ホトケノザ 1128

春(はる)の七草(ななくさ)の仏(ほとけ)の座(ざ)とは、
別物(べつもの)です。
 
物的証拠(ぶってきしょうこ)のある植物(しょくぶつ)の
名前(なまえ)でさえ、
時代(じだい)によって、全然(ぜんぜん)違(ちが)います。
 
証拠(しょうこ)のない言葉(ことば)の意味(いみ)は、
違(ちが)うものを、同(おな)じであるとする脳(のう)の
機能(きのう)がなければ、通(つう)じません。
 
論理(ろんり)と言(い)います。
 
春(はる)の七草(ななくさ)の、仏(ほとけ)の座(ざ)は、
現在(げんざい)の、
小鬼田平子(こおにたびらこ)と言(い)われています。
 
現在(げんざい)の仏(ほとけ)の座(ざ)は、
有毒(ゆうどく)ですから、
美味(おい)しさは、負(ま)けていますけれど、
生殖器(せいしょくき)の、
エステティックな姿容(すがたかたち)は、負(ま)けていません。
 
言葉(ことば)は、時代(じだい)や場所(ばしょ)によって、
意味(いみ)が異(こと)なるだけでなく、
人(ひと)によっても、大(おお)きく異(こと)なりますので、
どれほど違(ちが)っていても、同(おな)じであると、
翻訳(ほんやく)できない人(ひと)は、
知的障害(ちてきしょうがい)かも知(し)れません。
 
認識(にんしき)や実行(じっこう)は、
翻訳(ほんやく)の作業(さぎょう)をしていますけれど、
一般(いっぱん)には、コミュニケーションと言(い)われます。
 
動物(どうぶつ)の脳(のう)は、
コミュニケーションのための臓器(ぞうき)ですが、
端的(たんてき)には、
生殖(せいしょく)を制御(せいぎょ)しています。
 
植物(しょくぶつ)では、
脳(のう)がなくても、花(はな)が咲(さ)きますので、
動物(どうぶつ)は、
知的障害(ちてきしょうがい)かも知(し)れません。
 
お釈迦(しゃか)さんは、
愛欲(あいよく)や執着(しゅうちゃく)などと、
言(い)いました。
 
インドヨーロッパ系(けい)の人々(ひとびと)は、
粒々理論(つぶつぶりろん)で行(い)きますから、
くっつくことを、欲(よく)と言(い)います。
 
どれとどれを選(えら)び、同(おな)じである、とするかを、
判断(はんだん)と言(い)います。
 
お釈迦(しゃか)さんの判断(はんだん)は、
賢(かしこ)いそうですけれど、
ライオンやシマウマと、
お釈迦(しゃかさん)さんの感情(かんじょう)は、
たぶん、同(おな)じですから、
賢(かしこ)い愛欲(あいよく)って、あるのかしら。
 
仏(ほとけ)の座(ざ)が、そう言(い)っているかのように、
聞(き)こえました。
お釈迦(しゃか)さんのことを、
知的障害(ちてきしょうがい)とは、
言(い)っていませんでしたけれど…
 
シソ科(か)の唇形花冠(しんけいかかん)ですが、
花筒(かとう)が深(ふか)く、横(よこ)から見(み)ると、
お釈迦(しゃか)さんの立(た)ち姿(すがた)に
 
 
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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