イモリのしっぽ 1087 唯一の、価値と数量と神様と物理化学

井守(いもり)の尻尾(しっぽ)は、オタマジャクシみたいなの。
両生類(りょうせいるい)です。
 
爬虫類(はちゅうるい)の、蜥蜴(とかげ)や屋守(やもり)と、
違(ちが)います。
 
日本(にほん)のサラマンダーですけれど、
一匹(いっぴき)300円也(えんなり)。
雑食性(ざっしょくせい)ですから、育(そだ)てやすく、
10年(ねん)は生(い)きるそうです。
 
人間(にんげん)は、井守(いもり)を食(た)べてはいけません。
河豚(ふぐ)の毒(どく)と、
同(おな)じ化学物質(かがくぶっしつ)が、
皮膚(ひふ)の粘液(ねんえき)に含(ふく)まれています。
 
河豚(ふぐ)もそうですけれど、
食(た)べ物(もの)から蓄積(ちくせき)されたものですので、
河豚(ふぐ)や井守(いもり)が、
毒(どく)を作(つく)ったのでありません。
 
両生類(りょうせいるい)って、可愛(かわい)らしいので、 
なんとなく、プラナリアを思(おも)い出(だ)します。
再生能力(さいせいのうりょく)が高(たか)く、
中学校(ちゅうがっこう)の実験動物(じっけんどうぶつ)に、
よく使(つか)われます。
 
井守(いもり)って、あほですけれど、
 
 
お医者さんのことを、あほあほと言うと、怒られますけれど、
美しいとか、醜いとか、賢いとか、強いとか、お金持ちとかの、
価値って、どうでも良いことなの。
 
その価値のせいで、
他人や自分を、殺そうとする人が、たくさんいるので、
問題になります。
 
人間だけでなく、生物って、
みんなと一緒でなければ、生きて行けませんけれど、
生物の種類を見れば、わかるように、
誰とでも一緒になるのでなく、
特定の種類と仲良くなり、別の特定の種類とは、殺し合います。
 
人間も、他の種類の生物を殺して、食べているだけでなく、
人間の中の、個体と個体の間でも、
殺したり、食べられたりしています。
 
誰かと仲間になることと、誰かと殺し合い、食べ合うこととは、
似たような意味なの。
 
化学物質の粒々(つぶつぶ)が、
くっついたり、離れたりしているのと、同じように、
くっつくのと、離れるのとは、量を識別しているだけです。
 
価値は、殺し合ったり、食べ合ったり、くっついたり、離れたりの、
数量を計算しています。
 
脳や体の、神経や細胞や代謝などには、
生まれつきのコンピュータが組み込まれていて、
自動的に無意識に、いつも計算をしていますから、
猿真似(さるまね)しかできない数学者のようには、
あほでありません。
 
数学者は、自然のコンピュータの、ごく一部分を、
鹿鳴館のように、真似(まね)しますけれど、
数学による数量の計算を、普遍的であると、誤解します。
 
たくさんの流れ星を、あちこちから写真に撮ると、
地球に衝突する前の、宇宙の星屑(ほしくず)の
軌道がわかります。
 
人間の個体が、流れ星を見て、
直観的に、軌道がわからないのでしたら、
たぶん、人間の個体には、
そのよう種類の計算の原理が、仕組まれていません。
 
エステティックな価値って、
一瞬のうちに、数量の計算が片付きますけれど、
何の努力も苦痛も、感じません。
何のために、数学者が頭を使うのかと、不思議になります。
 
数学は、数量を計算しますけれど、
数学そのものは、数量化されないように、
エステティックな価値の計算は、いつでも使えるものでありません。
 
一瞬のうちに、何の苦もなく、判断のつく事だけが、
エステティックと言われる審美眼(しんびがん)の、適用範囲です。
 
星屑(ほしくず)の軌道の計算って、
エステティックには不可能ですので、数学で行きますけれど、
コンピュータソフトがなければ、けっこう時間がかかります。
 
価値の判断って、幾つもの種類があり、
それぞれの種類によって、使用される脳や体のシステムが違います。
 
軌道の計算には、脳の中の、数学と言われるシステムを使いますが、
文化的に作られたコンピュータという機械がなければ、
ほとんど使い物にならないくらいに、劣悪な性能です。
 
どのような価値の測定のために、数学という方法が、
多少なりとも有効であるかを、数学は判断できませんので、
数学自体を数量化することはできません。
 
たくさんの価値の判断の種類の中の、
一種類のみが、数学と言われている判断であることを、
数学は知りません。
普遍的な数量の判断であると、思い込んでいます。
 
ほんとうは、数量って、幾つもの種類があるの。
数学が取り扱えるのは、そのうちの一種類だけです。
 
すべての判断は、一種類しかないって、
ユダヤ教やキリスト教などの、一神教の考え方です。
物理化学の世界観は、数学を使いますので、
一神教と同じ間違いを、しでかすことになります。
 
