銀杏(いちょう)の実(み)は、外側(そとがわ)の
分厚(ぶあつ)い肉質(にくしつ)の部分(ぶぶん)と、
その中(なか)の、
一個(いっこ)の大きな種(たね)の殻(から)が、
種皮(しゅひ)の、外層(がいそう)と中層(ちゅうそう)です。
殻(から)の中に、仁(じん)がありますけれど、
仁(じん)の薄皮(うすかわ)を、
種皮(しゅひ)の内層(ないそう)と言(い)います。
銀杏(いちょう)って、裸子植物(らししょくぶつ)ですので、
種(たね)が、剥(む)き出(だ)しです。
子房(しぼう)の無(な)い花(はな)ですので、
果実(かじつ)が出来(でき)ません。
果肉(かにく)や果皮(かひ)もありませんので、
たんに、銀杏(いちょう)の実(み)と、
日常的(にちじょうてき)に、言(い)っておきます。
種皮(しゅひ)が、三層(さんそう)に分(わ)かれて、
あたかも、種子植物(しゅししょくぶつ)の果実(かじつ)の、
見(み)てくれのように、発達(はったつ)しましたけれど、
進化(しんか)や発生(はっせい)の由来(ゆらい)が、
大きく異(こと)なります。
仁(じん)の、胚乳(はいにゅう)の中に、胚(はい)があります。
胚(はい)は、子葉(しよう)に育(そだ)ちますが、
胚乳(はいにゅう)は、
成長(せいちょう)のための、栄養分(えいようぶん)です。
仁(じん)を、焼(や)いたり、蒸(む)したりして、
食(た)べますけれど、
たくさん食(た)べると、中毒(ちゅうどく)になりますので、
大人(おとな)でも、10個(こ)ぐらいが、せいぜいです。
子供(こども)は、体重比(たいじゅうひ)で、
その割(わり)の個数(こすう)が、限度(げんど)です。
果肉(かにく)に相当(そうとう)する部分(ぶぶん)を
除去(じょきょ)して、殻(から)を割(わ)り、
仁(じん)を取(と)り出(だ)す手間(てま)を思(おも)うと、
面倒臭(めんどうくさ)いので、食(た)べる気(き)がしません。
種皮外層(しゅひがいそう)って、
もの凄(すご)く臭(くさ)く、かぶれ易(やす)いの。
昔(むかし)は、生(なま)でも食(た)べましたが、
一層(いっそう)、中毒(ちゅうどく)を、
起(お)こし易(やす)いそうです。
もう、食(た)べる折(おり)も、ありません。
ひとたび、体調(たいちょう)を壊(こわ)せば、
回復(かいふく)をしないで、
そのまま、死(し)んでしまいそうな、
どうして、性転換医療を行なうお医者さんのことを、
精神の病気と言い、
事実ってのが、人それぞれの変更不能な、
神経の繋がり方や、化学物質のくっつきかたなどの、価値観や、
叩き合いや殺し合いや助け合いなどの、
意志の現れにすぎないって、言うのかと、みんなに怒られています。
ほんとは、性転換を、良いことのように言い、
頭の悪い人や、頭のイカれた人を煽(あお)り、
何が何でも、儲(もう)けようとするマスコミも、
GID(性同一性障害)の患者さんと、同じくらいに、
荒唐無稽(こうとうむけい)なのですけれど…
性転換医療を行なうお医者さんや、オウムの人や、
切腹をした三島由紀夫って人や、連合赤軍の人や、
部落解放運動をやっていた人や、
仏教やキリスト教を作った人とかって、みんな、そっくりなの。
何か、実(じつ)のあることを、しようとしたり、
みんなのためになることを、しようとしたりって、
お医者さんなので、自惚れていたり、
公務員なので、鼻が高かったりってのと、似たような気持ちなの。
ちょっとでも、自惚れていると、
やることが、阿漕(あこぎ)になるみたい。
何もしないのが、気持ち良いのなら、
何もしないほうが、良いのかも知れません。
ほとんどのお医者さんって、それだもんね。
大手の新聞社に入社できて、良かったと、思った人も、
それでしょう?
