チャイニーズホーリーの実 1066 論理や数学

支那柊(しなひいらぎ)の雌株(めかぶ)。
 
名前(なまえ)が、柊(ひいらぎ)となっている通(とお)り、
葉(は)の先(さき)に、刺(とけ)があり、けっこう痛(いた)い。
 
西洋柊(せいようひいらぎ)なら、
もっと柊(ひいらぎ)に似(に)た葉(は)なので、
もっと刺(とげ)が多(おお)い。
 
支那柊(しなひいらぎ)も、西洋柊(せいようひいらぎ)も、
モチノキ科(か)のモチノキ属(ぞく)ですので、
モクセイ科(か)モクセイ属(ぞく)の、
日本(にほん)の柊(ひいらぎ)とは、かなら違(ちが)います。
 
支那柊(しなひいらぎ)は、
チャイニーズホーリーと呼(よ)ばれています。
 
西洋柊(せいようひいらぎ)は、
クリスマスホーリーと言(い)われ、
赤(あか)い実(み)と、刺(とげ)のある葉(は)が、
地中海沿岸(ちちゅうかいえんがん)の
クリスマスの飾(かざ)り物(もの)になります。
 
花(はな)は初夏(しょか)です。
 
日本(にほん)の柊(ひいらぎ)は、 
晩秋(ばんしゅう)から冬(ふゆ)に、
香(かお)りの良(よ)い花(はな)が咲(さ)き、
 
 
日本の憲法は、天皇陛下が一番偉いと、言っています。
合理的根拠はありません。
 
血筋や門地などにより、人間の個体に優劣をつけて、
劣等な個体を間引いて行くのは、
変更不能な運命という昔の考え方ですけれど、
今でも、否定できるとは証明されません。
 
日本国憲法は、アメリカ合衆国が作りましたが、
内容は、フランス革命のスローガンと同じです。
 
フランス革命は、顔や体のエステティックな見てくれを信仰して、
マリ・アンヌという架空の美女を、
革命の象徴として高く掲げました。
 
見てくれは、ほとんどが遺伝的に決まり、変更不能ですので、
血筋により、人を殺すのと、ほぼ同じ考え方です。
欧米には、日本のような戸籍制度がないので、
エステティックな見てくれになりました。
 
ニューヨークの自由の女神は、
見てくれにより、人を軽蔑して処刑するフランス革命の心意気です。
 
日本は、戸籍制度があるので、大昔から、天皇を掲げています。
人権宣言に纏(まと)めらたのは、
美容外科やマリアンヌや天皇などを敬う精神と、同じです。
エステティックな人種差別の精神なの。
 
人間は、皆、生まれながらにして平等であると言っても、
精神障害者や犯罪者や不細工な奴にも、立派な市民権があるとは、
言いませんから、
これからは、嫌(いや)な奴を見れば、
精神障害者や犯罪者やブスであると言い、唾(つば)を吐こうって、
みんなで申し合わせただけなの。
レッテルを貼り、スローガンを並べました。
 
人間らしい宣言です。
ライオンの感情や牙の代わりに、
レッテルを貼り、スローガンを叫び、ギロチンで殺して食べます。
屠殺場と同じです。
 
     統合失調症という精神の病気の
     始まりと言われるぐらいに、人権宣言は支離滅裂です。
 
     アリストテレスは、
     論理が、支離滅裂を纏めている、と考えました。
     支離滅裂の親分は論理であり、
     出来の悪い子分たちを統治している、と言うのです。
     
     論理って、数学のようなものですけれど、
     昔から、1才くらいの頃に、すでに、
     論理能力の優れた子と、劣等な子が、決まっていて、
     いくら勉強をしても、能力は向上しないと、
     言われていました。
 
     早熟の才能です。
     フィールズ賞を受賞する能力は、3才未満の幼児が、
     死ぬまでゲーム機で遊んでいるようなものと
     言われています。
 
     生まれつきの変更不能な、脳の神経や化学物質の、
     繋がり方やくっつき方が、
     論理と言われる文化的な価値に、非常に似ていたので、
     一生、ゲーム機で遊ぶ脳味噌になりました。
 
