ポプラの果実 1174 規則という定義と、データの真偽の判定

ポプラは、雌雄異株(しゆういしゅ)です。
雌株(めかぶ)の、
尾状花序(びじょうかじょ)の花が実(みの)ると、
一本の花軸に、1cm足らずの朔果(さくか)が、幾つも付きます。
 
一つの果実に、1.5mm×3.5mm、厚さ1mmくらいの、
柿の種の形の、白色に近い淡黄色の小さな種子が、
0~10個、純白の綿毛の中に、埋没しています。
綿毛ばかりで、種子の無い果実も、結構あります。
 
種子の中に、わりと濃い黄色の子葉(しよう)が詰まっていました。
 
果実の内側に、種(たね)のくっついている様子を、
孫と一緒でしたら、確認してもらうのですが、
わたしは老眼なので、よく観察できませんでした。
 
細い綿毛は、200本ぐらいを一つに束ねて、
50束ぐらいを、果実の内側に、植毛した感じです。
果実は3つに破れて、それぞれの心皮の中心線に、
15個ぐらいの胎座があります。
 
綿毛の一束の付け根の位置が、種子一個の胎座の周囲ですので、
ポプラの果実は、
ほとんどが、不稔(ふねん)の、しいなのようなものです。
 
綿毛は、1cmぐらいの長さでしたので、
果実が割れると、直径2cmの白い毛鞠のようになります。
 
20cmぐらいの尾状花序に、
30個ぐらいの果実が付いていますから、
綿毛が飛ぶと、辺(あた)り一面が、雪のように真っ白になります。
 
何百mも離れていると、
白い犬の毛を、ブラシで梳(す)いたように、
誤解されるかも知れません。
 
ポプラの綿毛でしたら、弁解して下さい。
5月でなければ、言わないほうが、良いかも知れません。
 
写真は、これから裂開して、真っ白な綿毛を飛ばす果実ですが、
種子を確認するには、今が一番でしょう。
 
改良ポプラや、カロライナポプラや、カロリナポプラなどと、
言われています。
 
改良ポプラには、
ヨーロッパクロポプラのような、細長い箒(ほうき)型の、
ファスティギアータ fastigiata と言われる直立性が、
ほとんどありません。
 
ヨーロッパクロポプラも、
雌株(めかぶ)は、横に広がりやすい傾向が、幾分あるそうですが、
小楢(こなら)や桜(さくら)などと、大差のない樹形に見えれば、
改良ポプラと思って、まず間違いありません。
 
ポプラは成長が速いので、
アメリカ合衆国南部の、湿地の多い原野の、木材用の植林のために、
人為的に選択された雑種ですが、
病気に弱く、実用にならなかったそうです。
 
ヤナギ科は、水辺(みずべ)の樹木です。
大木になります。
 
シベリアや日本にまで、苗木が普及しましたが、
第二次世界大戦後の木材は、
輸入のほうが、安上がりになりましたので、
日本では、街路樹として利用されました。
成長が速くなければ、街路樹は役に立ちません。
 
樹木の通(つう)の人は、
成長の遅い樹種でありながら、大木に育った個体に、
高い価値を見出(みいだ)します。
   
 
 
サイコロを振ると、1の目の出る確率って、1/6でしょう?
6回振って、1の目の出る確率を、尋ねられると、
素直(すなお)な人は、1って、答えます。
 
そうすると、算数の好きな小学六年生は、違う、と言います。
意地悪でしょう?
 
