小判草(こばんそう)ですけれど、
生えている所は、こればっかりになります。
集団になると、強い。
小判と御飯は、似ているのかしら。
手前の葉は、ボックスウッドが写っているのか、よく知りません。
このブログは、居眠りながら、書いていますので、
誤字脱字だけでなく、意味の通らない所も、一杯です。
こまめにアクセスをして、目を通すようにしていますが、
一度も読み返さずに、
書いたまま、放ったらかしになっている記事も、たくさんあります。
読み返すのが大変なの。
ほとんどの記事は、書き捨てです。
GID(性同一性障害)って、
性転換で括(くく)っただけの病気ですから、
人それぞれの、基礎や背景が、違います。
一人一人の事情を知らないのに、インターネットに書いても、
杓子定規のことしか、責任を持てません。
通り一遍でないことを書けば、
無責任になるのは、仕方ありませんから、言いたい放題です。
性転換という共通項で、纏(まと)めただけなのに、
いっぱしの病名になっているように、
性転換を実行しようとする気持ちって、
それだけで、精神の病気と言われます。
わざと、体を壊すって、精神の健常な人には、できません。
生殖機能を壊して、
性器の見てくれの美容手術を行ないますけれど、
性転換って、新しい生殖機能を、作りません。
体をぶち壊して、美容整形をするだけですから、
それを望むのは、自傷です。
ちっとも、性転換でなく、
嘘をつき、異性に成り済ますようなものです。
それを聞くと、心が傷つくそうなので、
性転換と、便宜的に言います。
精神的に苦しくなると、
性的快感に浸(ひた)り続けるのは、
精神の病気の、ありきたりの症状です。
異性になったような気分って、
誰にとっても性的快感ですから、
自制できない人は、実行します。
精神的に苦しく、性的快感にしがみつき、
性転換を実行する人は、
他人を侮(あなど)り、蔑(さげす)み、
攻撃して、殺そうとする気持ちの人と、
同じかも知れません。
他人を攻撃する心と、
他人に虐(いじ)められる心は、よく似ています。
孤立し易く、引きこもり易い人が、
嫌(いや)な奴に、先制攻撃を仕掛けます。
日本は、黒船に負けて、
中国や韓国朝鮮を、侵略しました。
弱そうな奴を見つけて、噛みつく気持ちと、
虐められて、窮地に陥った気持ちとは、そっくりなの。
抜け駆けをして、弱い奴に牙を向けるのは、
みんなと一緒のことができずに、虐(いじ)められて、
精神の病気になる気持ちに、似ています。
性転換や性転換医療は、自業自得である、
という物語を作っても、治療になりません。
他人を攻撃するのと、他人から攻撃されるのとは、
似たような意味ですから、
因果関係でなく、相互関係を理解しなければいけません。
宗教や軍隊って、同性愛者の吹き溜まりみたいな所なのに、
欧米やイスラム教国などでは、
宗教や軍隊などが、同性愛差別の元凶になりました。
精神の病気ですけれど、
宗教や軍隊や国家などを、治療するのは、困難です。
実際に精神科を受診するのは、個人でなければ、いけません。
どうして、同性愛者が、同性愛を差別虐待するのかしら。
日本には、同性愛差別がありませんでしたが、
黒船に負けると、鹿鳴館のように、欧米の猿真似をする人たちが、
いっぱい出て来ました。
同性愛差別の真似をする日本人も出て来ましたけれど、
黒船以後や、原爆以後の、日本の同性愛差別を実行したのは、
同性愛者自身でした。
彼らは、日本の同性愛者が差別されている、と言い、
日本は、同性愛差別の、世界一ひどい国であると、糾弾しました。
古代ギリシャでは、同性愛って、高尚な市民の社交でしたから、
同性愛を習得していなければ、
卑(いや)しい奴隷のように、蔑(さげす)まれたかも知れません。
日本は、キリスト教やイスラム教が、流行しませんでしたので、
ずーっと、古代ギリシャのような状況が続きました。
とりわけ、武士の時代になってから、
たくさんの同性愛賛美の文学を残しました。
同性愛や同性愛者を、差別虐待した記録は、
もしかしたら、皆無かも知れません。
同性愛差別のない日本を、
世界一の、差別のひどい国であると、叫ぶ気持ちは、
どうか、わたしを差別して下さいと、懇願しているようなものです。
差別されれば、自分の苦しい気持ちが、正当化されます。
GID(性同一性障害)は、
性転換の実行を望み、自分の体を傷つけますから、
キリスト教や、アメリカ合衆国の軍隊のような、
同性愛の本家本元が、同性愛差別の元凶である理由を、
理解しなければいけません。
みんなと一緒のことの出来ない人を、
大切にしなければいけないように、
宗教や軍隊を信じる人の心を、
卑(いや)しめたり、攻撃したりしてはいけません。
精神の病気って、殺したり、殺されたり、
自分や他人を、攻撃したり、自分や他人から、虐待されたりします。
人を殺すのと、人に殺されるのとは、正反対のようですけれど、
あれこれと考える人って、
正反対の気持ちや判断が、心の中で争っていません?
