昭和記念公園 1684

アメリカ合衆国軍の、立川基地のあった所ですが、
わたしは、基地の中の住宅に、住んでいました。
 
大学まで、遠かったので、電車賃がかかりましたが、
家賃がタダでしたので、住むことにしました。
知り合いの紹介でした。
 
文京区に下宿していましたから、
庭付き一戸建ては、天国でした。
 
池や山は、ありませんでしたから、
公園にする時に、作ったのでしょう。
 
自分の暮らしていた所は、懐かしいものですが、
昔の面影がなくなりましたので、
浦島太郎の気持ちです。
 
学生時代は、見渡す限りの、田んぼや畑が、
今は、住宅ばかりになっているのが、普通ですが、
飛行場と住宅が、奇麗な公園になっているのも、
また格別です。
立川のアメリカ合衆国空軍の、兵士のための住宅は、
朝鮮戦争の頃から、急速に需要が高まり、
基地の中だけでは、足りなくなり、
基地の外にも、住宅地を借りて、運営されました。
 
妻帯者用の、いわゆる米軍ハウスというやつです。
 
朝鮮戦争が終わると、
兵士の住宅は、基地の中だけで、
足りるようになりましたので、
基地の外の住宅は、徐々に撤収されて、
日本に返還されました。
 
むしろ、返還された後の住宅を、
米軍ハウスと、言うのかも知れません。
 
新左翼の学生が、好んで住みましたから、
南京大虐殺を訴える中国人が、
日本製品を好むのに、似ています。
 
今は、日米の所得が、あまり違いませんので、
老朽化した米軍ハウスに、
日本人が住みたくなる理由は、ありません。
 
中国も、そう。
日本と中国の、個人の所得格差がなければ、
日本製品を、崇拝しないでしょう。
 
わたしの住んでいた家は、
昭和公園になるまで、返還されませんでしたが、
今も、横須賀に暮らしています。
 
京都の病院に住んでいた時も、そうでしたが、
畳の部屋がなかったのに、
靴を脱ぎ、床に寝転がっていました。
そのほうが、楽でした。
 
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精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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