江合川 0101 屋敷林

宮城県大崎市の、江合川中流です。
鳴子ダムのある川ですけれど、
大崎市は、江合川に添って、ダムのある上流から河口まで、
西から東に、細長く延びている自治体です。
 
国交省のダムサイトの写真を、パクって来ました。
無断引用はダメと思うけれど、相手は国なので・・・
 
農家に屋敷林が残っていて、奇麗な写真です。
コンバインの跡がありますから、稲刈りの後の10月かしら。
籾殻を焼いている煙も。
屋根の色が赤いのは、瓦なのか、トタンなのか。
 
農家って、村のしきたりを守らないといけないから、
家を維持するために、お金がかかるの。
田畑の狭い家は、ビニールハウスにするのかしら。
あれは人手を食うから、辛いけど、
宅地として農地が売れたのなら、濡れ手に粟かも。
区画整理されている所は、市街化調整区域かしら。
 
ダムを見ると、だれが何のために、ここにダムを作ろうとしたのか、
農地を見ると、宅地にできない農地と、できる農地の違いを、
だれが、どのような理由で決めたのかを、知りたくなります。
 
ダムや土地は、お金がかかります。
遺産や資産のある人と、ない人とでは、
精神障害者の、病気の中身が違います。
不労所得をめぐる事情と、精神障害とは、
遺伝や家庭環境と同じくらい、深い関係があります。
外国でも、石油やガスの、井戸やパイプラインのあるところには、
必ず、戦争と平和や、貧しい人とお金持ちや、
健常者と精神障害者の違いなどが生まれます。
 
精神障害者の御家族には、精神障害者が多く、
大部分は症状の違いよりも、
辛抱できる時間の違いとして現れます。
昔の新左翼過激派の犯行や、
三島由紀夫氏の事件や、オウムの事件などは、
用意周到な計画的犯行とは、とても思えないぐらいに、
常軌を逸していました。
それでも、犯人たちは、責任能力が完全であり、
精神障害と鑑定されることもありませんでした。
 
精神障害者の御家族のほとんどが、この状態です。
精神障害と同じ症状を出しますが、一時的です。
長時間は健常を維持できませんが、一時的なら大丈夫ですので、
精神科のお医者さんが見ても、精神障害には見えません。
人の目がなくなり、社会的な規範に拘束されずに、自由になると、
統合失調症や発達障害や認知障害などの人と、
同じ症状が出てきます。
他人や社会の目があると、一時的に健常に振る舞うことができます。
長時間は無理です。
 
犯罪に関わる精神鑑定では、長期間留置しますが、
お医者さんは、たまにしか診ません。
統合失調症の急性期の症状と同じ症状の出る人でも、
責任能力は完全であると鑑定されるのが、むしろ普通です。
ストレスが掛かると、人格が一変しますが、
患者さんの感じていたストレスを、
鑑定留置によって再現できる可能性は、高くありません。
たまに、おかしくなる人の日常生活を見て、
精神科医が、診察室で気づく可能性は、ほとんどないとわかります。
 
新左翼過激派や、三島氏やオウムなどの犯行を、
健常な精神による判断と思うなら、
いったい、どこらへんの一線が、
健常な精神と、責任能力のない精神との境目になるのか、
解離性障害の妄想と、健常な人の空想との境目のように、
文学的な印象による違いとしか、言えなくなってしまいます。
 
統合失調症の妄想や幻覚のうちでも、
精神運動興奮の現れている状態では、
かなり明瞭に、健常な人とは異なります。
新左翼過激派や、三島氏やオウムや、
最近では荒川沖の事件で、死刑の確定した犯人のように、
一時的に異常な精神によって行動する人が、
世の中には、たくさんいます。
 
GID(性同一性障害)も、それですが、
精神障害者の御家族に多く、
受診することも診断されることもなく、
非行や犯罪に走っても、責任能力は完全とされて、死刑になります。
本人には制御できません。
日常生活を観察していると、
統合失調症の急性期の症状と同じものが、
時々現れるとわかります。
 
GIDの人達は、ストレスが掛からないように、
特別な自由を認められて生きて行く権利があると、主張します。
自分達は特別と言います。
そのことを、神に選ばれた、と言う人もいます。
性転換手術を受けて、わたしは女神であると、宣った人もいます。
大部分のGIDは、神に選ばれたとは言わずに、
生まれつきの心が、体の性別と違う、と言います。
同じ意味です。
 