言葉遣いの定義の問題ですから、国語の流行を話していますけれど、
子供は、算数であると、思っています。
大学の入学試験を受ける頃まで、気づかないかも知れません。
 
一生、気づかなけば、
お医者さんと同じくらいに、お目出度いのですけれど、
だいたいは、体の老化が、深刻になると、
否(いや)が応(おう)でも、気づきます。
 
老化すると、みんなと一緒のことが、出来なくなりますから、
孤立して、あほと言われます。
人のことを、あほと言う者が、あほなのにって、
心の中で呟(つぶや)きますから、哀れです。
 
数学って全部、流行語の無駄話なの。
純文学ですけれど、役に立ちます。
言葉を使わないと、コミュニケーションに困るものね。
 
空間や時間が、変(へん)でしたら、
知的障害や統合失調症や認知障害などと、言われるように、
論理も、そうです。
 
コンピュータみたいに、処理速度と記憶容量に、
人それぞれの差があると言えば、聞こえは良いのですが、
流行語や無駄話の、処理速度や記憶容量って、
漫才やお笑いでないのかと、疑いたくなります。
 
サイコロを6回振って、1の目の出る確率って、
6回を1単位として、
1の目の出る単位の、出現する確率のことを、尋ねているのか、
それとも、1回振るたびの、1の目の出現する確率が、
6回振ると、どれほど変わるかを、尋ねているのか、
言葉を定義しなければ、わかりません。
 
じつは、数学の答えが、問題の意味を定義していますから、
性転換医療と同じように、完全に自作自演です。
 
人間の判断って、自作自演しかないのでないかと、
プラトンという人は、疑いました。
 
数学のできない奴は、この門をくぐるなと、
アカデメイアという学校に、書いてあったそうですけれど、
プラトンが作りました。
 
6回振ったら、2回も3回も、1の目の出ることもあります。
それでも、6回を1単位とするのでしたら、
1回としか、数えられません。
サイコロを6回振って、
6回1単位の、1の目の出る単位の出現する確率って、
1よりも低くなるのは、当然です。
 
この建物には、この鉄骨が正当であるって、
文書に数式を印刷して、お役所に提出するのと、
芸者さんやヨットのお遊びを、お役所に教えてあげるのとが、
だいたい、ワンセットの1単位になっております。
 
数学が自作自演の、定義の体系であることよりも、
目で見て、手で触って、耳で聞く事実の認識が、
自作自演の定義の体系であることのほうが、大切なの。
 
定義って、言語や行動もそうですけれど、
体の部分と部分や、自分と他人や、自分と物体などの間の、
コミュニケーションの規格を、定義することなの。
 
相手のない定義が、あり得ないのは、
自分一人だけにしか通じない言葉が、役に立たないのと同じです。
 
目で見たり、手で触ったり、耳で聞いたりする認識って、
言語や行動のような約束事ですけれど、
その規格や、規格された具体的なデータなどを、事実と言います。
規格が、みんなの標準に適合していましたら、
データは、嘘のつき放題です。
 
自作自演ですから、データの真偽って、
規格に適合しているか否かが、判断されるだけです。
お役所に提出する文書も、そうでしょう?
プラトンは、そのことを言いました。
アカデメイアの数学です。
 
実存主義の人たちは、
一回きりの、自分だけの出来事というデータを、大切にしました。
人に通じないことを大切にすると、
ストレスが溜まるような気がしますけれど…
世界の矛盾を、自分一人で背負い込むことになります。
 
昔なつかしいキャバレーって、お役所の人も、結構、遊んでいます。
性転換をした芸者さんが、連れて行ってあげるそうですけれど、
だれの依頼であるかは、教えてくれません。
キャバレーのあとは、だれと一緒なのかしら。
 
言葉は、使用そのものが、定義ですから、全部、自作自演です。
後出(あとだ)しジャンケンみたいに、狡(ずる)いと思いません?
 
