藤(ふじ)も、咲き終わりです。
長崎の墓石を見ると、
焼け焦げた跡が、残っていないかと、気になり、目が疲れます。
坂道の階段ですから、脚(あし)も疲れるし、暑い。
8月の初めは、そりゃ暑かったでしょう。
藤の花に出くわすと、気持ちが安らぎます。
わたしは、小学5年の時に、
長崎の平和祈念像の前の、公園のベンチの下で、
寝ました。
眠っている間に、雨が降ってくると、
不味(まず)いので。
もちろん、夜です。
夏休みに、1人で、ヒッチハイクをして、
寝袋持参で、日本全国を旅行しました。
高校生の頃まで、春休みや夏休みになると、
ほっつき歩いたり、山に登ったり。
イスラム国の後藤君や湯川君に、似ているでしょう?
昔は、祈念像の前が、土の地面でした。
広場の周囲に、ベンチがありましたので、
野良犬みたい。
わたしは、へっちゃらでしたが、
一人旅を許す両親も、凄いと言えば、凄い。
野宿でなければ、
知らない人の家に、泊めてもらいます。
ジプシーみたいですから、
被差別部落の人の家にも、驚きませんでした。
統合失調症の人の部屋に、似ていましたから、
部落差別は、
精神病同士の争いのような、気がしました。
でも、わたしを泊めてくれる人は、
ほとんどが、お金持ちでしたから、
がっかりしました。
言葉やお金は、これとあれの、共通点を見つけて、
同じであるとするための、メディアですから、
権力の道具です。
嫌(いや)な奴を、殺して、
好きな奴を、殖(ふ)やします。
だから、つまらない。
好きな奴は飽(あ)きたから、嫌な奴を食べたいと、
子供の頃のわたしは、星に願いました。
偏食は、いけません。
脳味噌の神経は、満遍なく枝分かれするほうが、
汎用性が高い。
生物って、どうせ、食べ物ですから。
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