しらすを獲(と)る漁師さんが、自分で釜茹(かまゆ)でにして、
ちりめんじゃこを販売しています。
しらすは、片口鰯(かたくちいわし)の稚魚(ちぎょ)ですけれど、
もうすぐ、鰯(いわし)も、獲(と)れなくなるかも知れません。
昔は、鰊(にしん)が、そうでした。
煮(に)て、搾(しぼ)って、
鰊油(にしんあぶら)を採(と)った後(あと)の、
粕(かす)を砕(くだ)いて、
積(つ)み上げて醗酵(はっこう)させたものを、
幕末から肥料にしていました。
獲(と)りすぎたので、個体数が減(へ)り、
産卵のために、春に、日本沿岸まで南下する鰊(にしん)が、
根絶(ねだ)やしになりました。
鰊(にしん)って、生まれた浅瀬(あさせ)に帰(かえ)り、
海藻(かいそう)の葉(は)っぱや茎(くき)に、
卵(たまご)を産み付けます。
北海道西岸や東北地方西岸の、
海岸近くの藻場(もば)に帰(かえ)って来た鰊(にしん)を、
乱獲(らんかく)しましたから、
日本まで南下する鰊(にしん)がいなくなったのは、当然です。
第二次世界大戦後に、急速に獲(と)れなくなり、
お正月の数(かず)の子の値段が、
暴騰(ぼうとう)したこともありました。
江戸時代の鰊(にしん)は、
北海道の網元(あみもと)で加工されたものを、
北前船(きたまえぶね)が大阪に運(はこ)びましたので、
大阪の問屋さんが、
鰊粕(にしんかす)の流通(りゅうつう)を仕切っていました。
江戸時代から、うんこやおしっこを、
下肥(しもごえ)として、使っていましたけれど、
川船がなければ、たくさんの下肥を運べませんので、
運河(うんが)の発達した河口付近の
沖積平野(ちゅうせきへいや)でなければ、
農家は、自分の家の下肥しか、使えませんでした。
これでは、肥料が足りずに、商品作物を栽培できません。
鰊(にしん)の油を搾(しぼ)った粕(かす)が、
肥料として、販売されたので、
運河のない洪積台地(こうせきだいち)でも、
商品作物を栽培できるようになりました。
乱獲のために、鰊(にしん)がなくなっちゃった。
鰯(いわし)のしらすも、その二の舞にならなければ良いのですが…
しらすって、稚魚(ちぎょ)を獲(と)りますから、悪質です。
でも、大根おろしで食べると、美味しいので、仕方ありません。
三島由紀夫さんの切腹や、
GID(性同一性障害)の性転換のようなものです。
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