ビワ 1394 認識の対象?

冬に咲く花の、代表です。
果実は、初夏に熟します。
 
枇杷(びわ)の実って、大好き。
 
楽器の琵琶の音色を聞いたり、比叡山や伊吹山に登ったりすると、
枇杷の実を食べたくなり、平家物語を思い出します。
 
ジャポニカの種小名ですが、
自然の枇杷(びわ)を、見たことがありませんから、
中国原産のものが、帰化したのでしょう。
 
琵琶湖で泳いだことも、ありません。
 
           ***          ***
 
認識の対象って、何であるかを、尋ねられたことが、あります。
欧米の哲学は、それでしたから、
日本人も、お相伴(しょうばん)をさせられたのかも、知れません。
 
コンピュータは、認識の対象がなくても、
モニターの映像を、作れますけれど、
欧米の産物ですから、なんとなく、胡散(うさん)臭(くさ)い。
 
液晶という素材を、電気で制御しますが、
制御の仕方は、プログラムに書かれています。
 
素材と規則から、事実と言われる認識の中身が、作られます。
入力という刺激に、反応しているだけですから、
夢と同じように、認識の対象は、必要ありません。
 
遅くとも、古代ギリシャの時代に、プラトンが書き残したように、
知識人に、広く疑われていましたが、
具体的に証明をする手立てが、ありませんでした。
 
アリストテレスは、そんなもん、証明不要なので、
さっさと、具体的な事実を、生産したほうが、
得に決まっていると、考えました。
 
後(のち)の物理化学ですけれど、
科学技術と言われる認識の中身を、今も、作り続けています。
 
弟子のアレキサンダーという王様が、その教えを実行して、
いわゆるヘレニズムの文化を作りました。
エジプトとペルシャとインドを、やっつけたの。
 
キリストという人も、
ギリシャ文化の支配下の、パレスチナに生まれ育ちましたけれど、
ローマも、そう。
 
インドから西が、民族を超えて、
似たような文化に、支配されるようになりました。
 
アリストテレスが、証明不要と、考えた文化です。
事実と言われる認識の中身を、次々に作り出します。
既成事実ってやつ。
 
ヘレニズムの民族は、
みんな、顔が似ていますから、エステティックです。
インドやエチオピアの人も、色は黒いけれど、
ヨーロッパ白人と、似たような顔かたちでしょう?
 
19世紀の初めに、電信が実用化されると、
証明不要な事実の成り立ちが、証明できそうになりました。
第二次世界大戦の終わった直後に、コンピュータが出来て、
わかりやすく証明されましたから、めでたしめでたしです。
 
ラジオやテレビを見れば、
だいたいは、わかっていましたけれど、
日本人は、パソコンよりも、電卓を作りました。
 
わかるよりも、儲かるほうが良いと、考えましたから、
ラクダに跨(またが)った商人の、預言者モハメットよりも、
現金でした。
 
ソ連や日本が、潰れてからも、
アラブ諸国が、風前の灯火(ともしび)に、なりました。
無人機やミサイルを飛ばすには、
電卓よりも、パソコンのほうが、役に立ちます。
 
認識の対象なんか、何も要(い)りません。
均一な素材を、規則的に加工して、
事実と言われる認識の中身を、作ります。
入って来る刺激が変われば、製品の事実も変わリますから、
認識の仕組みって、工場生産みたいなものです。
論理と言います。
 
宇宙は、粒々(つぶつぶ)と規則から、出来ているって、
欧米の男性は、好きなの。
 
事実は、素材と規則から、出来ています。
刺激は、コミュニケーションってやつ。
人間社会の、個体と個体の会話だけでなく、
風が聞こえる、溶鉱炉が熱い、というような刺激も、
コミュニケーションです。
 
夢が、そうでしょう?
眠っている人の、足の裏を、
こちょこちょっと、弄(いじく)ってやれば、
夢の中身が、変わります。
 
事実と言われる認識の産物だけでなく、
プログラムに書かれた規則も、人間が作ります。
 
作られた事実を、素材として、使い回します。
記憶が、積み重なりますから、変更不能なものが、溜まります。
 
融通が効かなくなるのを、人間は、賢いと言います。
文化を使い回さなければ、動物みたいに、あほですけれど、
変更不能な事実が、ゴミの山みたいに、溜まって行くのは、
統合失調症の人の暮らし振りに、似ています。
 
プログラムを作るのは、論理的ですけれど、
生まれつきの神経や化学物質の、繋がり方やくっつき方が、
最初から決まっているような能力ですから、くそったれです。
 
文学的には、因果関係や相互関係などと、言いますけれど、
お釈迦さんは、瞑想に耽り、諸国に、教えを広めました。
一族郎党の町を、よそ者に盗られましたから、
くそったれの気持ちが、よく現れています。
 
