カメラマンの来る民家は、なかなかの秋です。
階段に囲まれているので、
荷物の出し入れが、大変です。
買わないかと、打診されたことが、ありますが、
即座に辞退しました。
上海の豫園(よえん)を、真似(まね)ても、
歴史的価値が付くわけでなく、
土地の相場から、壊す費用を、差し引きます。
住めませんでした。
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論理能力が低ければ、
事実と、嘘や間違いや噂(うわさ)などを、
識別できません。
どれくらいに、証拠や論拠のない噂を、信じるかって、
社会の底辺へ行くほど、ひどくなります。
平均的な論理能力の、世間一般の人たちは、
裁判の論争を、理解できないのに、どうして、
裁判員制度や、陪審員制度などが、あるのかしら。
判決文の中に、
信じられないとか、不自然であるとかって、
意味不明の判断が、一杯あるように、
事実や論理って、神秘主義の一種です。
ご先祖の神様からの、判断の枝分かれや、
ご自分の心の、判断の順番を、信じますから、
ブルドックやダックスフンドの体が、賢くないように、
事実や論理を標榜する脳の機能って、変更困難です。
科学技術が、嫌(いや)な奴を殺して、
生物の始まりからの、流行文化を、
体と言われる物に、凝(こ)り固めて来ました。
生物の始まりから、科学技術や流行文化があるって、
変な言い方ですが、41億年の生物の歴史って、
判断の整理整頓の仕方のせいで、
その長さに、なっただけです。
上手(うま)い分類でしたら、
人生を超える時間や、天文学的な空間などは、
必要なかったでしょう。
単細胞生物は、あほでしたから、仕方ありません。
それを受け継いでいます。
論理能力の低い人に、
証拠や合理性の無い噂(うわさ)を、信じるなと、
言っても、
統合失調症の人に、妄想や幻聴を信じるなと、
言うのと、同じです。
事実と、そうでない事を、識別できませんから、
彼らの言う事実は、嘘や間違いなどの噂と、同じです。
人が、どれくらいに、噂を信じるかって、
その人が、泥か、砂か、小石かに、似ています。
泥は、泥と一緒に、暮らすのが、幸せですので、
社会を、掻き混ぜることを、社会を幸せにすると、
言います。
噂を、事実のように、確信する割合は、
論理能力の量を、示しているのと、
似たようなものです。
この能力は、お互いに、直感的にわかります。
理解できない論理を、持ち出されると、
論理能力の低い人たちは、精神的に苦しくなります。
理解できる少量の論理だけで、付き合える人とは、
笑みがこぼれて、馬が合います。
親子でも、論理能力が離れていると、気を許せません。
エステティックの好きな母親は、
子供を放ったらかして、若い男前と、駆け落ちします。
エステティックは、
見れば、美男美女かって、わかるように、
論理能力が高ければ、見ただけで、論理がわかります。
何も考えなくても、事実が見えるように、
論理が見えます。
論理能力の低い者同士が、仲間を作るのを、
高い者は、たぶん、邪魔することが、できません。
嘘や間違いや噂(うわさ)のほうが、
論理能力の低い人には、幸せです。
お互いに、同類を見分けるように、わかります。
論理能力の低い人が、論理能力の高い人と話せば、
それだけで、心が苦しくなります。
この苦しさを、どうしたら良いかって、
頭の悪い人たちが、美味しいお肉の缶詰になり、
みんなに褒めて貰える幸せを、
誰も、邪魔することが出来ないのと、同じです。
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