     時間や空間や論理って、
     共通項で括る認識の仕方ですけれど、
     無数の共通項のうちの、
     幾つかの共通項だけを選択するのが、価値なの。
 
     みんなと一緒に付和雷同して、
     文化的に、具体的な原因と結果という時間の中身や、
     具体的な個々の物体という空間の中身を認識するように、
     それぞれの人が、自分の脳の仕来りを作りますから、
     全然、論理的でありません。
 
     文化の中身に一致しやすいような、
     生まれつきの脳や体の素質を持った人が、
     生存や生殖に有利ですので、すでに品種改良をされて、
     純化(じゅんか)された結果の、脳や体の素質の人が、
     たくさん生まれます。
 
     そうでない人も、少数ですけれど、やっぱり生まれます。
     何よりも、文化の中身が、いつも同じと限りませんから、
     いつも同じ素質の人が、ますます有利になり、
     ますます競争が激しくなるのでありません。
     
     純化が進むと、たいていは、融通の効かない素質になり、
     適応力の低い人間ばかりになりますから、
     そのままでは、共倒れになります。
     お医者さんばかりを選択していると、すぐに絶滅します。
     だから、お医者さんって、
     融通の効かない精神の病気であると、言っているのに…
 
     みんなが文化的に認識する事実に合わせて、
     物理化学は、
     共通の自然という架空の世界を想定しますけれど、
     ほとんど、唯一絶対であるかのように確信された風俗と、
     同じ意味です。
 
     みんなの文化的な事実を作るコミュニケーションって、
     共通の絶対的な世界がなくても、
     ちゃんと、みんなが同じ夢を見ることが出来ますので、
     物理化学の想定する自然って、
     一神教の神さまの世界と同じなの。
 
     わたしたちが宇宙船を飛ばすのを、
     わざわざ、神さまの世界に翻訳して理解するのは、
     純金との交換が保証されている物でなければ、
     貨幣として通用しないと、思い込んでいるのと同じです。
 
     物理化学の世界って、
     五つ玉の算盤(そろばん)のように、
     二度手間(にどでま)ですけれど、
     ほんとは、四つ玉の算盤(そろばん)も、
     頭の中の算盤の玉を動かして、暗算ができるように、
     目で見て、手で触って、知ることのできる道具は、
     ただの記憶の補助かも知れません。
     コンピュータも、そう。
 
     物理化学の言う自然や宇宙って、メディアなの。
     人間の認識に左右されない世界が存在しなくても、
     現に、みんなで一緒の夢を見るように、
     たくさんの人が、共通の自然や宇宙を想像します。
 
     ちゃんと、時間と空間を指定すれば、
     たくさんの人が、同じ事実を知ることができます。
     そういう仕組みが、人間の側にあるので、
     コミュニケーションをして、
     物理化学の言う自然や宇宙を、作りました。
 
けっして、神さまや自然が、
人間の認識によらずに、存在するのでなく、
人間が、神さまや自然を、作りました。
それを理解しなければ、お医者さんと同じ間違いをおかします。
 
数量には、
たくさんの種類の、価値と言われる神さまがいますけれど、
わたしは、神さまを信じないほうが良いと、思っています。
数学や物理化学という神さまもね。
 
わたしは、溶鉱炉で生まれましたけれど、
サラマンダーって言われると、
あんなイモリや鉄の塊(かたまり)と、一緒にせんといて頂戴と、
言いたくなります。
 
価値のせいで、人を侮(あなど)ったり、嘲(あざ)けたり、
蔑(さげす)んだり、攻撃したり、殺したり、食べたりって、
数学者やお医者さんと、同じくらいにあほなの。
 
GID(性同一性障害)の治療って、
性転換医療を行なうお医者さんの、精神の病気から、
治療しなければいけませんので、一筋縄で行きません。
 
だって、強制的に治療をされる症状でありませんから、
本人が、自分は健常であると、主張しているのを、
どうこうできるわけがありません。
 
精神の病気のお医者さんが、GIDを治療しているのですから、
オウムのお医者さんが、オウムの信者さんを治療しているのと、
同じでしょう?
 
倫理って、簡単でありませんけれど、
医療の倫理なんか、歌舞伎町の商売と似たようなものです。
離れ小島なの。
 
横須賀も、原子力空母のお陰で、食べていますから、
歌舞伎町と、たいして変わりませんけれど…
  
 
 
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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