カエデ 1137 アレルギー

楓(かえで)は、
秋(あき)の紅葉(もみじ)の頃(ころ)よりも、
今(いま)が一番奇麗(いちばんきれい)です。
 
春(はる)の、
桜(さくら)の季節(きせつ)には、
楓(かえで)の花(はな)と新緑(しんりょく)を愛(め)で、
秋(あき)の、
楓(かえで)の季節(きせつ)には、
桜(さくら)の紅葉(もみじ)を堪能(たんのう)します。
 
変人(へんじん)かも知(し)れませんが、
石(いし)に漱(くちすす)ぎませんし、
 
 
いつもは、車(くるま)の座席(ざせき)に、
カメラやゴルフクラブなどを、放(ほう)り出(だ)しています。
 
ゴルフクラブは、野山(のやま)を歩(ある)くための、
護身用(ごしんよう)です。
カメラは、生物(せいぶつ)や建物(たてもの)を
撮(と)るために。
 
溶鉱炉(ようこうろ)で生(う)まれて、
ロケットや宇宙船(うちゅうせん)を
作(つく)るつもりでしたけれど、
危(あぶ)ないと言(い)われて、怒(おこ)られたので、
コンピュータにしました。
 
ほんとは、生(い)き物(もの)や建物(たてもの)が、
好(す)きでした。
 
ヒトラーも、建物(たてもの)が好(す)きでしたけれど、
生(い)き物(もの)は、どうだったのかしら。
 
彼(かれ)は、
強(つよ)い者(もの)が、生(い)き残(のこ)るべきと、
考(かんが)えていましたから、
女(おんな)の子(こ)みたいに、
殺(ころ)し合(あ)いが、大好(だいす)きでした。
 
月(つき)ロケットもコンピュータも、
アメリカ合衆国(がっしゅうこく)に負(ま)けましたので、
わたしは、行(い)き場(ば)がなくなり、
前任(ぜんにん)の医師(いし)に、
袖(そで)を引(ひ)かれました。
 
東(ひがし)アフリカの
黒人(こくじん)のマラソン選手(せんしゅ)みたいなものかしら。
 
風当(かぜあ)たりが強(つよ)いのに、
先頭(せんとう)を走(はし)らなければ、
気(き)が済(す)みません。
 
オートバイの好(す)きな人(ひと)も、
風当(かぜあ)たりが、快感(かいかん)なのでしょう?
 
わたしは、オートバイって、嫌(きら)い。
転(ころ)びやすく、うるさいから。
 
前任(ぜんにん)の医師(いし)は、
ご自身(じしん)が性分化疾患(せいぶんかしっかん)でしたが、
性分化疾患(せいぶんかしっかん)でないのに、
性転換(せいてんかん)を望(のぞ)む人(ひと)の
受診(じゅしん)が増(ふ)えていました。
 
修験道系(しゅげんどうけい)の
小(ちい)さな財閥(ざいばつ)の、
昔(むかし)ながらの一族(いちぞく)の、
最高責任者(さいこうせきにんしゃ)でした。
 
業種(ぎょうしゅ)が似(に)ていましたので、
彼女(かのじょ)の親戚(しんせき)と、
うちの親戚(しんせき)とが、
業務提携(ぎょうむていけい)をしていた縁(えん)です。
 
GID(性同一性障害 , せいどういつせいしょうがい)は、
微々(びび)たる流行(りゅうこう)ですが、
自分(じぶん)から、
生殖機能(せいしょくきのう)を壊(こわ)しますので、
重症(じゅうしょう)の精神疾患(せいしんしっかん)です。
 
仕組(しく)みは、花粉症(かふんしょう)みたいなものかしら。
1960年代(ねんだい)に、急(きゅう)に現(あらわ)れて、
今(いま)も、
花粉症(かふんしょう)は、大流行(だいりゅうこう)しています。
 
