蓼科山と北横岳 0025 人格障害(その2)と同性愛

諏訪市有賀峠(あるがとうげ・標高1,063m)から、
東北東に、蓼科山(2,530m)と、北横岳(2,472.5m)を望みました。
富士山みたいに、きれいな姿の山が、蓼科山です。
八ヶ岳連峰のうちの北横岳は、標高2200mまで、車とロープウェーで登れます。
有賀峠は、北西に諏訪湖を見下ろす峠で、南側は伊那谷です。
 
フィリピンのピナツボ山が噴火した年に撮りました。
もう20年前になりますが、1年間ぐらいは毎日、朝焼けと夕焼けでした。
初冬の撮影です。
 
     昨日の人格障害の記事に、統合失調症との関係を書きましたが、
     人格障害の性格に応じて、様々な精神障害を発症します。
     人格障害そのものが、御家族や周囲の人にとっては、大変な難物ですので、
     これ以上に困ることは、現実問題として、ほとんどありません。
 
     統合失調症になってくれると、御家族はホッとします。
     人格障害よりも、いっそう働けなくなりますが、
     診断と薬剤が奏功して、扱いやすくなります。
     人格障害は、御家族や周囲に、大変な迷惑や苦労を掛けますが、
     統合失調症でしたら、手に負えなくなると、
     入院させる手や、薬剤の量や種類を調節する手があります。
     人格障害には、それらの手段がありませんので、
     どこまでも限りなく、底なし沼のように、禍いの元になります。
 
死刑が問われる凶悪犯罪は、ほとんどが人格障害によるものです。
殺人事件を起こしてくれると、
御家族は民事賠償のために、生活が火の車になり、
一家離散の憂き目に遭いますが、
成人の犯罪の金銭的賠償を、親がとるのも、日本独特の文化です。
 
刑事裁判では、民事の賠償を、検察官や裁判官が強く要求します。
「息子は成人していて、親の私達の言うことを聞かずに、独立した生計を営み、
事実上、親に勘当されて、親との交際がなかったので、
親の私達に、民事賠償責任はない」などと、法廷で言おうものなら、
検察官や裁判官だけでなく、弁護士からも、
御家族は法廷の場で、まるで犯人のように、口汚く非難されます。
 
親が民事賠償をしなければ、息子を死刑にするぞと言わんばかりに、
裁判官が親に迫りますので、
美しき家族愛に薫陶された日本の御家族は、一文無しになって自己破産するまで、
息子のために、お金を支払うのが現実です。
 
親が民事賠償の契約を済ませたからと言って、
犯人の死刑が免れることはありませんので、
裁判官と検察官と弁護士とが、法廷で堂々と、気持ちを合わせて、
阿吽の呼吸で、御家族を騙して恐喝するようなものです。
日本特有の、やさしい文化や社会の麗しさです。
フランス革命の思想とは、まったく異なります。
 
それでも、人格障害の子が逮捕されると、親はホッとします。
死刑になってくれると、新しい人生が始まるような希望を持ちます。
もしも、懲役15年の判決で、7年後に仮出所しそうな気配ですと、
気持ちが鬱陶しくなり、我が子の出所する前に、首を吊る親御さんもいます。
 
人格障害では、責任能力は完全である、とされるのが相場ですが、
精神疾患として分類されているように、医学的には精神の病気です。
実際に、境界性人格障害の場合は、1/4程度が、後に統合失調症を発症します。
その他の人格障害では、めったに本人が受診しませんので、実態は不明です。
昔は精神病質と言われて、事実上の精神病の予備軍として扱われました。
 
     土浦の荒川沖という駅の周辺で、8人を殺傷した犯人が、
     控訴を取り下げて、死刑が確定しました。
     彼は、ゲームのファンタジーが生き甲斐でしたが、
     実生活において、超越的な能力を得られなかったので、死を望みました。
     自殺が恐かったので、死刑になろうと思い、
     荒川沖駅周辺で、無差別に2人を殺し、6人を傷害しました。
 
