白木蓮(はくもくれん)が、咲いています。
辛夷(こぶし)は、まだですが、
紫の木蓮は、その後です。
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植物も動物も、似たような生命の仕組ですが、
動物は、自分から動けるとか、
脳みそがあるとかって、人間は、思っているみたい。
微生物は、陸上に居ても、体が小さいので、
海に棲(す)んでいるようなものです。
自分で動いているのか、そうでないのか、
海や微生物なんか、わかりっこありません。
自分でない奴のことを、これこれなら、こうすると、
勝手に推測するのも、動物の特徴です。
論理って、個体中心主義ですから、わがままです。
人が、自分のしたいことをして、
話しているのを見ると、
植物の機能する仕組を見るようで、
とても不思議な気持ちになります。
ちぎって、中を見たくなるの。
子供の頃から、そうでした。
一度見たことや聞いたことは、丸覚えしましたが、
一昨年の何月何日の何時頃に、
ある人が、この表情で、こう喋ったのと、
別の日に、別の場所で、
違う人が、違う表情で、違うことを喋ったのを、
日時や場所や人などで、分類整理するのが、
とても難しくて、困りました。
何月何日何時という日時なんか、
丸覚えの記憶の整理に、
はっきりと、邪魔になりました。
そんな覚え方では、一度聞いただけで、
キリスト教の聖書を、丸覚えしてしまうことは、
できません。
それどころか、
丸覚えでは、抽象語を使いませんから、
キリストの言葉も、
無意味な音として、記録されます。
色気付ば付くほど、覚えたことが散逸するのを、
小学5年生ころに、気づきました。
昨日は、三輪車で進むぐらいの速度でしたのに、
今日は、光の速さで、あほになります。
それくらいに、加速度的に、
生殖は、いわば店仕舞いでした。
その次に、画期的にあほになるのは、50才代です。
興味の乏しかった記憶が、すべて脱落しますから、
骨と皮だけの人間になります。
こうなると、もう、知的障害を、
遥かに超えています。
堂々としたあほですから、救いようがありません。
障害者や病人を、見て来たことが、
自分の身に起こって、初めて、
生まれつきのあほであったと、気づくまでに、
60年、かかりますから、
精神科医になる奴の、気が知れん。
植物が花咲き、朽ちて行くのと、
同じことが、起っているだけなのに、
なにも、性転換をして、自分から朽ち果てずとも…
絶食療法のように、人畜無害なら良かったのですが、
性転換をしなくても、性別を変更できるのでは、
面白くないのでしょうか。
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