今年も、蝦夷禊萩(えぞみそはぎ)が、
群落を作りましたので、定着したのでょう。
地下茎が一杯の、宿根草ですけれど、
水辺の泥の中の、半分は水生植物の感じです。
わたしは、雑草や雑木(ぞうき)などの、
しぶといのが好き。
放ったらかしでも、よく育つから。
精神の病気は、放ったらかしの自由を、満喫すると、
御本人が、苦しくなるのでなければ、
みんなに、間引かれます。
苦しくなり、しかも、間引かれるのが、普通ですが、
性転換のように、本人は、自覚できません。
苦しくなり、性転換をして、幸せになったと、
思っています。
自分から、間引かれたのに…
*** ***
人間だけでなく、
生物って、生まれてから後に、
だんだんと変更不能が積み重なり、
死にます。
生まれる前も、そうなの。
だんだんと変更不能が積み重なり、生まれます。
生物の個体が、そうであるだけでなく、
生物の種類も、そう。
だんだんと枝分かれをして、変更不能になり、
新しい生物の種類と、言われるように、
もっと変更不能が積み重なり、絶滅します。
人間だけでなく、すべての生物は、そうであるって、
当たり前ですけれど、
生物だけでなく、ただの物体や液体や気体のように、
物質は、すべて、そうであるように見えます。
だんだんと変更不能になり、
変化しなくなると、
たぶん、別の物体や物質と、呼ばれます。
炎は、いつも変化しているから、炎です。
あんなもん、変化していなければ、
写真です。
火が消えていましたら、炎でありません。
石ころは、転がって、変化しなければ、
ただの医師と、呼ばれるかも知れません。
変化しない石ころって、見たことがない。
火に炙(あぶ)れば、溶けますし、
水に流せば、
角が磨(す)り減り、丸くなります。
金槌(かなづち)で叩けば、割れますから、
変化するのに、決まっています。
変化しない石ころって、
転がりもしません。
生物や物体だけでなく、
すべての物質は、変化して、
別の物質になります。
特定の変更不能な
物事(ものごと)として、
目で見て、手で触り、耳で聞き、
変化しないように、知るのは、
人間の知り方の、特徴です。
そうでなければ、詳しく知れませんから、
人間らしくありません。
変化する物事(ものごと)が、
人間の目には、
変更不能な物事として、見えるのに、
変化をすれば、見えなくなります。
なんとなく、お互いに生殖ができなければ、
別の種類の生物と、言われようなものです。
同性愛者や、不妊の夫婦は、
お互いに、別の種類の生物なのかしら。
親子は、生殖可能ですが、
同性の者が、別の種類であるって、
共食いの人間ならではの、社会です。
生物の種(しゅ)を、生殖や世代交代により、
識別をするのは、ほんとうに便利なのかしら。
進化論は、不便かも知れません。
感覚器官や脳だけでなく、
時間や空間や論理って、
物事(ものごと)を、
変更不能にするための、プログラムです。
脳の器質に、記録されても、
論理は、ハードウェアの配線でないかも、
知れません。
変化する物事を、
変更不能の、変化しない物事として、
認識するための方法は、
人間の、知覚や知性に、顕著であると、
言われます。
とりわけ、時間の知覚が、
他の哺乳類に比べて、特徴的です。
鼻があほになったのと、引き換えに、
うんと詳しく、時間により、
情報を分類します。
原因と結果というやつです。
これこれのせいで、
別のこれこれが、起こったと、します。
そのように、
これこれや、別のこれこれを、
概念として、認識します。
これとあれのように、違う物事を、
同じであると、定義するだけでなく、
序列をつけて、分類します。
変更不能な概念を使い、
変化を知覚したつもりに、なります。
数学の手口に、そっくりですけれど、
知覚のほうが、オリジナルです。
時間を、詳しく知覚するのは、
判断を、詳しく分類するためです。
マルペケの判断を、枝分かれさせて、
こっちの判断と、あっちの判断を、
結びつけて、流れる方向を、定義します。
違うものを、同じとして、
黒を白と、言い、
黒から白に、変わる、と決めたりします。
水路を掘るように、
新しい道筋(みちすじ)を作るために、
時間や、原因と結果や、
自分と言われる個体などを、
事実として、知覚しました。
ダックスフンドやヨークシャーテリアの、
品種改良を見れば、わかるように、
神経や化学物質の、
繋がり方やくっつき方が、
抽出されて、純化されて、遺伝するから、
数学のような論理法則や、
科学技術のような事実が、
間違いないと、確信されます。
品種改良をして、純化すれば、するほど、
伝わる情報量が貧弱になり、
変更不能になりますので、
妄想や幻覚のように、
疑いを容れる余地が、なくなります。
確信されるの。
分類されて、枝分かれをすれば、
末端の枝先には、特定の素質しか、
現れなくなります。
人間の事実の知覚や論理は、
文化的な手順により、
遺伝子の組み換えをするのと、
同じですが、
科学的に、遺伝子を組み換えて、
