もうじき、葉っぱの無くなりそうな、銀杏(いちょう)。
落ち葉の季節に、黄葉って、遅れています。
*** ***
意味が異なっているのに、
同じ単語でしたら、同じ意味であると、誤解されます。
同じ単語でも、使い途(みち)により、意味が異なるのでしたら、
区別しなければ、いけません。
一つの単語には、無数の使い途(みち)が、あるかも知れません。
単語の意味は、使用の仕方により、定義されるだけでなく、
使用されるたびに、新しく定義されるようなものです。
なんで、日常会話や裁判などが、論理的であろうとするのかって、
とても不思議です。
単語の使い方を間違えると、それを指摘されますけれど、
間違えなければ、相手と同じ意味でなくても、ちゃんと通じます。
単語の意味でなく、伝えたいコミュニケーションの中身の意味が、
最初から、決まっているのかも知れません。
伝えたい中身を共有している相手としか、
コミュニケーションが通じないのでしたら、
なんのための、コミュニケーションなのかしら。
同じ意志の個体が、たくさん集まれば、強くなる、というだけの、
コミュニケーションかも知れません。
ほとんどの動物は、そうですので、人間も、そうかも知れません。
使用のたびに、新しく定義されるはずなのに、
使用する前から、判断の結果がわかっていましたら、
日常会話が、論理を標榜する理由も、見えています。
独裁や粛清のための、裁判と同じように、
論理の振りをしているだけかも知れません。
舞台の上の、嘘八百の演技というやつ。
ものすごい個数の、単語の意味を固定するための、
概念の定義の仕方を、誰が、知っているのでしょうか。
他人に通じないのに、
通じているかのように錯覚するのは、
何をする、という意志が、共有されるからですが、
けっして、論理が伝わったので、ありません。
することが一緒なら、理由は、こじつけでも、
間(ま)に合います。
その種(しゅ)の、理屈や膏薬(こうやく)を、
因果関係や相互関係などと、言います。
恣意的(しいてき)で、経験的ですから、
自我といわれる種類の、誤解に、持って来いです。
論理的でありません。
言葉が通じる仕組みは、事実と言われる認識の中身が、
他人に通じるかのように、錯覚するのと、
同じ判断の手順ですが、
端的には、科学技術を確信するように、
気持ち良さが、変更不能になるからです。
性的快感が、条件反射のように、枝分かれをすると、
癖や習慣になるように、
科学技術の確信も、オナニーと似たようなものです。
男性は、女性の裸を見ると、ちんちんが立ち、
女性は、知らない男性の裸を見ると、
異口同音に、恐怖や嫌悪(けんお)を感じたと、訴えます。
何を恐怖と言い、何を嫌悪と言うかって、
そんなもん、人と場合により、そのたびに違いますから、
他人の恐怖や嫌悪と、自分のそれとが、同じであるかって、
照合のしようがありません。
エロ裁判って、国家直営のお笑いです。
いつも、ちんちんの立つ男性は、正直ですから、
裁判官よりも、使い捨ての兵隊のほうが、あほかも知れません。
同じ価値を共有するって、流行文化の単位のようなものです。
価値は、二つの概念が同じであるとするための、共通項です。
一つの概念の中に、二種類の中身があるとするための、
分類の基準も、似たような意味ですから、
価値は、検索表みたいに、弁証法的な判断です。
マルペケ式なの。
共通項の有無のマルペケが、分類の要諦ですけれど、
0と1の表記でも、構いません。
中学校の数学の時間に、2進法と10進法は、表記が違うだけで、
同じ中身を表しているって、習いました。
進化の系統樹や、大脳の神経って、枝分かれが一杯ですから、
数(すう)は、判断や分類の、枝分かれを表記するために、
マルペケ式の符号を、書き連ねます。
数を足し合わせるって、
2種類の概念が、一つに纏められる、としますから、
二つの共通項や識別点などを、新たに書き加えなければいけません。
すべての記憶には、長ったらしい数が、付けられますから、
枝分かれの道筋って、
戸籍や住所や国民総背番号制などに、似ています。
コンピュータは、戸籍や住所を、足したり引いたりしますが、
日常会話の単語の、ほぼ全部は、価値の定まらない概念です。
丸覚えの写真みたいに、表記できますが、
ベクトルで表わされた図形のようには、処理できません。
どうして、価値の定まらない概念なのに、
裁判官は、論理的に判断したかのように、
嘘の判決文を、書くのかしら。
どうして、裁判員は、論理的に事実を考証したと、
錯覚するのかしら。
最初から、相場の通リの刑罰を、判決するために、
論証を詐称して、
荒唐無稽な儀式を、振り付けただけで、ないのかしら。
性的快感が、家畜に、餌を与えるように、
刑罰は、言うことを聞かなければ、殺すぞと、威(おど)して、
社会の底辺の人たちを、飼育しますから、
世代交代と個体維持の快感を、形(かた)に取っているだけに、
見えます。
意志を実行する価値って、
論理的に決まるわけがありません。
論理と事実が、一致しないから、
実行をして、事実を変えようとします。
事実を、論理に一致させようとするの。
裁判が、何かを実行しようとするのなら、
最初から、論理と事実は、一致しないって、
わかり切っています。
GID(性同一性障害)と、似たようなものです。
全然論理的でないのに、論理を振り付けますから、
事実と一致しないのは、そのせいに決まっています。
それを実行しようとするのですから、支離滅裂です。
事実は、価値の通リに、
目で見て、耳で聞いて、手で触って知るように、
認識されます。
オナニーの性的快感を共有するだけって、言えば、
ちんちんが立つみたいに、正直なのに…
価値が、変更不能になる仕組みは、
精神の病気と同じですが、
圧倒的多数ですと、病気と言われずに、
健常と言われます。
少数派の人は、犯罪者や精神障害者などと言われて、
お肉になります。
価値の抗争は、
今も昔も、殺したり、こき使ったりですから、
たくさんの価値を、使い分けられる人は、
少ない種類の価値しか、変更できない人よりも、
生き残りやすいかも知れません。
ばい菌は、子孫の数が、少なくありませんが、
賢いって、寿命や子孫の数を言うのでしたら、
生物は、世代交代をしながら、
40億年も生きていますから、
生命の仕組みは、賢いかも知れません。
中学校の初歩の数学や、国語の文章読解問題などを使い、
一般の成人を試験しても、中学生と同じ成績です。
満点を取れずに、半分未満しか、正解をしない人は、
新聞の社会面の記事を読んでも、
筋書(すじがき)を理解できませんし、
テレビニュースを見ても、意味がわからないはずです。
裁判員になっても、
事実や因果関係を、判断できませんけれど、
人口の半分の人は、そうであると、言われています。
重ねて受験をしても、
そのたびに、問題が変われば、満点を取れない人は、
全人口の99%を超えると、言われています。
この人たちに、精神の病気の仕組みがわかるとは、
到底(とうてい)、思えません。
ほんとは、全人口の100%の人は、
精神の病気の仕組みが、わからないかも知れませんが、
せめて、1%の人でも、わかってくれればと、
期待したくなります。
賢(か)しこければ、わかると。
でも、いくら賢くても、わかりません。
わからなければ、
あてずっぽうでしか、治しようも、ありません。
賢いとか、わかるとか、治るとかってのが、
変(へん)なの。
お医者さんは、賢くない、お医者さんには、わからない、
お医者さんには、治せない、と言うと、
怒られますけれど、本当かも知れません。
0コメント