榛(はん)の木は、これから咲(さ)きますけれど、
枝分(えだわ)かれした花枝(かし)に、
雄花(おばな)の尾状花序(びじょうかじょ)の、
ちんちんみたいな花房(はなふさ)が、
数本(すうほん)、付(つ)いています。
花枝(かし)の根本(ねもと)の、
葉(は)っぱの腋(わき)から、短(みじか)い柄(え)が出て、
その先(さき)に、クリトリスみたいに、
雌花(めばな)の花房(はなふさ)を、
小さな総状花序(そうじょうかじょ)に、付(つ)けます。
松(まつ)ぼっくりみたいなのは、
去年(きょねん)の雌花序(しかじょ)の、
球果(きゅうか)の残骸(ざんがい)。
雌雄(しゆう)いずれの花序(かじょ)も、
まだ固(かた)い蕾(つぼみ)ですが、
紫(むらさき)に色(いろ)づいています。
綻(ほころ)びる時(とき)は、
雄花序(ゆうかじょ)は黄色(きいろ)く、
雄(お)しべの先(さき)の葯(やく)が赤色(あかいろ)。
雌花序(しかじょ)は、
体の病気のせいで、
食事や排泄などの、身の回りのことが、出来なくなるのは、
よくありますけれど、
精神の病気のせいでも、
妄想や幻覚や支離滅裂になることは、さほど珍しくありません。
論理や事実や、物理化学や常識などと、
妄想や幻覚や支離滅裂は、どこが違うのかしら。
精神の健常な人が、他人の気持ちや生活などを、
これこれであると、確信している内容は、
たぶん、統合失調症の患者さんの妄想と、いい勝負です。
お医者さんが、自分の患者さんや、他人のことなどを、
これこれであると思い込んでいる内容も、さほど変わりません。
事実って、
妄想や幻覚などの一種と、言えますから、当たり前ですけれど、
自分たちは健常である、という思い込みを、変更できない人たちが、
多数派の権力を握れば、
少数派を差別虐待する理由を、考えなければ、仕方ありません。
スターリンも、そうしました。
少数派の価値観の人たちを、殺すために、
病気と言っただけかも知れません。
昔は、火箸(ひばし)の薄っぺらなやつみたいな棒を、
脳味噌に突っ込んで、
ロボトミーという手術を、やりました。
思い込みを変更できないのが、普通ですから、
多数派の人は安心して下さい。
賢いとか、美しいとかの、価値観を、
客観的な論理や事実であると、思い込み、
外科手術やお薬などを使い、脳や体の破壊を、実行します。
多数派ですから、絶対に、間違いを糾弾されません。
論理や事実って、客観的であろうがなかろうが、
価値に決っているのに…
技師やお医者さんなどの使う技術は、
未来を予想して、その通りに実現します。
苦痛を無くして、寿命を長くしますから、
確かに役に立つと、わたしたちは思います。
苦痛を無くすだけなら、麻薬でも間(ま)に合いますが、
全部の苦痛を無くせません。
苦しい寿命が延びても、役に立たないかも知れません。
超高層ビルが建ち、宇宙船が飛び、
医薬品やコンピュータが出来ましたから、
わたしたちは、間違いないと、思っています。
昔の人も、宗教は間違いないと、思っていました。
ビルや宇宙船や薬やコンピュータは、
事実であるけれど、
宗教の中身は、昔の常識にすぎないと、
技術者やお医者さんは、言います。
幼児や子供の頃に習得した文化や常識って、
一生、変えられないかも知れません。
年を取ると、懐かしくなりますから、
第二次世界大戦よりも、昔に、生まれ育った人は、
テレビで、昭和天皇を見ただけでも、涙ぐみました。
常識が変わっても、
神経の繋がり方や、化学物質のくっつき方などの内の、
生まれた後(のち)に、経験的に作られたものでしたら、
経験的に変更することが出来るかも知れません。
幼児の頃や、胎児の頃に、作られたものって、
たとえ経験的でも、作り方を知りませんので、
変更の仕方を、見つけ出せないかも知れません。
神経の繋がり方や、化学物質のくっつき方の、
ほとんどは、変更不能ですけれど、
変更できるのに、
変更不能な物事(ものごと)の上に、積み重なっているから、
変更できないのかも知れません。
現実のほとんどは、変更不能なものが、上に乗っかって来るので、
