wikipediaのジョゼフ・メリックJoseph Merrickの項目の、フリー写真です。
もっと大きな写真も、検索できますが、
著作権に自信がありませんでした。
この人は実在の人で、この写真も無修正と思いますが、
性同一性障害の人が、身体のことで差別虐待を受けると、
テレビや新聞って、社会の公器みたいなものだから、
精神障害者を悪く言えません。
法律や、業界の倫理規定などの建前から、そうなっています。
発達障害や統合失調症の人も、拒食症や性同一性障害の人も、
マスコミでは、優しく同情的に、もてなされます。
ボケて徘徊して、悪さばっかりして、
どうしようもない人格障害の出ているアルツハイマーの人でも、
マスコミにかかると、素晴らしく立派な性格みたいに、褒めてもらえます。
知的障害者の人も、すごい才能ですねえって、持ち上げてもらえるでしょう?
もしも性同一性障害の人が、お笑いをお望みなら、
テレビの司会者は、調子を合わせて、好意的に笑ってくれます。
自分から精神障害者であることを見せ物にして、
お笑い芸人になっている性同一性障害の人を、たまに見掛けます。
昔、神社やお寺の縁日には、見世物小屋の建つことが、よくありました。
狼少女なんていう口上を述べて、けたたましくお客さんを呼び込んでいました。
中に入ると、40才ぐらいの女性が、四つん這いになって、
柵に囲まれた敷き藁の上を歩いています。
よく見ると、片足は膝の少し上で切断されていて、
蹄の付いた靴を、膝の位置に履かせています。
もう一方の脚は、正常なのに折り曲げて、膝に蹄の靴を履かせて歩いています。
四つん這いになって、上半身の衣服を脱いでいますので、
垂れ下がったお乳を、男のお客さんが、息を呑んで見つめています。
女のお客さんは、目を覗き込みましたが、
狼少女は、顔に毛皮のお面を被っていました。
白木という名の芸人さんは、
子供の頃から身長が低かったのを売り物にして、テレビに出ていました。
昔は、身長の低い人を、小人(こびと)と言い、
プロレスにも、小人プロレスというのがあり、テレビで放送されていましたが、
患者さんの団体が、興業会社や放送局に文句を言って、廃止になったことがあります。
今は低身長と言いますが、身体障害を見世物にするのは、
障害者に対する差別として、放送禁止になるかも知れません。
でも、コビトと言われる低身長の患者さん自身が、
見せ物になることを望むのが普通です。
これが禁止されると、働けるお仕事が少なくなり、
失業して生活保護を受けなければなりません。
白木なんとかという人や、彼を出演させていた放送局も、
障害者団体から抗議を受けたそうです。
身長の低いことを、自分から笑い物にして、
それだけで、芸能と称しています。
本人は、芸能人として有名になり、お金を儲けることができますが、
世の中のたくさんの低身長の人は、
そのせいで、見ず知らずの人にゆび差されて、
道を歩くだけで笑い物にされます。
同じ低身長の身体障害者なのに、自分だけが抜け駆けをするように、
仲間を犠牲にして、お金を儲けるのは、
悪徳ではないかと、非難されたそうです。
ノーベル文学賞を受賞したギュンター・グラスという人の、
『ブリキの太鼓』という小説があります。
3才で、みずからの成長を止めた、という男の子が主人公で、
いわゆるコビトでした。
高音の奇声を発して、声だけで、水の入ったガラスのコップを割ることができました。
この子は、ナチスドイツに征服された少数民族の悲哀を象徴しているそうですが、
ヒステリーを解く考え方で描かれています。
ナチの親衛隊に雇われて、ブリキの太鼓を叩く芸人のお仕事をしていました。
見世物です。
作者のギュンター・グラス自身も、親衛隊員だったことを、
最近になって告白したために、
ノーベル賞を返還しなさいと、ポーランドのワレサ大統領に詰め寄られましたが、
ドイツ人は、グラスに同情的でした。
写真のエレファント・マンは、実在の人ですが、
