栢(かしわ)は、槲(かしわ)とも、柏(かしわ)とも、書きます。
柏餅(かしわもち)の葉っぱですから、すぐにわかりますけれど、
わたしには、どんぐりの木です。
まだ、栢(かしわ)特有のどんぐりの形が、はっきりしません。
栢(かしわ)と櫟(くぬぎ)は、もじゃもじゃ型のどんぐりです。
いずれも樹皮が厚く、縦(たて)の皺(しわ)が深く、葉も大きく、
日本に普通に見られる木です。
やっぱり、一昨日に梅雨が明けていたと思います。
蝉(せみ)が鳴き出したし、夏の雲になったし…
今日になって、梅雨が明けたと、気象庁が言い出しましたけれど、
一昨日(おとつい)から、ずっと晴れだもん。
GID(性同一性障害)は、
病気の中身によって、いくつかのグループに分かれるように、
患者さんも、いくつかに別れて、争いになります。
統合失調症でしたら、抗精神病薬というお薬が入っていますので、
あまり暴力的な喧嘩になりませんけれど、
GIDの人たちは、大人(おとな)しくしてくれません。
性的なパートナーの人には、精神科を受診したことのない人や、
精神科のお薬を飲んだことのない人が多いのに、
違法な薬物やお酒などを、手離せない人もいます。
なかには、お医者さんを脅迫する人もいますから、
簡単でありません。
統合失調症とGID(性同一性障害)とを比較すると、
たくさんの人から、文句を言われますけれど、
病識がない、と言われる症状が、共通していて、
抗精神病薬の入っていないGIDでは、
患者さんに逆らうと、命懸けになります。
統合失調症は、精神病と言われる症状が、
人格障害の上に、重なっていますけれど、
ほとんどの人格障害の人は、精神科を受診しませんので、
悪さをするのでしたら、
人格障害の人のほうが、恐いことをしてくれます。
法律上は、人格障害って、責任能力がありますので、
ちゃんと死刑になるのですけれど、
精神科のお医者さんが、
GID(性同一性障害)の患者さんに脅迫されたので、
患者さんを警察に告発するなんて、恥ずかしくて出来ません。
獣(しし)食った報いです。
形而上学を書くと、怒られますけれど、
精神の病気には、
脳の器質をいじくっても、治せない種類の病気が、
たくさんあります。
治せないだけでなく、
器質的には、わけのわからない病気とかね。
異常がない、としか、説明ができないのでしたら、
精神の病気でありませんから、
やっぱり、器質的でない方法によって、
説明しなければ仕方ありません。
精神科のお医者さんの解説には、
心理学の用語が、たくさん出てきますし、
普通の人も、心や、気持ちや、感情や、
苦しいとか、痛いとか、気持ちが良いとかって、
意識の中身を表す言葉を、いっぱい使うでしょう?
そういう言葉を使わないと、
精神科を受診しても、自分の症状を説明できません。
心の中を表現するための、
心理学や日常会話で使われている言葉と言葉の関係って、
どのような構造になっているのかを、知っておかないと、
心理学の先生になれないと、思いません?