人それぞれの気持ちのレベルに応じて、
満足のできるところまで行くって、
ハリーベンジャミン Harry Benjamin って人の、
TV(トランスベスティズム , ティーブイ)や
GID(性同一性障害)の説でした。
気持ちって、一本線の序列みたいな変化をして、
変更不能であると、言うの。
性転換をしたい、という気持ちのことですけれど、
精神の病気の一つであると、考えました。
統合失調症や躁鬱病などの、狭い意味の、精神病ではない、
と言うの。
昔のロマン主義って言われる考え方も、
アリストテレスの論理学や自然学から、
物理化学や市民革命などを経て、
自由主義や共産主義などの、
近代的な社会になるって、言うふうに、
一本の、決まりきった変化の道筋を、考えました。
その道筋を、物差しにして、
それぞれの社会のレベルっていう序列を、評価するの。
これって、お医者さんになるのは、偉くて、
一流大学を出て、
公務員や大企業に就職できれば、まあまあで、
性非行に走り、犯罪や精神障害が一杯の、
水商売の社会にたむろするのは、
落ちこぼれっていう考え方と、同じです。
弁証法(べんしょうほう)みたいなもので、
物理化学だけでなく、進化論や精神分析なども、
似たようなものです。
ロマンティックなの。
アリストテレスの論理学で行くと、
神経の繋がり方や、化学物質のくっつきかたは、
分類しか出来ませんから、いくら枝分かれをしても、
当然、大きく見ると、一本の道筋になりますし、
物事の変化は、
物差しの上を、行ったり来たりするだけです。
歴史や人の心は、
行ったり来たりするのでなく、戻れないって言うの。
変化の方向が、一本調子で、
変化をしなくなったり、逆戻りをしたりすると、
生物でしたら、病気と言われます。
ハリーベンジャミンが、
GIDは精神病でない、と言った意味が、よくわかります。
満101才まで生きましたから、古い考え方でした。
ロマンティックでした。
GID(性同一性障害)は、行く所まで行く、と言うの。
どこまで行くかは、生まれつきに決まっていて、
変更不能だそうです。
こういう考え方って、
アリストテレスの残した教科書に由来していますけれど、
お医者さんの息子でしたから、
人間の体を解剖したり、生態を観察したりするのが、
好きだったのかしら。
うちのお祖父(じい)さんは変人でしたので、
お医者さんでしたけれど、
だいたい、うちの親戚は、製鉄や造船が好きでしたので、
わたしも、宇宙旅行をするために、
小学生の頃は、ロケットばっかり、作っていました。
爆発をさせると、怒られるので、
溶鉱炉の中なら、いいだろうと思い、
爆弾を放り込んでやったら、
工場を壊す気かと、怒られて、
ロケットの制作を禁止されました。
仕方ないので、コンピュータにしました。
当時はまだ、真空管の時代でしたから、
人間の体や脳味噌の仕組みの真似(まね)をするのは、
工場を作るのと、同じくらいに、馬鹿でかくなりました。
人間は複雑ですから、
単細胞やウイルスの真似(まね)から始めるのが、
順当です。
こういう考え方って、
アリストテレスと同じ手順でしょう?、
中世のイスラム諸国の、アリストテレスの信奉者は、
化学や錬金術ばっかりを、やっていました。
それが、近世のヨーロッパに伝わり、
今の物理化学になりました。
ロマシティズムと言いますけれど、
ほんとは、古代ローマ人って、
意図的に、ギリシャ文化を継承しましたから、
ヘレニズムかも知れません。
ギリシャの神話って、
エジプトやメソポタミアの、パクリばっかりですけれど…
ピラミッドの石の積み重ねや、
シュメール人のビールの作り方や、
ナイルやチグリス・ユーフラテスの、
灌漑用の農業水路の作り方や、
お金の帳簿の付け方などが、
ギリシャ神話や化学や錬金術や帆船や鉄砲やモーターや
電球や国家や教科書の作り方などと、だいたい同じです。
文化文明の考え方って、
論理と事実の関係のことですから、
論理学を残したアリストテレスが、
インドの向こう側の世界では、持て囃されました。
山や砂漠が、障壁になったのでなく、
たぶん、インドの文化が壁になり、
あっち方面の考え方が、
中国や日本などに、なかなか伝わりませんでした。
皮膚の色や、頭蓋骨の形かしら。
ヒトラーの考え方に、よく現れていますけれど、
純粋なものを抽出しようとして、
ゲルマン人っていうエステティックな概念に
辿(たど)りつきました。
インドは、ごちゃ混ぜの混血ですから、
品種改良をしたい気になりません。
島国の単一民族の日本人も、
インドの向こう側に行けませんでした。
インドの文化を見ても、数学的とは、到底、思えません。
物理化学も、ぜんぜん、見えません。
アレキサンダーの軍隊は、
インドを見て、引き返しました。
アメリカ合衆国が、インドの真似(まね)をしたのは、
インディアンが住んでいたからなの?