映画はB級で、あまりヒットしなかったのに、
日本では、お客さんがたくさん入りました。
淀川長治という映画評論家が、お客さんを観察すると、
日本の人は、映画を見て泣いていたそうです。
アメリカでは、だれも泣かずに、大笑いする人もいたと、
淀川氏はテレビで言っていました。
エレファント・マンは、歩行も呼吸も会話も困難で、片手が動かず、
普段は頭巾を被って、顔を隠していました。
19世紀後半の、ジョゼフ・ケアリー・メリックというイギリス人のことです。
神経繊維腫症やプロテウス症候群などと言われていますが、
知能は正常で、見世物小屋の出し物になっていましたが、
障害者を見せ物にすることに対する世間の批判から、職を失い、
医師に保護されて、病室のベッドで仰向けに寝たところ、
睡眠中に呼吸ができなくなり、亡くなりました。
いつもは壁に凭れて、座ったまま眠っていたそうです。
人間は精神によって測られるべきと、
ジョセフ・メリックは書き残しています。
性同一性障害は、その精神の病気です。
病気の心のせいで、自分から身体を壊して、
わざと変形した身体を見せ物にします。
自分で身体を自傷して、性的快感を催し、見世物になることを、喜びますので、
テレビに出演したり、お酒の出る風俗店で働いたり、
売春のお仕事などをして暮らしています。
これを禁止されると、半数近い人が失業して、路頭に迷うかも知れません。
2月11日の、藤田邸の記事の中で、
「年寄りのGID」と自称する性同一性障害のグループを紹介しました。
このグループのうちの、年寄りと言うに相応しい年齢の人たちは、
すでに治癒していますが、
昔、発症した時には、自分の身体を奇形と思って、悲観していました。
日本の性同一性障害では、おそらく彼女たちだけが、
性転換を、売り物や見世物にしなかった人たちですが、
自分の身体を、治療すべき病気と思って、忌避していました。
世間の人から、身体のことで、激しい差別を受けていたからです。
生まれ育った御近所の人は、気心をよく知っていましたので、
誰も差別しなかったそうです。
彼女たちは、幼児体型や発育不良などと言われて、笑われていましたが、
知能指数は、100人程度の平均が、135を超えていました。
半陰陽を起こしやすい病気を調べましたが、
当時は原因となる病気を発見できませんでした。
ホットフラッシュや、性欲が無いなどの、
二次的な心身症状や、御家族の精神障害などから、
やがて精神の病気でないかと疑われました。
中学生や高校生の頃に、真冬に水風呂に飛び込まざるを得なくなったり、
暖房の効いた屋内に入れずに、窓を開けたまま、コップの水が凍るお部屋に寝たり、
電車に乗ると、一駅ごとに下車して、駅のおトイレに駆け込み、
上半身裸になって、身体を冷やさなければいけないほど、
身体が、フライパンで炒られるように、急激に熱くなります。
眠っている時に、ふと目が醒めて、真っ暗な天井を見ただけで、
急に熱くなって、水風呂に飛び込む有様でした。
当時は、一般家庭に、シャワーはありませんでしたので、
いつも浴槽に水を張って、発作に備えていたそうです。
ホットフラッシュと言います。
更年期の女性が、エストロゲンの分泌低下に適応できずに、
更年期障害として現れる症状のうちで、もっとも多い症状ですが、
これほど激越なものは、更年期障害にはありません。
年寄りのGIDの人たちは、思春期のテストステロンの分泌の増加に適応できずに、
ホットフラッシュをきたしました。
暖房に適応できませんので、高校の入学試験を受けられなかった人もいます。
当時は、病気と言う理由をつけても、再試験の制度がありませんでしたので、
試験の途中で発作を起こせば、不合格になりました。
年寄りのGIDの人の中には、アメリカで知能検査を受けると、IQ200なのに、
日本で受けると、IQ185なので、日本の検査のほうが簡単みたいという人もいます。