そのような争いを、心と自覚するのですから、当たり前ですけれど、
心の中の出来事を、
目で見て、手で触り、耳で聞ける事実のように、作り上げることを、
認識や実行と言います。
それなら、同性愛の巣窟(そうくつ)が、
同性愛差別の総本山であっても、ちっとも不思議でありません。
第二次世界大戦後のアメリカ合衆国は、
最後まで、同性愛差別に固執しました。
年柄年中(ねんがらねんじゅう)、
実際の戦争に、没頭している国ですから、
男子皆兵の徴兵制があれば、
同性愛を大切しているのと、同じです。
中世のヨーロッパでも、
修道会が、十字軍を経営していたと、
中学校の教科書に、書いてありました。
宗教や軍隊は、実際に、同性愛を大切にしていました。
古代ギリシャの社交や、日本の戦国時代と、
ちっとも変わりませんでした。
戦場に行かない人は、徴兵逃れの逃亡者でなく、
国家の指示があるって、証明されなければいけません。
同性愛者なので、徴兵されないって、
証明書に書かれていれば、生きる目がありません。
同性愛は、言わなければ、バレませんので、
軍隊が同性愛者を徴兵しないのでしたら、
戦場に行きたくない人は、同性愛であるって、
カミングアウトをすれば、いいでしょう?
朝鮮戦争やベトナム戦争では、
国家のために、たくさんの一般青年が死にました。
同性愛をカミングアウトする奴は、
国家に、命を差し出しませんから、
戦場よりも、もっとひどく、虐(いじ)め殺されます。
アメリカ合衆国って、自然発生的な社会でなく、
世界中から、篤志家が集まり、インディアンを殺して、
計画的に作られた植民地です。
生粋(きっすい)の軍国主義ですけれど、
中学校の教科書には、
迫害された清教徒が、メイフラワー号に乗り、
民族移動をしたと、書かれていました。
国家に命を捧げない奴が、
国民のリンチに遭って死ぬのは、自由です。
みんなの約束事を守れなければ、
始末されるのは、仕方ありません。
軍隊の規律が乱れていれば、みんなが敵に殺されます。
その前に、味方の手で、
ちゃんと間引いて置かねば、なりません。
軍隊や修道会の同性愛って、公然の秘密です。
ヨーロッパ中世の修道会は、
近世のギルドや、フリーメイソンのような、
儲かる産業に、内緒で投資をしましたから、
宗教や軍隊の同性愛が、近代的な経済を
作ったようなものです。
宗教や軍隊って、同性愛丸出しですから、
何を犠牲にして、何をしようとしているかを、
呑み込めなければ、間引かれます。
星の王子さまの、サン・テグジュペリって、
ほんとうのことは、目に見えない、と言いました。
耳にも聞こえませんし、手で触ることもできません。
見てはいけない、聞いてはいけない、
触ってもいけません。
見ざる聞かざる言わざるってやつです。
ほんとうのことを、言ってはいけません。
フリーメイソンの儀式みたいなものかしら。
軍隊の規律や、聖書の言葉も、
俗世間の憲法や、流行の風俗や、
みんなの常識などと、同じです。
本当というお題目は、棚に上げて置けば良いの。
大切なのは、みんなと一緒でなければいけません。
みんなの約束事を破ってはいけません。
戦争って、意見が対立するから、
憎み合い、殺し合うのでなく、
お互いの社会の内側の、
みんなと一緒のことが出来ない奴を、間引くために、
戦争という口実を、
阿吽(あうん)の呼吸で、実行します。
ヒトラーとスターリンの戦争のようなものかしら。
キリスト教やイスラム教の宗教家に向かって、
同性愛者のくせにと、言ってはいけません。
軍隊に向かって、風俗を使えと、言うのは、あほです。
大阪の市長は、被差別部落の出身を、
自称していますけれど、
GID(性同一性障害)の人や、
カミングアウトをする同性愛者などと、同じように、
目に見える戦いしか、見ていません。
精神の病気の陽動作戦に、引っ掛かってしまいます。
ヒステリーって、囮(おとり)の症状を出すのに…
わざと、見せびらかします。
ナチスドイツとソ連は、利害や考え方が衝突したので、
