パンジャブ民謡 行きたくない
(Nai jaana ナイジャーナ )
歌 : ネハ・バシン(Neha Bhasin)
*** ***
Nai jaana
(I won't go)
Nai jaana mere maye,
Mai aide naal nai jaana
( Mother, I won't go with him)
Nai jaana
(I won't go)
Nai jaana mere maye,
Mai aide naal nai jaana
(Mother, I won't go with him)
Pehli Pehli vaar menu dyor lene aagaya
( The first time,
his younger brother came to take me)
Pehli Pehli vaar menu dyor lene aagaya
( The first time,
his younger brother came to take me)
Dyor de naal meri jandiye bala
(With him, I'm scared)
Kund chukiya na jaaye
(Can't lift the lock)
Mua boleya na jaaye
(Can't say anything)
Kunda kholeya na jaaye
(Can't unlock the door)
Dyor ve, dyor de dill da chor
(He is the thief of hearts, )
mai aide naal nai jaana
(I won't go with him)
Nai jaana
(I won't go)
Nai jaana mere maye,
( Mother, I won't go)
mai aide naal nai jaana
(I won't go with him
Dooji Dooji vaar menu jeth lene aagaya
(The second time,
his elder brother came to take me)
Dooji Dooji vaar menu jeth lene aagaya
(The second time,
his elder brother came to take me)
Jeth de naal meri jandiye bala
(With him, I won't go)
Kund chukeya na jaaye
(Can't lift the lock of the door)
Mua boleya na jaaye
(Can't say anything)
Kunda kholeya na jaaye
(Can't unlock the door)
Jeth de naal meri jandiye bala
(With him, I won't go)
Kund chukeya na jaaye
(Can't lift the lock of the door)
Mua boleya na jaaye
(Can't say anything)
Jeth ve jeth da mota pet,
Main ehde nal nai jana
Nai jaana, nai jana meri mayein,
Main ehde nal nai jaana.
Tiji-tiji vaar mainu aap lain aa gaya
(third time he came himself)
Tiji-tiji vaar mainu aap lain aa gaya
(third time he came himself)
Mahiye de nal mainu jaya vi jaye,
(with my love I can even go)
Ghund chukya vi jaye,
(Can't lift the lock of the door)
Muhon bolya vi jaaye,
(Can't lift the lock of the door)
Kunda kholya vi jaaye,
(Can't unlock the door)
Haan mahiya ve,
(love my love)
Mahiya dhol sipahiya,
(with my love I can go)
Main ehde nal tur jana
(with my love I can go)
Haan mahiya ve,
(love my love)
Mahiya dhol sipahiya,
(with my love I can go)
Main ehde nal tur jana
(with my love I can go)
Nai jana, nai jana meri maayein,
Main ehde nal nai jana
Nai jana, nai jana meri maayein,
Main ehde nal nai jana.
Main ehde nal nai jana.
Main ehde nal nai jana.
