秋に見えません。
暑(あつ)くて、嫌(いや)になっちゃう。
子供の頃に、寒い冬は、経験していますけれど、
暑い夏は、アフガニスタンやスーダンやナイジェリアしか、
経験がありません。
解離性障害という精神障害がありますけれど、
自分の心を、一つに纏(まと)められずに、
幾つもの異なる自分があるかのように感じられ、
その一つを、本当の自分である、と思おうとしても、
何か自分でないような、他人のような、機械のような、
しっくりと行かない感覚に、首を傾げます。
自分の心を、一つに纏(まと)めるって、
健常な人でも、自分の意見や気持ちを纏める時に、往生することが、
よくあります。
あれもしたい、これもしたい、
いくつもの意見や気持ちを、整理するって、
簡単でありませんけれど、
喧嘩をした時や、虐(いじ)められた時などは、
一つの自分に纏(まと)めたいと思いません。
くそったれです。
人間には、夢を見ている自分、というのもあり、
夢だから、本当の自分でないとして、
簡単に殺されたのでは、困ります。
夢を見ている自分も、やっぱり、大切な自分です。
昔の自分というのもあり、去年の自分は、今年の自分と違うので、
去年の自分の責任をとらない、と言うと、怒られます。
赤ちゃんの時の自分なんか、
責任をとれと言われても、時効ですけれど、
仏教を信じている人ですと、
前世の因縁(いんねん)や、未生怨(みしょうおん)などと、
言い出すかも知れません。
わたしは、体が痛く苦しい時に、死にかけのように、
のたうち回って、呻(うめ)いている自分を、
本当の自分であると、絶対に思いたくありません。
こいつは、悪い夢のように、
偽者(にせもの)の自分でなければいけません。
他人とのコミュニケーションによって、入れ知恵された自分って、
ほんとうの自分なのかしら。
人間の個体は、文化的でなければ生きて行けませんから、
赤ちゃんの心は、他人に入れ知恵をされなければ、
他の動物よりも、格段にあほであり、
けっして、人間らしい心に発達しません。
自分の心を一つに纏(まと)めるって、
なんとなく手品のような、綱渡りのような、
文学にすぎないのかも知れませんけれど、
精神医学では、自分の心を一つに纏められないせいで、
自分や他人が苦しんだり、生活に支障をきたしたりすると、
解離性障害って、言われるかも知れません。
自我障害の一種とされて、統合失調症や拒食症などの、
脳の器質に、原因となる病変の発見されない種類の、精神の病気の、
代表的な症状です。
自我や事実や感情や論理などの、意識の内容を、一つのものとして、
一元的に整理整頓できないのは、
もしかしたら、人間として普通なのかも知れません。
自我の中身(なかみ)だけでなく、事実の中身や、論理の中身を、
それぞれに一つに纏めるだけでも、大変なのに、
自我と事実と感情と論理が、一致するように生きるって、
夢のまた夢のような気がしないでもありません。
適当にチョロマカシて、嘘をつかなければ、仕方ありませんけれど、
だいたい、精神の病気の人って、嘘をつくのが、下手くそで…
せめて、精神科医ぐらいに、上手くなってくれれば、
なんとか、最低線のあたりを、ウロチョロできるのですが。
離人症や、解離性健忘や、解離性同一性障害なども、
解離性障害の仲間ですけれど、
本当の自分はこれこれであり、今の自分は本当でない、
と言う人って、大昔から、たくさんいました。
本当の自分は、ロシア皇女アナスタシアであるとか、
熊沢天皇や天一坊など、世間を騒がせた事件だけでも、
星の数ほどありますけれど、
宗教の教祖って、自分は誰々の生まれ変わりと、吹聴するのが、
昔からの仕来(しかた)りですし、
魔女として火炙(ひあぶ)りにされた女性は、
たいてい、解離性障害の症状に酷似していました。
火炙りになっても、
本当の自分はこれこれであると、確信しているって、
GID(性同一性障害)と同じですけれど、
別に珍しくありません。
自分の心を一つに纏(まと)める機能が、
脳の器質に対応しているとは、到底、思えませんので、
さまざまな自分が彷徨(さまよ)い歩くのも、当然です。
まるで胆石や腎石や耳石(じせき)などが、