     裁判でも、死刑を強く希望し、反省していないと言い切りました。
     ライオンがシマウマを食べても、反省しないのと同じだそうです。
     自分は世の中と人生の真理を悟っていると言います。
     酒鬼薔薇という神戸の首切り事件の中学生が、
     人間の命を野菜と言っていましたが、
     荒川沖の犯人も、野菜という言葉を使っていました。
 
     判決は、ライオンうんぬんの悟りの哲学を、きわめて幼稚で独善的と指摘して、
     責任能力は完全でありながら、反省がなく、更生の可能性がないことから、
     他の事件と比較して不公平にならないように、死刑としました。
     御家族を、たいへん健康的で良い家族と持ち上げています。
 
     犯人の御家族は、精神障害者にごく普通の標準タイプの御家族で、
     蓋然性から言って、犯人を除く4人の家族のうちの、1人は統合失調症であり、
     犯人や統合失調症の人を含めて、2~3人程度が、精神障害者です。
     犯人は犯行後、自己愛性人格障害と鑑定されています。
     ちなみに、酒鬼薔薇少年も行為障害と鑑定されていましたが、
     成人なら人格障害でした。
     余談ですが、酒鬼薔薇少年に首を切り取られた被害者の少年は、知的障害者で、
     犯人を慕っていたので、貯水タンクのある山に、付いて行きました。
     被害者の少年の父親は、放射線科の医師でした。
 
     荒川沖の犯人の家庭は、弟が自宅で生活していません。
     犯人は、以前からウザイと思っていた妹を、最初に殺そうとしましたが、
     不在だったので、見ず知らずの通りすがりの人を殺しました。
     妹は、母親と会話ができず、
     お互いに必要な事をメモに書き、台所の机に置いておきます。
     普通に言葉を発声できるにもかかわらず、妹は母親と喋りません。
 
     この家族の状態を、父親は普通の家族と思っていて、悩むこともありませんでした。
     犯人のライオンうんぬんの信条は、小学生の頃に形成されたそうで、
     父親はそれを知っていましたが、矯正しようとは思いませんでした。
     法廷でも、父親は家庭の状況や、犯人の信条を、普通と言っています。
     精神障害者の多発する家庭に、よくある状況で、
     家族のコミュニケーションが、うまく行かず、一家団欒がなく、
     同じ屋根の下に住んでいながら、お互いが他人のようです。
 
     性同一性障害の人にも、家族制度を否定する人が少なくなく、
     とりわけ婚姻制度を、権力の支配機構として非難しますが、
     育児はどうするのかしらと、わたしは疑問になります。
 
     荒川沖の犯人も、24才の童貞でしたが、
     御本人には、生殖不能や生殖拒否の症状が顕著で、育児のことは思いも寄りません。
     子供を産んで、子供や家庭を育てる幸せや喜びを指摘すると、
     子供を産む道具として女性を見ていると、性同一性障害の人に噛みつかれます。
 
     部落解放運動と性転換運動の結合に、熱心な人だったりしますが、
     御家族の状況を、人づてに聞くと、
     すでに崩壊した家庭の残骸の中に、運悪く生まれついた人のようで、
     血縁には精神障害が多発しています。
 
     荒川沖の犯人は、正常な知能でありながら、判決でも指摘されているように、
     ライオンうんぬんの信念や、
     自殺したいから人を殺して死刑になる、という理屈などは、
     思春期以前の、小学生の幼稚な分別です。
     健常な人は、正常な知能の25才でありながら、
     小学生の了見を確信して、人を殺すことなど、あり得ません。
 
     それでも、医師の鑑定も判決も、責任能力は完全です。
     わたしも、自己愛性人格障害の鑑定は順当と思います。
     責任能力は完全で、死刑はやむなしとするのも、相場です。
     実際には、判決も更生不能と言っているように、
     知能が正常でありながら、小学生の幼稚な判断を、
     命に替えても確信してしまう人格障害の症状は、どうしようもありません。
     たとえ銃を突きつけても、変更不能です。
 
