表参道 1082 物理化学という人造言語の世界

東京(とうきょう)の地下鉄(ちかてつ)の、
表参道(おもてさんどう)の駅(えき)の近(ちか)くの、
表参道(おもてさんどう)ヒルズというショッピングセンターです。
 
内務省(ないむしょう)の同潤会(どうじゅんかい)アパートの
あった所(ところ)。
完全(かんぜん)に取(と)り壊(こわ)された後(あと)に、
一部分(いちぶぶん)が、わざわざ復刻(ふっこく)されました。
 
なんのために、古(ふる)いアパートを、
古(ふる)いデザインのまま、
新(あたら)しく作(つく)らなければいけないのか、
意味不明(いみふめい)です。
 
近(ちか)くで見(み)ても、やっぱり、怪訝(けげん)でした。
わたしなら、現代的(げんだいてき)なデザインにするけれど…
 
昔(むかし)の建物(たてもの)って、狭(せま)いもんね。
帝国(ていこく)ホテルなんか、
1967年(ねん)に壊(こわ)されましたけれど、
大嫌(だいきら)いでした。
 
重(おも)く狭(せま)く小(ちい)さく、窓(まど)がない。
天井(てんじょう)の低(ひく)い地下牢(ちかろう)に、
閉(と)じ込(こ)められた圧迫感(あっぱくかん)と
閉塞感(へいそくかん)。
犬小屋(いぬごや)のほうが、絶対(ぜったい)に良(よ)いと、
思(おも)いました。
 
そしたら、犬山(いぬやま)に移築(いちく)されたの。
明治村(めいじむら)に、見(み)に行(い)くと、
広々(ひろびろ)とした庭(にわ)があるので、
立派(りっぱ)に見(み)えました。
 
中(なか)に入(はい)ると、
やっぱり、地下牢(ちかろう)のまま。
 
 
幹の直径が1mの木を、
後日、別の人が測っても、やっぱり1mでした。
人間の認識がなくても、何かが存在するのは、確かでないかと、
たいていの人は思います。
 
あまり、時間が経(た)つと、木が成長しますので、
同じ姿に、見えません。
 
時間と空間を特定すれば、誰が測っても、直径1mの木です。
 
人間の認識の中身だけでなく、
時間と空間によって特定される共通の世界が、
人間の認識の外側にあるとすれば、
物理化学の設定する世界に、似ています。
 
認識の中身の世界と、認識の外側の世界とは、
身(み)と蓋(ふた)の関係であると、物理化学は考えます。
 
どうせ、身と蓋のように、ぴったりと合うスケベな関係なら、
身だけでも、蓋だけでも、同じ意味なのに…
 
別に、この紙っぺらを持参すれば、金(きん)と交換しますって、
保証されていなくても、
ちゃんと、紙っぺらが、通貨として通用するでしょう?
 
物理化学は、五つだまの算盤(そろばん)なのかしら。 
あれって、四つ玉でも、同じなのに。
 
どうして、認識から独立した世界を、
物理化学は、わざわざ想定するのかしら。
二度手間(にどでま)のような気がするけど。
 
     時間や空間って、
     認識の中身を特定するための座標軸なの。
     わたしたちの心の中身は、
     自分だけの個性って、許されません。
     コミュニケーションがなければ、
     人間の心は、出来ないもの。
 
     一人の人の心の中を、
     時間と空間によって指(さ)し示せば、
     別の人の心の中の、その位置にも、同じ物があります。
     何があるかを、確かめに行けば、
     先の人の見た木と、同じ木が立っています。
 
     わたしたちは、みんなが同じ夢を見る手順を、
     赤ちゃんの頃から、一生懸命、習得して来ました。
 
     生まれる前から、
     変更不能な神経の繋がり方や、化学物質のくっつき方が、
     似たような人でなければ、
     滅多(めった)に生まれて来ません。
 
