マテバシイ 1561 大脳皮質と基底核

雄花序の中に、よく見ると、雌花序が混じっているって、
わかるでしょうか。
 
雌花は、どんぐりになりますけれど、
花の頃から、すでに、どんぐりのお椀が、わかります。
 
小さな緑色が、どんぐりになるのは、翌年の秋ですから、
1年半ぐらい、かかります。
今年の秋には、まだ大きくなっていません。
 
妊娠期間が、人間よりも長いのは、
頭がいいのかしら。
 
雌花は、雄しべがなく、雌しべが一本だけですけれど、
雄花序のように、幾つもの雌花が、尾状に並んでいるのは、
マテバシイとスダジイだけですので、すぐにわかります。
 
       ***          ***
 
大脳の上っ皮の、
神経の細胞核が、たくさん集まっている組織を、
大脳皮質と言います。
 
大脳の皺々(しわしわ)の、表面全部ですので、
結構、広い面積です。
 
人間は、ここに、記憶を貯めこんでいます。
 
ただのデータの記憶だけでなく、
データとデータを、くっつけたり、
引き剥(は)がしたりする手順も、
記憶しています。
 
プログラムと言います。
 
くっつけたり、引き剥がしたりする手順って、
ようするに、分類の枝分かれの、道筋のことです。
 
神経って、枝分かれをしているでしょう?
 
餌(えさ)を食べるみたいに、
化学物質に、手を伸ばしただけですが、
その場所が、記憶の番地ですから、
記憶を分類するために、
枝分かれをしているようなものです。
 
進化の系統樹みたいに、
生物のやることって、何もかもが、似ています。
 
     大脳の奥のほうの、脳味噌の中心部にも、
     神経の細胞核が、
     たくさん集まっている所があり、
     神経核と言います。
      
     大脳皮質のような、ひと続きでなく、
     幾つにも分かれていて、それぞれの間を、
     神経の軸索と言われる電線の束が、
     繋いでいます。
 
     大脳の奥の、中心部の神経核を、
     全部纏(まと)めて、
     大脳基底核と言います。
     
     大脳皮質との間も、
     軸索の束により、繋がれていますから、
     神経核の一つが、巨大になったものを、
     大脳皮質と、言っているだけです。
 
昔の動物の脳は、
大脳皮質が、人間ほどには、広くなく、
皺々(しわしわ)が少なく、単調な構造でした。
 
哺乳類や鳥類の、大脳基底核は、
人間と同じくらいに、複雑ですから、
あいつらが、人間よりも優秀なのは、
多分、ここの能力だなあと、
見当がつきます。
 
イルカは、小脳が、よく発達して、
人間の大脳みたいに、皺だらけです。
 
機械を制御するのは、コンピュータですから、
大脳基底核が、優れた運動機能を制御していると、
わかります。
 
データを、
あっちへやったり、こっちへやったりして、
データとデータを、
くっつけたり、引き離したりするために、
たくさんの、神経核が、
脊髄の続きの、脳幹と言われる棒の、
先っちょの視床の回りに、集まっています。
 
分業をするために、
たくさんの神経核に、分化しています。
 
     記憶を分類することが、判断ですから、
     分業って、
     記憶の分類のために、必要ですけれど、
     分類の枝分かれが、
     たくさんの神経核に分化している、
     という意味です。
 
     記憶をくっつけたり、引き離したりするのは、
     枝分かれの、先と根本(ねもと)の間を、
     行ったり、来たりして、
     こっちの枝分かれから、
     あっちの枝分かれに、乗り換えています。
      
     頻繁に利用される乗換駅が、
     神経核と言われます。
 
人間以外の哺乳類では、
大脳皮質のデータの記憶が、
こっちとあっちを、くっつけるだけの、
単純な情報ですので、
生まれつきの、既成の設計の通りに、
それぞれの神経核が、正直に機能しています。
 
大脳皮質のデータは、
神経核が規定する手順の通りに、
あっちへ送られたり、こっちへ送られたりして、
くっつけられたり、引き離されたりして、
判断されます。
 
大脳に記憶されるのも、
行動を経て、事実や他人の脳に、記憶されるのも、
似たような意味ですから、
行動や、事実と言われる文化の形成も、
分類作業の一部と言えます。
 