GID(性同一性障害)の人の、心の性別って、
後出しジャンケンのくせに、負けてるじゃんかと、
言われそうですが、精神の病気って、みんな、そうです。
嘘のつき放題なのに、儲(もう)かりません。
 
統合失調症の、妄想や幻覚なども、そうですけれど、
整合性のある論理なんか、どこにもないのに、
精神科の診断基準に、抜け抜けと支離滅裂って、書かれています。
 
そんなもん、この世の中に、支離滅裂でない論理があったら、
教えてもらいたいくらいです。
定義をしても、支離滅裂になるのですから、何をか言わんやです。
 
数学や論理学って、それなのに、
ちゃんとコンピュータが作動して、
みんなの役に立っていると、言います。
 
支離滅裂でない証拠だそうです。
支離滅裂に作動していても、ちゃんと役に立つのに…
人間や世界が、そうでしょう?
 
夢って、1回きりの出来事や、自分1人だけの出来事が、
いっぱい出て来ます。
みんなと共通の規格に準じていないのは、明らかです。
 
目が醒めると、慌てて書き留めないと、
夢の中身って、すぐに忘れます。
たいていは、目が覚めた時に、
すでに、ほとんどを忘れているのですが、
夢を見てるのと、目覚めているのとの違いって、それなの。
 
みんなの規格を、どれだけ採用するか、どれとどれを採用するか、
1回きりの出来事や、自分1人だけの出来事を、
どれだけ大切にするかを、変更すると、
夢と覚醒を、自由に、往(い)き来(き)できるだけでなく、
お料理のメニューを、選んだり作ったりできるように、
かなり自由に、
夢や覚醒の中身を、計画的に演出して、実演することができます。
 
1回きりの出来事や、自分1人だけの出来事を、
コンピュータでは、データと言います。
コンピュータは、入力されたデータを、
ハードウェアやソフトウェアの規格に従って、
篩(ふる)い分けたり、消去したりすることしか、できません。
 
特定の規格という定義に合致したものを、
真や偽と名付けることは、できます。
 
人間も同じなの。
特定の定義に従い、データを篩い分けて、
レッテルを貼ったり、消去したりすることはできますが、
ようするに、分類しているだけです。
 
真偽って、規格という定義によって、分類するだけですから、
提出されたデータを、
お役所は、規格に合致しているか否かを、判断することしか、
出来ません。
 
データの中身が、規則に適合していれば、嘘のつき放題です。
そんなの、当たり前ですけれど、人間の認識も、同じことなの。
みんなの規則や、誰かの規則という定義にないものを、
誰が、どのように判断できるのかしら。
 
1回きりの、1人だけの出来事を、大切する生き方って、
データという嘘のつき放題を、
心のポケットに入れて、いつも持ち歩いています。
 
夢と覚醒を、自由に往(い)き来(き)する人たちは、
そんなの、当たり前であると、言いますけれど、
GID(性同一性障害)や統合失調症などの、
精神の病気と言われる人たちに、よく似ています。
 
データの真偽を識別する能力は、人間にありません。
コンピュータと同じです。
自分や他人などの、
みんなの作った有象無象(うぞうむぞう)の定義に従い、
データを篩い分けることしか、できません。
 
性転換医療みたいに、患者さんの体を壊しても、
患者さんやお医者さんは、役に立っていると言います。
そのデータの真偽は、
誰かの作った定義に従い、判断されるしかありません。
定義に合致していれば、嘘のつき放題です。
 
お役所に提出するデータと同じです。
わざわざ、「みんなの規格に合っています」と、
証拠の計算式を印刷して、嘘八百のデータを提出します。
 
ナチスが、過半数のドイツ国民の支持を得たのも、
間違いありません。
 
なーんだ、文書の規格に合っているかを、
調べているだけでないかと、誰でも思います。
嘘の数字を、正しく計算すれば良いのです。
 
お役所仕事って、そうに決まっていますから、
業者は、嘘のつき放題ですけれど、
お医者さんだけでなく、わたしたちの認識の仕組みも、同じなの。
お役所に書類を提出するように、物事を認識します。
 
コンピュータと同じように、
情報処理や認識って、敵味方識別装置のようなものです。
生物では、免疫と言います。
 
ドイツ人が、イケイケムードになった理由は、
中学校の歴史の教科書に、書いてありました。
欧米の人が、性転換を、良いことと思うのも、
同性愛差別のひどかった現実がありますから、よくわかります。
 
