アオハダ 1963 麻原彰晃君を悼(いた)む

植物分類学の学生は、青膚(あおはだ)を見て、
短枝と長枝や、鳥黐(とりもち)の製法と成分や、
樹皮の薄皮(うすかわ)の下の、
葉緑素を含んだ緑色の皮層(ひそう)などを、
勉強するのかしら。
 
わたしは、
ロケットを飛ばして、月に行きたかったけれど、
アメリカ合衆国のアポロに、負けたので、
植物採集や合唱団のような、超俗的な趣味に、
かまけていました。
 
うちの一族は、製鉄と造船が、得意でしたが、
昔からの山持ちで、石油にも、手を出していました。
 
一族や従業員のための、
病院や療育施設がありましたが、
わたしは、世界一に、賢くなければ、
気が済みませんでした。
日本一では、原爆に負ける。
 
世間の人が、数学や科学技術を、信頼しているので、
こいつを、やっつけなければ、原爆に勝てないと、
思いました。
 
フーテンの寅さんや、尼崎事件のような、
社会の底辺の、共食い運動には、
あまり、興味がありませんでした。
 
それが、どういうわけか、性転換に…
 
植物採集は、山登りが得意になるので、
歌を歌うには、持って来いでした。
 
鉄や石油も、そうですが、
体が資本の、山師の仕事ですから、
数学や科学技術の、確信の由来が、よくわかります。
 
鉱物資源のように、
地球の中に、内蔵されている規則性を、
運慶が、木の中から、仏像として掘り出したと、
夏目漱石は書きましたが、
わたしは、木の中でなく、自分の体の中のような、
気がします。
 
運慶は、木の中に埋もれていた仏像を、
掘り出したのでなく、
自分の体の中の、規則性を、彫り出したと。
 
偶像のエステティックは、哺乳類の内の、
人間に近いほうの半分くらいの種(しゅ)に、
共通の、共食いの原動力ですが、
論理法則のような、生まれつきの知覚の規則性も、
性欲と同じくらいに、あほの原因です。
 
コンピュータやインターネットは、
事実や論理を知らなくても、ちゃんと機能するのに、
どうして、人間は、目や耳などの感覚器官が、
認識の対象を知覚していると、考えるのかしら。
 
妄想や幻覚が、甚(はなは)だしいけれど、
論理法則や生殖と、言われる規則性に、
繋ぎ止められるように、
わたしたちは、品種改良されています。
 
お釈迦さんは、知恵があれば、解脱できると、
考えましたが、
わたしは、知能の軛(くびき)を、
断ち切ったほうが、良いと、思います。
 
知ることって、嫌(いや)な奴を、殺すことですから。
 
仏教やキリスト教などの、宗教が、
人類を不幸にした、と言えば、
マルクスレーニン主義者は、喜びますが、
宗教だけでなく、知ることが、殺すことであるのが、
問題なのです。
 
GID(性同一性障害)の医療が、そうでしょう?
ようするに、あほを騙(だま)して、間引いています。
 
     ***          *** 
 
知ることは、嫌(いや)な奴を殺すことと、言えば、
反対意見が、うんと出ます。
 
殺し合いに関わらずに、
わたしたちは、認識の対象を、知ることができると。
 
自分でない物事(ものごと)を、知る能力が、
生物にあるとは、思えませんから、
自分の中の、いくつかの規則性を、組み合わせて、
自分の外や、認識の対象などと、言われる物事を、
想定します。
 
あると、言われるのは、すべてが、
判断の途中に、一時的に寄せ集められた情報の、
置き方や積み方のような、記憶の仕方ですから、
宇宙や他人などの、自分の外側の物事だけでなく、
自分の、心や内臓などの、内側のことも、
その通りです。
 
自分の中の、変更不能な規則性を、
手持ちのカードのように、出して、
他人の、同じカードと一緒に、寄せ集めるのも、
変更不能になった記憶の、整理整頓を、
内側や外側のことのように、
文学的に表現しているだけかも、知れません。
 
何が、変更不能な記憶であるかを、仕分けするために、
記憶を、あっちこっちに移動して、
あれこれと寄せ集めるたびに、
わたしたちは、自分や他人や自然や論理などを、
想定しますから、
どのような記憶や、記憶の組み合わせが、
変更不能になっているかが、よくわかります。
 
じつは、変更不能になっているから、
記憶として、自覚されるのですが、
そのうちに、雲散霧消する記憶も、
少なくありませんから、
時間が経(た)っても、いつまでも変わらない記憶を、
調べるために、あちこちに、記憶を移動するのは、
黄河の泥水を、仕分けするために、
掻き混ぜて、層になって沈殿するのを、
待つようなものです。
 
