横須賀港 2005 まだ、揺れている足

帰宅しても、
ロナルド・レーガンは、まだ、帰っていませんでした。
韓国と、演習をしているそうです。
 
2015年の初夏まで、
原子力空母ジョージ・ワシントンが、
横須賀を、母港にしていましたが、
たぶん、本国でなければ、原子炉を修理できません。
 
夏から、レーガンに、交替していましたが、
今は、ひっそりです。
 
艦番号を検索すると、
佐世保のアシュランド(Ashland)という揚陸艦が、
レーガンの埠頭に、入っています。
 
その手前の、ミサイル駆逐艦のステザム(Stethem)は、
横須賀に、いつも、いる奴です。
 
左下の隅の、ホースだらけの船は、補給艦ときわ。
ペルシャ湾やインド洋で、西側諸国の軍艦に、
石油を、無償提供して来ました。
 
F76という種類の軽油ですが、
日本の石油会社と、1リットル37円で、契約しました。
相場は、27円です。
 
アブダビ沖の公海上で、
民間のタンカーから、商品を受け取りましたが、
戦争中ですので、危険料込みは、仕方ないでしょう。
 
ついでに、従軍慰安婦を搭載すれば、
もっと喜ばれたのに。
 
ロシアやアメリカ合衆国が、
衛星や飛行機を使い、偵察しています。
 
シリアイラクのIS(イスラム国)が、
シリア政府の役人や、
アメリカ合衆国に支援された反政府ゲリラの幹部を、
拷問すれば、
石油会社の名前が、出て来るかも知れません。
 
こんなことを書けば、防衛省に怒られますが、
殺せるものなら、殺してみろ、という算段がなければ、
石油は儲かりません。
 
どうせ、殺されるのは身内ですが、
ISに狙われる可能性の、一番高い日本人は、
わたしかも、知れません。
 
LGBTに狙われる可能性も、低くありませんから、
お笑い草です。
 
どうして、ISとLGBTが、似て来るのかって、
後藤君や湯川君は、知っていたはずですが、
防衛省や厚生労働省や、
性転換医療を行なうお医者さんたちは、
知らないでしょう。
 
従軍慰安婦にも、似ています。
 
写真の一番下の、青緑の蒲鉾(かまぼこ)屋根は、
3階が体育館の、横須賀総監部厚生センターです。
 
自衛隊の桟橋の、すぐ後ろの山から、撮りました。
左手前の樹木は、実をつけた山櫨(やまはぜ)。
 
この写真を撮っていたせいで、警察官が飛んで来て、
職務質問を受けましたから、やっぱりお笑い草です。
 
25年前に、迫撃弾が、ここから撃ち込まれたそうで、
中核派の、花火みたいなやつかしら。
 
ISとLGBTと自衛隊と警察と従軍慰安婦が、
似た者同士なんて、
生きている内に、後藤君や湯川君を、拷問して、
白状させて置くべきでした。
 
彼らは、LGBTが、ISに行く気持ちを、述べるだけで、
立派な思想家に、成れたはずです。
現実は、共食いに終わりましたから、
トランスジェンダーの、ありきたりの末路が、
残念でした。
 
     ***          *** 
 
まだ、体が、揺れている感じですが、
何を、書いていたのかと、ブログを読み、
プロクシの話に、書き足すべきことが、あると、
気づきました。
 
公開の、無料のプロクシサーバを、検索すると、
たくさんのIPアドレスが、引っ掛かって来ますが、
ほぼ全部が、囮(おとり)のプロクシで、
世界各国の、おもに警察や軍隊の関係者が、
運営しています。
 
なかには、やくざやマフィアも、あるかも。
 
どの国の、警察や軍隊の間で、
情報交換が行われているのかを、知りませんが、
公開されている匿名プロクシを使い、
悪いことをすれば、捕まります。
 
その前に、インターネットの通信の、
仕組みや約束事の、裏をかくように、
習熟して置くのが、正しい。
 
警察を、こき使えない奴に、
悪いことをする権利は、ないと、
日本国憲法に、書いてあります。
 
起訴されると、99.9%が、
日本では、有罪になりますが、
アメリカ合衆国では、73%ぐらいです。
 
欧米諸外国の、推理小説や探偵映画は、
西側でしたら、全部無罪ですが、
日本や東側では、全部有罪になるくらいに、
ポワロやホームズは、賢い。
 
わたしは、良いことをして、
プロクシサーバを通過した情報が、
どこに、流れて行くかを、見極めています。
わざと、囮(おとり)の情報を、流しているの。
 
いまに、プロクシサーバも、
グーグルの広告のように、普及しますけれど、
コンピュータや個人を、特定するよりも、
人間の細胞の、一つ一つを、
権力が管理するようになりますから、
コンピュータについても、半導体の一つ一つが、
権力の支配下に、囲い込まれます。
 