空間認識の問題で、時間切れになるそうです。
こういう人が、全体の知能指数の平均を上げているのかも知れませんが、
わたしの見た感じでは、やはり全体的に知能が高い印象を受けました。
IQ135の平均的な人でも、文部省主催の全国規模の学力検査を受けると、
全国で1番や2番の成績の人がいて、
中学生時代は、家庭で勉強をしたことがなく、試験前の勉強も経験がなく、
黒板の字をノートにとっても、二度とノートを見ることもなく、
学校の授業を聞いて、あとは家事手伝いをしているだけで、全国で1番です。
この人は、御家族の精神障害者の世話と、
御自分の身体を学校で笑われないように、虐められないようにする苦心と、
病気の検査漬けになり、とうとう性転換する羽目になってしまっただけで、
思春期と青年時代が過ぎたと笑っています。
こういう生活をしていると、学業生活が良くなるのは、
もしかすると、歓楽街の性的非行に耽っている性同一性障害の人とは、
正反対かも知れません。
やはり、性的快感を過度にむさぼるのは、認知障害を進行させ、
性欲が無いのは、知能指数に現れない認知機能を、高めるのかも知れません。
普通の135の知能指数なのに、
勉強もしないで、全国で一番の成績というのが、怪訝です。
御本人によく聞くと、中学生頃まで、耳から聞いた言葉は、
全部テープレコーダーのように、丸暗記できたと言います。
こういう人は、結構多くて、
膨大な量の、昔の神話や聖書の類を、丸暗記していたりします。
一度で暗記できますから、すごいのですが、
丸暗記というのは、どう見ても不合理な記憶の仕方です。
容量が大きくなりますから、脳が窮屈になります。
人間は、誰でも乳児の頃に、直感像記憶の能力を持っていて、
写真に撮ったように、テープレコーダーに録音したように、丸覚えします。
普通は、3才頃までに、この能力がなくなり、
その代わりに、重要な事や、興味のある事などの、
要点や筋書きだけを、覚えるようになります。
稀に、直感像記憶の能力を、思春期以後にも持ち続けている人がいて、
山下清さんなどは、そういう人でした。
幼児のような清新な貼り絵が評価されて、画伯と言われましたが、
旅で見た風景を、写真に撮ったように記憶していました。
知的障害者の施設を抜け出して、下着一枚で放浪しましたので、
裸の天才とも言われています。
当時は、夏になれば、男性が下着のパンツ一枚だけで屋外を歩くのは、
それほど珍しくありませんでした。
カンカンにタオルや石鹸を入れて、ステテコもはかずに歩いている男性を、
お風呂屋さんの行き帰りに、よく見掛けました。
山下清さんには、女性を見ると、パンツを下げる癖があったみたいですけど、
温泉旅館の仲居さんに、女の人がお風呂に入っているところを見たいと、
せがんだ話が、彼自身の日記に残っています。
中居さんは、男の人は女湯に入れませんと、断っていますが、
山下さんのほうも、どうして女湯の女性を見たいのかと、
自分の心を詮索する気持ちはありません。
わたしも、子供の頃に映画を見て、
どうして、お風呂やお便所を使っている姿が、映画に出て来ないのかと、
母に尋ねたことがあります。
母は、お風呂やお便所だから当たり前と言いましたが、
わたしのほうも、どうして、そんなことが疑問になるのかと、
自分の心を詮索しませんでした。
子供には、お風呂やお便所のことが、
大人にも子供にも共通の、身近な出来事に見えています。
裸や排泄に、親しみがあるんです。
よその人の、お風呂やお便所の様子を知りたかっただけですので、
性欲という理由は考えませんでした。
わたしは、5才ぐらいでした。
裸や排泄という幼児の親しみと、大人の性欲とは、
わりと簡単に直結するのが、心の発達ですが、
統合失調症や性同一性障害などの精神障害では、
すでに裸や排泄に親しみを持つ乳幼児の頃から、
乳房に吸い付いて、お乳を呑む反射や、
腸や尿道の、蠕動や排泄の反射に、自律神経の異常のある人が少なくなく、