くっつけたり、引き離したりって、
数式の変形や、音楽の変奏などのように、
単純な作業です。
 
音楽大学の、指揮科や作曲科の学生さんに、
バッハやモーツアルトの曲に聞こえるように、
主題を変奏しなさいって、問題を与えると、
だれの耳にも、疑われないように、
ありきたりの曲を、ちゃんと作ってくれます。
 
佐村河内氏の友人の、新垣という大学講師も、
そう言っていました。
 
数式の変形と同じくらいに、幼稚な理屈でも、
世間一般の人は、有り難そうに、奉ります。
 
科学技術が、そう。
みんなに、神様のように、信奉されるのは、
大脳基底核が、健常に機能しているからなの。
動物の機能です。
 
神様は、御先祖様に決まっていますから、
ばい菌に、似ているかも知れません。
 
目で見たり、手で触ったり、耳で聞いたりして、
科学技術が、確かに間違いのない事実であると、
感じられるのは、
ばい菌や数学などの、単純明快な論理のお陰です。
 
     生まれつきの神経核には、
     本能と言われるような、
     単純なプログラムしか、
     仕組まれていませんから、
     シマウマを、四輪駆動車で追い駆けると、
     車の走る通りに、
     どこまでも、真っ直ぐに逃げます。
     数学やコンピュータや機械みたいに、
     あほですけれど、規則的です。
 
     昔から、論理って、
     統合失調症の症状に、よく似ていました。
     融通が効きませんから、
     みんなと一緒の、
     狡(ずる)賢い流行文化を、
     習得できません。
 
     こまめに変更できなければ、
     少し、状況が変わっただけでも、
     自殺や自傷や他害に、及びます。
     そういう人を、
     振り落として、間引くために、
     わざわざ、つまらない流行が、
     炎のように、いつも変化しています。
     
     オリンピックの聖火みたいでしょう?
     紀元前1世紀の、
     インドの、ナーガセーナという僧侶も、
     バクトリアの、
     メナンドロスというギリシャ人の王様に、
     そう言って、仏教を教えました。
 
人間では、大脳皮質のほうに、
データとデータの、くっつけかたの手順まで、
記憶されています。
 
プログラムと言いますが、
文化と言っても、構いません。
流行文化って、
数学や科学技術と、違うでしょう?
 
でも、ちゃんと、
目で見て、手でさわって、耳で聞いて、
確かに知ることの出来る事実と、感じられます。
 
人間以外の動物は、文化的な事実を、
あまり知ることが出来ませんけれど、
数学や科学技術を知らなくても、
目で見て、手で触って、耳で聞いて、
ちゃんと事実を知っていますから、
数学や科学技術って、あまり必要でありません。
 
人間は、鼻があほですから、
大脳基底核は、動物のほうが賢いかも、知れません。
 
     大脳皮質は、
     基底核の、たくさんの神経核の一つが、
     大きく発達しましたから、
     データとデータのくっつけかたの、
     プログラムを記憶すれば、
     大脳基底核が、言うことを聞くのは、
     当たり前と言えば、当たり前です。
 
     人間の中の、動物の心を、
     人間が支配しても、
     不思議でありませんが、
     上手(うま)く行くと、限らないのは、
     精神の病気の人を見れば、
     よくわかります。
 
     たくさんの神経核の中の、
     情報のやり取りの手順は、
     犬や豚の品種改良のように、
     取捨選択されて、
     チワワやダックスフンドが
     作られたように、
     特定のプログラムが、純化されて、
     神経核の機能が、遺伝しました。
     
     神経核の一つの大脳皮質は、
     本能的な、生まれつきのプログラムに
     乗せて、
     文化的に習得された手順を、
     他の神経核に伝えますので、
     文化の流行が、変更不能な本能を、
     支配します。
 
     大脳皮質って、ウイルスみたいでしょう?
 
