ひつじ田(だ)ですけれど、
秋(あき)の収穫後(しゅうかくご)の、
稲(いね)の切(き)り株(かぶ)から、
再(ふたた)び伸(の)びる茎(くき)や葉(は)や穂(ほ)を、
稲孫(ひつじ)と言います。
穂(ほ)が出(で)ますと、現代(げんだい)では、
二番穂(にばんほ)と言(い)う人が、多いかも知れません。
収穫(しゅうかく)ができるほどには、実(みの)りませんので、
土(つき)に鋤(す)き込(こ)まれなければ、
鷺(さぎ)や鴫(しぎ)が、啄(ついば)むだけです。
稲(いね)だけでなく、一般的(いっぱんてき)に、
ひ孫(まご)の「ひ」や、ひ弱(よわ)の「ひ」や、
日の「ひ」や、干(ひ)からびた「ひ」や、
ひいふうみいと数(かぞ)える「ひ」などが、
昔(むかし)ながらの、日本語の「ひ」の意味(いみ)です。
一音節(いちおんせつ)だけでは、
他(た)の言葉(ことば)と混同(こんどう)されますので、
「ひ」の字(じ)の意味(いみ)の、
「ひつじ」と表現(ひょうげん)したのでないかと、
わたしは、勝手に想像します。
「ひ」の字とは、「ひ」のつく言葉(ことば)の意味です。
「ひ文字」ね。
「ひ文字」って、ひもじい、の意味(いみ)でしょう?
江戸時代には、ひつじ生(ば)え、と言えば、
生(は)え方が少ない、という意味でして、
頭髪(とうはつ)や眉毛(まゆげ)などに、使われました。
蘖(ひこばえ)の「ひ」も、ひ孫(まご)の「ひ」と、同じですが、
子供(こども)の「こ」を付け加(くわ)えて、
孫(まご)や子(こ)などの、
小さな子孫(しそん)を表(あらわ)しています。
ひつじ生(ば)えと、蘖(ひこばえ)は、
ほとんど同じ意味(いみ)になります。
十二支(じゅうにし)の未(ひつじ)は、
時間(じかん)や方位(ほうい)を、表(あらわ)しますが、
ひつじ生(ば)えの、ひつじとの関係(かんけい)を、
わたしは、想像(そうぞう)できません。
すみません。
ひつじ田(だ)や、ひつじ生(ば)えの、ひつじは、
意味(いみ)を汲(く)まれて、
稲孫(ひつじ)と、表記(ひょうき)されます。
稲(いね)の孫(まご)ね。
鎌倉時代(かまくらじだい)には、
乾土(ひつち)や干土(ひつち)と、当(あ)てられたそうです。
干(ひ)からびるのは、水(みず)が少(すく)なく、
一般的(いっぱんてき)な日本語(にほんご)の、
「ひ」の意味(いみ)に、違(たが)いません。
一文字(いちもじ)の漢字(かんじ)ですと、
禾偏(のぎへん)に、魯(ろ)と、書(か)きます。
やぐらの櫓(ろ)を、
禾偏(のぎへん)に置(お)き換(か)えた漢字(かんじ)です。
意味(いみ)は、ひつじですから、
馬鹿(ばか)にされているような気もします。
国字なのかしら。
鶉(うづら)伏(ふ)す
刈田(かりた)のひつじ
おひ出(い)でて
ほのかに照(て)らす
三日月(みかづき)の影(かげ)
西行 山家集 中
刈(か)れる田(た)に
生(お)ふる穭(ひつじ)の
穂(ほ)出(い)でぬは
世(よ)を今更(いまさら)に
秋(あき)はてぬとか
古今集 巻五 秋歌下 題知らず 308
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