熨斗蘭 ノシラン 0072 金本位制や警察制度の、不必要性

蛇(じゃ)の髭(ひげ)や、龍(りゅう)の髭を植えて、
土留めとしますが、
それの大きやつで、葉の長さが1mくらいになります。
 
夏は、蚊の住処(すみか)になりますから、
これを、庭に植える人は、いないでしょう。
 
リュウノヒゲのほうが、小さく、紫の実が可愛く、
実用的です。
なぜ、ノシランのように馬鹿でかいのを、
植える必要があるのか、疑問です。
 
どうせ、紫の実を、見るためですから。
 
熨斗蘭の名前が、何を意味しているのか、
よくわかりません。
花も葉も、ちっとも熨斗(のし)に似ていません。
のしは、大きいという意味かも。
 
ラン科でなく、昔のユリ科です。
今は、キジカクシ科(Asparagaceae)と言いますが、
アスパラガスの類です。
クサスギカズラ科とも、言います。
 
Ophiopogon jaburan の Ophiopogon は、
蛇の髭の意味です。
jaburan は、日本語の藪蘭に似ている、
という意味ですが、あまり似ていません。
  
 
   ***    ***
 
 
金本位制がなくなっても、
何の異変も、起こらなかったように、
警察がなくても、治安は、少しも乱れません。
 
犯罪が増えないどころか、
コソ泥や詐欺師や怠け者まで、殺されて、
社会は、ひっそりするかも、知れません。
 
精神科医や弁護士は、生きた心地がしませんから、
恨みを買わないように、
阿漕(あこぎ)なことを、行なわなくなります。
 
みんなに慕われる者が、威勢を張るのは、
当然ですから、
清水次郎長や新門辰五郎が、横行するのは、
仕方ありません。
 
間違いが多く、警察や裁判などの権力と比較して、
どちらが良いかと、思案するのは、
事実や善悪や科学などの、
ロマンティックな価値のせいでなく、
警察官や法律家と同様に、
算術の無能が、次郎長や新門の才能ですから、
どんぐりの背比べかも知れません。 
 
ロマンスは、物語にすぎませんから、
正しいロマンスや、不正な物語がないように、
事実や善悪や科学などは、みんなが喜べば、
それで良い。
 
幸せは、流行文化の徒花(あだばな)ですから、
地獄の苦しみや、極悪非道の憎しみに、
いとも簡単に変わり、
悶絶する苦しさが、至福の喜びや、清楚な美しさと、
讃(たた)えられて、少しも不思議でありません。
 
人柄や、人生の浮き沈みは、現金であると、
コンピュータは、算術の優越を、主張します。
 
法律家やヤクザは、
論理能力や計算能力がありませんから、
毛沢東の大躍進政策や文化大革命のように、
人類は、ロマンティックに絶滅して、
お目出度いことに、なりかねません。
 
 
   三国志やフランス革命のように、
   面白い物語を堪能して、死ねるのなら、本望です。
   警察は、要らない。
 
   アナキストめと、
   わたしは、何度も、学生時代に非難されました。
   ロマンティックな物語が、好きなだけです。
 
   コンピュータは、人類の増殖を、
   音楽のように計算します。
   流行歌のほぼ全部は、種付け歌でしょう?
 
   どうせ死ぬのに、人類の繁栄や幸せとは、
   権力でなければ、コンピュータの言い草です。
 
   世界で最もロマンティックで、
   時代錯誤の日本国憲法や天皇制を、
   しつこく奉じるのは、何のためでしょうか。
 
   毛沢東の大躍進政策や文化大革命に、期待するのと、
   同じです。
   人類の繁栄や幸せの、計算は、欲しくない。
   警察や裁判も、要らない。
 
   次郎長や新門で、行け!
   もうすぐ死ぬのに、面白いことをやらんと、損です。
   三島由紀夫は、そう言っていたのかも。
 
   わたしは若かったので、
   「コンピュータは、
   事実や善悪のない、素直な社会を作ります。
   人間は何もしなくて、構いません」と、
   三島氏に、教えました。
   人類が繁栄するための、医学的な手順を、
   コンピュータが示してくれると。
 
   人間の身体が、合理的に再利用される技術を、
   コンピュータは、普及するでしょう。
   鶏舎の鶏が、鶏肉を食べて育つのは、合理的です。
 
 
幸せや、愉快なんて、流行文化の価値ですから、
何が、そうであるかは、時代や場所や人により、
異なります。
 
寿命や人口は、数量化して計算できますから、
寿命が延び、人口が増えれば、
繁栄した社会や、幸せな国民の、証拠になります。
 
人口が多いにもかかわらず、寿命の長い社会が、
悲惨であった例は、ありません。
必ず、国民は満足しています。
 
寿命と人口を、増やせば、良い。
 
コンピュータが計算した通りに、実行すれば、
人は、幸せな社会に適応するだけで、構いません。
それが幸せであると、学習できれば、幸せです。
信じる者は、救われる。
 
そうでない人間を、犯罪者や精神病患者のように、
法律家や精神科医が、間引いてくれます。
 
遺伝形質を、最も長寿で、繁殖できる組合わせに、
調節すれば、
平均寿命は、簡単に、100才を超えます。
鶏舎で飼育するように、育てれば、
今世紀中に、150才に達するでしょう。
 
人間の身体を、有効に再利用して、飼料を作れば、
経済的です。
医者が、精神の健康を、管理してくれますから、
心配要りません。
わたしたちは、漏れなく、幸せになれます。
千手観音の慈悲の網に、救われるように。
 
 
   江戸時代の、現場の警察官は、皆、やくざでした。
   やくざが十手持ちでも、
   治安に、異常をきたさないどころか、
   現代よりも、犯罪が少なかった。
 
   110番やパトカーのない時代に、
   現代よりも、少ない犯罪は、
   桁違いに、治安の良い社会を、意味しています。
 
   十手持ちは、皆、賭場を開いていました。
   現代の警察は、何のためにあるのでしょうか。
 
   言わずと知れていますが、
   国民でなく、権力を守るために、必要です。
  
   わたしの若い頃に、金本位制がなくなりましたが、
   紙っぺらの紙幣の価値を、
   だれが、どのように保証するのかと、
   心配する人がいました。
 
   金に交換できない紙幣なら、
   いくらでも、印刷できるでないか。
  
   警察がなければ、だれが、人殺しを捕まえるのかと、
   心配する人は、頭が悪い。
   警察がなくなれば、
   犯罪が少なくなり過ぎるのでないかと、
   心配されます。
 
   法律家がいなくなれば、
   冤罪が激増するだけでなく、
   刑罰が重くなります。
 
   人口の過半数は、三段論法を適用できず、
   IQ135未満の人は、事実を識別できませんから、
   当然ですが、法治主義は形骸化します。
 
   現在と、五十歩百歩ですが。
 
 
   
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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