お母さんは、離乳や排便排尿の躾に、往生することがよくあります。
山下さんは、要点や筋書きだけを、要領よく覚える能力が発達せずに、
幼児期を過ぎて、思春期以後になっても、丸覚え記憶に頼っていました。
将棋や囲碁の棋士などにも、その傾向があり、
博打には強いけれども、実生活はめろめろって話を、よく耳にします。
お兄さんは東大に入学したのに、ご自分は将棋指しになり、
おシモの締まりがなく、博打ばかりの人生だったとかね。
将棋の盤面を、死ぬまで丸覚えしているそうです。
年寄りのGIDの一人も、この直感像記憶の能力を使って、
勉強もしないのに、全国で一番の成績でしたが、
性欲が無く、性ホルモンに対する身体の反応が異常で、
意志に反して、性転換する羽目になりました。
記憶と性欲、あるいは生殖とは、密接な関係があります。
自我機能の仕組みを知れば、それがわかります。
また、自己免疫疾患やアレルギーなどとも、深い関係があります。
身体の白血球が担っている免疫機能に似たようなものを、
脳の自我機能が受け持っているのかも知れません。
だいたい統合失調症の人には、免疫疾患が少なく、
統合失調症以外の、性同一性障害や拒食症などのヒステリーには、
免疫疾患の多い傾向があります。
また、統合失調症の人でも、発病前には免疫疾患が多く、
統合失調症を発病すると、免疫疾患が少なくなります。
統合失調症そのものが、免疫疾患とよく似た仕組みによって起こるのかも知れません。
年寄りのGIDと自称する人たちは、
身体の外観を奇形と言われて、
差別虐待された思春期や青年時代の経験を、激しく憎んでいます。
性欲が無くなったのは、身体の奇形を笑われたせいではないかと、思ったそうですが、
性欲が無いと、将来、自殺する人が非常に多いのを、
中学生の頃にすでに知っていて、性欲とは何かしらと、ひどく悩んだそうです。
結局、彼女たちは、エストロゲン剤を使うことで、
一日にして、激越なホットフラッシュが、綺麗に治ってしまいましたが、
そのせいで、性転換手術を受けざるを得ない身体になりました。
早い人は、手術後数ヶ月で、生まれて初めて性欲を感じたそうです。
男性に愛されたいと思いました。
当時の写真や御本人たちの回顧などを根拠に推定すると、
彼女たちはホルモン療法を受ける前から、
男性の中で、20万人に1人ぐらいの、
最も女性に似た体型や体質だったのではないかと推定されます。
現在の性同一性障害の人の平均的なところは、
同性数十人に1人程度の、異性に似た体型や体質だったかも知れません。
なかには、異性とは似ても似つかぬ身体で、
20才を超えてからホルモン療法を始める人もいます。
年寄りのGIDの人たちを、現在の性同一性障害と同じ病気とできるかは、疑問が残ります。
このグループには、最近の若いFtMの子も加わっていて、
現在のGIDの大部分の人たちと、かなり違う症状が出ています。
若いFtMの子たちは、顔や身体の外観や体質が、自然に男性に近かったために、
学校では、男だろう、性転換しろと言われて、差別虐待されていました。
身体を検査しても、半陰陽でなく、生物学的に女性ですが、
性ホルモン量は正常なのに、無月経の人が少なくありませんでした。
気持ちは女性として生きて行きたかったのに、
あまりにも差別されたので、追い詰められて、
救いを求めるかのように、性転換医療に縋って来ました。
でも、彼女たちを差別した側の多くは、
テレビで性同一性障害やニューハーフの性転換を知り、
金八先生のような俗悪な風潮に騙されて、
年寄りのGIDの若いFtMの子に、性転換しろと迫り、
オカマ扱いにして虐待していました。
テレビや新聞などのマスコミを使って、
盛んに性転換を良いことのように吹聴して、
性同一性障害という精神の病気を、健康な個性のように宣伝しているのは、
現在のGIDの自助組織と言われる人たちや、
性転換医療を推進している医師や学者たちです。