人間の品種改良を行なうのは、
禁止されています。
どのような人間を、良いとするかは、
殺し合いや、産み合いにより、
文化的に決められなければ、
埒(らち)が明きません。
文化は、知覚の手順を経て、
人間の遺伝子の組み換えを、
大昔から、行なって来ました。
品種改良の結果が、
現在のわたしたちですから、
たいしたことは、ありませんが、
歴史の教科書には、
人間は賢いと、書かれています。
たぶん、嘘です。
脳は、視床から枝分かれをして、
大脳基底核と言われる記憶の保管場所を、
増やしました。
たん瘤(こぶ)が出来たようなものですが、
記憶するのは、情報を分類することですから、
判断が、枝分かれをするように、
脳が、海を埋め立てて、
記憶の保管場所を、新しく作りました。
樹木は、幹から枝先や葉先に、
枝分かれをしますから、
隣の葉や枝に、移動するには、
枝分かれの、股まで、戻ります。
スケベは、面倒臭い。
植物は、葉っぱに、葉緑素がたくさんあり、
光合成により、
炭水化物と言われる有機物を、生産します。
他の生物の生産した炭水化物や、
水に溶けた無機物などは、
根から、吸い上げられますので、
根と葉の間で、
あっちの枝分かれから、こっちの枝分かれへと、
養分や水分が移動して、
互いに、融通し合います。
枝分かれの道筋って、
栄養を融通し合う道筋ですから、
判断が、何のためにあるかって、
言わずと知れています。
大脳基底核の、それぞれの神経核から、
一々、視床に戻らなければ、
隣の神経核に、移動できないって、
面倒くさいでしょう?
神経核同士で、直接に繋がる通路を作れば、
楽ちんです。
神経核って、
神経細胞の細胞核が、いっぱい集まっている所です。
神経細胞の生産物に、軸索や樹状突起があり、
こいつらは、電気や化学物質などを伝えるための、
電線や配管です。
大脳の奥のほうの、頭蓋骨で覆われた中身の、
真ん中に、
視床や、大脳基底核などと言われる神経核が、
たくさんあります。
視床って、脊髄から続く神経の集まりの、
くねくね曲がる棒の、先っちょが、
頭蓋骨の中に、埋まっている所です。
棒の先っちょの回りに、
大脳基底核と言われる神経核が、
取り巻いていますけれど、
それぞれの神経核に分化して、
神経核と神経核が、直接に繋がっています。
いちいち視床に戻らなくても、
隣の神経核に、移動できますけれど、
それぞれの神経核に、分かれているので、
機能も分化しています。
視床と、大脳基底核の、やっていることが、
だいたい、恐竜や蜥蜴(とかげ)みたいな連中の、
賢しこさです。
あんなもん、ちっとも賢くありませんから、
食べても、怒られませんけれど、
哺乳類や鳥類ですと、
食べるのは、可哀想で、残酷であると、
人間が非難されるかも、知れません。
裁判により、死刑が確定しなければ、
鶏の首を、切り落としてはいけないと、
憲法に書かれるようになります。
鳥や獣は、人間のように、個体を識別しますから、
自分たちだけでなく、
他の種類についても、個体を識別できます。
古代インドや古代ギリシャの時代は、
田舎へ行けば、
人間のお肉を食べるのが、普通でしたから、
古代文明の発掘物を見ても、
人間のお肉を、非難する記事は、ありません。
人間は、貧乏のせいで、人間のお肉を、食べます。
現代でも、わたしの子供の頃は、
ニューギニアやコンゴの人が、
人間のお肉を食べても、別に驚きませんでした。
その人たちを、非難しませんでした。
貧乏なので、仕方ありません。
哺乳類になると、
大脳皮質が、うんと発達しました。
神経核の一つですけど、
こいつが、たん瘤みたいに膨らみ、
大脳基底核全体の、上っ皮を覆いました。
皮質って、
2~3mmぐらいの、薄いものですけれど、
神経細胞が6階建てになっています。
大脳のほとんどは、大脳皮質と、
大脳基底核を繫ぐ軸索の束です。
枝分かれの股のとろまで、戻らないと、
大脳皮質の離れた所へ、
情報を移動させることが、できません。
すぐ隣の神経細胞へは、
樹状突起が手を伸ばしますから、
化学物質の受け渡しが出来ますけれど、
遠くまで、手を伸ばすのは、しんどい。
樹状突起は、電線が剥き出しですから、
具合悪い。
軸索と言われる電線は、
配管の中ですから、被覆線です。
大脳の皺々(しわしわ)は、
それぞれの部分が、
分化して独立する途中です。
皺と皺を結ぶ軸索の束が、ありません。
大脳基底核のようには、
分化が完了していません。
大脳皮質は、皺々の6階建てですけれど、
全部で一枚の、絨毯のようなものです。
大脳基底核と大脳皮質の判断って、
爬虫類と哺乳類の、違いかも知れません。
爬虫類も、知覚しますけれど、
たぶん、論理的に定義できません。
知覚を止めるために、時間と言われる分類法を作り、
論理的に、違うものを同じであると、定義して、
概念に、序列を作るのは、
ようするに、詳しく知覚するためです。
鼻は、空気の流れに、依存していますから、
いくら嗅覚が鋭くても、いい加減と思いません?