     統合失調症の人は、自分の脳を、
     誰かに、乗っ取られたように
     感じますので、
     抗精神病薬の弊害を、除去して、
     統合失調症を、解体する方法の一つとして、
     解離性同一性障害と言われる病名が、
     精神科に流行しました。
 
     GID(性同一性障害)は、
     その第二弾ですけれど、
     患者さんのほうが、
     あほのお医者さんを見込んで、
     形成外科に持ち込みました。
 
基底核の、神経核と神経核の、情報のやり取りの、
本能的なプログラムが、
大脳皮質に記憶された文化的なプログラムに、
上手(うま)く置き換わらなければ、
知的障害や統合失調症などの、
精神の病気と言われます。
 
動物の、長期的な記憶って、もの覚えが悪くても、
反射的に、反応するのは、
人間よりも、優秀かも知れません。
 
脊髄の反射でなく、
大脳が、瞬間的に反応するのは、
短時間ですけれど、記憶していなければ、
情報は、上手く処理されません。
 
海馬が、やっているのかも知れませんけれど、
短時間の生まれつきの、記憶の仕組みに、乗じて、
大脳皮質の、長期的なプログラムの手順を、
大脳基底核に処理させるって、
ようするに、コンピュータのように、
瞬間的な情報処理が、ちゃんと行なえるのなら、
長期的な記憶の手順は、
問題ないのかも、知れません。
 
精神の病気は、自我障害でなく、
カーネルの不具合でないのかと。
 
     わたしは、子供の頃から、
     いわゆる知的障害と統合失調症に、
     馴染んで来ました。
 
     たくさんの人に、
     取り囲まれていましたけれど、
     知的障害と統合失調症の血筋は、
     よく似ていました。
 
     うちの父は、軽い知的障害でしたけれど、
     二枚目の映画俳優のような、
     顔や体の見てくれでしたから、
     みんなに、賢いと言われていました。
 
     本当は、二桁と二桁の足し算に、
     往生していました。
     二桁と二桁の掛算は、
     ノートと鉛筆を使っても、出来ません。
 
     でも、みんなに尊敬されて、
     化学会社を創業しました。
     一族の世話になるのが、
     嫌(いや)でしたので、
     独立して、経営していましたが、
     上手(うま)く行かなかったので、
     わたしは、父の会社の、尻拭いばかりを、
     させられました。
 
     親戚の、
     鉄鋼関係のコンビナートにくっつけて、
     楽をして儲けられるようにしたのも、
     わたしでした。
 
     知的障害や統合失調症を、
     本人にわからせるようなやり方は、
     上手く行きません。
     美男であることを、
     梃子(てこ)に出来るなら、
     そうするのが良いのに、決まっています。
 
     美男であるから、
     みんなに賢いと、言われているのに、
     ほんとうに賢いと、思い込むので、
     厄介です。
 
     ほんとうに賢いって、何のことなのかを、
     わたしは知らないもん。
    
     有名なピアニストが、
     今のわたしの気持ちは、こうです、と
     即興で演奏したのを、見て、
     カスパー・ハウザーも、
     今のわたしの気持ちは、こうです、
     と言い、
     鍵盤を叩きましたが、
     音楽は鳴りませんでした。
 
     うちの父だけでなく、
     子供の頃から、わたしの回りには、
     そういうことを、やりかねない人が、
     たくさんいました。
 
     みんなと一緒のことさえ、やっていれば、
     父は、どこへ行っても、賢い人と、
     言われました。
     長く付き合わなければ、
     問題ありませんでした。
 
     精神科のお医者さんが、
     知能検査によらずに、
     患者さんの知能を、測ることは、
     まず不可能ですが、
     知能検査が知能を測っていないのも、
     たいていの人は、知っています。
 
     知能を測っていないのに、
     知能検査と言っても、
     刑務所に、ぶち込まれませんから、
     不思議です。
     商品のチラシ広告でさえ、
     不当表示は逮捕されるのに…
 
     わたしは、わたしの回りの、
     たくさんの、精神の病気の人を見て、
     精神科のお医者さんの能力が、
     どれくらいかを、
     嫌(いや)と言うほど、測って来ました。
 
     当たり前ですけれど、
     精神の病気って、傍(はた)で、
     ずーっと、
     暮らし振りを、長く見ていないと、
     わかりません。
 
     知能検査をすれば、
     簡単に知能がわかると、思うやつは、
     あほです。
     ずーっと見ていても、わからないのに…
 
     
     
     
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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