横須賀の山の後ろに、富士山が見えます。
山の手前は、横須賀市。
右のほうの、高いビルの立つ所が、繁華街です。
観音崎という岬の近くから、写しました。
房総半島との間の、浦賀水道に面して、
三浦半島が、東京湾の側に、突き出す所です。
手前の橋は、堤防に渡ります。
左手前の走水(はしりみず)という海岸に、砂と泥が溜まり、
付近の海が、遠浅の、砂浜と干潟になるので
写真の、右手前の沖の海を、コの字型に堤防で囲み、
船溜まりとして、走水漁港と名付けました。
橋を渡り、港に行きます。
手前の黐(もち)の木に、藤が絡(から)み、咲いています。
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どうして、砂や泥が溜まり、
海の中に、港を作らなければいけないほどに、
船も出せない遠浅の海になるのかって、理由は簡単です。
沖に、テトラポッドを積み上げて、長い堤防を、いくつも作り、
海岸を、潮流から守ったからです。
そうしなければ、潮の流れに削られて、
観音崎の根元(ねもと)の、
走水(はしりみず)の防衛大学校の敷地が、
無くなってしまいます。
別に、軍隊の領域だけでなく、
民間の工場や住宅地や、普通の港町の繁華街でも、同じです。
土地が削られて、町が無くなったのでは、困りますから、
潮流を阻止するように、沖に、堤防を作ります。
すると、土砂が溜まりますから、浚渫(しゅんせつ)をして、
人工の港を、維持しなければいけません。
堤防に守られなければ、
昔は、自然に砂が溜まり、砂州が延びて、松原が続いた海岸でも、
今は、砂が削り取られて、海水浴も出来なくなります。
自然の景勝地も、陸地が削られないように、沖に堤防を作り、
よそで浚渫した砂を、積み上げて、
人工的に、砂浜を守らなければいけません。
よそが、堤防に囲まれれば、
堤防の無い海岸が、削られるのは、当たり前です。
削られた土砂が、こっちから、あっちへ、
流れるのが、自然でしたから。
一箇所を改変すれば、他の箇所が、影響を受けます。
ひとたび、手をつければ、
全部を、人工的に維持するまで、手を弛(ゆる)められません。
海岸の形だけでなく、川の流れや、土砂の堆積は、
自然と共に変わるのが、当たり前なのに、
人間は、わざと、形が変らないように、
現状を維持するために、精力を費やします。
変るのが、自然なのに、
変らないように、労力を注(つ)ぎ込むって、あほです。
人間は、そのために、生きています。
大雨が降り、洪水が起こり、川の流れが変わり、山が崩れて、
土地や建物や町や人が、無くなり、生活が変るのは、困ります。
川に、堤防や砂防ダムを作り、崖に、擁壁を作るように、
海岸や沖合に、護岸堤や防波堤を作り、
河口や港の土砂を、浚渫(しゅんせつ)します。
土木工事や、体の病気の治療や、外科手術だけでなく、
何を、精神の病気として、
どのように、脳の現状を、維持するのかも、同じことです。
精神の病気は、変化をするものに、適応せずに、
現状を維持しようとするだけでなく、
変更不能なものを、
個人主義やエステティックや合理主義などとして、
神様や権力のように、信仰します。
神様や権力って、御先祖様や両親です。
数学や科学技術や事実などが、間違いないと、確信されるのは、
簡単な判断の仕組みなのに…
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