フリマってやつです。
昔(むかし)は、
性同一性障害(せいどういつせいしょうがい)の人(ひと)の
職業(しょくぎょう)に、
露天商(ろてんしょう)が多(おお)かったのですけれど、
商業組合(しょうぎょうくみあい)の
事務(じむ)をしているように、
履歴書(りれきしょ)に書(か)きました。
やくざの組事務所(くみじむしょ)です。
フリーマーケットは、
素人(しろうと)の人(ひと)たちですけれど、
性同一性障害(せいどういつせいしょうがい)でも、
素人(しろうと)の人(ひと)たちが、
TV(トランスベスティズム , ティーブイ)を
自称(じしょう)して、
異性装(いせいそう)の宣伝(せんでん)をすると、
精神(せいしん)の病気(びょうき)の
症状(しょうじょう)の重(おも)い人(ひと)たちが、
性転換(せいてんかん)や
性転換医療(せいてんかんいりょう)を行(おこ)ない、
昔々、カルーセルなんとかって人が、テレビに出ていましたから、
性転換というのが出来るって、誰でも知っていました。
1960年代後半だったかしら。
その前の、1960代前半に、
いわゆるブルーボーイ事件がありましたから、
性転換が、新聞の社会面を、全国的に賑わしました。
1950年代後半に、
丸山なんとかって人が、メケメケを歌いましたけれど、
一般の家庭が、個人的にテレビを買うようになったのは、
1964年の、東京オリンピックを見るためでした。
それまでは、テレビって、公共施設でしたから、
人の集まるお店や街頭に、据え付けられていました。
日本人は、同性愛のことを、結構な趣味と思っていましたけれど、
欧米人は、同性愛を差別しましたから、
進駐軍の時代に、
欧米の猿真似(さるまね)の好きな、鹿鳴館のような人たちは、
同性愛を差別するようになりました。
鹿鳴館の人が、同性愛者であると、話がややこしくなりますが、
三島由紀夫という人は、1970年に切腹しました。
同性愛や宗教って、戦争になり不幸になると、流行しますので、
第二次世界大戦後にも、
戦争を続けていた欧米は、同性愛が盛んになり、
戦争も徴兵制もなくなった日本は、同性愛が廃(すた)れました。
同性愛の人たちは、いつの時代でも、
歓楽街の、その筋(すじ)のお店に集まりますから、
性転換の人脈や手順を、よく知っていました。
同性愛の人が、1970年代後半の、
TV(トランスベスティズム , ティーブイ)の時代に
なってから、
性ホルモン剤の使用や性転換について、
初めて知るなんて、
若い人でなければ、まずありません。
TV(トランスベスティズム , ティーブイ)は、
社会運動のように宣伝されましたので、
同性愛の趣味のない一般の人たちが、
性転換の事情を知るようになりました。
歓楽街から流行したのは、欧米と同じでした。
戦場では、同性愛を差別するって、不可能に近いのですが、
欧米では、徴兵制に、キリスト教による同性愛差別が現れました。
国家のために、戦場に連行されて、無理やりに殺される男性は、
神聖な義務を遂行(すいこう)したとして、讃えられます。
英雄が同性愛者であるのは、聖なるものを茶化しています。
被告人が統合失調症であってはいけないのと、同じです。
裁判は厳粛でなければいけないでしょう?
法廷の中が、統合失調症の妄想で一杯になると、
裁判官の禿頭(はげあたま)が笑われているようなものです。
ほんとは、キリスト教の修道院や教会や聖職って、
昔から、同性愛の巣窟(そうくつ)でしたのに、
宗教が落ちぶれれば、落ちぶれるほど、悪あがきをするように、
キリスト教は、同性愛禁止を、強く叫びました。
同性愛者の宗教家が、同性愛の禁止を訴えるって、
おかしなことですが、
出家している人や、本職の宗教家などのように、
神に身を捧げている人たちは、そのために救われるそうです。
一生を捧げているから、神さまに、罪を許してもらえます。
そのために、キリスト教を信仰しているのですから、
当たり前と言えば、当たり前です。
一般民衆は、神さまを信じている振りをしていますけれど、
ほんとうは、信じていない人が、ほとんどですので、
同性愛を許してもらえません。
一般の人でも、ほんとうにキリスト教を信じていれば、
どうしてくれるのかと、文句が出そうですが、
ほんとうに信じているのなら、
全財産を教会に寄進して、出家しなければいけません。
ほんとうは、一般民衆って、お金や権力や快楽を信じています。
宗教家と同じなのですが、キリスト教は一神教ですから、
ほんとうに神さまを信じているのなら、
体や命や、生涯の財産や快楽を、神さまに捧げなければいけません。
二枚舌は許しません。
二重権力は認められませんでした。
国家のために、戦場に赴(おむも)く勇者が、
同性愛者であってはいけないので、
同性愛を隠さなければ、徴兵してもらえませんでした。
健常な青年が、みんな戦場で死んで行くのに、
みんなの納得の行く理由がなければ、
戦場に行かない男性って、許されないでしょう?
