たくさんの実が付いていますが、
道端に植わっていましたから、
たぶん、小紫(こむらさき)と、思います。
花序が、葉腋から出るか、少し離れて出るかとか、
葉の縁(ふち)に、満遍なく鋸歯があるか、
葉柄に近い所には、無いのか、
実の付き方が、密か疎(まば)らかとか、
識別点は、色々とありますが、
紫式部と小紫は、生殖できるのか、できないのかと、
わたしは、知りたくなります。
別種とする人もいますが、簡単に雑種ができるのなら、
ただの品種の関係でないのかと、疑われます。
また、特徴の識別点が、
生殖の可否に、関係がないのなら、
それは、種(しゅ)の識別にも、
関係がないかも、知れません。
ムラサキシキブやコムラサキは、
栽培品がほとんどですから、
自然に交雑するのを、どうして調べるのかって、
面倒です。
他の個体と、花粉が混じらないように、
人為的に管理して、交雑を調べたのでは、
自然な生殖と、言えません。
よその奴が、生殖の邪魔をするのが、
自然かも知れない。
人為的に管理しなけば、見極めの付かない自然って、
変(へん)でしょう?
自然な知覚って、あるのかしら。
知覚の仕方だけでなく、知覚の対象としての自然は、
妄想や幻覚でないのかしら。
自然や権力は、
人格の解体と言われる支離滅裂な論理の、
産物でないのかしら。
自然や権力は、解体された人格の一種であると。
コンピュータの、作り方や流行を見ると、
計算や分類を、機械的に行なう、という実用のために、
コンピュータが利用されたのでなく、
脳の機能を、シミュレートするために、
あれこれと弄(いじく)って、
試行錯誤してみたかったのでないかと、疑われます。
これこれの規則性という教条を、再現するよりも、
好きなように弄り、
こうすれば必ずこうなる、という規則性は、
ハードウェアに仕組まれているのでなく、
自分の脳みそが、あほなので、
同じ手順を、堂々巡りしているだけでないかと、
疑ってみるほうが、面白かった…
コンピュータの、機械の仕組みやプログラムを、
工夫するのは、生物を解剖するのと、同じくらいに、
面白いでしょう?
インターネットが流行すると、
体や事実や論理法則や知覚などと、同じように、
脳と社会の仕組みが、
わざと定義されて、意図的に組み立てられたと、
よくわかります。
品種改良や計画的犯行って、やつ。
小学生の頃に、
理科室の骸骨や、お台所のお肉や臓物に、
見惚(みと)れていた自分を、思い出します。
酒鬼薔薇君や宅間守君や
麻原彰晃君や佐川一政君などは、
わたしの子供時代の心を、再現してくれましたので、
彼らの目は、輝いていたはずと、思っています。
宅間君を死刑にした精神科医は、
性転換医療を行なう奴と、同じくらいに、あほです。
この小紫は、真っ直ぐ下に、垂れているように、
写っていますが、
風に揺らがないように、真下に引っ張って、
片手で写しました。
ほんとは、虹のように、横向きに枝が伸びます。
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