ロシアなんか、今でも、同性愛をカミングアウトしただけで、
みんなに殴り殺されますから、凄(すご)い差別ですけれど、
わたしの若い頃には、
アメリカ合衆国や西ヨーロッパでも、そうでした。
 
同性愛をカミングアウトすると、
その人の友達が、みんな、同性愛者として差別されますから、
いつもの親しい友だちばかりに取り囲まれて、
小突(こづ)き回されて、殴り殺される羽目(はめ)になります。
 
日本は、そんなこと、なかったもんね。
火を見るよりも明らかなぐらいに、
ちゃんと見て来て、知っているのに、
同性愛やGID(性同一性障害)をカミングアウトする人たちって、
日本は、世界一、同性愛差別のひどい国で、
世界一、遅れていると言い、絶対に譲りません。
 
世界で唯一、同性愛を差別する文化のなかった日本の人が、
どうして、性転換をするのかしら。
世界で唯一、原爆を落とされた国だから?
 
イギリス人が加工貿易で儲けたやり方を、
日本人は真似(まね)をしました。
普通は、自分たちを侵略した敵の真似をするって、できません。
敵とグルのように思われると、味方に殺されますから、
意地でも、敵の真似をしません。
免疫と同じです。
 
日本人は、簡単に鉄砲や黒船の真似をしましたけれど、
原爆の真似をしませんでした。
 
精神の病気の人って、いつもと違う事が起こると、
即座に上手(うま)く適応できずに、
馬脚(ばきゃく)を露(あらわ)すことが、よくあります。
 
いつもの共通点を、
健常な人とは、違うように理解していましたけれど、
自分では、違いに気づきません。
 
いつもと違うことが起こると、
健常な人と、著しく反応が異なりますので、
いつもの纏(まと)め方が、みんなと違っていたと、
周囲の人に気づかれます。
 
虐(いじ)められる子って、たいてい、そうですけれど、
心の性別のために、体を壊すのが、それなの。
性別を、心という纏め方で理解しますけれど、
体が大切である、という纏め方をしません。
 
もっと厄介なのは、心の性別っていう纏め方は、
GID(性同一性障害)の患者さんたちが言い出したのでなく、
性転換医療を行なうお医者さんが、言い出して、
精神の病気の人たちの、袖(そで)を引いたことなの。
精神障害者を、優生医療に誘導するための、催眠術でした。
  
お医者さんが、考え出したの。
有罪になりたくないから。
 
自閉症の子供を見ていると、
意地でも嫌(いや)な奴の言うことを聞かないかのように見えます。
こいつと一緒に扱われるのは、絶対にお断りって、
言いたいがために、
わざと精神症状と言われる突飛(とっぴ)なことを、
やってのけるかのようにも見えます。
 
神戸の酒鬼薔薇(さかきばら)君みたいに、
生き馬の目を抜かなければ行けません。
お医者さんが、精神障害の子を、性転換に誘導するために、
心の性別っていう謳(うた)い文句を作りました。
砂糖水を置いて、蛍(ほたる)を誘うようなものです。
 
蛍を捕まえて、光らせて、楽しんでも、すぐに死ぬのに…
お医者さんは、無体(むたい)なことをします。
自分が、牢屋に入りたくないためですけれど、
類は友を呼ぶような共食い医療って、
こうならざるを得ないのかも知れません。
 
わたしの前任の医師は、ゴキブリにコップを被(かぶ)せて、
逃がしてあげていました。
寄生虫が一杯いますから、あまり食べないほうが良いと、思います。
 
宮崎勤って人に、性転換が有効なわけがないのに、と言うと、
怒られるから言いません。
あの人は、知的障害者に育てられた身体障害者でしたけれど、
性転換医療を行なう医師に治療された精神障害者に、似ていました。
 
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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