原因は、自閉と同じで、
自分という意識が、
周囲や他人との関係を含めたものとして、形成されていません。
周囲や他人によって変化するものとして、形成されていません。
見た目の体の、空間的な識別から、
自分と他人や、自分以外のものとの、違いを知ります。
たぶん、動物的に素直な感覚です。
 
これでは、人間社会を健常に生きようとしても、
ストレスが多すぎます。
幼稚すぎます。
思春期になると、幼虫の細胞がばらばらになり、
蛹の中で、均一な液体に分解され、新しい組織に再構成されて、
蝶々になって飛び立ち、生殖するように、
人間もまた、変態するのかも知れません。
哺乳類はみんな、お母さんと繋がった体のまま、
寄生するように暮らした後に、分離されますから、
おそらく、出生時だけでなく、思春期にも変態します。
 
幼虫のまま、性交渉を突きつけられたのでは、
精神障害になるほど辛いに違いありません。
精神の細胞を、ひとつひとつ、ほぐして、均一な液体にして、
再び、新しい組織に結合する作業を、
思春期に経験していない人は、幼稚に見られるのかも。
 
     生物の個体は、なぜ、それぞれが特殊なのかしら。
     1匹ずつ形が違いますし、置かれている状況も違います。
     形の違いは、他の個体と比べてわかるように、
     個体それぞれの特徴は、
     他の個体と比較された関係がなければ、知り得ません。
 
     個体の特殊性は、
     そもそも他の個体との関係を含んでいます。
     空間的な形だけでなく、
     その個体の置かれている状況が、
     それぞれに特殊であると知るのも同様です。
     全体と、その中の部分との関係を知ることによって、
     それぞれの特殊性を知ります。
     自分や他人という呼称は、
     部分に付けた名前にすぎません。
 
     これが、還元主義の特徴だそうです。
     すぎません、という言い回しのことですけれど…
 
     アメフラシのシナプスの、
     タンパク質合成と長期記憶の関係を見つけたカンデルは、
     還元主義者と言われているそうですが、
     わたしのブログを見つけて、
     GIDの人が目を剥いて罵りました。
     「還元主義者め!」
 
     鉄鉱石は、酸化鉄ですから、
     木炭や石炭やコークスを燃やして、
     酸化鉄を還元して、銑鉄を作ります。
     うちの家には、山や鉄や船や石油の好きな人が多く、
     精神も肉体も、
     火と水と木と風と石で出来ていると思われています。
 
     精神や肉体という特別な元素は必要ありません。
     性別もなく、エッチや音楽は、
     火と水と木と風と石と時間があれば出きるそうです。
     透明なものなんか、目に見えません。
     いつも向こう側や、こちら側の容器の壁を見ています。
     瓶を吹けば、音楽が生まれるように、
     容器を振れば、心がざわめきます。
 
     事実を空間的に識別する能力は、
     人間以外の動物のほうが優秀かも知れません。
     人間の視力も立派なものですが、
     事実を空間的に知るよりも、
     時間の順番に並べることに費やされます。
     それが起これば、こうなる、
     という原因と結果の因果関係は、
     物事の起こった順番のことを言っています。
     一本の時間の上に、事実を並べることが、
     自我という人間特有の意識の形式の特徴です。
 
     シナプスに情報が伝わると、
     樹状突起のタンパク質が変化して、
     情報伝達効率が、一時的に良くなります。
     エリック・カンデルは、タンパク質の変化だけでなく、
     長期記憶では、新たにタンパク質を合成して、
     樹状突起の先端の、受容体の形態が変わることによって、
     神経伝達物質を受容しやすくなることを発見しました。
     2000年のノーベル賞受賞です。
 
     一つの神経細胞には、何千、何万という樹状突起と、
     その先端のシナプスがあります。
     シナプスに情報が伝達されると、
     受容体の形態が変わり、容量が大きくなるのは、
     よく使う情報は、よく記憶される、ということです。
 
     神経細胞の軸索という電線を流れる電気情報が、
     シナプスの化学情報に変換されますから、
     二進法のような簡単な情報の並びかたを、
     一つの神経細胞に何万とあるシナプスの受容体の、
     タンパク質の形態の違いとして保存しています。
 
     並び方を保存すると言うのは、
     情報の流れた順番を記憶するのと同じです。
     一本の時間の上に事実を並べる自我の記憶形式です。
     タンパク質の形の違いは、情報の順番、
     つまり時間を表しています。
     順番を間違えると、因果関係が無茶苦茶になり、
     精神障害になります。
     認知障害の多くは、記憶障害として現れます。
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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