもないと言って、
年寄りのGIDの人達は、虐待されるのを防ぐために、
緊急避難的に性転換しました。
肌身に感じて、
直接に差別されて虐待された経験がありますので、
彼女らは、人の考えや性格に触れると、
顔や体の見掛けの形によって、人を差別する人なのか、
そうでない人なのかを、本能的に嗅ぎ分けました。
年寄りのGIDの人達によると、
現在のGIDと言われている人達も、GIDの運動も、
いずれも、見掛けの顔や形によって、
人を差別して虐待する人達の中の、過激派に違いない、
と言います。
性別にかこつけて、顔や体の見掛けで、人を差別するように、
自分で自分を差別して、
自分を性転換に追い込んだ心の道筋を、
他人にも普及しようとするのが、
現在のGIDや、GIDの運動だそうです。
心についても、同じです。
男なら、これこれの仕草や、振る舞いや、表情や、
態度や、物腰や、言葉遣いや、考え方や、
服装や、持ち物などに表される心であると、決めつけます。
女なら、これこれと、決めつけます。
そういう、顔や体や心を、変更できないと言い、
性器の形のほうを変更して、生殖機能を除去します。
病気であるか、ないかというレッテルの問題は、
どうでもいいんです。
こうでなければ、生きて行けない人を、
社会が特別扱いにして、認めてあげるのは、
生殖や優生医療の問題が残るものの、
緊急避難としては、仕方ありませんから、
必ずしも悪いこととは言えません。
必ずしも優生医療とは決まっていません。
性転換手術に健康保険が効くようにしてあげるのも、
他の健康保険の効かない様々な病気の治療法との、
兼ね合いの問題はありますけれど、
国民みんなが、そうしてあげるべきと思うのなら、
そうしてあげるのが、筋です。
でも、男ならこれこれの形、心、女ならこれこれというのを、
自分は変更できないからと言って、
社会のみんなにまで、普及しようとするのは、間違いです。
片足が無くても、幸せに生きて行けるように、
御本人も社会も、みんなで助け合うのは良いことです。
でも、片足の無いのを変更できないからと言って、
社会のみんなに、足を切るように勧めるのは、間違いです。
はっきりと、犯罪です。
もしも、御本人に責任能力があるのなら、
刑務所に入ってもらうべきです。
現在のGIDの運動は、それになっていると、
年寄りのGIDの人達は言います。
美容外科医が、美容手術の宣伝をするように、
性転換を普及してはいけません。
片足のないのを変更できないからと言って、
足の切断を、みんなに普及しようとする運動は、犯罪です。
性転換を普及してはいけません。
うちのブログペットのオスカルちゃんは、
クリックされると、
犯罪ですのって、言うようになるのかしら。
適当に、ページの中の単語を、喋っているだけ?
わたしの心の電磁波を、キャッチしてくれたらいいのにね。
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