別種の百日紅(さるすべり)と比べて、
葉の量が多く、大木になります。
島百日紅(しまさるすべり)は、
日本でも、南西諸島に自生しています。
百日紅は、中国原産で、日本に自生していません。
いずれも、本州なら、楽に栽植できますが、
真夏の暑い時に咲きますから、
役に立つ木陰のない百日紅よりも、
涼しそうな島百日紅のほうが、わたしの好みです。
青々と生い茂った大木に、この花が咲いていると、
遠目には、トチノキのように見えますので、
見たことのない色や時期に、
首を傾(かし)げながらも、わくわくします。
近づくにつれて、
葉の形や大きさや密度が、立派な広葉樹なので、
ますます疑問になり、
柄(え)のない対生の葉や、縮れた花びらが、見えて、
やっと、島百日紅だったかと、納得します。
百日紅と同様に、
樹皮の剥がれる傾向が、顕著なのに、
クロガネネモチのように、黒々と見えるのは、
木陰を作るからでしょうか。
本州に自生していませんので、
勘(カン)が働きませんでした。
*** ***
日本は、高度経済成長期の新左翼運動のせいで、
大量のお金を注(つ)ぎ込み、
被差別部落をぶち壊しましたので、
部落差別がなくなりました。
インドのカーストと同じように、社会には階層があり、
日本の95%の人たちの、
最底辺の社会がなくなることは、ありません。
性同一性障害や統合失調症が、なくなっても、
発達障害や認知障害は、なくなりません。
社会の95%ぐらいの人は、論理能力がありませんので、
他人を殺しても、
責任能力がなければ、死刑にならない、
という意味を、理解できません。
論理能力って、
赤ちゃんの体や心が、生まれて来る仕組みを、
知る能力のようなものです。
論理は権力ですから、当たり前ですが、
エディプスコンプレックスや阿闍世コンプレックスに、
似ているでしょう?
95%の底辺を管理しなければ、権力が転覆するので、
悪い奴を死刑にしますが、
戦力外の個人を、死刑にすることはなく、
責任能力がないとして、生かして置きます。
この人たちを、社会の底辺に、残したほうが、
敵の戦力が低下しますので、権力は安泰です。
かくして、95%の人たちの間では、
精神障害者を、虐(いじ)めるのも、介護するのも、
精神障害者に決まっています。
部落解放運動の成果のように、被差別部落がなくなり、
部落差別は、綺麗になくなりましたが、
インドのカーストのように、
名前のない篩(ふる)い分けがなくなることは、
ありません。
論理や発達や人格などは、統合失調症の統合と、
同じ意味なの。
権力や知覚です。
インドでは、
それぞれの世襲の職業を、変更できないカーストが、
同じ神様を信じていますから、同族社会です。
社会の底辺の人たちが、
共食いをして、品種改良をしますので、
ますます頭の悪い体が、生まれます。
多勢に無勢ですから、頭が良ければ、殺されます。
福島で原発事故が起これば、
地球の裏側まで、穴が開(あ)きますから、
チャイナシンドロームと、言われます。
精神病の一種ですが、
コンドームに穴が開いただけかも知れません。
インドのヒジュラと呼ばれる去勢の精神障害者が、
自分たちの神さまを崇(あが)めると、
日本の性同一性障害の人たちが、性転換を確信します。
大切なのは、フランス大革命であると、
第五共和国憲法に書いてあるのに、
日本国憲法には、天皇が大切であると、
書き換えられています。
嫌(いや)な奴を殺して、その肉を食べるのは、
合理的でしょう?
国王を殺さずに、みんなで食べるほうが、賢い。
キリスト教は、
自分から美味しいお肉なるために、自分を飼育して、
みんなに食べてもらうことを、喜びとします。
インドの合理主義と、少し違いますが、
ユダヤ商人の、伝統的な生き方ですので、
個人主義と言われて、
シェイクスピアやヒトラーに、嫌(きら)われました。
太陽が眩しかったので、マンマを射殺して、
天岩戸(あまのいわと)を開くために、
天照(アマテラス)が、裸踊りをしました。
わたしは、
変身したカフカや、古井戸に飛び込んだ芭蕉を、
思い出します。
性転換やキリスト教や個人主義は、
精神病の一種で、ないのかしら。
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