どこかに嵌まり込んで、はずれなくなったように、
自分が、別の何者かであると、確信して変更できなくなるのは、
なんとなく、便所壺(べんじょつぼ)を掘(ほ)るように、
自分の心の中に、自分で落とし穴を掘ったのでないかと、
疑いたくなります。
だって、自分が自分でないような解離性障害の気持ちって、
ふわふわして、落ち着かないって言うか、
自分らしくないのが、気色悪いかも知れません。
きっと、自分で穴を掘りますよ。
自分で自分を、陥(おとしい)れるみたいに、
自作自演っていうか、
思い通りの落とし所に、わざと嵌(はま)め込むためですけれど。
戦争中は、蛸壺(たこつぼ)と言いました。
GID(性同一性障害)の、心の性別ね。
解離性障害って、昔、ヒステリーと言われた病気の、
主たる症状を、部分的に切り取って、
現代風の病名に仕立てたものですけれど、
解離性障害の中には、
解離性転換性障害というのもありまして、
ヒステリーの骨格が、ほぼ揃っているのかも知れません。
解離って言われる精神症状と、
転換って言われる精神症状が、
昔のヒステリーの、主な特徴なの。
そのほかに、性的に淫乱な症状が出るとか、
顔や体のエステティックな見てくれにこだわるとか、
嘘を平気でついておきながら、証拠がないとなれば、
嘘をついた経緯(いきさつ)を、
まるごと、ほんとうに忘れてしまうとか、
あるいは、もっと巧妙に、
偽(にせ)の記憶に、置き換えてしまうとかね。
ほんとうに体が痛く苦しくなるけれど、
嫌(いや)なことを回避すると、
一発で苦痛がなくなるってのもあります。
なんとなく、精神障害の文学的解釈の、
総ざらえみたいな感じですけれど。
精神障害を、脳の器質的な病気でなく、
文学的に解釈することが、
近代的な精神医学の始まりになりましたから、
ヒステリーっていう解釈の仕方が、
精神医学の基礎と言っても、構いません。
現在では、ヒステリーって言葉の意味が、
日常語の意味と、大きく懸け離れているので、
誤解を避けるために、
患者さんに対して、お医者さんは、
ヒステリーの語を、使いません。
身体の診療科の医師の間では、
普通に使っていますけれど…
精神分析に、精神障害をヒステリーと見る考え方が、
よく保存されていますけれど、
日本の健康保険制度では、
精神分析って、お金になりませんので、
ヒステリーを見る医療って、
事実上、廃(すた)れた、と言っても、構いません。
転換性障害の意味って、心身症も、そうなの。
嫌(いや)なことがあれば、
体が、ほんとうに痛く苦しくなりますから、
心療内科が、そもそも、ヒステリーを見る診療科です。
でも、精神分析のように、解説してくれないでしょう?
患者さんの琴線(きんせん)に触れると、
受診してくれなくなるものね。
我が儘(まま)な神さまを、
おだてて労(ねぎら)うように、
飴玉をしゃぶってもらうのが、一番なの。
気持ちが良ければ、また来てくれるから、
商売になります。
原因になる嫌(いや)なことや、苦しいことを、
避けたり、誤魔化したり、紛らわせたりするために、
別の心や体のトラブルを、わざと起こすのを、
一般的に転換と言います。
陽動作戦とか、煙幕を張って逃げるとか、
囮(おとり)を使うとか、カムフラージュをするとか、
その種(しゅ)の手口ですけれど、
ご本人が、自覚していないことが、よくあります。
最初から無意識に行われたり、
最初は、わざと意識的にやったくせに、
あとで、奇麗さっぱりと忘れたり、
嘘の記憶に置き換えて、涼しい顔をしているとかね。
原因不明の能力の不足や、苦しさって、
人に信じてもらえないでしょう?
頭の悪いのも、ほとんどが原因不明ですけれど、
頭が痛いのも、一度や二度なら、許してもらえても、
度(たび)重なると、仕事を免除してもらえませんから、
狡(ずる)いとか、ダメ人間とか、怠け者とかって、
言われるだけでしょう?
原因不明で頭が痛くなったり、
原因が推測できても、治らなかったりって、
どうにもなりませんから、
頭が痛いと訴えても、訝(いぶか)られて、疑われて、
信じてもらえずに、
よけいに差別されて、虐待されるだけでしょう?