殺し合いの戦争になったと見るのは、安い文学です。
宗教や軍隊の同性愛は、
誰でも知っている公然の秘密ですから、
同性愛差別が、宗教や軍隊の内側の、
同性愛者を間引くためでないのは、
言うまでもありません。
宗教や軍隊の、外側の同性愛者を虐(いじ)めて、
みんなと一緒のことのできない精神障害者を、
宗教や軍隊の、内側の信者として、
獲得したかったのかも知れません。
リクルートの可能性も、ありましたが、
少なくとも、自分たちの身を守りました。
オウムでも、精神の病気の人たちばかりが、
類は友を呼ぶように、集まりました。
自衛隊は、知的障害者を、大量に入隊させていたと、
国会で追求されたことも、ありました。
警察や軍隊に入る子って、
精神障害者に決まっていますけれど、
昔は、学校で1番の成績の子が、軍隊に行きましたから、
今の1番の子が、お医者さんになるようなものでした。
心は、正反対のものが、剥き出しに矛盾しているから、
原因と結果の関係から、抜け出すことが出来ると、
お釈迦さんは、考えました。
カントって人は、相互関係と言いましたけれど、
エステティックはあほであると、言った人です。
エステティックと物理化学って、同じ判断の仕方なのに…
同性愛は、生殖をする気持ちと同じように、
簡単に習得して、
オナニーのように、自由に選択できますから、
キリスト教やイスラム教や軍隊などが、
同性愛であるって、別に言う必要もありませんけれど、
それなら、バイであるって、言う必要もありません。
自由に変更できるのに、
変更できなくなる心って、変(へん)でしょう?
自由の残り滓(かす)でないのかしら。
いくらでも、往来するように、変更すれば良いのに、
一度、自由に選択すると、二度と、元に戻れないって、
因果関係と同じように、不可逆的ですけれど、
性転換の体や、GID(性同一性障害)の心に、
似ています。
同性愛差別は、簡単に自分を変更して、
みんなから虐(いじ)められないように、対処できない奴を、
篩(ふる)い分けて、間引きます。
宗教や軍隊は、同性愛者を保護しましたけれど、
欧米の一般社会は、精神障害者を殺しました。
みんなと一緒のことの、出来ない奴を、発見するには、
しょっちゅう、みんなと一緒の文化の中身を、
変更したほうが、いいでしょう?
付いて来れない奴を、殺しますから、
流行文化を、頻繁に変えたほうがいいのに、決まっています。
できるだけ、芸能やスポーツのように、
無意味な中身のほうが、いいでしょう?
知能検査も、無意味な問題を、解かせます。
宗教や軍隊が、同性愛の流行の核心であれば、
同時に、同性愛差別の元凶であるって、当たり前なのに、
どうして、精神の病気の人に、わからないのかしら。
生きている人間が死ぬのは、当たり前でしょう?
因果関係はわかるくせに、相互関係はわからないって、不思議です。
お釈迦さんは、あほにはわからん、と言いましたけれど、
生まれつきであるそうです。
因果関係って、個人的な認識を、いくら、みんなの認識に高めても、
やはり、粒々(つぶつぶ)を抜け出せません。
量って、個人主義で行くための、まるぺけ式の判断です。
分類をするのですから、
2進法の数字のように、二つに判断して分けなければ、
仕方ありません。
自分という免疫の仕組みと、同じです。
物理化学が、数量化と言われるのは、
自分という気持ちを、捨てられないからなの。
デカルトやパスカルが考えた気持ちと、同じですけれど、
個人という粒々(つぶつぶ)を捨てられないのは、
因果関係という文学で行くからです。
物理化学や数学って、典型的な文学ですけれど、
デカルトやパスカルは、
コンピュータのような考え方を、知りませんでした。
プラトンの数学や、アリストテレスの論理学と同じですけれど、
記号論理に置き換えると、
自分や時間や、数量や因果関係などの、
落とし穴に嵌(はま)らなくて済みます。
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