     すでに、わたしたちの脳や体の、生まれつきの素質が、
     品種改良の結果なの。
 
同じ木であるって、どうして、照合できるのかしら。
1mの直径も、その一つであると、言うかも知れません。
色の照合と、同じです。
 
他人の言う赤色と、自分の言う赤色とは、
同じと限りませんけれど、
同じであったり、なかったりって、永遠に証明されません。
基準がないもんね。
 
波長を調べて、突き合わせようとしても、
心の中の赤色の波長を、調べるわけに行きません。
 
いったい、何を基準にするかって、
法律の中身や、文法や単語の一々を、
具体的にどのような内容に決めるかってのと、同じです。
 
心の外側の、物体の色を、
スペクトロフォトメータ(分光測色計)で測れば、
色覚障害の人や、工業製品を大量生産するには、
便利かも知れません。
 
色の基準を定義するのは、1mを測る物差しを作ったり、
国家の法律や、言語の文法や単語を、
政治的や文化的に定めたりするのと、同じ意味です。
 
物理化学を知らなくても、誰にでも、心の中の世界はあります。
新しく、物理化学を知らなければ、あり得ないような、
物理化学のための、特別な自然の世界を設(もう)けて、
心の中の世界とは、別の世界であるかのように、区切りを付けると、
どちらが、本当の世界なのかと、心配になります。
喧嘩になった時に、ジャンケンで決めるのかしら。
 
だって、物理化学を知らなくても、自然を知っていますから、
物理化学の世界の自然と、心が知っている自然とは、
意味が違うことになります。
 
物理化学の好きな人は、心が知っている自然のほうを、
頭の悪い自然である、と言います。
 
     わたしは、溶鉱炉で生まれて、造船所で育ち、
     お父さんが、化学会社を作りましたから、
     わたしの生まれ育った環境は、物理化学でした。
 
     お父さんは、
     数学や化学を、ぜんぜん知らないあほでしたけれど、
     ちゃんと自分で考えて、オウムのサリンの工場や、
     アルジェリアのガスプラントみたいなのを、
     いっぱい作りました。
 
     初めは、色粉(いろこ)をやりましたけれど、
     儲(もう)からないから、家業の製鉄所に、
     おまけの施設を、継ぎ足しました。
     色粉って、染料や食品色素などの、
     色事(いろごと)でした。
 
     社会の法律は、不便になると、殺し合いになりますから、
     自然に変わりますけれど、
     物理化学の物差しは、物を作るための基準ですから、
     作られた物は、文句を言いません。
 
     革命がなく、いつまでも信奉されている様子は、
     神さまの基準を崇(あが)める宗教に似ています。
     宗教って、憲法で保障されていますから、
     オウムを大切にしたみたいに、
     皆殺しにするわけには行きません。
 
     物理化学も、そうなの。
     相手は物体ですから、埋(う)めても、
     プラスチックみたいに、なかなか腐りませんし、
     燃やしても、
     コンクリートみたいに、なかなか燃えません。
 
     溶鉱炉に入れて、溶かすには、
     コークスや焼結鉱みたいに、
     前処理をしなければいけませんから、
     殺すのが面倒です。
 
     物理化学って、
     宗教みたいに、しぶとく生き残っていますけれど、
     エステティックも、そうなの。
     国家の法律を殺せば、社会が変わるように、
     人間の文化の死骸を、前処理して変形すれば、
     精神の病気を治す手立てになります。
 
     エステティックと物理化学と宗教が、
     精神の病気の三大要因です。
 
色を測る物差しを作っても、
この色を法律にせよと、言っているのと同じなの。
 
1mの物差しを作っても、
使う人によって、物差しが伸び縮みするかも知れません。
物差しの長さが、不変である、という保証は、
ただの定義である、という意味と同じです。
 
心の中の位置を、時間と空間によって指定すると、
だれの心の中にも、同じものが認識される、と定義します。
 
そのように定義するために、
わざわざ、1mの物差しを動員するのは、五つ玉の算盤でないかと、
疑われます。
 
四つ玉で済むのでは、と言う意味ですが、
物理化学の基準は、人間の役に立たないのでないかと、疑われるの。
 
工業製品を大量生産するには、便利ですが、
廃棄物の処理が、厄介なように、
心の中に、物理化学の基準が、いっぱい溜まると、
統合失調症の患者さんのように、身の回りの整理整頓ができずに、
ゴミの中で暮らす羽目(はめ)に、なりそうな気がします。
 
     色の波長を測り、
     これは赤色であると、レッテルを貼っても、
     一人の人が見ている赤色のことを、
     別の人は、青色と言うかも知れません。
 
     実際に、色覚障害の人に多いのは、
     赤や緑が、茶色っぽい色に見えて、
     識別できないのですけれど、
     説明しやすいように、赤が青に見えると、しておきます。
 
     波長を測れば、赤が正しいと、物理化学は言います。
     色覚障害の人には、便利です。
 
     同じように、工場の機械にも、便利です。
     だって、機械は、みんな色覚障害だもん。
     仕方ないから、機械に、分光測色計を付けて置きます。
     便利でしょう?
 
