家庭サービスをしたのでなく、してもらったような。
ここから、山を越えて、
山中湖や河口湖に、行く道があります。
神奈川県の人には、
当たり前の土地勘(とちかん)ですが、
相模川は、丹沢山の北側の山梨県から、
東側を回り、平塚市の相模湾に注ぎます。
相模湖は、ダム湖です。
*** ***
だれだれの住む何号室の、窓ガラスに、
拳銃で撃たれた穴があると、
マンションの管理人に、密告電話がありました。
後(のち)に、密告者はGID(性同一性障害)と、
わかりました。
だれだれは、統合失調症の通院者でしたが、
撃たれたことを知らなかったと、言っています。
警察が来る直前に、マンションの自治会長が、
自宅の窓ガラスが破られたと、騒ぎ出し、
統合失調症の患者宅に、乗り込みました。
患者の統合失調症を、警察官がバラしました。
犯人はキチガイの居住者であると、
自治会長は主張します。
目撃したそうですが、
その時刻に、患者は、精神科を受診していました。
目撃者は、住人数名にのぼります。
なぜ、嘘をつくのかと、問われると、
目撃時間が、変わりました。
窓ガラスが割られた時間も。
この一件の数日後に、
統合失調症の患者は、入院して、
数年後の現在も、退院していません。
この日を境に、症状が、一段と悪化しました。
本人は、入院前に、頻(しき)りに、
身に覚えがないと、言っていましたが、
事件後に、その日の行動や、思い当たるふしを、
他人に説明する能力を、失ないました。
隣近所の人は、キチガイが犯人に決まっていると、
言います。
統合失調症の患者に、前科は無く、
やくざとも無縁の、一般市民ですが、無職です。
マンションの自治会長は、
拳銃を発射して服役した前科があり、元やくざですが、
地域の住民や、現場の警察官は、
そのことを知りません。
自治会の上部組織の役員をしていて、
自分は、窓ガラスを割られた被害者であると、訴え、
その地域の自治会の、防犯見回りコースから、
統合失調症の患者宅を見上げて、監視するように、
自治会の内々の申し合わせを、取り纏めました。
地域の自治会の顧問弁護士が、
彼にアドバイスをしています。
GID(性同一性障害)の密告者は、
500km以上も離れた遠方の人ですが、
なぜ、拳銃で撃たれた穴のことを知り、
密告電話を掛けたのかを、言いません。
さて、どういう事件でしょうか。
統合失調症の患者以外の、登場人物たちは、
いつも、何件もの刑事事件に、関係していますが、
警察でない人には、わかりません。
GIDの人が、真相を知っているので、
口を封じられているのかも、知れません。
GIDだけでなく、精神の病気のほとんどの人は、
そのような、底辺の社会に暮らしていますが、
世間の99%の、論理能力の低い人たちと、
同じですから、特別でありません。
事件の渦中にありながら、
全体を把握できない人たちとしか、
日頃から、付き合いません。
こんなことを言うと、怒られますが、
IQ145の人は、生まれつきの家族でなければ、
IQ100の人と、気軽に話のできる関係になることは、
まずありません。
親子兄弟姉妹でも、これだけ違うと、近寄れません。
論理能力の低い人は、学力の高い家族を、
頼るかも知れませんが、高い人が、低い人を、
手取り足取り、親身に世話をすることは、
不可能に近い。
知的障害者が、従順であるけれど、愚鈍であるように、
権力者に都合よく療育されることは、
滅多(めった)にありません。
どうしていれば、従順であるかが、わかるのなら、
知的障害でありません。
同じことが、知的障害でないけれど、
論理能力の低い人と、高い人の間でも、起こります。
健常な人に、こうしろ、ああしろ、これはするなと、
一々、しちくどく、具体的に指示をすると、
怒られるでしょう?