病気であるとか、大学の学生であるとか、
みんな軍隊に行ったので、兄弟は自分一人しか残っていないとかね。
何の病気かと問われて、同性愛ですって、答えると、
1960年代の初め頃でしたら、袋叩きに遭(あ)いました。
軍隊の証明がなければ、許してもらえないのに、
その証明書に同性愛って書かれていれば、生きる目がありません。
同性愛を、カミングアウトする人なんか、
いるわけがありませんでした。
中世なら、火あぶりです。
1960年代初め頃ですと、アメリカ合衆国南部では、
白人に跪(ひざまづ)かなかった黒人が、
毎日毎日、木からぶら下げられていました。
白人の同性愛者が、黒人みたいに、首吊りにされるって、
嫌(いや)だもんね。
日本人みたいに、出っ歯になるのは嫌(いや)だから、
欧米の人は、みんな歯並びを矯正しました。
日本とは、全然、事情が違いました。
日本では、
尚武の精神と、同性愛とは、一致していましたから、
軍隊の発言力が増せば、
自動的に、同性愛が奨励されました。
長州や薩摩だけでなく、水戸や会津でも、
武士は、男同士で愛し合います。
古代ギリシャもそうでしたけれど、
殺し合いの戦場では、男は男を信じます。
女って、役に立たないでしょう?
生きたまま、首を切り取られるのが嫌(いや)なら、
戦場で、最後まで一緒に戦ってくれる親友を、
命と同じくらいに、大切にしなければいけません。
自動的に同性愛になります。
女の社会でも、
男の庇護なんか、女同士の間では、役に立ちません。
男は、女風呂にも女便所にも、入って来れないもんね。
人数が多ければ強く、
孤立すれば虐(いじ)められますので、
女ばかりの社会でも、頼りになるのは、女の仲間です。
同性愛って、男女が別々の社会を作れば、
必然的に生まれます。
人間って、アラジンのランプみたいに、
擦(こす)れば、気持ち良くなりますから、
発達障害でなければ、同性愛も異性愛も、同じことなの。
生殖さえ、実行していれば、
どうせ、男女の間でも、擦れば気持ち良くなるだけです。
わざと避妊をして、
気持ち良さだけを、食い逃げするのですから、
避妊具を使うのも、動物の体や自分の指を使うのも、
同性の体を使うのと、同じです。
精神が健常でしたら、
動物の性交渉の快感を、さまざまに枝分かれされて、
さまざまな物事(ものごと)があれば、
性交渉と同等の気持ち良さが得られるように、
さまざまな感情が発達します。
男女の生殖が、
避妊によって、快感の食い逃げになったのと、
オナニーや同性愛を覚えて行くのとは、
いずれも、人間の精神が発達する道すがらの出来事なの。
動物の体や器物を使うのも、頭の中で想像するのも、
算盤(そろばん)の玉を、頭の中で動かして、
暗算をするのと同じことですから、
精神が発達すれば、何を想像しても、何もかもが、
生殖の気持ち良さだけを、食い逃げするのと、
同じ意味になります。
だいたいは、感情の発達する頃から、
GID(性同一性障害)の人には、
すでに、不十分な機能があるのかも知れません。
統合失調症や人格障害などの人も、似たようなものです。
同性愛には、何の問題もありませんが、
同性愛しか出来ないのは、生殖ができませんから、
問題になります。
スポイトを使えば、簡単なのに…
同性愛って、
男女の別々の社会の事情から見ても、精神の発達から見ても、
当然の成り行きですから、日本人は何も差別しませんでした。
むしろ、戦争が近づくたびに、同性愛が流行しましたので、
ちゃんと本腰を入れて、生殖や育児を行なうように、
男女の性交渉の風俗に、
国家が肩入れをしなければいけないぐらいでした。
産めよ殖(ふ)やせよってね。
日本の役所では、同性愛の趣味がバレても、何事も起こりません。
家庭では、配偶者が喜び、
同性愛の友達を連れて来るようにと、言われるかも知れません。
ベトナム戦争中のアメリカ合衆国のように、
州憲法に同性愛禁止が書かれているのとは、事情が違います。
欧米では、第二次世界大戦後も、市民の同性愛がバレれば、
役所が、事務を拒否しましたので、
まるで、オウムの信者さんの転居届が受理されずに、
子供が、学校に行けなくなるのと、同じでした。
欧米では、何百年も続きました。
戦場や教会では、いつの時代にも、同性愛が流行していたのに、
同性愛がバレると、火あぶりや首吊りって、
すごく変(へん)でしょう?