変更できた筈(はず)の、下敷きの物事(ものごと)が、
変更不能になってしまいます。
両親の職業は、変更できるはずですけれど、
生まれた子供の知的障害は、変更できません。
ほんとうは、知的障害のほうも、変更可能なのに、
文化が変わらないので、変更不能になっているだけかも知れません。
みんなの事実と言われる客観的な認識の内容が、
確かに存在する出来事のように、感じられるのは、
文化が変わらないせいかも知れません。
水が流れないので、水に浮かんだ絵の具の模様が、
しっかりとした物体に見えるのでしたら、
物体は、夢幻(ゆめまぼろし)を、
錯覚しているだけかも知れません。
炎の形って、
一瞬一瞬、変わりますので、物体には見えません。
水が流れていれば、
水面の絵の具を、物体であると
見間違うことも、なかったのに…
目で見た映像だけでなく、
耳で聞いた音や、手で触った感覚も、
夢のように協調して、嘘をつきますけれど、
みんなが同じ文化的なプログラムを使えば、
みんなが同じ夢を見ることができるように、
視覚や聴覚や触覚などを、結託させるプログラムを、
論理法則と言っているだけかも知れません。
技術者やお医者さんって、
ただの法律家と、似たようなものかもって意味ね。
法律は、
みんなの合意や、権力者の趣味などですから、
ただの価値観を、規則とします。
実際に、予言した通りになるっていう事実も、
定義した通りに、認識されるだけかも知れません。
神経や化学物質などを使い、定義しますけれど、
特定の文化的な価値観を、変更できない人が、たくさんいるように、
特定の神経の繋がり方や、化学物質のくっつき方を、
変更できない人も、たくさんいます。
昔の人が、宗教や憲法を信じたように、
今の人は、科学技術を信じています。
法曹という言葉があるように、
法律家って、お坊さんと言われた宗教家に似ています。
技術者やお医者さんも、その一種です。
みんながピラミッドを信じたように、
超高層ビルや宇宙船や医薬やコンピュータを、信じます。
間違いのない事実であると、
昔の人も、ピラミッドを指(さ)して、言いました。
宗教であろうが、科学であろうが、
何であろうが、ピラミッドや宇宙船は、事実であると、
技術者やお医者さんは、言います。
価値を定義して、法律を作るように、
価値を定義して、認識の中身を作るのに…
赤ちゃんや幼児の頃に、神経細胞が作られるだけでなく、
3才以降になっても、
樹状突起が作られたり、免疫の中身が変わったりするのに…
事実の認識って、法律を作るように、みんなと一緒に作られます。
大脳は、コミュニケーションの臓器ですから、
他人の意志によって、勝手に脳味噌の中身が作られるの。
統合失調症の人は、
自分の脳の中身が、他人に支配されると、感じます。
間違っていません。
生物って、
みんなと一緒でなければ、生きて行けないので、そうなっています。
統合失調症やGID(性同一性障害)の人たちって、
みんなと一緒のことを、拒否するでしょう?
お医者さんや法律家に、似ています。
文化って、みんなが同じ夢を見るための、
プログラムのようなものですから、
違うプログラムを使えば、
違う物事(ものごと)が見えます。
たくさんの人が、手を加えているプログラムのほうが、
自分一人だけのプログラムよりも、
気が利(き)いていることが多いのですけれど、
生まれつきの素質が、みんなと違う人には、
自分一人だけのプログラムが、必要になります。
たいていは、犯罪や気違いや戦争などと言い、
殺し合いをして、少数派を間引きますけれど、
文化的なプログラムだけでなく、
神経の繋がり方や化学物質のくっつき方のように、
変更不能なハードウェアが違うので、
間引かれる人や文化は、
やはり、犯罪や気違いや敵などと言われます。
似たような文化なら、
似たような体の素質が有利ですので、
文化によって、
変更不能な脳や体の素質というハードウェアが、
品種改良されるように選択されます。
そうでない素質の人たちが、間引かれて殺されるの。
変更可能な文化は、
変更不能な脳や体の素質に、照準を当てています。
エステティックでしょう?
