ムラサキシキブ 1970

たくさんの実が付いていますが、
道端に植わっていましたから、
たぶん、小紫(こむらさき)と、思います。
 
花序が、葉腋から出るか、少し離れて出るかとか、
葉の縁(ふち)に、満遍なく鋸歯があるか、
葉柄に近い所には、無いのか、
実の付き方が、密か疎(まば)らかとか、
識別点は、色々とありますが、
紫式部と小紫は、生殖できるのか、できないのかと、
わたしは、知りたくなります。
 
別種とする人もいますが、簡単に雑種ができるのなら、
ただの品種の関係でないのかと、疑われます。
 
また、特徴の識別点が、
生殖の可否に、関係がないのなら、
それは、種(しゅ)の識別にも、
関係がないかも、知れません。
 
ムラサキシキブやコムラサキは、
栽培品がほとんどですから、
自然に交雑するのを、どうして調べるのかって、
面倒です。
 
他の個体と、花粉が混じらないように、
人為的に管理して、交雑を調べたのでは、
自然な生殖と、言えません。
よその奴が、生殖の邪魔をするのが、
自然かも知れない。
 
人為的に管理しなけば、見極めの付かない自然って、
変(へん)でしょう?
 
自然な知覚って、あるのかしら。 
知覚の仕方だけでなく、知覚の対象としての自然は、
妄想や幻覚でないのかしら。
 
自然や権力は、
人格の解体と言われる支離滅裂な論理の、
産物でないのかしら。
自然や権力は、解体された人格の一種であると。
 
コンピュータの、作り方や流行を見ると、
計算や分類を、機械的に行なう、という実用のために、
コンピュータが利用されたのでなく、
脳の機能を、シミュレートするために、
あれこれと弄(いじく)って、
試行錯誤してみたかったのでないかと、疑われます。
 
これこれの規則性という教条を、再現するよりも、
好きなように弄り、
こうすれば必ずこうなる、という規則性は、
ハードウェアに仕組まれているのでなく、
自分の脳みそが、あほなので、
同じ手順を、堂々巡りしているだけでないかと、
疑ってみるほうが、面白かった…
 
コンピュータの、機械の仕組みやプログラムを、
工夫するのは、生物を解剖するのと、同じくらいに、
面白いでしょう?
 
インターネットが流行すると、
体や事実や論理法則や知覚などと、同じように、
脳と社会の仕組みが、
わざと定義されて、意図的に組み立てられたと、
よくわかります。
品種改良や計画的犯行って、やつ。
 
小学生の頃に、
理科室の骸骨や、お台所のお肉や臓物に、
見惚(みと)れていた自分を、思い出します。
 
酒鬼薔薇君や宅間守君や
麻原彰晃君や佐川一政君などは、
わたしの子供時代の心を、再現してくれましたので、
彼らの目は、輝いていたはずと、思っています。
 
宅間君を死刑にした精神科医は、
性転換医療を行なう奴と、同じくらいに、あほです。
 
この小紫は、真っ直ぐ下に、垂れているように、
写っていますが、
風に揺らがないように、真下に引っ張って、
片手で写しました。
ほんとは、虹のように、横向きに枝が伸びます。
 
     ***          *** 
 
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

0コメント

  • 1000 / 1000