この人たちが間接的に、世の中の子供たちをそそのかして、
異性に似た顔や身体つきの子を虐めて、
性転換に追い落とすように、仕向けているようなものです。
現在の性転換医療の下手人や、性同一性障害という病人たちが、
年寄りのGIDの人たちのような、犠牲者を作り出して、
性転換に追い詰めているような気がしてなりません。
中学生の子供たちの精神年齢では、
客観的事実と言えば、顔と身体の美醜であり、
人間らしい心と言えば、心の性別のような好き嫌いです。
世界中どこへ行っても、貧乏人を差別虐待するのは貧乏人ですし、
落ちこぼれた人を犯罪の世界に誘い込むのも犯罪人です。
ニューヨークのブルックリン区の、ベッドスタイという所は、
黒人やヒスパニックの多い貧民街でしたが、
わたしの友達は、女一人の身で、ここに暮らしていました。
「レイプされるのが好きなの?」と、
彼女に聞いたことがあります。
屈強の男を100人ぐらい連れて行かないと、
身を守れそうにもありませんでした。
ところが、彼女は、
「大丈夫よ、お金持ちは襲われないの」と、平然としています。
同じ町に暮らしていても、
貧乏人同士で、お金をひったくったり、放火したり、
殴ったり蹴ったり、血だらけの殺し合いをしているそうです。
麻薬も、精神障害も、生活保護も、性的非行も、
みんな仲間内同士で起こることだそうです。
ベッドスタイ地区は、だんだんとお金持ちが住むようになり、
お金持ちと貧乏人とは、何も争っていないのに、
自然に、貧乏人は町を去って行くようになりました。
なんと日本的な情緒でしょうか。
日本の性同一性障害も、これなんですよ。
病気や貧乏や犯罪や性的非行や、
それらを正当化しようとする人たちが、
居心地のいい、馴染みの生活にしがみつこうとして、
性同一性障害を宣伝しています。
この人たちの望むところは、
場末の歓楽街にたむろしている落ちこぼれの仲間意識かも知れません。
自分達同士で差別しあって、喧嘩して、性交渉して、傷を舐め合っています。
統合失調症の人の職場復帰も、マスコミや政府や裁判所に支持されています。
でも、統合失調症の患者さんの妄想が、
マスコミや政府や裁判所に、是認されたのではありません。
性同一性障害の人も、みんなに保護されて、
優しくされるのが建前になっていますけれど、
けっして性同一性障害の人の信じている性別の心が、
良いものとして是認されたのではありません。
病気の症状と定義されて、
この世の中から根絶されれば良いものとされています。
病気の症状という悪いものを非難したのでは、
病気の人が可哀想ですから、
社会の公器やお役所は、病気の悪口を言いませんが、
病気を良いこととする人はいません。
この世の中から無くなればいいような、悪いことの一種が病気です。
性同一性障害の人が、みんなに建前として優しくされるのは、
社会から特別に保護されなければ生きて行けない精神の病気だからです。
統合失調症の人が保護されるのと同じで、可哀想だからです。
性同一性障害の人には、それがわかりません。
マスコミや政府や裁判所に、精神障害者として優しく支持されると、
病気の内容が是認されたと思い込みます。
自分の信じている性別の心が、是認されたと喜びます。
統合失調症の人の職場復帰が、裁判所に支持されたからと言って、
電磁波のせいで脳味噌に悪さをされていると信じる妄想が、
裁判所によって是認されたと思い込むのは、病気です。
性同一性障害は、この症状が、全部の精神障害の中で、最も重症かも知れません。
精神障害として保護されたり、精神障害の症状として定義されると、
身体の事実を拒否する心のような、精神症状の内容を、
良いものや、正しいこととして是認されたと、思い込む症状ね。
病識がないってこと。
これが、精神障害の中では、性同一性障害が最も重症です。
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