頭の痛い時に、仕事をしろと言われても、無理ですから、
何か別のことをしでかして、
とにかく、仕事を回避できるように、
凌(しの)がなければいけません。
そういう無意識や、あるいは意識的な症状の出し方を、
転換と言います。
解離や転換って、ヒステリーっていう昔の病気の、
代表的な解釈の一つね。
GID(性同一性障害)って、
典型的なヒステリーなんですけれど、
統合失調症が、その代表的な病気かしら。
脳の器質を探しても、原因となる病変が見つかりません。
体の診療科の医師が、今でも、ヒステリーって言葉を、
よく使っている意味です。
体を調べても、お医者さんが振り回されるだけですから。
だって、ヒステリーに乗せられると、
商売が上がったりだもん。
患者のヒステリーに乗(じょう)じて、検査漬けにして、
阿漕(あこぎ)に稼ぐ手もありますけれど、
設備や検査技師が揃っていなければ、無理ですし、
精神障害者のお相手をするのは、
なんとなく、精神科医の二の舞になるみたいで、
嫌(いや)でしょう?
やっぱり、内科や外科は、体の病気を取り扱って、
本物の病人を、いい鴨(かも)にしたいもんね。
ヒステリーを検査漬けにして、
精神障害者から、名医と言われても、
悪徳医師みたいで、あまりうれしくありません。
美容外科医になるのなら、精神科医にもなれますけれど。
GID(性同一性障害)の患者さんは、
体が痛い、苦しいってのと、心が精神的に苦しいのとの、
区別がつかなくなります。
だんだんと症状が悪化するってことね。
GIDって、初期症状にすぎません。
心の性別と、体の性別が違うから、苦しいと、患者さんは言います。
心が苦しいのは、精神障害ですって言うと、怒られます。
体の性別が違うから、心が苦しいんです、と患者さんは言います。
精神科に来ますけれど、心を治して欲しいのでなく、
体を治して下さい、と来ます。
体は健康で、ピンピンしているのに…
紛らわしいのは、
性分化疾患の人が、GID(性同一性障害)になり易いことなの。
わたしが性転換医療に関わったのは、これですけれど、
性分化疾患って、体の病気のせいで、
性器の見てくれが、男女識別困難です。
たいていは、赤ちゃんの時に、
親や医師が、人為的に男女を決めてしまいますので、
それに従い、戸籍の性別も、
本人以外の意志により、決まリます。
普通の赤ちゃんの性別も、本人の希望通りには決まりませんけれど、
自然にそうなっているのなら、誰も文句を言いません。
放射能みたいなものね。
自然の放射能よりも、はるかに少ない量の放射能でも、
人為的に出されたものですと、人殺しのように罵られます。
自然のままですと、落石ばっかりの斜面でも、
人は、石ころに注意しながら、歩きます。
石ころに当たれば、自分の不注意を嘆きますけれど、
自然や神さまを怨む人は、あまりいません。
他人を怨む人なんか、滅多(めった)にいません。
でも、人が、斜面の下に道を作ると、
斜面の石ころをコンクリートで固めて、
落石も、うんと少なくなったのに、
通行人が、石ころに当たると、
道を作った人や、管理をしている人が、人殺しと罵られます。
落石の量は、自然の状態よりも、
1/1000ぐらいに、少なくなったのに、それでも、怒られます。
放射能も、そうでしょう?