インターネットの便宜を、食い逃げできない人が、
お肉になり、食べられるのは、当たり前であると、
赤ずきんちゃんは、言っていました。
 
人格や人権などの、個人主義は、
ロマンティックですけれど、
アリストテレスや自然科学の、
論理中心主義と同じくらいに、古臭い。
 
日本国憲法のような、義理と人情のお伽(とぎ)話は、
もう、要(い)らないのに…
 
     判断のマルペケの、組み合わせを、
     地図や道筋の、枝分かれのように、
     空間的に説明しましたが、
     順番のことを、書きませんでした。
 
     高校一年の数学でも、
     組み合わせと順番は、同じ章なのに…
     
     空間と時間という生物の判断の形式に、
     対応しています。 
     時間って、判断の順番でしょう?
 
     自分という意識は、実際に選択した道筋の
     記憶のようなものですから、
     すべての、可能な判断の組み合わせを、
     網羅していないのに、
     判断の順番という特定の経験を、
     変更できません。
 
     そいつは、魚なのか、そうでないのか、
     哺乳類なのか、そうでないのか、
     人間なのか、日本人なのか、
     東京に住んでいるのか、
     医者なのか、会社員なのか、と来て、
     ♂か♀かと、問われると、
     なんで、雌雄の判断が、最初でなく、
     一番ケツっぺたなのかと、文句が出ます。
 
     地図のように、判断の枝分かれを、
     空間に譬えると、
     新潟から東京に、行くときに、
     日本橋2丁目第2の交差点を、
     右折するか、しないかを、一番最初に、
     選択しなければ行けないカーナビは、
     頭が悪いのでないかと、疑いたくなります。
     
     新潟から東京だから、
     日本橋の交差点の選択は、
     最後のほうの、些細な問題でないかと。
 
     植物の検索表を見ると、
     葉っぱの、毛の有無は、
     たいてい、最後のほうの、着目点ですが、
     判断の組み合わせの中で、
     そいつを最初に判断して、
     進化の系統樹の、太い幹を決めるのと、
     最後に判断して、枝葉末節とするのとでは、
     何が違うのかしら。
     
     判断の順番は、時間が違う、と言いますが、
     空間的な組み合わせに、
     順番は、ありませんから、
     進化系統樹は、進化の時間でなく、
     判断した人間の、経験のほうの順番を、
     表わしているのに、決まっています。
     
     進化は、単純な判断を、組み合わせて、
     複雑な判断を、積み重ねますから、
     生物が進化したわけで、ないのに、
     生物を仕分けした人間のほうの、
     判断の順番が、
     たいていの人にとっても、同じであるのは、
     生物の体と言われる判断のプログラムが、
     コピーされたからです。
 
     人間は、目が良く、
     体の内側の、判断の手順が、
     体の外側の形として、知覚されますから、
     当たり前ですが、
     どうして、みんなと一緒の、具体的な形を、
     それぞれの人が、知覚できるのかって、
     みんなと一緒でさえあれば、
     自分のこれと、他人のあれは、
     同じであると、
     それぞれの任意の形を、翻訳しますので、
     何の齟齬(そご)も、来(きた)しません。
 
     言葉の習得と、同じ要領ですから、
     わたしたちが知覚している具体的な内容は、
     人為的な言葉なの。
     感覚器官は、言葉を受信する器官なの。
 
     統合失調症に、幻聴が一般的なのは、
     当然です。
 
     見られる物の、形の違いは、
     見る側の、判断の手順に応じていますから、
     同じプログラムが、
     たくさんコピーされていれば、
     だれの目にも、同じ形に見えます。
     マルペケの順番が、同じです。
     
     可能な組み合わせの内の、
     どこから判断しても、構わないのに、
     この順番で判断しなさいと、
     生物の体に、書き込まれていますから、
     最近の人間は、その記憶のことを、
     自分と感じますが、
     昔の人は、宿命や神様などと、感じました。
 