でも、指示しなければ、
中学の国語の読解力問題や、初歩の数学の問題に、
世間一般の人が、解答するような、結果になります。
おのずと序列ができて、
IQ100の人は、似たような人と、付き合いますから、
110の人が混じっていれば、
その人は、リーダーになるかも知れません。
たぶん、120の人は、100の人と、
直接には、付き合いません。
隣近所と、お座なりの挨拶をする程度ですが、
それで済ませていると、憎まれますから、転居します。
110の人が、仲介しなければ、話が通じません。
IQ160を超えると、人数が少なく、
相場が、わかりませんが、
知能検査は、練習をすれば、初めての問題でも、
IQ120の人が、簡単に185になります。
特別な練習をしなくても、185であった人は、
普段の生活が、練習と同じような、中身でした。
うちの父は、知的障害でしたのに、
わたしは、まるで、知能検査の問題を解くように、
生活していました。
別に、頭を悩ますことは、何もありません。
見れば、立体的に物が見えるのと、同じで、
平面的に見えれば、
目ヤニが付いているのか、視力が落ちたのかと、
疑うくらいに、
立体的に見えるほうが、気持ち良く、
ひとりでに、そのように見てしまいます。
二足歩行も、そう。
赤ちゃんは、立って歩くほうが、気持ちが良いから、
立とう、歩こうと、していませんか。
論理的に見えるほうが、気持ちが良い。
これが、論理能力の低い人と、全然違います。
知能の低い人は、三段論法みたいなのが、
いくつも組み合わさって来ると、
すごい苦痛のようです。
これなら、あれである。
あれなら、それである。
じゃあ、これなら、それでしょう?
あれやそれでなく、
あれの隣やそれの隣かも、知れません。
あれやそれかも、知れない。
そしたら、すべての組み合わせを、一覧できるかって、
たちまちに、頭がこんがらがって来る人は、あほです。
あの家には、人がいる、と言えば、
だれが居るのか、どんな人か、いつ居るのか、
普段は空き家なのか、人数はと、
瞬間的に、何百という疑問が、浮かびます。
当然に、もの凄い組み合わせの数に、なりますが、
世間の99%の人は、一生掛かっても、
10通りくらいの組み合わせしか、気にしません。
それでも、判断するたびに、
10通りもの、可能な組み合わせがあれば、
一生の間に、天文学的な数になります。
世間一般の人は、
選択可能な判断の、すべてを、一覧したりしません。
これなら、それと、手っ取り早く、二つを結びつけて、
頭の中を、すっきりさせたい。
そのたびに、頭の中を、奇麗に精算するのと、
経験すればするほど、
選択可能な判断の組み合わせの数が、
天文学的に積み重なって行くのとは、大違いです。
やっぱり、いつかは精算しなければ、いけないのに、
なんで溜め込んでいるのかって、
一覧できる判断の枝分かれの量が、違います。
世間一般の平均は、たぶん10通りです。
東京大学医学部学生の平均的な知能の、IQ145ですと、
10万通りぐらいは、行けるはずです。
地図の一覧に喩えれば、よくわかりますが、
いきなり、知らない土地の、詳しい地図を見ても、
どこなのか、さっぱりわかりません。
詳しい地図なのに、わかりません。
もう少し広い範囲の地図を見れば、わかります。
ははーん、これは、北上山地のあのへんの一部の、
詳しい地図なんだなと。
欧米人でしたら、
日本列島の中の、北上山地を示した地図を見なければ、
見当がつかないかも知れません。
知らない土地の、狭い範囲の、詳しい地図では、
わからないって、だれでも、そうでしょう?
一覧できる地図と合わせて、詳しい地図を見たい。
10通りの組み合わせしか、一覧できない人と、
10万通りの組み合わせを、一覧できる人とでは、
論理能力の差は、歴然としています。
実際に経験した枝分かれだけでなく、
選択可能の判断の、
すべての枝分かれが、一覧できなければ、
どれを選択すれば、どうなるかを、比較できません。
この道を右折すれば、どこへ行くかって、
全体を一覧できなければ、わからないでしょう?
10通りと、10万通りの差って、
猿と人間の差に近い、と言うと、怒られますが、
たぶん、本当です。
お前は、何を言いたいのかと、怒られそうですが、
親子でも、ある程度の差が開くと、
同じ扱いには、できません。
一覧能力が低ければ、向こう先が見えませんから、
その道を行くと、崖から落ちると、
いくら口を酸っぱくして、忠告しても、
論理は、通じません。
別の手段で、伝えるだけでなく、
相手の行動を制約しなければ、仕方ありません。
うちの父は、知的障害でしたので、
統合失調症の症状の出るのを防ぐのが、大変でした。
診断基準には、妄想や幻覚や、人格の解体などと、
文学的に表現されていますが、
実際には、人それぞれの、特定の具体的な中身の、
妄想や幻覚しか、出ません。
何につけても、さまざまな中身の妄想や幻覚が、
あれこれと出て来ることは、ありません。
特定の中身であると、決まっていますから、
性同一性障害のように、
その具体的な中身に、名前を付けて置けば、
よくわかるのに、
一般的な統合失調症という病名が、
必要なものかは、疑問です。
論理能力は、世間一般と同じですから、
人格の解体などと、悪く言う必要は、何もありません。
人格などという古臭い流行文化を、
お題目のように掲げる奴が、あほです。
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