イチョウ 1382 言葉や論理の意味

もうじき、葉っぱの無くなりそうな、銀杏(いちょう)。
落ち葉の季節に、黄葉って、遅れています。
 
          ***          ***
 
意味が異なっているのに、
同じ単語でしたら、同じ意味であると、誤解されます。
 
同じ単語でも、使い途(みち)により、意味が異なるのでしたら、
区別しなければ、いけません。
一つの単語には、無数の使い途(みち)が、あるかも知れません。
 
単語の意味は、使用の仕方により、定義されるだけでなく、
使用されるたびに、新しく定義されるようなものです。
 
なんで、日常会話や裁判などが、論理的であろうとするのかって、
とても不思議です。
 
単語の使い方を間違えると、それを指摘されますけれど、
間違えなければ、相手と同じ意味でなくても、ちゃんと通じます。
 
単語の意味でなく、伝えたいコミュニケーションの中身の意味が、
最初から、決まっているのかも知れません。
 
伝えたい中身を共有している相手としか、
コミュニケーションが通じないのでしたら、
なんのための、コミュニケーションなのかしら。
 
同じ意志の個体が、たくさん集まれば、強くなる、というだけの、
コミュニケーションかも知れません。
ほとんどの動物は、そうですので、人間も、そうかも知れません。
 
     使用のたびに、新しく定義されるはずなのに、
     使用する前から、判断の結果がわかっていましたら、
     日常会話が、論理を標榜する理由も、見えています。
 
     独裁や粛清のための、裁判と同じように、
     論理の振りをしているだけかも知れません。
 
     舞台の上の、嘘八百の演技というやつ。
 
     ものすごい個数の、単語の意味を固定するための、
     概念の定義の仕方を、誰が、知っているのでしょうか。
 
     他人に通じないのに、
     通じているかのように錯覚するのは、
     何をする、という意志が、共有されるからですが、
     けっして、論理が伝わったので、ありません。
 
     することが一緒なら、理由は、こじつけでも、
     間(ま)に合います。
 
     その種(しゅ)の、理屈や膏薬(こうやく)を、
     因果関係や相互関係などと、言います。
     恣意的(しいてき)で、経験的ですから、
     自我といわれる種類の、誤解に、持って来いです。
     論理的でありません。
 
     言葉が通じる仕組みは、事実と言われる認識の中身が、
     他人に通じるかのように、錯覚するのと、
     同じ判断の手順ですが、
     端的には、科学技術を確信するように、
     気持ち良さが、変更不能になるからです。
 
     性的快感が、条件反射のように、枝分かれをすると、
     癖や習慣になるように、
     科学技術の確信も、オナニーと似たようなものです。
 
男性は、女性の裸を見ると、ちんちんが立ち、
女性は、知らない男性の裸を見ると、
異口同音に、恐怖や嫌悪(けんお)を感じたと、訴えます。
 
何を恐怖と言い、何を嫌悪と言うかって、
そんなもん、人と場合により、そのたびに違いますから、
他人の恐怖や嫌悪と、自分のそれとが、同じであるかって、
照合のしようがありません。
エロ裁判って、国家直営のお笑いです。
 
いつも、ちんちんの立つ男性は、正直ですから、
裁判官よりも、使い捨ての兵隊のほうが、あほかも知れません。
 
同じ価値を共有するって、流行文化の単位のようなものです。
 
価値は、二つの概念が同じであるとするための、共通項です。
一つの概念の中に、二種類の中身があるとするための、
分類の基準も、似たような意味ですから、
価値は、検索表みたいに、弁証法的な判断です。
マルペケ式なの。
 