何度も同じことを言うと、怒られますけれど、
相手に通じていないのでしたら、
表現を変えて、説明しなければ、仕方ありません。
哺乳類の意識の内容の中でも、事実って言われるものは、
たんに、こっちとあっちや、これとあれなどの、二つのことを、
神経や化学物質のように、一つにくっつけるだけでなく、
二つの共通点を見つけて、同じ印をつけておきます。
一つに結びつけた神経や、一つに化合された化学物質として、
認識される意味ですけれど、
一つの物体として、空間的に認識されたり、
一つの原因と結果の関係として、時間的に認識されたりします。
論理学では、概念を作るとか、定義をするとかと、言いますけれど、
神経や化学物質は、
変化のわけを、エステティックに認識します。
日常的には、事実を知る、と言いますけれど、
世間は、物事(ものごと)のわけの、そのまたわけを、
知ろうとしません。
きりがないって、最初から、わかりきっているもんね。
事実って、目で見て、手で触って、耳で聞いて知るように、
そのような共通点の纏めかたにより、物事(ものごと)を知ります。
先々まで、纏めて行けば、
運命って感じの、頂点に行き着くのに、決っています。
共通点の纏め方は、ようするに分類ですから、
事実は、分類の結果が、知覚として、認識されています。
どのように分類するかって、
神経の繋がり方や、化学物質のくっつき方の通りですけれど、
脳の神経細胞の、樹状突起の枝分かれの一部や、
化学物質の量などは、変更が可能です。
変更不能な繋がり方や、くっつきかたは、
文化的に自然淘汰されますので、
みんなの文化が要求する個体でなければ、たいていは、殺されます。
多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)ですから、仕方ありません。
実際には、病気になったり、犯罪に走ったりして、死にますけれど、
統合失調症の患者さんが、殺されるって、訴えるのも、
端的に表現しているだけでして、間違っていません。
被害妄想は、事実でありませんけれど、
みんなと一緒や、みんなと一緒の価値観でなければ、
差別虐待されるのは、事実です。
二つのことを、一つに纏めるって、
数学やコンピュータでは、足し算と言いますけれど、
人間の脳味噌は、神経や化学物質を使い、
物事(ものごと)を認識しますから、
二つのことの共通点でなければ、
何事(なにごと)も、認識できません。
一回限りの出来事や、変化のない出来事や、
自分一人だけの出来事って、認識されないと思うの。
事実として、捕捉されないだけでなく、
たぶん、自分自身や感情としても、
意識されませんけれど、
御本人は、自分って、自分一人だけと、思っています。
自我は、個体という空間的な単位の、
意識の内容の、時間的な変化のことでしょう?
自己同一性ってやつですけれど、
やっぱり、変化の共通項でしかありませんから、
一回限りの、変化のない、自分だけの出来事って、
無意識の自動機械のことでしかない、と思うのですが…
意識として、認識されませんから、
昔の人の言う実存主義って、
カミュの異邦人みたいに、よくわかりませんでした。
二つのことの共通項って、何度も繰り返せば、
みんなと一緒と、同じになりますけれど、
共通項を抽出しておきながら、
抽出されたものを、
普遍的な事実や自然であると、認識するのは、
トートロジー tautology って言います。
生物の種(しゅ)は、その種の特徴のゆえに滅びる、
と言えば、トートロジーです。
トートって、同じ、という意味のギリシャ語ですけれど、
赤い花は、赤い、と言うふうに、
同じ言葉を使って、説明をするだけでなく、
意味が同じであれば、トートロジーですから、
辞書の見出し語と、記事の内容は、トートロジーです。
それでしたら、定義は、すべてトートロジーですから、
神経が、こっちとあっちを繋ぎ、
化学物質がくっつくのも、同じ意味です。
異なるリズムで拍動している心筋細胞がくっつくと、
同じリズムで拍動するように、
電気回路やコンピュータに、電気が流れて、
均一になろうとする機能は、
すべてトートロジーですから、
脳や体の機能だけでなく、世界の認識や存在は、
トートロジーにすぎないことを、
古代ギリシャの人たちは、さまざまに表現しました。
自然のあり方と、
人間の個体の心の中身や、社会のあり方とは、
一致するって意味ですけれど、
事実の認識や、意志の実行や、
言語や感情による社会生活などによって、
均一になります。
コミュニケーションって、トートロジーなの。
異なるものが、くっついて、
同じ一つのものになります。
くっついて、足し合わされるのと、
共通のものだけが認識されて、
一回きりのものが認識されないのとは、同じ意味です。
変化って、それでしょう?