     もちろん、そこまで確信する症状を、本人は、どうしようもありません。
     これを、フランス革命の考え方では、本人の責任とします。
     他人が銃をつきつけても、変更させられない症状を、
     本人には変更できると、フランス革命は言うのでしょうか。
 
実際に、どうすればいいのか、という現実的な対処が、
自我や自由や責任や、個性や生き方やフランス革命の思想などを、
言い訳のように、口から出させたに過ぎません。
 
現実的な対処って、
チチスドイツが、歓楽街で遊ぶ性同一性障害の人たちを、
収容所で焼却処分にしたようなことですよ。
QOLと言って、性同一性障害の患者さんを誘導して、
生殖機能を切り取ってしまう現在の性転換医療と、さほど変わりません。
今でも、性同一性障害って、
人格および行動の障害のところに、入っていたと思います。
WHOの統計用の病気の分類。ICDね。
 
人格障害が、障害者の介護の中では、いちばん厄介で、手がかかるんですよ。
介護疲れのほとんどは、これ。
でも、精神科の入院病棟では、この厄介さが、すっぽりと抜け落ちてしまいます。
強制できるから、面倒がなくなるんですよ。
 
戦争では、兵士だけでなく、民間人も銃を突きつけられて、捕虜になるでしょう?
歩かされるの、移動の時に。
捕虜の人は、歩かされて、山の中で殺されるのかと、びくびくしています。
銃を構えている兵士のほうも、いつ敵の襲撃に遭って、
殺されるかも知れないから、覚悟を決めています。
 
そういう時に、100人に1人か2人の割合で、必ず、
もう歩かないって言って、座り込んでしまう捕虜がいます。
身体の病気なら、わかるんだけど、身体はぴんぴんしているのに、歩かないの。
自殺志願みたいに、はらを決めています。
戦争中の前線の、場合によっては戦闘中ですから、
文句無しに、その場で銃殺です。
突然、歩かないって言って座り込んでから、銃殺されるまで、10秒もかかりません。
 
手が掛からないの、精神科の入院病棟って、
患者さんが駄々をこねれば、保護室に入れて、紙オムツにして、
拘束具でベッドに磔けにして、お薬を注射してしまえば、それでいいでしょう?
どこの精神科でも、そうしています。
言うことを聞かない患者さんを制裁するために、
保護室や拘束具やお薬を使います。
だから、精神科の入院病棟では、手が掛からないんですよ。
看護師さんは、人格障害がどれぐらい大変か、ちっとも知りません。
 
だって、一般家庭では、人格障害の人を縛り付けるわけには、行かないでしょう?
反対に、縛り付けられたりしてね。どうします?
人格障害って、強制的に受診も治療も入院も、させられないんですよ。
でも、統合失調症でもアルツハイマーでも、人格障害の症状が一杯なの。
アルツハイマーって、脳の神経細胞の変性がはっきりしている病気なのに、
いちばん最初に出てくる症状は人格障害で、
寝たきりになるまで、この症状のために、
御家族は地獄の底を彷徨うことになります。
 
介護疲れのために自殺するのは、たいてい患者さんの人格障害が手に負えないから。
アルツハイマーなんか、10年で死ぬから、軽いものよ。
統合失調症なんか、薬物療法や入院って手があるから、安心。
人格障害って鑑定される人なら、どうしますか。
受診さえ、強制できないから、診断もされないのが普通。
 
でも、性同一性障害では、
異性になったつもりの性的快感を餌に、精神科におびき寄せます。
どうするかって言うと、素早く生殖機能を摘出して、
優生医療のQOLよね、結局、終末医療と同じになるんだけど・・・
まず間引いて、子孫を増やさないっていう担保を取ります。
社会防衛のためだから。
 