※ 英語訳は、いい加減です。
民謡ですので、
歌詞にバリエーションがあり、
ネハ・バシンの歌っている歌詞と、
同じのが、見つかりません。
いくつかの歌詞を
折衷する必要があり、
面倒くさいので、やめました。
すみません。
ナイ・ジャーナ(Nai jaana)は、
18世紀のワリス・シャー(Waris Shah)の
叙事詩の、
ヒール・ランジャー(Heer Ranjha)に
因(ちな)んだ作詞作曲者不明の、
パンジャブ(Punjab)地方の民謡です。
ロミオとジュリエットに、似ているので、
欧米人に人気があります。
貧乏人の息子ランジャーが、家を出て、
金持ちの家の、牛飼いの仕事に就きます。
その家の娘ヒールと、恋に落ちますが、
両親に見つかり、ランジャーは追い出されて、
ヒールは嫁にやられます。
傷心のランジャーは、
諸国遍歴の修行僧になりますが、
ヒールの嫁ぎ先と知らずに訪れた町で、
彼女と出会ってしまいます。
2人は、ヒールの両親に、結婚の許しを乞い、
ようやく認められますが、これが偽りでした。
結婚の日に、ヒールの罪を罰するために、
彼女の叔父が、毒を盛り、彼女は息絶えます。
これを知ったランジャーが駆けつけて、
残りの毒を仰ぎ、彼女の傍らに倒れました。
2人の墓は、今も残っているそうです。
嘘こけ。
パンジャブ地方に伝わる民話を、
叙事詩人のワリス・シャーが、
詠みましたが、
ビデオの歌は、彼の叙事詩を
なぞっているそうです。
ネハ・バシンは、
セクシーアイドルですが、
彼女の歌の、物まねとダンスが、
結婚式の余興として、
大流行しています。
オリジナルの民話や叙事詩は、
結婚に纏わる悲劇ですので、
喜んでいる場合でありませんが、
皆さん、嬉しそうに歌っています。
インドの説話は、どれもこれも、
次々に人が死に、
世代交代して行きますから、
何世代にも渡る歴史物語です。
気の遠くなる血筋の興亡に比べて、
ロミオとジュリエットのような、
こじんまりとした物語は、
扱い易いのかも知れません。
パンジャブ人に、おお受けです、
この歌、このパフォーマンス。
一度聞けば、
忘れないメロディですから、
気軽です。
2人が再会すると、
彼女は、故郷の実家に逃げ込みますが、
嫁ぎ先の一族や夫が、連れ戻しに来ます。
行きたくない、
ランジャーと一緒になりたいと、
母親に懇願する歌です。
この後、毒を盛られて、死にますから、
インドヨーロッパ人は、
何が嬉しいのでしょうか。
イングランドのロミオとジュリエットや、
イタリアのべリズモオペラも、そうですが、
客は、悲劇を見て、楽しみます。
結婚式の余興なのに、
出戻って来た娘が、実家で毒殺される話を、
みんなで歌って楽しみますから、
歌舞伎や能と同じです。
千利休が、切腹させられた理由も、
すぐにわかります。
だから、この歌を貼り付けました。
性別違和や統合失調症などが、病気とされて、
自分自身や他人や社会から、結局、
身体や人格を、破壊される理由が、
わからなければいけません。
ロミオとジュリエットや、
ヒールとランジャーは、
性転換や統合失調症と同じで、
みんなで楽しむ歌舞音曲ですから、
滑稽譚です。
千利休も、そう。
だから、切腹や毒殺や自殺が相応しいように、
性転換や発狂が相応しいと、
世間は見ています。
そのような狭い所へ、
だんだんと押し込められて行きました。
原因は、性転換や精神病でありません。
そういうふうに、仕立てられただけですから、
それは、結果です。
原因が、わかっていなければ、いけません。
孤立した原因を、知っていますか。
それがわからなければ、対策もわかりません。
歌っているネハ・バシンは、
わたしの友達に、似ています。
わたしよりも、
ほんの少し、年下でしたから、
もう、皺くちゃでしょう。
友達のほうが、彼女よりも美人でした。
それでも、子供の養育費を
請求されなかったので、
安心して、付き合えました。
子供を1人、認知すると、
最低でも、1億円はかかりますから、
若い時に、
火遊びを慎みなければいけません。
関西随一の美人でしたが、
元男性でしたので、
彼女とは、気持ちが打ち解けました。
今は、何をしているのでしょうか。
父も、たいへんな男前でしたが、
知的障害でしたので、
その世話に苦労しました。
エステティックが、
知性と正反対の結果を招くことは、
性別違和や知的障害も、同じですが、
性欲が、ロマンティックな精神分析の、
主たる対象でした。
千利休が、お茶や花や茶器に凝ったのは、
性欲やエステティックだけでなく、
切腹や性転換や
知的障害やロマン主義や精神病などと、
同じ考え方の内であると、
わからなければいけないような、
気がします。
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