空木(うつぎ)の品種です。
ウツギ属 Deutzia は、植物学者の名字ですが、
ドイツ人でなく、オランダ人です。
空木(うつぎ)は、卯(う)の花です。
佐佐木信綱という国文学者が、夏は来ぬと、歌ったように、
卯の花が咲けば、暑くてたまらなくなります。
1896年の歌ですが、わたしも、小学校で習いました。
更紗(さらさ)は、染め模様の、木綿(もめん)の布ですが、
インド起源です。
熱帯の植物の、綿(わた)という素材が、
絹や麻よりも、遥かに実用的でしたので、
戦国時代の日本人の生活が、一変しました。
綿入りのお布団が出来たしね。
そう言えば、綿織物のせいで、
インドが、植民地にされただけでなく、
イギリスに、産業革命が起こりましたから、
日本人の生活が、画期的に変わったのも、当然です。
明治維新後に、絹を輸出して、お金を貯めてから、
日清日露戦争の頃に、
中国の綿花を輸入して、綿糸を輸出するようになり、
第一次世界大戦後は、木綿の布を、輸出するようになりました。
イギリスが、インドを植民地にしたように、
日本が、欧米の繊維産業を、破壊する勢いでしたので、
第二次世界大戦になっても、不思議でありませんでした。
その後も、日本は、化学繊維と家電製品を輸出して、
先進国になりましたけれど、
アメリカ合衆国のアルツハイマーの大統領に脅されて、
日本の不沈空母の総理大臣が、
働くのをやめて、遊びましょうと、国民に呼びかけました。
お陰で、バブルになり、
日本は、海の底に沈みましたが、戦争にならずに済みました。
空木(うつぎ)の、このタイプの品種に、
更紗(さらさ)と名付けた理由が、今ひとつ、わかりません。
インド更紗って、こんな模様でした?
なんとなく、この和名の命名者は、
簓(ささら)と、更紗(さらさ)を、取り違えているような…
簓(ささら)って、一端を細かく裂いた竹の棒ですけれど、
日本古来の楽器の片割(かたわ)れです。
空木(うつぎ)は、ユキノシタ科 Saxifragaceae ですので、
花びらは5枚です。
更紗空木(さらさうつぎ)は、
八重咲きの細長い花びらが密集していますので、
簓(ささら)にそっくりです。
植物の品種の日本名って、
たいてい、卸売市場での取引名ですので、
園芸学科卒という長靴の人たちが、
簓(ささら)と、更紗(さらさ)を、混同したのかも知れません。
GID(性同一性障害)や統合失調症だけでなく、
精神の病気の中でも、
脳の器質に、原因となる病変の発見されない種類って、
エステティックと、物理化学と、宗教が原因である、と言うと、
GIDの人たちに、怒られます。
カネとセックスと暴力や、時間と空間と論理でも、
良いのでないかと、茶々を入れられます。
被告人しか、事実を知らないのに、
裁判官は、被告人の供述を、事実でない、と言います。
矛盾しているから、事実でなく、嘘や間違いであるそうです。
見たことも聞いたこともないのに、
ちっとも矛盾していない事実って、もっと嘘っぽいのに…
裁判官の言う事実って、プラトンの言う通りですが、
アリストテレスも、同じ考え方なのに、
後(のち)の、物理化学を信奉する人たちは、
プラトンとアリストテレスの考えが、
正反対であるかのように、理解しました。
観念論のヘーゲルと、唯物論のマルクスって、
同じ系統の考え方なのに、
スターリンは、正反対のように理解しました。
物理化学を信じる人たちって、
物理化学は、宗教と全然違うと、言います。
科学技術の言う通りに、
電波や宇宙船が飛び、ビルが建ち、お薬が効くでしょう?
これまでの出来事から、こうすればこうなるって、
未来を、論理的に類推しただけですけれど、
昔の人も、キリスト教の言う通りに、
ゴシックの教会が建ち、船や鉄砲が出来て、
悪い奴を殺してくれるので、神様は偉いと、信じました。
宗教でも、物理化学でも、
建物や機械や衣服を作る技術なんか、
何とでも、文学的に説明できます。
天動説でも地動説でも、次の日食を計算できるのなら、
たぶん、近道の計算法を、比べているだけです。
物理化学を取り扱っている人の多くが、
宗教の一つであると、思っていませんけれど、
アリストテレスやマルクスは、
プラトンやヘーゲルの、次のページなのに…
エステティックって、動物の感覚的な判断ですけれど、
プラトンは、エステティックなんか、幻であると、考えました。
不細工だったのかしら。
アリストテレスは、動物とプラトンを、足して2で割りましたので、
少しは、男前(おとこまえ)だったのかも知れません。
ライオンなんか、100%、見てくれを判断して、
シマウマを追いかけているように、人間は理解しますけれど、
ほんとは、人間って、鼻があほですから、
ライオンのほうが、人間よりも賢いかも知れません。
裁判官は、事実はこうであると、判決します。
見ていないくせに…
辻褄(つじつま)が合っていなければ、事実でなく、
嘘や間違いである、とするのを、観念論と言います。
見ていなくても、事実がわかリます。
もっと細かい所まで、わかるかるようになることを、
科学技術の発達と言いますから、老化と同じです。
プラトンやアリストテレスは、ギリシャ観念論と言われますが、
文学や物理化学のようなものですので、
一括して、宗教的判断と言っても、構いません。
目で見たり、手で触ったり、耳で聞いたりして、
認識される事実は、必ず論理的である、としますから、
事実の中身って、定義や、定義による類推にすぎません。
そのくせ、数学や論理学や物理化学や宗教って、
矛盾だらけの無茶苦茶です。
論理って、コンピュータと同じですから、
ハードウェアやソフトウェアに定義されている通りに、
判断するだけなの。
篩(ふる)い分けや、分類ですけれど、
最初に、これこれの篩い分けで行くと、決めておけば、
宇宙の端まで行こうが、過去から未来永劫に渡り、
その通りであるのに、決まっています。
目で見て、手で触って、耳で聞く事実も、決めた通りになるって、
裁判官や物理化学などは、言います。
コンピュータと同じように、人間の体というハードウェアや、
文化というソフトウェアを使いますから、
目で見て、手で触って、耳で聞く認識の中身が、
決められた通りになるのは、当たり前です。
法律や物理化学の人は、
動物のエステティックや、人間の宗教などが、好きなのかしら。
器質的な病変のない種類の、精神の病気と同じように、
発達不良や老化のようなものと、思いますけれど…
エステティックと物理化学と宗教が、
精神の病気の原因であると言うと、
GID(性同一性障害)の治った人たちに、
三題噺(さんだいばなし)であるまいし…と言われて、笑われます。
体や文化の定義した通りに、見えたり聞こえたりするって、
コンピュータみたいに、あほなので、嫌(いや)ですけれど、
老化すると、定義した通りに、認識されなくなりますから、
それもまた嫌(いや)です。
世界や人生の中身を、合理的に類推すると、
見たことのない物事(ものごと)でも、
見たことのあるようにしか、見えなくなります。
何を見ても、いつか来た道に見えるのは、賢いのかしら。
わたしは、お断りです。
世の中や、未来って、知らないことばかりが、一番いい。
0コメント