解脱するのが良いって、性転換医療よりも、桁違いに無責任です。
オウムとGID(性同一性障害)は、いい勝負と思いません?
暴走族を、健全なオートバイ競技に導けば、性転換になるとか… 
 
認識の対象が無いのなら、感覚器官は、何を感知しているのかって、
お釈迦さんや麻原さんに、聞かなくても、わかります。
 
統合失調症の人も、認識の対象が知られるのでなく、
誰かが伝えて来た情報を、患者さんが感覚する、と言います。
健常な人の、ロマンティックな思想よりも、
統合失調症の、妄想や幻覚のほうが、洒落ています。
 
風や石ころに、意志があるのを、知りませんけれど、
事実と言われる客観的な世界があると、思わないほうが、
よくわかり、よく精神の病気になります。
 
科学主義って、ソ連が掲げていましたが、死にました。
共産主義の中でも、
マルクス・レーニン主義や、スターリンや毛沢東の考え方などは、
唯物論で行きますけれど、
カントやヘーゲルなどの、ドイツ観念論の枝分かれです。
 
どうして、観念論が分化すると、唯物論になるのかって、
わからなければ、道に迷うかも、知れません。
 
客観的な認識の対象がある、と考えるのは、
そんなものは無い、と考える道筋から、派生しましたけれど、
アリストテレスが、プラトンの弟子であったのと、
似たようなものです。
 
実際に目で見て、手で触って、耳で聞いて知られる事実と、
そうでない認識の中身とを、
世間一般の平均的な人は、識別できません。
 
識別する能力に、優劣があり、
完全に識別できる人は、一人もいません。
 
事実を知る手順を、論理といいますが、
刺激と言われるコミュニケーションの情報を感知すると、
価値を定義したプログラムと言われる文化的な規則を、
素材に適用して、事実と言われる認識の中身を形成しますので、
事実は、価値の通リに、作られます。
 
刺激は、変数を、入力するだけみたい。
 
論理は、生まれつきの脳の神経や化学物質の、
繋がり方やくっつき方に、現れていますので、
人により、事実を作る能力に、優劣があります。
日常会話の言い方ですと、
事実と、事実でないことを、識別する能力に、個人差があります。
 
世間一般の成人の、平均的な能力は、
国語の読解力や、数学の初歩の問題を解く中学生の、
平均的な能力と同じです。
新聞の三面記事の刑事事件を読んでも、あらすじを理解できません。
 
論理能力って、事実を作る能力ですから、
無限大の能力の人がいないように、
論理能力に、間違いのない能力は、ありません。
 
科学技術の成果を見ても、
論理能力が低ければ、なぜ、そうなるのかを理解できませんから、
事実と手品は、似たようなものです。
 
仕組みがわからなければ、
科学技術が事実であるとは、絶対にわかりませんけれど、
エレベータに乗れば、ちゃんと100階まで、行きますから、
科学技術は、絶対に間違いのない事実であると、確信します。
 
わからなくても、事実であると、確信するのですから、
他人の言った嘘を、事実であると、確信するのは、簡単です。
 
裁判の証言を、事実であると、
裁判官は、どうして確信したのかしら。
アメリカ合衆国でしたら、無罪かも知れないのに、
日本でしたら、刑事事件は、ほとんど有罪です。
 
日本の事実と、アメリカ合衆国の事実は、違うのかしら。
あっちは、嘘つきが多く、日本人は正直者が多いって、
証明できるのかしら。
 
わたしは、日本人のほうが、嘘つきが多いような、印象を持ちます。
証拠がなくても、信じてもらえますから、
みんな、平気で嘘をつきます。
 
嘘って、みんなが口を揃える特徴があります。
嘘をつく人が、みんなの証言に反して、
自分一人だけの、独自の嘘をつくって、少ないような気がします。
 
嘘は、みんなが口を揃えますから、
他人の言葉を信じるのは、すごく危険でしょう?
日本社会の特徴です。
 
動物って、そうなの。
雁(かり)は、いつものリーダーが、決まっていないのに、
奇麗に並んで、空を渡ります。
 
空気の流れに乗ったほうが、飛びやすいと思いますけれど、
前を飛ぶ鳥の、斜め後ろが、一番楽ちんなのかしら。
 
心筋細胞も、それぞれが勝手に拍動していたのに、
みんなが集まると、同じリズムに統一されます。
 
電気的に、そうなっていますけれど、
裁判の嘘も、脳味噌が、そうなっているので、
みんなが口を揃えて、嘘をつくのかしら。
 
見ていないし、触っていないし、聞いてもいないのに、
確かに見た、間違いなく触った、天地神明に誓って聞いたと、
平気で嘘をつきます。
脳味噌の神経って、渡り鳥や心筋細胞と、似たようなものなの。
 
嘘をつかなければ、事実は成り立ちませんから、
嘘の付き方の、規則性が問題です。
 
 




 
 
  
 
 
     
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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