自然の量よりも、うんと少なくても、
人為的に出される放射能は、厳しく規制されます。
個人の性別も、自然の状態では、本人の意志によりません。
精子や卵子や胎児に、本人の意志なんか、あるわけがないもんね。
それでも、性分化疾患の人の性別を、人為的に決めると、
ものすごく、恨(うら)まれるかも知れません。
だいたい、男の性器って、作りにくいの。
女の性器なんか、なにもありませんから、簡単に作れます。
性器の見てくれが、男女のいずれとも識別できなければ、
女の戸籍にするのが、普通です。
そればかりか、お腹の中に精巣があり、卵巣がなくても、
性器の見てくれが、男女識別困難でしたら、
わざわざ精巣を摘出した上で、奇形のちんちんを除去して、
女にしてしまうかも知れません。
それくらいに、男の性器の見てくれって、作りにくかったの。
手術をした通りに、体が上手く行けば良いのですけれど、
性器の見てくれを変形しても、
性分化疾患の原因の、さまざまな体の病気が、
治るわけでありません。
体の病気の治療を行なえば、性器の手術の事情も、
子供の知るところとなります。
性別を、親や医師が勝手に決めたと、子供にバレてしまいます。
ただでさえも、体の性別が、男女不分明でしたら、
誰でも、悩むのが当たり前です。
ましてや、無理やりに、形成手術を受けさせられて、
人為的に決められた戸籍の性別が、
結果として、社会的に上手く行かなかった、となれば、
親や医師は、鬼や悪魔みたいに、怨まれます。
本人の意志は、どうするんじゃ。
だいたい、社会が男女の中間を許容しないのは、間違っとる。
そのせいで、勝手に手術を受けさせられて、
精神的に上手く行かないのは、どうしてくれるんじゃ、
という怨(うら)めしい気持ちになります。
思えば思うほど、怒り心頭、怒髪天を衝(つ)くって感じ。
性分化疾患なら、
本人の望む性器や性腺の手術を自由にして、
思い通りに、戸籍の性別を変更できる、とするなら、
良さそうですけれど、
はっきりと男女の識別可能な性腺でも、
尿道下裂や、矮小な性器や、停留睾丸などの
奇形があれば、
そのせいで、生活が上手く行かないって、
本人は確信します。
性転換手術や、戸籍の性別の変更は、自由である、
と言い出すと、
GID(性同一性障害)と区別がつきません。
性器の形なんか、
顔や体のエステティックな見てくれと同じですけれど、
そのせいで、生殖活動が、みんなと一緒のようにできず、
孤立して、疎外されて、ストレスの多い精神状態になり、
自我障害をきたしやすくなりますから、
GIDとさほど変わりません。
今は、性分化疾患の人の、いわゆる性転換の希望も、
そうでない人の性転換と同じように、
GID(性同一性障害)として、
一纏(ひとまと)めにされています。
そうでなければ、性分化疾患用の、
戸籍の性別に関する法律が必要になりますので、
一緒くたに、性同一性障害としておくと、便利です。
どこまでを、性分化疾患とするかって、
性器のエステティックな見てくれを、
規定するしかないもんね。
わたしの前任者の医師が、性分化疾患の治療だけでなく、
今で言うGID(性同一性障害)の性転換を
行なっていました。
当初は、体の見てくれが、異性に近いために、
差別虐待されていた人がほとんどでした。
でも、当初から、
GIDの人たちの性的パートナーになる人には、
脳の器質に、原因となる病変の発見されない種類の、
精神の病気の人が多く、
とりわけ、うつ病の人が、少なくありませんでした。
抗鬱薬によって、うつ病が治る、と知れて来ると、
お薬で治る人は、GIDに近づかなくなりました。
TV(トランスベスティズム , ティーブイ)や
TG(トランスジェンダー , ティージー)
と自称する人たちの間に、
性ホルモン剤が普及すると、
異性装をすれば、よく似合うと言われた人たちが、
それが自慢で、性転換を望むようになりました。
昔は、同性の着衣でいるにもかかわらず、
異性に似ている人たちが、
差別虐待をされるので、性転換を望みましたが、
今は、わざと異性装をして、身振り言葉つきを演技して、
みんなに、似合うと言われて、褒められる人たちが、
性転換を望みます。
内緒で性ホルモン剤を服用しているのが、普通です。
服用をしていても、服用していないと、仲間に言います。
そのほうが、仲間の評価が高いの。
見てくれの素質が、異性に似ているのほうが、
鼻が高いの。
この人たちは、自分たちのことを、
性分化疾患のように偽ります。
性分化疾患の人たちが悩むのは、
心の性別が、体の性別と違っているからと、
この人たちは言います。
自分たちも、それである、と言うのですけれど、
典型的なヒステリーです。
1970年代後半に、
TV(トランスベスティズム , ティーブイ)や