     可哀想ですので、フィールズ賞をあげたり、
     大学教授になって貰(もら)ったりしています。
     精神障害者のための、福祉政策です。
 
     学校の成績が良ければ、お医者さんになってもらい、
     高いお給料をあげて、
     一生、自惚(うぬぼ)れて貰(もら)うのも、
     似たようなものです。
 
     統合失調症の患者さんが、
     抗不安薬や抗精神病薬を飲んで、
     死ぬまで、気持ち良くなっていなければ、いけないのと、
     さして違いません。
 
     数学や医療が、みんなの役に立っているのは、
     そのような文化が流行しているからなの。
     さもなければ、可哀想な人たちです。
 
     昔の人は、死ぬまで修道院で拝み続けている人や、
     一生、洞窟の中で、坐禅を組んだままの人を、
     立派な人と、褒め称(たた)えましたけれど、
     文化の流行が変われば、
     なんとなく精神障害者に見えて来ます。
 
     いったい、可哀想でない人って、いるのかしらと、
     疑問になります。
     あほが、一番いいのかも、知れません。
 
価値って、変更可能なものは、
たくさんの人が同調するものを、文化と言いますけれど、
それぞれの人が、みんなの文化と異なる内容の、
個人的な価値を、持ち合わせています。
 
変更可能な個人的な価値は、
生まれた後に作られた脳の神経細胞や化学物質の、
繋がり方やくっつき方のことを言います。
 
経験という刺激に反応して、神経細胞が樹状突起を伸ばしたり、
樹状突起の化学物質の受容体が、変形したりします。
肝臓で作られる酵素(こうそ)の量や、
血液の中の細胞がくっつく相手の化学物質なども、
さまざまな物質と遭遇する経験の内容に応じて、変化します。
 
経験的に、生まれた後に作られる価値は、変更可能ですが、
おおまかなの価値のほとんどは、生まれる前に作られて、
変更不能です。
 
価値って、神経や化学物質の、繋がり方やくっつき方のように、
こっちとあっちを結びつけて、足し算をすることなの。
定義と言います。
 
無関係なものに、因縁をつけて、時間として認識したり、
物体のような幻覚が見えて、空間として認識されたり、
特定の因縁や物体に、概念の名前という印をつけて、
特定の時間や空間の認識される工程を、一定回数だけ繰り返して、
繰り返すたびに、新しい名前をつけて、論理的に認識したりします。
 
昔から、価値や定義と言われていますけれど、
最近になり、足し算と言われるようになったのは、
アリストテレスの論理が、記号論理に再編されて、
コンピュータの電気回路が、
脳の情報処理を代行するようになったからです。
 
脳と同じ要領で、コンピュータの電気回路が判断をしてくれます。
変更不能な脳の神経や化学物質の結びつきに引き換え、
コンピュータのハードウェアやプログラムは、
何度でも遠慮なく作り変えることができます。
 
このことから、認知科学と言われる文学が、流行しました。
人間の認識の対象物として、
自然という共通のものを想定する必要はありません。
ハードウェアやプログラムの構造を変えれば、
認識の内容を、自由に変更することができます。
 
同じハードウェアやソフトウェアというプログラムを使えば、
多数のコンピュータが、どこにもない共通の内容を、
それぞれに独立して、認識することができます。
 
それぞれのコンピュータの中から、
共通の情報を抽出するだけでなく、
新しい認識の中身を、電気的に作り出すことができます。
 
プログラムが同じなら、
わたしたちの見ている事実や自然と言われる内容だけでなく、
そうでない内容を、みんなで共通して、認識することもできるの。
 
人間でしたら、みんなの文化でない内容を、
事実や自然として認識すれば、
妄想や幻覚や支離滅裂と言われますが、
コンピュータでは、単に、そういうプログラムの機能と
言われるだけです。
 
