近鉄京都線向島(むかいじま)駅から、
巨椋池の干拓地を見た光景。
遠くの高速道路の高架は、
名神高速の瀬田東から大山崎までを、
京都市内を通らずに結ぶ京滋バイパスというやつです。
昔は、梶原トンネルや天王山トンネルあたりで、
よく渋滞しましたが、
今は、それぞれのトンネルが4本になり、
京都側に抜けた所の、大山崎ジャンクションから、
京滋バイパスに入れますので、楽になりました。
巨椋池は、宇治川や木津川の、水量を加減するための、
自然の遊水地(遊水池)でしたが、
池とはいうものの、浅く広い水たまりでしたから、
大雨が降り、川の水が、自然堤防を超えない限り、
ここに池がなければ、行けない理由が、
わかりませんでした。
氾濫した水が、いつもまでも捌(は)けなければ、
巨椋池の出来上がりです。
宇治川や木津川や淀川に、立派な堤防ができると、
巨椋池の必要も、なくなり、
太平洋戦争の直前に、ポンプで、水を汲み上げただけで、
干拓地の、大規模な農地に、変容しました。
歩いて見ようかと、思いましたが、
まだ、昼間は暑いし、
google地図の、street view を見れば、
だいたいは、わかるので、
駅から、写真を撮るだけで、我慢しました。
大きな川では、岸辺の砂が、細長く溜まり、
岸辺と砂地の間に、細い水路が出来て、
沿岸に、細長い島が連なるように、
二重の岸辺になることが、よくあります。
巨椋池の岸も、そうでしたが、
向島と言うのは、その島のことでした。
京滋バイパスは、巨椋池干拓地の真ん中を、
東西に横切っています。
南西の山並みは、生駒山地。
左端の、なだらかな盛り上がりが、頂上です。
*** ***
現在の、南スーダンの中央部から北部にも、
南部の熱帯雨林の雨季に、ナイル川が氾濫して、
水が退(ひ)かなくなる湿地帯があり、
アラビア語で、障害の意味の、スッド(sudd)と、
呼ばれています。
お釈迦さんの息子が、
サンスクリットやパーリ語の、障害の意味の、
ラーフラ(Rāhula)と、名付けられたように、
障害が、良いのか悪いのかは、よくわかりません。
スーダンの砂漠の、黒人のイスラム教徒は、
スッドの水を排水して、下流の農業用水とするために、
1976年に、
ジョン・グレイ運河(Jonglei Canal)の掘削を
始めましたが、
南北戦争の引き金になり、1984年に、中止されました。
後(のち)に、南スーダンが独立しましたが、
石油の不労所得が、目的の、多民族の争いでしたので、
独立後も、虐殺と戦争が、絶えません。
運河は、260kmほどを、すでに掘削したそうですが、
わたしが見に行った時も、ミサイルが飛んで来て、
命が、いくらあっても足りないと、感じました。
ヌエル族やディンカ族などの、
ナイル諸語を話すナイロートと言われる諸民族が、
白ナイルの氾濫原の水を、頼りに、
漁業と遊牧を、兼業していました。
雨季に、一面が湖になると、漁を獲り、
乾季に、水が引くにつれて、牛を、草原に放ち、
牛乳を飲んで、暮らしていましたから、
オランダ人と同じくらいに、背が高くなりました。
運河を掘り、下流の砂漠に、
湿地の水を、持って行かれれば、
漁業や遊牧が、死に瀕するのでないかと、
誰でも、危ぶみます。
下流の砂漠の、黒いアラブ人に、武器を援助したのは、
中国でしたが、
上流の湿地帯の、草原の民族に、
キリスト教とミサイルを、提供したのは、
アメリカ合衆国でした。
ようするに、石油を、くすね取る戦略です。
槍を持ち、裸踊りをしている連中は、
石油や運河を、掘れないし、
パイプラインや港も、作れない。
南スーダンの中の、南部の熱帯雨林には、
日本人のように、
背の低い少数民族が、暮らしていますが、
背の高い連中に、虐(いじ)められるので、
密林の中から、出て来ません。
日本は、ちんちくりんの民族を、支援するのが、
一番賢いような、気がしましたが、
わたしは、石油の掘削権を、獲得するために、
背の高い連中に、胡麻(ごま)を擂(す)って来いと、
命令されました。
雨が降らないのに、あたり一面が、湿地帯って、
変な感じですが、
ナイル河口のデルタ地帯も、そうかも知れません。
雨が降らないのに、水に困らない。
パピルスの生い茂った浮島が、流れて来ます。
スーダンの石油は、紅海に出されて、
中国に運ばれます。
フィリピンやスマトラやボルネオやニューギニアの時も、
そうでしたが、
日本は、原始時代の民族を、丸抱えにする政策を、
何も、持っていません。
ヌエル族やディンカ族って、
数十万から、せいぜい100万人の、人口ですが、
1000万人の南スーダンの、最大の民族です。
ディンカを、丸抱えにして、
アメリカ合衆国が、武器を援助したので、
スーダンの砂漠のヌビア族を、支援する中国と、
談合して、
簡単に、南スーダン独立の、運びとなりました。
ヌビア族やディンカ族などの、ほんの数万人が、
戦争のせいで、死んだだけです。
どうせ、現地人は、
提供された武器しか、持っていませんから、
殺せる人数は、知れています。
これで、中国とアメリカ合衆国が、
スーダンの石油を、折半しましたから、
こんなに、うまい話は、ない。
原住民を、数万人ほど、殺して、
難民を、100万人ほど、作っただけで、
スーダンの石油の半分が、手に入るって、
涎(よだれ)が、止まらない。
日本人は、あほです。
わたしは、腐った死体を、どれほど、片付けて、
ガソリンを掛けて、燃やしたことか。
1人を運ぶだけでも、
ショベルカーがなければ、絶対に無理です。
微塵切りにしないと、
人間の体は、重たくて持てないと、
佐川一政君も、言っていました。
わたしは、100人以上も、運んだのに、
石油は、一滴も、分けて貰(もら)えませんでした。
自衛隊は、なんで南スーダンに、行っているのかしら。
あほです。
スーダン内戦で、何百万人も死んだと、
アメリカ合衆国が、言い触らすのは、
軍事援助を、正当化するためなのに。
武器の量と質からして、
たくさんの人を、殺す能力は、ありません。
中国やアメリカ合衆国は、
ほんの数百人の、政権中枢部の人と軍隊を、
殺すだけで、
スーダンや南スーダンの、政治と石油を、
乗っ取れます。
それを正当化するための、口実なの。
何百万人もの人が、内戦で死んでいると、
言い触らせば、
クーデターのための軍事援助が、
人道的に見えて来ます。
現在の南スーダンの首都の、ジュバは、
1980年代に、小さな田舎町でした。
都会でありません。
自動車の通れる道も、限られていますから、
何百万人もの人を、そう簡単に殺せないのに…
南京大虐殺30万人を、自衛隊は忘れたのかしら。
自衛隊を派遣すれば、南スーダンの石油の、
15%は貰(もら)わないと、割(わり)に合わない。
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