顔や体の見てくれにより、人を差別虐待する人は、
変更不能な特徴を見て、
人を褒めそやしたり、間引いたり殺したりします。
変更可能な文化を、道具にしているの。
性転換医療そのものです。
自分を間引こうとするかも知れません。
論理や事実を共有する人たちは、
体や脳の変更不能な素質が、共通です。
確かに超高層ビルが建ち、宇宙船が飛び、
医薬品やコンピュータができて、みんなの役に立つと感じるのは、
みんなに共通の夢を見るために、
体や脳の、素質と文化を共有して、
みんなで、こまめに殺し合い、嫌(いや)な奴を間引いて来た、
という客観的証拠なの。
原因と結果という情報の纏(まと)め方のことを、
時間や自己同一性や責任などと言い、
物体という情報の纏め方のことを、空間と言いますけれど、
一般的に、複数の情報を括(くく)って、一つに纏めることを、
論理法則と言います。
神経が枝分かれをして、化学物質がくっつくように、
情報を纏めて行くことを、認識と言います。
意識するのと、似たような意味ですけれど、
学者さんによって、名前の付け方が違うかも知れません。
宇宙には、たくさんの違いがあり、
それぞれの違いを無くして、
一つの均一なものになろうとする方向に、変化して行く、
という考え方って、
生物は、生殖をするためにある、という考え方と、同じです。
そのように、人間は物事を認識する、という意味なの。
何もかもを、似たようなものとして、
最終的には、一つのものである、とする考え方を、
弁証法と言いますけれど、
最初にビッグバンがあった、という物理化学も、
もちろん弁証法です。
論理と事実と言うよりも、
定義と分類と言ったほうが、わかりやすいかも知れません。
論理法則と弁証法は、同じある、とするのは、
生物の世代交代を見て、論理を知り、
エネルギーという概念を導入して、
物事の変化が、物事の違いによって起こり、
違いが無くなる方向に進むと、
アリストテレスが考えたことに、由来します。
すべての違いが無くなると、爆発して、
また元のように、違いが作り出されますので、
ビッグバンや波動って、エネルギーと論理の考え方から、
自動的に導き出されます。
物理化学って、アリストテレスの弟子なの。
定義をしているだけですから、
ビルを建てたり、宇宙船やお薬を作ったり、
コンピュータを作ったりって、
数学者みたいに、暇人(ひまじん)のやること、
と言ったら、怒られます。
ピラミッドや憲法を作ることと、同じであるって、
言い替えても、やっぱり怒られます。
どうしても、体が痛くて苦しく、
科学技術が、それを緩和してくれるので、
科学の言うことは間違いない、っていう気持ちを、
宗教みたいに変更できない人たちが、たくさんいます。
痛いとか、苦しいとかっていう感情を、変更できません。
宗教的な感情とは違うと、信じているだけでなく、
そのために、他人を殺しますので、危険ですけれど、
現生人類の中では、圧倒的に多数派です。
ヘルパーや看護師さんや警察官や自衛官も、
お医者さんや法律家や政治家や、
統合失調症やGID(性同一性障害)の患者さんたちと、
同じタイプの人たちです。
権力を握る多数派ですから、
ポルポトやヒットラーやスターリンや毛沢東みたいに、
仕方ありません。
性転換って、類は友を呼ぶように集まった人たちの、
共食いなの。
権力の中枢にいなければいけない人たちが、
社会の端っこのほうに居るって、
権力争いに負けて、殺されて行く人たちです。
スターリンに負けたトロッキーは、
メキシコに亡命したのに、刺客に殺されました。
生物の種って、その特徴のゆえに、滅びるの。
体の病気と同じように、脳味噌の病気が、精神の病気でしたら、
割り切って考えられるかも知れませんけれど、
実際には、
脳味噌の病気であることを、証明できないのに、
精神の病気と言われます。
何につけても、体が弱いとか、臓器が弱いとか、
生まれつきに、足や手や目がないとか、
途中から、ルイ14世みたいに、
あほな医者に、歯を全部、抜かれたとか、
電車や機械に、足を切られたとかって、