精神科(せいしんか)の医療(いりょう)って、
拒食症(きょしょくしょう)や
発達障害(はったつしょうがい)の時(とき)も、
怒(おこ)られました。
 
欧米(おうべい)の医者(いしゃ)が、
新型(しんがた)の病気(びょうき)を、
打(う)ち上(あ)げると、
日本(にほん)のマスコミが、
宣伝(せんでん)をしてくれますから、
精神(せいしん)の病気(びょうき)の人(ひと)たちが、
挙(こぞ)って、先(さき)を争(あらそ)い、
最新(さいしん)の症状(しょうじょう)を、訴(うった)えます。
 
それまでは、黙(だま)って辛抱(しんぼう)していましたけれど、
マスコミが言(い)い触(ふ)らしてくれたので、
受診(じゅしん)し易(やす)くなったのかも知(し)れません。
 
お医者(いしゃ)さんにとっては、
新(あたら)しい商品(しょうひん)や販路(はんろ)を、
開拓(かいたく)したようなものです。
 
痒(かゆ)い時(とき)に、掻(か)き出(だ)すと、
やめられなくなるでしょう?
体全体(からだぜんたい)が、
ほんとうに、腫(は)れて来(き)て、
死(し)んでしまう人(ひと)もいます。
 
お風呂(ふろ)に入(はい)って、
気分転換(きぶんてんかん)をするだけで、
嘘(うそ)みたいに、
痒(かゆ)みの治(おさ)まる人(ひと)もいます。
 
お酒(さけ)も、飲(の)み続(つづ)けると、
やめられなくなる人(ひと)が、たくさんいます。
酔(よ)い始(はじ)めって、気持(きも)ちがいいもんね。
 
花粉症(かふんしょう)は、
免疫(めんえき)の知識(ちしき)を動員(どういん)して、
知(し)ったかぶりをするように、
説明(せつめい)されますけれど、
意識的(いしきてき)に、
痒(かゆ)みがエスカレートして行(い)く仕組(しく)みと、
無意識(むいしき)のアレルギーが、
エスカレートして行(い)く仕組(しく)みとは、
よく似(に)ています。
 
検査(けんさ)をすれば、無意識(むいしき)に、
体(からだ)が、花粉(かふん)に反応(はんのう)しますし、
抗体(こうたい)も増(ふ)えています。
 
アルコール依存症(いぞんしょう)も、無意識(むいしき)に
体(からだ)の検査値(けんさち)に、
病的(びょうてき)な数値(すうち)が
出(で)て来(き)ますけれど…
 
花粉症(かふんしょう)って、
精神的(せいしんてき)ストレスのせいで、
頭(あたま)のイカレ易(やす)い素質(そしつ)みたいに、
体(からだ)のイカレ易(やす)い素質(そしつ)に、
関係(かんけい)があるのかも知(し)れません。
 
精神的(せいしんてき)ストレスのせいで、
うんこが止(と)まらなくなるように、
花粉症(かふんしょう)になるのかも知(し)れません。
 
戦争(せんそう)のせいで、
殺(ころ)したり、殺(ころ)されたりしていると、
精神的(せいしんてき)なストレスが、小(ちい)さくなります。
 
戦争中(せんそうちゅう)には、
妄想(もうそう)や幻覚(げんかく)が出(で)なかったのに、
平和(へいわ)になると、
出(で)て来(く)る人(ひと)たちって、たくさんいました。
 
わたしは、崖(がけ)から滑(すべ)り落(お)ちて、
木(き)の枝(えだ)に引(ひ)っ掛(か)かった時(とき)に、
ちっとも、怖(こわ)くありませんでした。
 
あとから、夢(ゆめ)のように思(おも)い出(だ)すと、
物凄(ものすご)く怖(こわ)くて、
今(いま)でも身震(みぶる)いします。
 
300mの、垂直(すいちょく)の壁(かべ)でした。
 
現実(げんじつ)よりも、
記憶(きおく)や想像(そうぞう)のほうが、
遥(はる)かに怖(こわ)いの。
 
ライオンに食(た)べられるシマウマは、
とても気持(きも)ち良(よ)さそうです。
 
人間(にんげん)は、
哺乳類(ほにゅうるい)の感情(かんじょう)を
受(う)け継(つ)いでいますから、
ライオンやシマウマの、
現実的(げんじつてき)な気持(きも)ちを、
抑(おさ)え付(つ)けられると、
精神的(せいしんてき)なストレスになります。
 