共通項の有無のマルペケが、分類の要諦ですけれど、
0と1の表記でも、構いません。
 
中学校の数学の時間に、2進法と10進法は、表記が違うだけで、
同じ中身を表しているって、習いました。
 
進化の系統樹や、大脳の神経って、枝分かれが一杯ですから、
数(すう)は、判断や分類の、枝分かれを表記するために、
マルペケ式の符号を、書き連ねます。
 
数を足し合わせるって、
2種類の概念が、一つに纏められる、としますから、
二つの共通項や識別点などを、新たに書き加えなければいけません。
 
すべての記憶には、長ったらしい数が、付けられますから、
枝分かれの道筋って、
戸籍や住所や国民総背番号制などに、似ています。
 
コンピュータは、戸籍や住所を、足したり引いたりしますが、
日常会話の単語の、ほぼ全部は、価値の定まらない概念です。
 
丸覚えの写真みたいに、表記できますが、
ベクトルで表わされた図形のようには、処理できません。
 
どうして、価値の定まらない概念なのに、
裁判官は、論理的に判断したかのように、
嘘の判決文を、書くのかしら。
どうして、裁判員は、論理的に事実を考証したと、
錯覚するのかしら。
 
最初から、相場の通リの刑罰を、判決するために、
論証を詐称して、
荒唐無稽な儀式を、振り付けただけで、ないのかしら。
 
性的快感が、家畜に、餌を与えるように、
刑罰は、言うことを聞かなければ、殺すぞと、威(おど)して、
社会の底辺の人たちを、飼育しますから、
世代交代と個体維持の快感を、形(かた)に取っているだけに、
見えます。
 
     意志を実行する価値って、
     論理的に決まるわけがありません。
 
     論理と事実が、一致しないから、
     実行をして、事実を変えようとします。
     事実を、論理に一致させようとするの。
 
     裁判が、何かを実行しようとするのなら、
     最初から、論理と事実は、一致しないって、
     わかり切っています。
     GID(性同一性障害)と、似たようなものです。
 
     全然論理的でないのに、論理を振り付けますから、
     事実と一致しないのは、そのせいに決まっています。
     それを実行しようとするのですから、支離滅裂です。
 
     事実は、価値の通リに、
     目で見て、耳で聞いて、手で触って知るように、
     認識されます。
 
     オナニーの性的快感を共有するだけって、言えば、
     ちんちんが立つみたいに、正直なのに…
 
     価値が、変更不能になる仕組みは、
     精神の病気と同じですが、
     圧倒的多数ですと、病気と言われずに、
     健常と言われます。
 
     少数派の人は、犯罪者や精神障害者などと言われて、
     お肉になります。
 
     価値の抗争は、
     今も昔も、殺したり、こき使ったりですから、
     たくさんの価値を、使い分けられる人は、
     少ない種類の価値しか、変更できない人よりも、
     生き残りやすいかも知れません。
 
     ばい菌は、子孫の数が、少なくありませんが、
     賢いって、寿命や子孫の数を言うのでしたら、
     生物は、世代交代をしながら、
     40億年も生きていますから、
     生命の仕組みは、賢いかも知れません。
     
     中学校の初歩の数学や、国語の文章読解問題などを使い、
     一般の成人を試験しても、中学生と同じ成績です。
 
     満点を取れずに、半分未満しか、正解をしない人は、
     新聞の社会面の記事を読んでも、
     筋書(すじがき)を理解できませんし、
     テレビニュースを見ても、意味がわからないはずです。
 
     裁判員になっても、
     事実や因果関係を、判断できませんけれど、
     人口の半分の人は、そうであると、言われています。
 
     重ねて受験をしても、
     そのたびに、問題が変われば、満点を取れない人は、
     全人口の99%を超えると、言われています。
 
     この人たちに、精神の病気の仕組みがわかるとは、
     到底(とうてい)、思えません。
 
     ほんとは、全人口の100%の人は、
     精神の病気の仕組みが、わからないかも知れませんが、
     せめて、1%の人でも、わかってくれればと、
     期待したくなります。
     賢(か)しこければ、わかると。
 
     でも、いくら賢くても、わかりません。
     わからなければ、
     あてずっぽうでしか、治しようも、ありません。
     
     賢いとか、わかるとか、治るとかってのが、
     変(へん)なの。
 
     お医者さんは、賢くない、お医者さんには、わからない、
     お医者さんには、治せない、と言うと、
     怒られますけれど、本当かも知れません。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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