治る見込みも、ありませんから、
そのままで、やって行くほか、ありません。
障害って、言いますけれど、
知的障害や、GID(性同一性障害)って、障害なのかしらって、
統合失調症は、精神の病気や障害なのかしらってのと、
同じくらいに、変(へん)な議論になります。
知的障害って、あほという意味ですけれど、
あほや賢(か)しこって、ただの価値ですから、
他人のことを、あほと言って笑うたびに、
笑われた人を保護してあげなければいけないのか、
それとも、他人のことをあほと言って笑ったあほのほうを、
保護してあげなければいけないのかって、悩みます。
性転換をしたいと言うGID(性同一性障害)の人を、
精神障害として、保護してあげなければいけないのか、
それとも、性転換医療を行なうお医者さんのほうを、
保護してあげなければいけないのかしら。
類は友を呼ぶとか、共食いとかって、言いますけれど、
ルイ14世の歯と、GIDの精巣や卵巣とは、
似たような運命かも知れません。
食事や排泄を、一人で出来なければ、
介護して貰(もら)うように、
妄想や幻覚が出たり、支離滅裂になったりする人は、
保護して貰(もら)わなければ、仕方ありません。
普通の人は、
体の病気の時に、頭がおかしくなりますから、
危ないことは危ないのですが、
自分の点滴の、チューブや針を、引きちぎっても、
滅多(めった)に、他人に危害を加えません。
現代文化は、
他人を攻撃するのが、健常な精神のようなものですから、
統合失調症の原因は、
他人を攻撃できない気持ちかも知れないと、
疑われるくらいです。
体の病気は、さほどでないのに、
頭のおかしくなる症状だけが、元気に出てくる人もいて、
病院を受診しないで、出歩きますので、
他人から、危害を加えられます。
信号を無視して、左折した車が、
横断中の歩行者を轢き殺したので、有罪になり、
服役したドライバーが、出所してから、
いよいよ非行が激しくなり、検査を受けると、
脳の萎縮が顕著でした。
ピック病と診断されましたので、
近いうちに、寝たきりになると、思いますけれど、
アルツハイマーよりも、脳の萎縮が速く、
御家族は、楽ちんかも知れません。
統合失調症って、アルツハイマーよりも、
ゆっくりと進行しますけれど、
知的障害でしたら、進行しません。
認知障害は、
いったん発達していた能力が、低下して行きますけれど、
その内でも、認知症は、脳の器質を見れば、
体の病気のように、
脳の病変が、精神症状の原因であると、わかります。
病気の原因や仕組みや治療法が、
はっきりとしているとは、限りませんけれど、
これだけ、損傷や萎縮があれば、
頭がおかしくなるって、納得できるの。
統合失調症でも、脳の萎縮がありますけれど、
健常な人の、脳の体積の個人差よりも、
遥かに微々たる量の萎縮ですので、
この萎縮のせいで、頭がおかしくなるとは、
同意できません。
統合失調症の、脳の萎縮って、
脳の機能を使わない精神症状のせいで、
廃用性に萎縮しただけのような気がします。
統合失調症の症状って、認知障害の上に、
妄想や幻覚や支離滅裂などの、
精神症状が跨(またが)っていますけれど、
原因となる器質的な病変を、確認できませんので、
認知障害の中の認知症とは、言えません。
妄想や幻覚や支離滅裂などの症状によって、
統合失調症が定義されていますので、
統合失調症の患者さんに、
それらの症状が出るのは、当たり前です。
統合失調症は、
いったん発達していた能力が、低下しますけれど、
どこまで、低下するかは、人それぞれですので、
途中で、進行しなくなる人も、たくさんいます。
むしろ、能力が回復したり…
知的障害って、
ある程度までしか、発達しませんけれど、
いったん発達していた能力の低下と、進行の停止が、
生まれる前にあったのかも知れません。
死刑の確定している刑事事件でしたら、
ピック病の患者さんが、再審請求をすれば良かったのに、
と思いたくなる人も、いるかも知れませんけれど、
交通事故ですから、服役を済ませて、出所してから、