水族館(すいぞくかん)の5万匹(まんびき)の鰯(いわし)は、
奇麗(きれい)な集団(しゅうだん)になり、
気持(きも)ち良(よ)さそうに、
泳(およ)ぎ回(まわ)っています。
 
鮪(まぐろ)を放(ほう)り込(こ)んであげないと、
集団行動(しゅうだんこうどう)をとらなくなりますので、
精神的(せいしんてき)ストレスのせいで、
若死(わかじに)します。
 
鮪(まぐろ)に追(お)い回(まわ)されて、
食(た)べられる危険(きけん)と、
みんなと一緒(いっしょ)の、
奇麗(きれい)な集団行動(しゅうだんこうどう)が、
鰯(いわし)には、快適(かいてき)です。
 
朝鮮戦争(ちょうせんせんそう)が終(お)わり、
1960年代(ねんだい)に、
当分(とうぶん)は戦争(せんそう)が起(お)こらないって、
日本国民(にほんこくみん)は、確信(かくしん)しました。
 
ベトナムは、朝鮮(ちょうせん)よりも、遠(とお)く、
日本(にほん)は、すごく安全(あんぜん)になりました。
 
戦争(せんそう)をするには、
青年(せいねん)たちを、子供(こども)の頃(ころ)から、
教育(きょういく)しなければいけません。
 
1960年代(ねんだい)の青年(せいねん)は、
第二次世界大戦後(だいにじせかいたいせんご)に
生(う)まれましたが、
人殺(ひとごろ)しをする教育(きょういく)を、
受(う)けていませんでした。
 
今(いま)から、幼児(ようじ)を教育(きょういく)しても、
出来上(できあ)がるまでに、20年(ねん)はかかります。
 
当分(とうぶん)は、戦争(せんそう)がないって、
日本人(にほんじん)は確信(かくしん)しました。
 
そうすると、
花粉症(かふんしょう)や、拒食症(きょしょくしょう)が、
出(で)て来(き)て、
鬱病(うつびょう)が、増(ふ)えました。
 
性転換(せいてんかん)を望(のぞ)む人(ひと)も、
竹(たけ)の子(こ)みたいに、出(で)て来(き)ました。
 
性転換医療(せいてんかんいりょう)は、
花粉(かふん)や竹(たけ)の子(こ)みたいな
人(ひと)たちが、
自分(じぶん)たち同士(どうし)で、
お医者(いしゃ)さんと患者(かんじゃ)さんに分(わ)かれて、
共食(ともぐ)いをする医療(いりょう)です。
 
植物(しょくぶつ)は、若葉(わかば)の頃(ころ)が、
美(うつく)しさの命(いのち)ですけれど、
新葉(しんよう)と一緒(いっしょ)に開(ひら)く花(はな)や、
葉(は)よりも先(さき)に咲(さ)く花(はな)は、
何(なに)も考(かんが)えていません。
 
あほの人間(にんげん)も、
息(いき)を飲(の)む美(うつく)しさです。
 
シュバイツァーという人(ひと)は、
そう言(い)っていたのかも知(し)れません。
 
虫(むし)けらの命(いのち)を、大切(たいせつ)にするように、
アフリカ黒人(こくじん)の命(いのち)を、
大切(たいせつ)にしました。
 
うちの前任(ぜんにん)の医師(いし)も、
ゴキブリに、ガラスコップを被(かぶ)せて、
窓(まど)の外(そと)に、逃(に)がしてあげていました。
 
 
 
  
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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