TG(トランスジェンダー , ティージー)の人たちに、
性分化疾患のことを、
半陰陽やIS(インターセックス)として教えたのは、
わたしの前任の医師でしたけれど、
数年後には、早くも後悔していました。
TVやTGの人たちは、
自分たちの心を、性分化疾患のように偽りましたので、
性分化疾患の人と、そうでないGIDの人との間で、
すぐに、殺し合いの喧嘩になりました。
性的パートナーの、
やくざや右翼などが出てきましたので、
前任の医師は、カリフォルニアに逃げて、
そのまま、帰国することなく、亡くなりました。
性分化疾患の人の悩みって、
体の病気と、世間の差別から来ることなの。
性分化疾患でない種類の、
GID(性同一性障害)の人たちの悩みは、
昔でしたら、異性に似ている顔や体の見てくれにより、
世間から差別虐待されている事実でしたけれど、
今は、異性装や性ホルモン剤などにより、
わざと異性に似ているように演技をして、
心が異性であると、嘘をつきます。
嘘をつくために、性分化疾患を利用していますけれど、
性分化疾患の人は、
必ずしもヒステリーでありませんから、
次第に、ヒステリーに多い嘘八百を、
毛嫌(けぎら)いするようになりました。
性分化疾患のほとんどの人は、
心の性別のような、解離した精神症状を、
訴えていません。
現実の体の事情と、
戸籍の性別や、男女の文化的な事情などとが、違うので、
心が悩ましくなり、苦しみます。
性分化疾患の人たちは、
社会が、男女の性別の中間を許容しないのなら、
次善の策として、
事務的な性別や、エステティックな体の見てくれなどを、
男女のいずれにするかを、自分の心に正直に決めたい、
と考えています。
生れつきの心の性別など、誰も感じません。
自然な体と心の性別が、不一致であるなどとは、
誰にもわかりません。
お腹の中に、精巣があり、卵巣がないのに、
精巣を摘出して、不分明な性器の見てくれを、
無理やりに女性的に変形すれば、
後に、女性的な文化に適応できなくなるのは、
当たり前です。
性腺の通りにしておけば良いのに、
エステティックな理由から、
性器の外観を手術したので、間違いが起こっただけです。
GID(性同一性障害)のように、性腺を摘出してまで、
性器の外観を手術して、性腺の性と反対の
エステティックな見てくれにするのが良い、とは、
誰も言っていません。
性腺の性別に反対の、心の性別があるなどと、
誰も言っていません。
胎児や幼児の頃に、
性ホルモンが脳の神経細胞の発達を促せば、
後に変更困難になるのは、当たり前です。
別に、性腺と異なる性別の心があるなどと、
性分化疾患のほとんどの人は、信じていません。
男女の性腺の両方が、有効に機能している場合や、
両方とも無効である場合などに、
男女いずれの心になるかを、
理屈っぽく考える必要はありません。
ご本人がいずれを選ぼうとも、
そのような、先天的な心の性別がある、という証明に
ならないからです。
それを信じているのは、性分化疾患でない種類の、
しかも、
異性に見えるので得意になって性転換を望む種類の、
GID(性同一性障害)の人たちです。
性転換をしてまで、
異性に似ていることを褒められて自惚れたい気持ちは、
昔からあるヒステリーの
解離性障害や転換性障害と同じです。
その原因は、よくわかりませんけれど、
GIDの予後を見れば、
認知障害も関係しているかも知れません。
異性に似せようとしないのに、異性に似ているために、
差別虐待をされて、
異性になりたくないのに、性転換をしたいと望む人たちと、
わざと異性に似せようとして、
服装や仕草や言葉遣いの演技をして、ホルモン剤を使い、
褒められるのが自慢で、性転換をしたくてたまらない人たちとを、
一緒くたにするのは、変(へん)ですけれど、
エステティックな見てくれを、仕訳するのは、大変困難です。
今は、性分化疾患でない種類のGID(性同一性障害)について、
一律に性転換をすべきでないと、わたしは考えています。
エステティックな見てくれによって、人を差別する世間が悪い。
この社会の偏見を、美容外科のように助長してはいけません。
生れつきの変更困難な見てくれによって、
エステティックに人を差別虐待する医療であってはいけません。
美容外科の褌(ふんどし)を担いで暮らしている精神科医は、
情けない。
ヒステリーを治すのが、筋(すじ)です。
治せないのなら、放置するほうがよろしい。
そのほうが、結果が良いと、はっきりしています。
性分化疾患でない種類のGID(性同一性障害)は、
性転換をしないほうが、少なくとも体の予後が、桁違いに良い。
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