日本でも、部落差別っていう変(へん)な差別がありました。
1960年頃には、まだ田舎の被差別部落の子が虐(いじ)められて、
橋から逆さ吊りにされたので、
女装の男友達が駐在さんを呼び、助けてもらいましたけれど、
犯人のガキどもはお咎(とが)めなしで、
女装の友達が、被差別部落の子と親しくしていた、という理由で、
警察に説教されて、脅されたそうです。
そんなのって、日常茶飯でしたから、
全然、マスコミの事件になりませんでしたけれど、
女装の人が、そのせいで都会に出て、性転換をしたと、供述しても、
わたしは、ちっとも不思議に思いませんでした。
当時の部落差別や朝鮮人差別の、ありきたりの相場の出来事でした。
同様に、欧米の同性愛差別って、
バレると、虐(いじ)め殺されました。
欧米には、日本のような部落差別がなかったように、
日本には、欧米のような同性愛差別がありませんでした。
1960年代に性転換をした人たちって、
神戸の田岡なんとかっていうやくざの親分のところに、
出入りしていました。
うちの患者さんの、GIDの人たちは、
食肉の輸入の仕事をしていましたが、
当時は、輸入割当制の時代でしたから、
被差別部落の枠(わく)を分けてもらうために、
神戸のやくざ屋さんに通っていました。
神戸のやくざは、港の沖仲(おきなか)や荷役の人たちを
仕切っていましたけれど、被差別部落の人でした。
新興やくざでしたけれど、
やくざの仕来りは、江戸時代から受け継がれていました。
江戸時代の警察の現場の仕事って、やくざが請け負い、
十手(じゅって)を持っていました。
やくざが、警察でしたけれど、
その仕来(しきた)りが、今も続いています。
仲間内のことは、仲間内に任せよう、という江戸時代の
政策でした。
賭場(とば)や遊郭も、やくざが経営していましたから、
笹川なんとかって人が、競艇を仕切っているのと、
同じです。
どうして、暴力団が、やくざと言われるように、
変(へん)な儀式を、受け継いでいるのかって、
どうして、部落差別があったのかってのと、
似たようなものです。
現代でも、体の病気であろうが、心の病気であろうが、
みんなと一緒のことの出来ない人間を仕切っているのは、
病院の看護師さんやヘルパーさんたちです。
悪いやつを仕切っているのは、警察官や刑務官でしょう?
江戸時代と同じです。
仲間内の取締りは、仲間内に任せる、と言うと、
怒られるけれど、
精神障害者の治療は、精神科医がやっていますから、
GID(性同一性障害)の人たちの
体と生殖機能を壊す仕事は、
性転換医療を行なうお医者さんが請け負っています。
欧米では、同性愛って、キリスト教会が取り締まっていました。
夫婦の性交渉のことも、キリスト教の縄張りでしたから、
避妊具の扱い方まで、教義に抵触する恐れがありました。
キリスト教が権力を失い、権威が地に落ちると、
同性愛差別がひどくなりました。
十手を持っていた親分さんが、明治維新に失業しても、
第二次世界大戦の前ぐらいまで、
ずーっと警察と仲良くやっていましたが、
戦争に負けて、進駐軍が来ると、昔ながらのやくざが排斥されて、
売春防止法が作られ、赤線がなくなりました。
日本が戦争に勝っていたら、欧米の同性愛差別をなくすために、
キリスト教会を虐(いじ)めたのかしら。
やくざもキリスト教も、似たようなものですが、
進駐軍や鹿鳴館には、わかりませんでした。
0コメント