ラッキョウ 1997

山道に、平坦な所があり、
これぐらいなら、家を建てられると、思っていると、
ちゃんと、辣韮(らっきょう)が咲いていましたから、
昔は、人が住んでいたのかも知れません。
 
コンクリートや瓦の、痕跡がありませんから、
礎石の上に、柱と板張りや丸太組みの、草葺家屋を、
建てたのでしょう。
 
鋸(のこぎり)を挽(ひ)くのは、面倒なので、
板でなく、壁土を使うのが、普通ですが、
近くに、粘土があったのかしら。
石灰がなければ、漆喰(しっくい)もありませんし…
 
ラッキョウの後ろの、犬蓼(いぬたで)は、
立派な花が咲きますが、香辛料になりません。
 
本蓼(ほんたで)と言われる柳蓼(やなぎたで)は、
芽蓼(めたで)や、蓼酢(たです)として、
お刺身の妻(つま)の、紫色の小さな双葉や、
鮎(あゆ)の塩焼きの酢(す)の中に、
摩(す)り卸された緑色の葉などに、利用されます。
 
わたしは、道を知らないので、
この場所から、民家のある集落まで、
40分も、歩かなければ、戻れませんでしたが、
地元の人は、20分ぐらいで、
山を下りられるかも、知れません。
 
近くに、湧き水や田畑の名残(なごり)が、
あるかも知れませんが、
家の瓦礫が、まったく残っていませんので、
生活用具を、人里に持ち帰り、
木材は、燃やしてしまったのかしら。
 
いや、そんなに勿体(もったい)無いことは、しない。
柱も、麓(ふもと)に下ろしたはずです。
 
江戸時代には、人が暮らしていたかも知れないと、
思いながら、写真を撮りました。 
 
壺や皿などの、陶磁器は、
戦国時代から、有り余っていましたので、
割れた破片が、廃屋に捨てられているのが、普通です。
 
木材は、使える柱や梁(はり)を、持ち去れば、
残りは腐り、土に還(かえ)ります。
板は貴重なので、使っていなかったかも。
 
陶磁器だけでなく、窯(かま)や竈(かまど)もなく、
炭焼き小屋や、飯場(はんば)のような、
寝泊まりをする場所と、思えない。
 
建物の礎石だけが、残っています。
 
姥(うば)捨て山や、二度と帰らぬ病人のための、
隔離施設や休憩施設などは、江戸時代に普通でした。
 
足手纏(まと)いになる奴に、引導を渡すのは、
現代の性転換医療も、同じですが、
昔は、親子兄弟姉妹の間で、行なわれました。
 
ヒトラーやスターリンやポルポトなどは、
伝統的な家族の仕事を、
国家が行なうべしと、主張しましたが、 
障害者や病人を、家族が虐待するよりも、
社会のみんなで、ガス室に送り出したほうが、
心の痛みが、小さくて済むと。
 
性転換医療は優生医療と、言われます。
 
     ***          *** 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

0コメント

  • 1000 / 1000