いまさら、責任能力がなかったと、騒いでも、
詮(せん)ないことです。
ピック病は、統合失調症よりも、
他人に危害を加えることが、あるかも知れませんけれど、
どうせ、長くありません。
精神の病気って、
たいていは、他人から危害を加えられるほうなの。
世間の人は、弱い人を、広く虐待しますから、
精神の病気の人は、
被害者なのに、加害者に仕立てられます。
自己弁護ができません。
世間の代表が、
やくざや、警察官や、法律家や、お医者さんなどの、
いわゆる暴力装置ですけれど、
信号無視をしたピック病の人は、
法律家に虐待されたとも、言えます。
法律家って、
精神障害者から、お金を巻き上げるために、
成年後見人という制度を作ったのかも知れません。
精神障害者の人を間引くために、
GID(性同一性障害)のための特例法を作ったみたいに。
精神科のお医者さんが、
美容外科医や法律家と組むのは、
世も末のように見えます。
精神の病気も、体の病気と同じように、
身の回りのことができなければ、
介護をされなければ、仕方ありません。
健康な人って、命や体やお金や評判などに、
気を配って生きているように、
統合失調症では、物やお金を盗られたとか、
命や体を狙われているとか、悪口を言われているとかって感じの、
安全保障上の被害妄想が、よく現れます。
体の病気で言うと、
排泄や食事や着替えなどが出来なくなるのと、同じですから、
当たり前と言えば、当たり前です。
便秘になり、苦しんでいると、
今度は下痢ばっかりで、うんこが止まらなくなったりするように、
被害妄想に苦しんでいると、誇大妄想が現れたりします。
原因と結果の関係を、丁度良い所に調節できませんけれど、
どこが丁度良い所であるかっていう価値の問題でなく、
制御する能力が低下するので、調節ができなくなります。
原因と結果の関係って、時間のことですけれど、
これを調節できなくなるのを、自我障害って言います。
責任の重圧に耐えかねて、自己同一性がイカれますけれど、
アルツハイマーやピック病などの認知症ですと、
責任感を気にせずに、簡単に蹴飛ばしてしまいます。
脳の器質に、原因となる病変の現れる認知症に比べて、
統合失調症の認知障害って、すごく人間的です。
健常な人を、差別虐待すると、こうなるのでないか、
という症状ばかりが、出て来ますので、
虐待の加害者は、お医者さんや法律家などでないかと、疑われます。
GID(性同一性障害)の人が、身体の診療科に行くと、
認知症のお薬を、処方されたりします。
体の性別と違う性別を主張するのは、あほだから、
あほを治さなければいけないそうです。
脳の器質に原因となる病変が発見されない種類の認知障害に、
認知症のお薬が効くとは思えません。
賢いとか、あほとかって、人それぞれの価値にすぎませんから、
お薬を使って、治るような病気でありません。
自分と違う考え方のGIDの患者さんを、軽蔑したいために、
認知症のお薬を処方する医師のような、攻撃的な人間の虐待行為が、
統合失調症の患者さんの、認知障害の原因でないかと
思ったりします。
テレビ番組を見ていると、
大阪の精神科医が、統合失調症の患者さんに、
もっと目を開けて歩けと、言っています。
その患者さんは、目が細く小さく、
それよりも大きく開けられないように、わたしには見えました。
この精神科医って、病気を治しているのでなく、
被後見人のお金を騙し取った弁護士連合会の会長のように、
患者さんの精神病の原因でないかと、思いたくなります。
昔の医師会の会長さんが、
精神病院のことを、牧畜業と言ったようなものです。
もっと目を開けてと、医師が叱咤(しった)している場面を、
放送局が選択して放映していましたから、
ディレクターが、これは変(へん)と、思ったのかしら。
性転換医療も、それに似ているの。
お医者さんが、健常な人を、病気にしたのでないかと、疑われます。
マスコミの中には、気づいている人が、いるのかしら…
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