百年河清を俟(ま)つ、ってやつ。
 
外側のことは、すべて、内側のことであるだけでなく、
内側も、すべて、外側であるのなら、
他人との情報交換や、目や耳の感覚器官があると、
確信するのも、変更不能な、妄想や幻覚なのかしら。
 
コンピュータは、そう言います。
入力装置や情報交換などの、外側のことがあると、
思うのは、
変更不能になったプログラムの通りに、
情報を仕分けしたまでであると。
 
テニスボールの皮を、ひっくり返せば、
ボールの内側の出来事も、外側の宇宙になる、
と言えば、宗教家の言い草みたいですが。
 
外側の出来事のすべてが、
自作自演であるだけでなく、
他人との情報交換も、精神障害なのでしょうか。
 
自分の体の、部分と部分の、情報交換が、
他人と、自分や他人との、情報交換に、
見えているだけなのでしょうか。
 
わたしたちは、自分の内側を、知ろうとして、
自分の外側の世界という表現を、発明したと、
思うのは、早計かも知れません。
 
内側を外側に、展開するとか、
客観的に知るとかと、言うのは、
ロマンティックですが、古臭い考え方に、聞こえます。
 
内側が、外側を作ったのなら、
内側も、作られたものに、決まっています。
 
幾つもの、特定の規則性や、その組み合わせが、
粒々(つぶつぶ)でないのなら、話が行き詰まると、
古代インドや古代ギリシャの人たちは、考えました。
 
算盤(そろばん)の玉や、素粒子などの、
マルペケの判断の、枝分かれを表わす印(しるし)を、
組み合わせれば、
コンピュータのモニター画面の映像や音楽が、
出来上がりますから、
ようするに、粒々を、細かく制御すればするほど、
心や宇宙や物や論理を、自由に変更できるのかも、
知れません。
知覚を、自由に作れます。
 
脳みその、記憶容量の大きさと、情報処理速度を、
誇っているだけのようですが、
下手(へた)なプログラムが、変更不能ですと、
効率が悪いので、
さまざまな規則性を議論して、叩き合います。
 
脳みそもコンピュータも、そうですが、
ハードウェアは、
変更不能になったプログラムのようなものですから、
出来の悪いやつを、
こまめに、叩き壊さなければいけないと、
脳みそやコンピュータは、言います。
 
日本国憲法にも、効率の悪いやつを、死刑にすると、
書いてありますが、
実際に、死刑になるのは、ごく僅(わず)かですから、
殺すぞと、脅して、こき使ったほうが、得であると、
言っているようなものです。
 
鉄砲や黒船や原爆を作った奴は、悪くないのかしら。
日本国憲法は、フランス革命を掲げていますから、
日本人よりも、マッカーサーのほうが、あほでした。
 
麻原彰晃君は、そのへんの事情を、よく知りません。
お釈迦さんの言うことは、
ギリシャやキリスト教やフランス革命や欧米経由の、
鉄砲や黒船や原爆なのに。
 
たった180人のピサロの軍隊が、
6000万人のインカ帝国を、簡単に征服したのは、
ガラパゴス諸島や精神分析よりも、
進化論を、よく表わしています。
 
ピサロの軍隊を、やっつけなければいけないと、
思うのなら、科学技術の使い方でなく、
科学技術の規則性を、ぶち壊さなければ、いけません。
 
わたしたちの知覚が、品種改良されて
特定の規則性が、純化されて、
生まれつきに変更不能なハードウェアが、
作られたのは、
刀や鉄砲や黒船や原爆などの、せいです。
 
エーテルのような素材がなくても、
判断の印(しるし)が、伝わるのは、
時間や空間が、論理的であるからに、
決まっています。
 
判断を記憶するための、
時間や空間と言われるノートに、
記(しる)されたマルペケを、
物として知覚するのは、
音声を、言語として理解するような、
流行文化の規則性です。
 
それが変更不能になるように、
刀や鉄砲や黒船や原爆などが、
人間の体を、品種改良しました。
殺すぞと脅して、こき使う憲法と、同じ手口です。
 
麻原君は、そのへんの仕組みが、
わかっていませんでした。
彼は、東京大学に入学するつもりでしたが、
100万人の中で、1番くらいに賢くないと、
わからないかも知れません。
東京大学では、無理と思います。
 
裁判は、彼に殺された人を、大切にしましたが、
ほんとうに大切なのは、
たぶん、命や個性や真理などで、ありません。
わたしは、そんなものを、少しも欲しくありませんから。
 
 
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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