葉っぱと実の、付き方に、特徴的なリズムがあり、
遠くから見ても、黒鉄黐(くろがねもち)でないかと、
想像がつきます。
当たると嬉しいけれど、
今のところ、クロガネモチで、間違えたことはなく、
遠くから言い当てる樹木の名前の、初級です。
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オウム真理教の麻原彰晃君は、よくやった、
と言えば、怒られますが、個体や人格を、単位にして、
物事(ものごと)を、文学的に判断する個人主義に、
わたしは、うんざりしています。
議会の選挙も、個人を選びますが、
そいつの生活を、知らんのに、選べるわけがない。
政策を選ぶのなら、
舞台の芸能キャラクターのように、
個体の人格を選ぶ選挙は、有害です。
せっかく、コンピュータが普及したのですから、
議員だけでなく、
善悪を、個体の単位で、賞罰するような、
日本国憲法の個人主義も、要らん。
個人や人格と言われる芸能や美容のような価値観は、
合理的な判断の、邪魔になります。
個体の生活から、人生や人格や容貌容姿などの、
物語を排除したほうが、良い。
自分と言われる気持ちも、
禁煙が普及したように、禁止されるべきです。
物事(ものごと)の判断に、自分や人生は、必要ない。
イスラム教の、予言者ムハンマドも、
偶像禁止を主張していましたから、
わたしと似たようなことを、考えていました。
部族の代表と、話し合っていましたから、
人格は、血筋(ちすじ)を表わしているが、
政策を現していないと、考えていました。
神様って、ご先祖様に決まっていますから、
血筋の代表ですが、
予言者ムハンマドは、商売人の政治家でしたから、
血筋や文学よりも、政策が大切でした。
人格や個人主義のような、偶像は、気に入らん。
この傾向は、お釈迦さんの時代から、
イエスキリストや、予言者ムハンマドを経て、
進化論やコンピュータに至るまで、
神様や論理などの、世代交代の思想に、
一貫していました。
判断って、組み合わせや枝分かれのように、
世代交代と同じ仕組みなの。
性転換医療が、
論理や神様に、異議を申し立てるように、
世代交代をぶち壊して、
人生や人格を、大切にするなら、
社会は、偶像が一杯の、殺し合いだらけに、なります。
芸能やエステティックに、
わたしは、うんざりしていますから、
個人の人生や人格を、解体したほうが良いと、
思っています。
精神医学は、人格の解体を、
統合失調症の症状と、していますが、
わたしは、そんなものを、病気の症状と、思いません。
論理能力の低いのが、問題です。
人格は、解体されたほうが、良い。
個体の、人生や人格や、個性や生き方などの、
偶像に囚(とら)われずに、
普遍的なものに、辿り着きたいって、ようするに、
神様や論理と言われる世代交代の思想です。
その端的な成果が、科学技術ですが、
具体的には、人間を品種改良しなければ、
科学技術の仕組みに、間違いはないと、確信しません。
論理能力の低いやつを、間引いて、
知覚の仕方を、品種改良します。
弁証法的唯物論や史的唯物論に、そっくりでしょう?
性転換医療と、同じです。
この矛盾って、個性や、個人の生き方などの、
芸能キャラクターのような、偶像を掲げますから、
尼崎事件や、
ヒトラーやスターリンの、虐殺や粛清のように、
共食いの殺し合いを、奨励して、
社会を掻き混ぜれば、
泥水が、層になって沈殿するように、
自然に、論理能力の低い奴から、順番に、
社会の底辺に、沈んで行く、という手順です。
科学は、唯物論で行きますから、当たり前ですが、
個人主義って、
沈殿剤として使われるミョウバンのようなものだと、
レーニンは、言っていました。
個人主義で脚色すれば、
社会の底辺から順番に、優生医療に縋り付きますから、
性転換医療を行なうお医者さんは、
きっと、マルクスレーニン主義者です。
昔の、お釈迦さんや、イエスキリストは、
障害者や病人のような、社会の最底辺の人たちが、
苦しんで喘(あえ)いでいるから、
手を、差し伸べなければいけないと、考えましたが、
尼崎事件を見れば、わかるように、
論理能力が低ければ、共食いをします。
麻原彰晃君は、盲学校出身なのに、
1万人の信者を、獲得しました。
立派ですが、いとも簡単に、サリンを撒きました。
被害者が、いとも簡単に、加害者になる尼崎事件と、
同じです。
釈迦やキリストに救われた底辺の人たちは、
虎やピラトのように、
いつでも、釈迦やキリストを、食べてしまいます。
性転換者も、そう。
問題は、性別でなく、論理能力なのに…
権力と同類であるか、という生まれつきの素質が、
問われています。
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