認識されたり、認識されなくなったりします。
波動なの。
すごく痛く、苦しいのが続くと、あほになります。
あほが続くと、何も感じなくなりますので、
お年寄りは、病気になっても、幸せに死にます。
人間らしい賢(か)しこさって、
哺乳類に共通の感情の、下請けをしていますから、
水が高い所から、低い所へ流れて、
高さの違いがなくなるように、
感情がなくなれば、均一になり、幸せになります。
実際には、みんなに共通でなくても、
多数の人に共通であれば、
残りの人を殺しますから、進化論の自然淘汰と同じです。
品種改良ですけれど、論理的には、定義です。
これこれならば、それであると、規定するだけですから、
法律のように、荒唐無稽です。
どうしてなのって、尋ねても、
これこれならば、それであるって、
レッテル貼りしか、教えてくれません。
二つのことを、一つにくっつけただけですから、
どうして、これとそれを、くっつけるのかって、
絶対に、埒(らち)が明(あ)きません。
水が、高いほうから低いほうへ、流れて、
一つになろうとする理由を、
アリストテレスは、
エネルギーや目的などと、言いました。
生物の生殖本能も、それと同じです。
こっちとあっちが繋がり、
その人の神経が、変更不能になっているだけです。
細胞の表面が、
特定の化学物質と、くっつくようになっていて、
その組み合わせが、変更不能なの。
溝(みぞ)を掘り、水を流したようなものですから、
溝を変更できなければ、水の枯れる時が、死ぬ時です。
みんなで殺し合いと助け合いをして、
自然淘汰をされて、品種改良をされます。
人数が多ければ、
その神経や化学物質の、くっつきかたが、
ヒトラーやスターリンやポルポトみたいに、
強くなります。
人殺しに、理由なんか、ありません。
ボスニア・ヘルツェゴビナの戦争の時に、
虐殺の一部始終を、ビデオに撮られた人がいて、
後(のち)の裁判では、
被告人が、どうして虐殺をしてしまったのかって、
泣き崩れていました。
そんなもん、戦争なのに、
敵を殺さなければ、味方に殺されます。
そうでなくても、命を助けてあげた敵に、
仕返しをされて、殺されるって、普通ですから、
敵の兵士や民間人を、ちゃんと殺して置くのは、
昔からの戦争の仕来(しきた)りです。
絶対に、埒(らち)が明(あ)かないから、
お医者さんは、性転換医療を行ない、
ちゃんと、GIDの患者さんを、間引いています。
しっかりと間引いて置かないと、あほの子孫が増えて、
自分の子供という健常者が苦しみます。
民族浄化も、性転換医療も、似たようなものなの。
お医者さんの子供が、障害者でしたら、どうしよう?
神戸の酒鬼薔薇君は、
お医者さんの息子の、知的障害の小学生の首を
切り取りました。
自惚(うぬぼ)れているお医者さんや、
性転換医療を行なうお医者さんは、幸せです。
GID(性同一性障害)の治癒した人たちは、
性転換医療を行なうお医者さんを、死刑にしろ、
と言います。
わたしは、殺し合いよりも、
戦争をやめたほうが良いと、思うけど…
性転換医療という精神障害者を間引く医療を、
やめるほうが良いのに、やめません。
三島由紀夫って人や、オウムの信者さんのように、
頭がイカれているって、周囲の人に、わかっていても、
強制的に、どうこう出来る症状でありませんから、
どうしようもありません。
頭のイカれている人を、予防的に拘禁するって、
できないの。
性転換をしないほうが、体を壊さない分(ぶん)だけ、
確実に、良い結果になるのに、
GID(性同一性障害)の患者さんって、
今を凌(しの)がなければ、明日がないかのように、
必死で訴えます。
カミングアウトをすると、性転換をするところまで、
周囲の人に追い詰められるって、わかり切っているのに…
たいへんな代償を支払い、性転換をして、
切り抜けようとします。
御本人は、
性転換をしなければ、死ぬ、と訴えますけれど、
放置をされると、外国へ行き、手術を受けるだけです。
たまにしか、自殺をしませんから、大丈夫です。
放置されて、いま、本人が苦しんだほうが、寿命が長く、
性転換をして、いま、本人が気持ち良くなったほうが、
寿命が短いのは、歴然としています。
QOL(quality of life,生活の質)の問題と
言いますけれど、
性転換をして、体を壊して、そのつけが回って来て、
苦しみながら、体の病気のせいで死ぬ人って、
たくさんいます。
短くても気持ちの良い寿命って、
GID(性同一性障害)では確認できません。
性転換医療にQOLを持ち出すのは、嘘です。
死ぬ間際(まぎわ)でないのに、
麻薬の快楽に浸って、いい結果になるって、
確認できないのと、同じです。
性転換医療を行なうお医者さんや、
それを支援する学者さんなどの、
精神の病気を見極めて、どうするかって、
対策を立てることが、大切です。
GIDのための特例法という法律を作った国会議員や、
性転換を美化するマスコミなどは、
何も知らんあほでなければ、
お金が欲しいだけかも知れません。
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