     いずれも、コンピュータのプログラムと、
     似たようなものですが、
     時間と言われるように、
     生まれつきに変更不能な記憶だけでなく、
     生まれた後の経験の中身も、
     過去を変更することは、困難です。
 
     判断の順番の記憶ですから、
     迂闊に変更すれば、記憶が悪いと、
     笑われます。
     
     実際に選択した判断の道筋を、
     覚えていなければ、
     選択可能な、判断の組み合わせの、全部を、
     試してみることも、できません。
 
     記憶を変更しないことを、
     責任と言いますが、老化に似ています。
 
     可能な選択を、比較できなければ、
     選択の意味もありませんが、
     順番が大切なのは、世代交代のせいです。
     
     他人と、そりが合わなければ、
     世代交代が出来ないのは、
     生殖の同じ手順が、
     コピーされて来たからに、決まっています。
     
     可能な判断の、組み合わせでなく、
     実際に判断した道筋の、
     マルペケの順番が、大切なのは、
     特定の判断のプログラムが、
     物として、記憶されていなければ、
     世代交代ができないからです。
 
     同じ御先祖様を、
     神様とする道筋でなければ、
     生殖できません。
 
     可能性や能力の問題でなく、
     記憶の中身が違えば、右巻きと左巻きの、
     蝸牛(かたつむり)のように、
     生殖不能です。
 
     近親相姦の跡形が、体に現われていると、
     エステティシャンや外科医は、言います。
 
     人間は、目が良いので、
     生まれた後の記憶も、
     体に現れた物の形が、大切である。
     変更不能な責任が、
     評価されなければいけない。
 
     40を過ぎれば、自分の顔に責任を持てと、
     ほんとうに、リンカーンは、
     考えたのかしら。
     暗殺されても、やむを得ません。
     地球も月も、でこぼこの顔ですから。
     
     わたしの足は、まだ、歩いています。
     生物の年齢が、40億才って、
     人格や人権やエステティックなどにより、
     個人を評価するのと、同じくらいに、
     ロマンティックですが、
     宗教や日本国憲法の、教条のように、
     骨董品です。
     
     白人は、アムダリア川の上流中流域の、
     ソグディアナ地方で生まれたと、
     言われていますが、
     現在のタジク人の居住地と、ほぼ同じです。
     
     雨の多い熱帯の猿が、乾燥や寒さに、
     耐えられるように、なりましたが、
     頭の良くなる方法を、使いましたから、
     たぶん、頭の悪い奴を、飼育して、
     食べました。
 
     交雑できる猿が、一匹も残っていないのは、
     マンモスを食べて、絶滅させたように、
     近縁の猿を食べて、進化したからです。
 
     生物は、食べ物ですから、当たり前ですが、
     蛸(たこ)みたいに、自分の手足を食べて、
     前へ進みます。
     変形菌は、栄養分を舐めながら、
     移動しますが、
     生物の個体や死骸や断片が、
     栄養の、ほぼすべてですから、
     ようするに、共食いです。
 
     植物の光合成によって、得られた物質を、
     生物全体に供給するために、
     動物が、血液のように、生物の体の中を、
     移動しますから、
     人間は、白血球のようなものです。
 
     性転換医療を行なうお医者さんや、
     自分が性転換をするお医者さんなどは、
     ようするに、大量のあほの人間の、
     数(かず)の力を、利用しました。
     いつもの狡賢さです。
 
     人間は、遺伝子組み換え技術に、
     目を輝かせますから、
     他の猿だけでなく、他の生物を、
     全部食べてやろう、という魂胆が、
     丸見えです。
     
     食べ尽くすのは、もったいないから、
     飼育して、こき使ってやろう。
     専用の品種を作れば、問題ないと、
     性転換医療は、言っています。
 
     ♂と♀の、辻褄合わせを作るのなら、
     猿や牛やばい菌との、雑種のほうが、
     便利でないかしら。
 
     雌雄の仕分けって、
     判断の順番が、枝葉末節ですから、
     食べられて絶滅した人間の遺伝子を、
     生き残っている人間の中から、純化すれば、
     お肉専用の品種を、再現できます。
     
     ブルドックやダックスフンドって、
     遺伝子を操作しなくても、
     簡単に作られました。
     人間も、同じなのにって、
     性転換医療は、言っています。
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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