自然や事実と言われる認識の内容と、同じものが、
わたしたちの脳や体の外側にあるって、想定する必要がないのは、
ようするに、
通貨が、金や銀と交換できることを、発行者が保証しなくても、
紙っぺらの紙幣が、通貨として信頼されて、通用するのと、
同じ意味です。
 
もちろん、脳や体の外側の世界が、あっても構いませんけれど、
認識された事実や自然と、同じである可能性は、皆無に近く、
外側の世界は、一個でなく、何個でも、無数でも構いません。
 
みんなに共通の事実や自然と言われる認識の内容と、同じ世界が、
脳や体の外側に、何個でもあり得るってのは、
他人の脳の認識の内容に、他人の人数だけの種類があり、
その中の特定の一種類や、
みんなに支持された架空の一種類の内容を、
脳や体の外側の、普遍的な事実や自然のように仮定しているのと、
矛盾しません。
 
無数の神々の世界が、唯一の神さまの宗教の世界になるのと、
似ています。
物理化学の言う事実や自然って、
ユダヤ教やキリスト教などの、宗教の考え方と同じなの。
そのことを、アリストテレスは、論理と言いました。
 
     事実や自然と、違う世界があるって、
     話がややこしくなるので、
     普通は、無いか、同じである、として置きます。
     今までそうであったことは、
     これからもそうであるだろうと、確信して置く意味です。
     数学では、確率と言います。
 
     脳の生まれつきに変更不能なハードウェアが、
     時間や空間や論理と言われるように、
     たいていの人の脳が、
     だいたい同じ構造になっているのは、
     そうでない脳味噌の人を間引いて、殺したからです。
     文化が、その役割を担っています。
 
     構造って、もちろん、
     神経細胞や化学物質の、繋がり方やくっつき方です。
     時間や空間や論理などは、
     無関係なものに、関係を、捏(でっ)ち上げることなの。
     関係をつけなければ、動かないもんね。
     コミュニケーションと言います。
 
     物事に道筋をつけて、水が流れるように、
     物事が均一になれば、流れなくなります。
     価値の通りに認識されて、意志して実行します。
 
     わたしは、溶鉱炉で生まれたので、
     爆弾やロケットを作るのが大好きでした。
     宇宙船を作るためでした。
  
     人間は、鉄砲があるから、
     ライオンに食べられませんけれど、
     鉄砲の玉に乗り込めば、宇宙船と同じです。
     わたしたちは、すでに宇宙船に乗っていますから、
     鉄砲の玉から、鉄砲を発射するようなものです。
 
     うちの造船所は、10万トンのタンカーを
     作っていましたので、
     あれを空に飛ばして、宇宙に行きたいと、
     思っていました。
 
     でも、危ないと言われて、禁止されたの。
     学校の試験で、いい点数を取ると、
     ロシア人みたいに、医者になれと、言われるので、
     嫌(いや)でした。
     女は役立たずと、
     蔑(さげす)まれているようなものです。
 
     仕方なく、記号論理からコンピュータを経て、
     統合失調症から性転換になりましたけれど、
     いちばん面白かったのは、子供を作ったことです。
     こいつをロケットに乗せて、飛ばして頂戴と、
     夫に期待しましたが。
 
     性転換は、GID(性同一性障害)の人よりも、
     性転換医療を行なうお医者さんの、精神の病気を、
     治療しなければいけません。
 
     頭のイカレたお医者さんの、精神の病気の言い訳が、
     GIDの症状になったのを、ちゃんと知ってるもんね。
     自分の精神の病気の、道連れを作ったと、
     言ってもいいけど…
 
     譬(たと)えれば、
     理由もなく他人を殺して、気持ち良くなりたい、
     と思うのは、精神の病気でしょう?
     精神障害者を募り、患者さんの治療をしたけれど、
     自殺してしまったとしても、殺人罪になりません。
     自分の精神の病気が、バレずに、気持ちも良くなります。
 