人格障害は精神障害の核心の症状ね。
けっして周辺症状でないってことが、性同一性障害の人にわかれば、
治癒傾向が出て来たってことかしら。
どこかのお医者さんのように、性転換手術を受けるのが核心の症状で、
SRS(性転換手術)を受けないGID(性同一性障害)は、周辺症状なんて言っているようでは、
もういっぺん医学部に戻って、勉強し直して来なさいって、
わたしなら、言ってあげます。
 
介護保険でも、介護の一番の苦労は人格障害なのに、
それを評価する客観的な検査法がないので、
現実の苦労の量と、介護の程度の認定とが、著しく異なります。
お医者さんより看護師さん、看護師さんより介護職の人のほうが、よく知っています。
内緒だけど、よく知っている人のほうが、頭が悪い。
御家族が一番よく知っていますから、そりゃあ自殺ものになります。
 
     ああ、この記事、予告してたから、
     同性愛のことも書かないといけないの。たいへん。
     山登りって、汗だらけになっても、
     尾根筋だったら、シャワーなんか、ありません。
     真夏の谷筋でも、冷たくて顔も、洗えません。
     北アルプスには、雪渓なんてあるのよ、真夏なのに。
 
     白馬鑓温泉【はくばやりおんせん】って、
     標高2100メートルなのに、温泉につかれます。
     ふつうは山って、テントで泊まっても、
     疲れて汗だらけで、肌が、ねちょねちょしてるから、
     とうてい、エッチをしたい気持ちになれません。
     
     でも、同性愛の人は、舐めるのが好きなんです。
     汚れている粘膜や肌が、いいらしいの。
     女性も男性も共通で、性器や唇はもとより、
     身体中、舐めるのが大好きで、
     山登りの汗だらけの身体なんか、
     同性愛の人には、涎れがこぼれるのかも。
 
     ほんとは、同性愛の文化や趣味は、人の勝手なのよ。
     精神障害が疑われるのは、生殖不能や生殖拒否の症状です。
     異性と生殖ができて、育児放棄もしていなければ、
     誰と、どういう方法で、何を楽しもうと、問題ありません。
     人に実害のある危険を及ぼさなければ、
     健全な文化や趣味の一つにすぎません。
     同性愛を嗜んだからと言って、生殖不能や生殖拒否にならないの。
 
     古代ギリシャや、戦国時代の日本の武士を見るまでもなく、
     文化的に流行すれば、だれでも簡単に同性愛を習得できます。
     オナニーによって性的快感を得るのと、心理的に同じ仕組みなので、
     成人した後でも、異性に対する性欲があれば、
     同性愛の習得は、難しくありません。
 
     文化的流行がなければ、わざわざ同性愛を習得する人は、少ないかも。
     流行期には、成人のほぼ全員が、同性愛を嗜みます。
     異性装や同性愛が、自由な文化や趣味であるのは、
     その時や、その場所や、その人々などによって、
     高く評価されて流行することもあれば、
     支持を失って禁止されることもあり得るっていう意味です。
 
     自由な文化や趣味は、すべてその通り。
     禁止することもできるのは、自由にすぎません。
     たとえばミニスカートのような、特定の衣服のファッションを禁止しても、
     人類は絶滅しませんし、誰の命も危うくなりませんから、自由に禁止できますが、
     心臓の拍動は、禁止できません。
     異性装や同性愛を禁止しても、禁酒法の実施と、ほぼ同じ騒ぎになるだけです。
 
     人々の支持があれば、大流行し、
     廃れれば禁止されることもあり得るのは、
     自由な文化や趣味の、一般的な特徴です。
     異性装や同性愛だけが、特別ではありません。
 
     現代の欧米の同性愛の運動や、性転換の運動などが、
     同性愛や異性装と、生殖不能や生殖拒否との関係を、誤解しているように、
     かつて、キリスト教やイスラム教などは、
     生殖を守るために、同性愛や異性装などを禁止して、差別虐待しました。
 