目は、電磁波を捕捉しますから、
化学物質を使うよりも、優秀かも知れません。
軸索の電線としての機能のほうが、
樹状突起の化学物質を捉える機能よりも、
変更不能なの。
そのように、事実を想定するのが、
作り話であるのは、
どのように、遺伝子の組み合わせを、改変すれば、
だれが、どのように、良い品種の人間であると、
評価できるのかって、
だれも知らないのと、同じです。
品種改良の中身により、
知られる事実が、変わりますから、
どのような事実を、知れば良いと、
だれも、評価してくれません。
遺伝子の組み換えや、事実の認識って、
自作自演の、自由な作り話でしか、ないように、
わたしたちは、事実や科学技術を使い、
知覚の中身を作りながら、自由に暮らしています。
実際には、遺伝的にも、文化的にも、
人間の個体は、変更不能の塊(かたまり)ですから、
自由にしても良いと、言われれば、言われるほど、
精神の病気になります。
病気の治療って、不自由になるように、規定して、
定義してあげることなの。
知的障害や統合失調症や認知症などの人を見れば、
よくわかります。
自由を尊重してあげれば、症状が悪化します。
操り人形のように、糸を引いてあげるのが、
良い結果になります。
脳味噌は、そういうふうに進化しました。
人間が、自作自演のように、作った結果なの。
樹状突起が化学物質を捉えて、
隣の神経細胞と、情報を交換する手から、
尻尾の軸索を伸ばして、高速道路を使う方法へ、
インフラを整備して来ました。
立ちしょん便や、野糞のほうが、融通が利きますが、
下水道や、奇麗な公衆トイレを、作った人のほうが、
殺し合いをするには、優秀かも知れません。
忍者やスパイや冒険家よりも、原子爆弾のほうが、
戦争に強い。
脳味噌も、融通の利く仕様から、
インフラを整えて、融通の効かない遺伝的素質へ、
変化して来ました。
だんだんと、特定の素質を抽出して、
変更不能を積み重ねて来ました。
その方向が、嫌(いや)な奴を殺して、
自分と同じ奴を殖やすロマン主義の、
戦争と生殖です。
時間を作り、
変化する物事(ものごと)を、
変更不能な、変化しない物事として、
知覚する方法は、ソ連みたいに、
潰(つぶ)れるかも知れません。
時間を使った知覚って、
個体と言われる概念を、大切にして、
自分という意識を、自覚します。
個人主義と言われますが、
黒を白と言うように、
違うものを同じとする判断の手順は、
軸索の束が、
分化した神経核と神経核を結ぶのと、
同じです。
論理と言いますけれど、
皺(しわ)や襞(ひだ)が独立して、
皺と皺や、襞と襞が、軸索の束により、
高速道路のように、結ばれると、
大脳皮質が、大脳基底核のように、
たくさんの神経核の集まりに、
進化します。
こっちの枝先と、あっちの枝先を、
高速道路で結ぶと、枝分かれの股まで、
戻っていた情報の移動が、
根本的に変わります。
枝が、枝分かれの由来に、
準拠しない判断って、論理的です。
意図的に作られたプログラムにより、
血筋を超えて、規定されます。
論理の典型が、エステティックです。
ピラミッドを計算して、
必然性があると、言い出します。
マヤとエジプトのピラミッドは、
何かの真理を知っている人たちの、
合言葉です。
エステティックは、センスに似て、
知覚の中身を言いますので、
論理的ですが、人間は、目が良いので、
視覚を言うことが多く、
聴覚の中身を、論理的に整理すれば、
統合失調症の、妄想や幻聴になります。
論理は、妄想や幻覚の一種ですから、
数学のように、支離滅裂ですが、
その通りに、事実が見えますから、
科学技術が、論理的に正しいと、
確信されるのは、当たり前です。
人により、遺伝的素質が違いますから、
違う奴を間引いて、同じ奴だけの確信に、
酔い痴(し)れます。
健常な人間の、だれの目にも、
科学技術が、
間違いないように見えるのは、
健常な昆虫の目に、
複眼の世界が、矛盾をきたさないのと、
同じなのですが…
カマキリの雄が、
性交のあとで、雌に食べられるのは、
性的快感なのかしらと、
科学技術を信じているお医者さんを見て、
わたしは、興味津々です。
性転換を信じている患者さんも、
カマキリの性欲に、
魘(うな)されているのかも、
知れません。
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