     お医者さんって、それぐらいのことは、
     1秒間もあれば、具体的な手順を工夫できます。
     朝飯前なの。
     毎日、そればっかり、やっているから。
 
     新聞や放送局の報道って、あほ丸出しかも知れません。
     だって、IQ155の子が、統合失調症になり、
     知能が3才ぐらいまで下がり、支離滅裂になっても、
     警察官や御近所の人たちは、だれも気づかないもんね。
 
     3才の支離滅裂のくせに、
     ちゃんと、お医者さんは賢いぞって、
     他人に思わせる要領を、踏み外しません。
 
     認知症でも、まだらボケってのが、あるように、
     部分的に、凄く機転が効いて、要領が良く、賢いのに、
     部分的に、精神の病気まる出しって、ごく普通です。
     
     機転が効くとか、要領が良いとか、賢いとかの、
     世間一般に高く評価される価値って、
     精神の病気の症状と重なっていますから、面倒でしょう?
 
     顔や体の見てくれが、いかにも賢(か)しこそうですと、
     もっと凄いことになります。
     お医者さんでなく、学歴も中卒で、
     生まれてこのかた、ずーっと、
     6才の知能を超えたことがないのに、
     統合失調症にそっくりの妄想の出る人がいて、
     ちゃんと賢い人として、みんなに尊敬されているの。
 
     被害妄想が出ているので、ご家族の人は大変ですけれど、
     精神科のお医者さんが、ころっとイカレて、
     ご家族のほうが、精神病の疑いを持たれます。
     6才の知能だから、検査をすれば、すぐにわかるのに…
 
     三島由紀夫って人が、切腹をしましたけれど、
     自分の精神の病気の、言い訳をしました。
     これこれの理由で、この考えが正しいって、主張したの。
     その理由を、今も、真似(まね)る人が、
     たくさんいます。
 
     石原慎太郎って人が、太陽の季節という小説を書いて、
     裕ちゃんが映画に出ると、
     たくさんの人が真似をして、精神の病気になりました。
     病気の症状が、映画の真似(まね)なの。
 
     そう言えば、FtM(female to male 女→男)の人は、
     今も、裕ちゃんの映画の中の、
     湘南の青年たちの、真似をしているようなものです。
     FtMって、太陽族かしら。     
 
     裕ちゃんや三島さんや麻原って人の真似が、
     精神の病気の症状になりました。
 
     GID(性同一性障害)は、
     性転換医療を行なったお医者さんの、
     言い訳(わけ)の真似(まね)が、
     精神の病気の患者さんたちの症状になりましたので、
     GIDと名付けられました。
 
     心の性別のために、体の生殖機能をぶち壊せと、
     性転換医療を行なうお医者さんは、
     檄(げき)を飛ばしました。
     実際に、患者さんの生殖機能を摘出しましたから、
     お医者さんのほうが、精神の病気です。
 
     麻原って人に唆(そそのか)された人たちが、
     サリンを撒(ま)いたように、
     精神の病気の人たちが、心の性別を訴え、
     自分の生殖機能をぶち抜いて欲しい、と言います。
     
     何が精神の病気かって、簡単でありませんけれど、
     放って置くと、みんなに食べられてしまうのに、
     防御しようとしなくなると、
     誰かが飛んで行ってあげなければいけません。
     
     みんなに虐(いじ)められて、自殺しようとする人は、
     たいてい、防御をしなくなっています。
     
     誰にも虐められていないのに、
     自分から、進んで食べられようとする人は、
     どうなのかしら。
     GID(性同一性障害)ですけれど。
 
     統合失調症の陽性症状もそうですけれど、
     何年も前に、虐められたことのある人が、
     少なくありません。
 
     自分から進んで食べられるように、
     吹聴したお医者さんは、どうかしら。
     GIDの治癒した人たちは、
     性転換医療を行なうお医者さんを、死刑にしろと
     言います。
 
     社会って、分業で行きますから、
     病気の原因と結果も、分業で出てきます。
     
     
 
     
     
     

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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