     欧米の宗教の誤解は、現在も、
     同性愛の解放運動や、性転換運動などの人々に、
     無傷で受け継がれています。
     
     同性愛や異性装などによって、生殖不能や生殖拒否をきたすことは、ありません。
     生殖不能や生殖拒否は、脳や身体の器質に、原因となる病変がなければ、
     広く発達障害や、統合失調症や拒食症や解離性同一性障害や、認知障害などに、
     共通の症状です。
 
     同性愛や異性装を嗜む人は、
     流行期なら、人口のほぼ全部です。
     同性愛や異性装を嗜みながら、
     同時に、精神の病気に罹っている人も、たくさんいます。
 
     精神の病気の多くは、自分が精神の病気であることを、自覚できません。
     同性愛や異性装の趣味のある人が、精神の病気に罹っていれば、
     生殖不能や生殖拒否の症状を、精神の病気の症状と自覚できずに、
     同性愛や異性装のせいと、思いこみます。
 
     かつてキリスト教やイスラム教などは、
     精神障害の症状を是認できずに、
     同性愛や異性装を禁止して、差別虐待しました。
     宗教家たちは、生殖不能や生殖拒否の症状を見て、
     同性愛や異性装を嗜む人の精神症状と、誤認しました。
 
     精神障害者の症状は、病気ですから、
     現代でも、それを良いものとして、是認することはありません。
     病気の症状を、良いものとして是認できないことを訴えたくて、
     欧米の宗教家たちは、同性愛や異性装を糾弾しました。
     生殖不能や生殖拒否などの精神障害の症状と、
     同性愛や異性装とを、取り違えたのです。
 
     現在も、同じ取り違えを、欧米の同性愛者や異性装者が、継承しています。
     彼らは、生殖不能や生殖拒否や、その他の様々な精神症状を、
     同性愛や異性装のせいと主張します。
     同性愛や異性装を嗜んでも、
     生殖不能や生殖拒否や、その他の精神症状にはなりません。
     それらの症状は、同性愛や異性装のせいでなく、精神障害のせいです。
     同性愛や異性装を嗜む人が、精神障害に罹っているにすぎません。
     でも、彼らは自分が精神障害であると、自覚できません。
     精神医学では、病識がないと言い、
     精神障害者には、ごく普通に起こります。
     
     欧米の同性愛の解放運動や、性転換運動は、
     かつてのキリスト教やイスラム教の誤解を、見事に継承しています。
     日本の健常者には、火を見るよりも明らかですが、
     欧米人には、健常者でさえ、自分たちの歴史の過ちが見えません。
 
同性愛の人が、汚れた粘膜や皮膚を舐めるのが好きなのは、
ほんとは、同性愛の特徴と言うより、
まだ排便排尿を躾けられる前の、
幼児の糞尿に親しんだ頃を、懐かしむ気持ちに近く、
だれにでもある思い出かも知れません。
ふるさとは懐かしいけれど、それを棚に上げておく気持ちが、
実生活では要求されます。
 
性生活では、別に棚上げする必要もありませんから、人の勝手ですが、
統合失調症では、排便排尿の躾けの前の幼児の心にまで、退行することがよくありますので、
その目安の症状になるかも知れません。
 
男性の同性愛者では、性器を肛門に挿入しますので、糞便にまみれます。
その性器を、ペロペロと舐めるそうですから、
相手の人は、自分の糞便を口にすることになります。
女性の同性愛者でも、パートナーに舐めてもらうために、性器を洗いません。
女性器は汚れやすいので、不潔ではないかと、首を傾げたくなります。
 
性器を舐めることよりも、不衛生を好む性癖は、
統合失調症によく現れる症状です。
他人や社会とのコミュニケーションが不調になると、
家の中の整理整頓ができなくなり、身なりを気にしなくなり、
入浴やお掃除やお料理が出来なくなり、
衛生観念が麻痺して来ますが、その時によく現れるのが、
糞尿の扱いがルーズになり、幼児に退行するような、不潔な症状です。
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

0コメント

  • 1000 / 1000