今年の夏は暑く、秋楡(あきにれ)の花が、まだ咲いていますので、
花と実の、両方を見ることができます。
花は細かく、老眼の人は、困ります。
よく見ると、普通の両性花ですが、
先が二つに分かれて、真っ白の毛だらけの雌しべが、
よく目立ちます。
多分、花びらが、痕跡だけになり、萼片が残っています。
双眼顕微鏡を使えば、痕跡を確認できると、思いますけれど、
面倒くさいので、当てずっぽうです。
中部地方よりも西に、自生していますが、
関東地方でも、植栽されています。
都会では、ニレハムシやニレノミゾウムシなどに、
葉を、穴だらけにされるかも知れません。
樹皮が、ぼろぼろと剥がれますので、
遠くからでも、幹が、よくわかります。
葉は、花のように細かく、近寄らないと、確認できません。
秋楡は、夏の終わりの、8~9月に咲きます。
最近は、10月になってから、咲くようになりました。
わたしの子供の頃の、8月下旬と、現在の10月の初めとが、
似たような気温です。
海に囲まれた日本では、危機的な変化ですが、
エアコンを入れていると、気づきません。
*** ***
ヨーロッパとアジアの中間に、トルコがあリます。
イスタンブールの町は、ヨーロッパですけれど、トルコ領内です。
イスラム教の国なのに、政教分離を、国是として来ましたので、
宗教臭い判断が、一般社会に罷り通ることを、強く忌避します。
女性はベールを被(かぶ)らずに、男性は髭を生やさないのが、
奨励されますが、
公務員のベールや髭は、法的に禁止されて、
男性の無精髭も、細かく規定されていました。
鼻の下、口の上、頬の髭などは、
一定の短さなら、よろしいのですが、
公務員は、限度を超えると、解雇されます。
公務員の、口の下の顎髭(あごひげ)は、一律に禁止です。
民間の習俗なら、宗教臭くても構いませんので、
最近は、スカーフを纏(まと)い、髪や顔を隠す女性が、
増えて来ました。
権力に対する政治的な抵抗運動ですから、
宗教やファッションやエステティックなどの、文化運動とは、
少し意味が違います。
2013年10月8日に、
女性公務員のスカーフ着用と、男性公務員の顎髭を、
禁止する法律が、廃止されました。
裁判官・検察官・警察官・軍人などは、今後も禁止されるそうです。
イスラム教系の政権与党の首相は、
古臭い法律を廃止できて、嬉しいと、喜んでいますが、
野党は、政教分離の原則が崩れると、批判しています。
これまで、ケマル・アタチュルクの政教分離が、
厳しく守られて来ましたが、
今でも、ヨーロッパとアジアの中間の、独特の雰囲気です。
イスラム教が主流の、アジアの一角と言っても、
トルコ人って、日本人のような顔や体の見てくれと、
ヨーロッパ人の見てくれとの、混血の中間です。
言語も、
モンゴル系と、インドヨーロッパ系の、中間みたいな、
トルコ系と言われる中央アジア一帯の、言葉です。
トルコは、トルコ系民族の、親分みたいな国ですけれど、
民族の系統って言うのが、日本人には、わかりません。
日本語と中国語は、全然、異なる言語ですし、
朝鮮語や日本語やモンゴル語って、
素人には、同じイントネーションやアクセントや発音の、
似たような言葉に聞こえますけれど、
言語学的には、それぞれ独立していて、
けっして、日本語と一緒の系統ではないそうです。
変だなあ。
モンゴルのお相撲さんって、
日本語が上手(うま)いので、
てっきり、同じ系統の言葉と、思っていました。
そうすると、トルコ系の言葉って、
お互いに、方言みたいなものなのかしら。
ウイグル語やウズベク語やキルギス語やカザフ語って、
タタール語やアゼルバイジャン語やトルコ語などと、
話が通じるのかしら。
方言と言われる程度の、高い互換性があるのかしら。
ヨーロッパの言葉ですと、
イタリア語と、スペイン語やポルトガル語や、
ドイツ語と、オランダ語やベルギー語などは、
お互いに、日本語の中の、方言のような関係です。
トルコやウイグルでは、ロシア語が通じませんけれど、
ほかは全部、若い子でなければ、ロシア語が通じます。
トルコ系の言葉を話すだけでなく、
ロシアとの関係が、
この地域の政治情勢の要(かなめ)です。
オスマントルコが、手を引くと、
中東は、米英の連合軍と、ロシアとの、
草刈り場になりました。
今でも、シリアの毒ガスが、どうのこうのって、
プーチンのところの外務大臣が、
こちょこちょと、やっています。
アメリカ合衆国も、無人機を飛ばして、
田舎の隠れ家を、こまめに襲撃していますので、
都会のゲリラ戦に、ならざるを得ません。
トルコとアゼルバイジャンとグルジアは、
BTCと言われる石油のパイプラインを運営する枢軸国です。
バクー・トビリシ・ジェイハンを結びます。
ジェイハンって、
トルコ南東部の、シリアとの国境に近いアダナ県の町です。
昔は、リトルアルメニア little armenia と、言われていました。
19世紀の末から、20世紀の初めの、オスマン帝国末期の、
第一次世界大戦の前後に、
トルコでは、80万人のアルメニア人と、20万人のギリシャ人が、
虐殺されたと、言われています。
県庁所在地のアダナでは、第一次世界大戦の最中に、
3万人のアルメニア人が、虐殺されました。
オスマントルコは、第一次世界大戦に負けて、
イギリスやフランスだけでなく、ギリシャにも、占領されました。
ロシアの共産主義革命と、
旧オスマントルコ領内の、アルメニアやギリシャなどの独立運動と、
トルコの独立革命とが重なり、
ロシアと手を組んだアルメニアが、
ロシアとトルコの、二つの勢力圏に、千切られました。
現在のトルコ領内に暮らしていたアルメニア人が、
現在のシリア領内に連行されて、虐殺されたと言われています。
ソ連が潰れた後に、アルメニアは独立しましたが、
ロシアと同盟しています。
コーカサスでは、
ロシア領内のソチの隣りの、グルジア領内の西の端のアブハジアと、
グルジア領内の中央部の南オセチアと、
アゼルバイジャン領内の西の端の、
アルメニア人の多いナゴルノ・カラバフとが、
いずれも、ロシア軍の支援を受けて、
事実上の独立、あるいはロシアの飛び地のようになっています。
わたしは、ロシアやイランやアルメニアなどでしたら、
現地政府に睨まれない限り、
誘拐されたり、闇から闇に葬り去られたりもなく、
なんとか、観光旅行ができますけれど、
シリアやトルコやグルジアやアゼルバイジャンなどには、
公式でなければ、行けません。
政府も市民も、すぐに嫌(いや)な奴を殺して、
知らん顔をしますから。
トルコ系の言語は、ロシア語という共通語があれば、
お互いに、方言のように通じますが、
共通語がなければ、通じません。
明治時代の日本語も、漢文の読み下し文や、
東京の新聞や小説などの、いわゆる標準語がなければ、
お互いの方言が、ほとんど通じなかったと、
言われています。
ロシア語という共通語がありませんので、
トルコ語と、旧ソ連のトルコ語系言語や、
中国領内のトルコ語系言語とは、まったく通じませんが、
旧ソ連領内のトルコ語系言語は、
お互いに通じるそうです。
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