     健常な人の目は、どうするのかしら。
     赤色に見える人だけでなく、
     青色に見える人も、健常でしたら、
     その人は、きっと、青色のことを、赤色と思っています。
 
     なーんだ、赤色に見えようが、青色に見えようが、
     色の名札(なふだ)というレッテルだけの話に
     なってしまいます。
     単語って、みんな、そうでしょう?
     単語だけでなく、定義って、みんなそうなの。
 
     文法も、翻訳をすれば、仕舞いです。
     単語も文法も、
     一対一で対応しているわけがありませんから、
     翻訳なんか、できるわけがない、と
     思うかもしれませんけれど、
     英語と日本語も、翻訳して、意味や意思が通じるように、
     個人と他人のコミュニケーションも、
     つねに、そのように翻訳されています。
 
生物や人間の個体の、コミュニケーションの仕組みって、
物理化学の、色の測定や、1mの物差しとは、原理が違います。
 
コンピュータの言語って、
同じ規格のハードウェアの構造を基準にすれば、
どれもこれも、一対一で対応しますけれど、
人間の言語のほうを基準にすれば、コンピュータの言語によって、
うまく人間の言語の、特定の表現に対応するものもあれば、
そうでないものもあります。
 
物理化学って、ただの人造言語の一つなのに、
どうして、自然の仕組みや法則のように、
僭称(せんしょう)するのかしら。
 
王様でないのに、王様のように自惚(うぬぼ)れている人を、
王様を僭称するって、言うでしょう?
あれなの、物理化学。
 
1mの木は、どうして、別の人の心の中の出来事なのに、
同じ出来事が認識されるのかって意味です。
プログラムだけでなく、1mの木というデータが同じでしょう?
 
物理化学は、自然と言われる共通の世界があり、
それぞれの人が、自然を認識して、
それぞれの心の中の世界を持っていると、解釈します。
 
心に認識された世界のほかに、誰にも認識されない世界を、
物理化学は想定します。
 
     無数の種類の人造言語を作ることが出来るのと、
     同じ意味です。
     物理化学は、そのうちの、一つの言語である、
     と言う意味なの。
 
     言語って、日本語も英語も、コンピュータの言語も、
     たいていは、人造言語です。
 
     ネコの言葉や、ウマの言葉や、
     ヤフーの言葉もありますから、
     人造言語だけとは、限りません。
     ヤフーって、ガリバー旅行記の野蛮人ですけれど、
     合理的で知的な奴らは、フウイヌムという馬です。
 
     物理化学という人造言語の世界があるから、
     1mの木という同じデータが見えると、
     物理化学は言うの。
 
     人造言語の世界は、
     プログラムを提供してくれるだけでなく、
     個々のデータも提供していますから、
     物理化学という言語の背景に、
     自然と言われる世界があると、主張します。
 
     王様を僭称しているの。
     宗教も、
     神さまや知恵の世界を、自分が代表しているかのように、
     自称するでしょう?
 
ほんとは、認識されていない別世界を、想定する必要はありません。
どのような世界であれ、認識されたものでなければ、空想です。
裁判官が、直接に見たり聞いたりしていないのに、
論理的に、事実はこうである、と言うのは、空想なの。
 
物理化学は、
空想の世界の中に、直接に認識された世界があるとします。
 
わたしは、直接に認識された世界から、
直接に知りもしない世界を導き出したのに決まっていると、
思います。
 
同じ時間や空間によって規定された心の中の位置は、
必ず、誰の心の中でも、同じに認識される気がします。
別の人にも、同じ1mの木が見えるの。
時間や空間や論理って、
そのように、特定の脳の構造や、特定の化学物質の代謝を言います。
 
同じ物が見えたってことを言うには、
見えた物を表現して、他人が見たと言う物の、他人の表現とを、
比較しなければいけません。
 
表現を比較する時に、無意識に翻訳が行なわれます。
無意識でしたら、どうしようもありません。
翻訳されたことを、自覚しようもなく、
表現された物は同じであると、自動的に判断してしまいます。
 
どうしようもない生まれつきの変更不能な
脳の構造や、化学物質の代謝などがあります。
空間や時間や論理っていう認識の仕方も、それなの。
くそったれです。
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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