【So in Love】 とっても生理的な愛
…と訳したら怒られそう
メゾソプラノ : パトリシア・モリソン
Patricia Morison
*** ***
Strange dear, but true, dear
When I'm close to you, dear
The stars fill the sky
So in love with you am I
Even without you
My arms fold about you
You know, darling, why
So in love with you am I
In love with the night mysterious
The night when you first were there
In love with my joy delirious
When I knew that you could care
So taunt me and hurt me
Deceive me, desert me
I'm yours 'til I die
So in love
So in love
So in love with you, my love, am I
パトリシア・モリソン
Patricia Morison は、
第二次世界大戦中から、1970年頃までの、
ハリウッドとブロードウェイの、
ミュージカルスターです。
昔の歌手の多くは、
クラシックの芸術音楽の発声法を、
日本で言うところの、声楽として、
習得しました。
そのほうが、
格式が高いのかも、知れません。
オーディオ設備が貧弱でも、
遠くまで聞こえるように、歌える声は、
日本でも、外国でも、便利でした。
今でも、昔ながらの人脈に、
担(かつ)がれたほうが、
成功し易(やす)いかも、知れません。
だれでも、
お金を持っては、死ねないので、
現役を引退すると、組織に投資します。
昔の人は、
声楽のほうが、高級と思っていました。
性転換も、よく似ています。
性転換手術を受けたほうが、高級と、
ご本人たちは、確信しています。
わたしは、パトリシア・モリソンの、
So in Love を、
1950年代に、聞きましたが、
何度も、聞くようになったのは、
1970年頃に、日本のFM放送が、
始まってからです。
日本は、家電大国でしたから、
だれでも、テープレコーダーを、
持っていました。
FM放送を録音すれば、
レコードを買わなくても、
何度でも聞けます。
1970年代になり、
第二次世界大戦の前や、後の、
アメリカ合衆国の、
スタンダードと言われる流行歌を、
日本人は、初めて、
何度も、聞くようになりました。
instrumental が、テレビの映画番組の、
エンディングテーマに、
なっていたそうです。
Kiss me Kate というミュージカルの中の
Lili の歌です。
パトリシア・モリソンは、
目が大きく、有名でしたから、
先週の、インドの
アイシュワリヤ・ライ Aishwarya Rai に、
似ています。
マタ・ハリも、そうでしたが、
古代インド以来の、
インドヨーロッパ人の、
フェムファタール femme fatale でした。
妖婦や毒婦と言うか…、楊貴妃のような、
傾城(けいせい)のアイドルです。
デビ夫人も、そうかしら。
作詞作曲者の
コール・ポーター Cole Porter は、
最近の伝記映画の
五線譜のラブレター De-Lovely が、
ヒットしましたので、
若い人も、知っているかも知れません。
昔から、
ミュージカルのヒットメーカーでしたが、
Love for sale や It's de-lovely も、
日本人に、よく知られています。
So in Love の歌詞は、
女の動物的な発情を、
歌っているだけかも知れません。
古代インドの、
裸の女性のレリーフのような、
フェムファタール丸出しです。
コール・ポーターは、
男性とも女性とも、性交渉のできる人で、
いわゆるバイですが、
この手の人は、同性との性交渉に、
心の安らぎを求めるのが、普通です。
異性との性交渉は、
殺し合いや、虐(いじ)め合いや、
産み合いなどの、競争の一つですから、
心が安らぎません。
コール・ポーターは、それを打ち明けて、
結婚しましたので、
事務的な結婚なのか、体裁なのか、
繁殖のためなのか、心の結婚なのかを、
わたしは知りません。
子孫を残すための、
契約結婚もありますが、
健常な子供の生まれる確率は、低く、
生まれつきの病気の子供から、
健常な成人を育てるのは、
失敗の可能性が、高い。
わたしたちの見ている人間の、
ほとんどが、それです。
So in love を、
とっても生理的な愛と、翻訳すれば、
怒られそう…、と思ったのは、
ホモセクシャルの男性から見た女性の、
愛って、
動物的な生理や、功利打算に
見えるからです。
佐村河内氏の、
耳が聞こえるとか、聞こえないとかって、
記者会見では、証明できません。
本当は、耳が聞こえていたと、
記者会見を開き、内幕を暴露しても、
それが本当か否かを、証明するには、
ずーっと、長期間の生活を、
共にしなければ、いけません。
脳波を調べても、それだけでは、
聞こえているのに、聞こえていないと、
嘘をついているとは、証明できません。
そんなの、当たり前ですが、
マスコミは、
佐村河内氏を、非難しました。
本当に、聴覚障害であったと、
わたしは、山勘(やまかん)で、
見当を付けたくなります。
ずーっと、一緒に
暮らしていた人でしたら、
それを見越して、記者会見を開き、
本当は、聴覚障害でなかったと、
暴露するかも知れません。
同性愛の関係って、二人だけにしか、
わからない間柄(あいだがら)なの。
昔は、
夫婦は一生、釜は五升、などと、
言いました。
夫婦の契(ちぎ)りは、一生もんだが、
御飯を炊くお釜は、
5升炊きが一番に、決まっている、
という意味です。
軍隊のお釜のサイズは、
5升炊きでしたが、
とても美味(おい)しかったそうです。
5度、生まれ変わり、死に変わっても、
男性同性愛者は、
その契りを、忘れません。
ウクライナで、
マレーシアの旅客機が墜落したので、
ニュースを検索しましたが、
ミサイルが命中して、墜落した、
という証拠は、皆無です。
そのミサイルを、
地元のロシア民族の軍事組織が発射した、
という証拠も、皆無です。
地元のロシア民族の軍事組織の、
無線通信を傍聴した、という内容を、
ウクライナ政府が、発表しましたが、
内容が捏造でない、という証拠は、
皆無です。
戦争中ですので、
当事者が、本当の軍事情報を
発表するわけがない。
ウクライナと言い、小保方さんと言い、
佐村河内氏と言い、野々村くんと言い、
いずれも、証拠のない話なのに、
マスコミは、
どうしてデマを流すのかしら。
うちの親戚にも、
新聞社の社主という人がいますが、
論理能力のない人です。
時間や空間の、位置を特定して、
順番に並べたり、配置したり、
人物を特定したりが、出来ませんから、
噂(うわさ)や嘘や間違いと、事実とを、
識別できません。
噂や評判や自惚(うぬぼ)れや
早とちりや見せしめだけで、
成り立っているような人ですから、
お医者さんに、なれなかったのが、
不思議なくらいです。
So in love の歌詞だけでなく、
コール・ポーターのミュージカルって、
そういう性欲の社会を、描いています。
エステティックな精神分析みたいなもの
かしら。
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