学校のお勉強だけでなく、日常会話も、そうなの。
心の用語の意味が、わかっていないと、
うまく使えません。
心を表す言葉と言葉の関係や構造って、
欧米でも日本でも、
今と、200年ぐらい前と、だいたい同じです。
産業革命やフランス革命の、結果が出た時代ね。
こういう革命を経験しないと、殺し合いに負けたの。
電気やエンジンや化学などを使った産業が、
お金持ちを作り、
近代国家と言われる政治や法律の仕組みが出来ました。
鉄砲やお金を突きつけて、人を殺す時代になったの。
槍や刀や神様が、お払い箱になり、
心を表す言葉と言葉の関係も、
新しい枠組みに変わりました。
それまでの形而上学と違い、
近代的な心理学と言われるようになりますけれど、
昔の形而上学の用語を、再編しただけです。
毛糸のセーターを解きほぐして、編み直しました。
カントの認識論みたいなものね。
形而上学の一種ですけれど、批判哲学と言われたように、
真理や神様や美などは、
人それぞれの意見にすぎないから、
時代や場所や流行などによって変わる文化にすぎない、
と考えました。
みんなの考える文化のお陰で、
人間は、無意識の自動機械のような動物でなく、
人間らしい意識を持つようになりましたので、
意識の中身って、文化の中身に依存しています。
そのことを、空間や時間や論理や、
その他の文化的に合意された規格を、
無意識の自動機械という自然の世界の出来事に適用して、
無意識の自然現象の中から、
自我や事実と言われる意識の中身を抽出したと、
考えます。
真理や神様や美などの、絶対的な権威の代わりに、
みんなの文化的な合意のような社会性が、
自然を認識する規則になっている、と考えたことが
大切なの。
自然って、
無意識の自動機械のような、動物の営みのことも、
含まれています。
カントの認識論の考え方は、その後の哲学の方面では、
ヘーゲルやマルクスのような、
ドイツ観念論や唯物論などの考え方になり、
フランス革命を継承する政治や法律関係の人たちの、
左翼と言われる一派を作りました。
ソ連が潰(つぶ)れたので、
なんとなく、落ち目ですけれど、
現代のフランスやイギリスやアメリカを作った人たちも、
ヨーロッパで食いっぱぐれて、
アメリカに落ち延びたようなものですから、
左翼と一対(いっつい)の人たちとも言えます。
同じ社会の変化によって、
社会主義と自由主義が出来ました。
双子の兄弟って、よく言われます。
殺し合いや、助け合いによって、
社会や人生を考えますので、
神様を、お金の計算に、交換しただけです。
助け合いって、生殖や育児や介護などのことです。
殺して生む生殖本能を、
昔は神様を使って計算しましたけれど、
今はお金を使って計算します。
それなら、コンピュータを使って、計算したほうが、便利です。
植物や動物が、無意識の自動機械のように生きているのは、
コンピュータが計算して生きているのと、同じですから、
無意識に情報を処理しています。
コンピュータって、チップと言われる集積回路の中の、
トランジスタに記録されたONとOFFの記号を、
あっちに移動させたり、こっちに移動させたりして、
数式を変形したり組み合わせたりするみたいに、お料理しています。
そういう無意識の情報の中から、
特定の情報を抽出することを、意識する、と言います。
空間や時間や論理などの、
みんなの文化と言われる合意された規格によって、
無意識の情報の中から、特定の情報を抽出します。
文化って、抽出するための規格なの。
その文化が、どういうふうに作られるかって、誰でも知っています。
法律のような仕方で合意されるものもありますけれど、
それは、文化の中の、ごく一部です。
ほとんどは、言語や技術のようにして、合意が形成されます。
言葉が一番簡単ね。
自分一人にしか通じない言葉は、
言葉の用を為(な)しませんから、言葉と言われません。
たくさんの人に通じないと、言葉でないでしょう?
自分一人だけの言葉、というのはありません。
言葉は、日本とアメリカみたいに、
場所によって、全然違いますし、時代によっても、全然違います。
しょっちゅう、変わりますけれど、
やっぱり、他人に通じないと、言葉でありませんから、
みんなに通じるような、共通の合意が、作られています。
技術なんか、言葉みたいに単純でなく、
お料理みたいに、味わい深いものです。
合意の仕方が、味わい深いってことですよ。
だって、お料理は、お大根や人参を、加工するでしょう?
情報処理される記号が、言葉のように、
目や耳だけで感知される音波や電磁波でなく、
お大根や人参って、皮膚や舌や鼻でも、感知されます。
記号って、言葉だけでなく、
映像やお味や手触りや匂いなどと言われる情報も、記号ですけれど、
お料理って、数学の数式を変形するみたいに、
お大根や人参を、加工しますから、
鉄やダムやお薬を作ったりする技術も、
事実という記号を変形する作業であると、わかります。
言葉と言われる情報が、記号であると、理解されるだけでなく、
コンピュータの仕組みを知れば、
事実と言われる情報も、記号であると、容易にわかります。
だって、コンピュータは、
文字や音だけでなく、映像も作り出せますけれど、
ONとOFFの記号を、情報処理して作った途中経過が、
ちゃんとわかっています。
お料理と同じでしょう?
それなら、鉄やお薬を作る技術も、同じです。
わたしたちが科学技術や事実と言っているのものは、
お料理のように、数式を変形する作業によって、作られたものなの。
コンピュータの映像が、記号の塊(かたまり)のように、
科学技術や事実も、
記号の加工や変形などの、情報処理に決まっています。
お料理もそうよ。
電気情報をお料理すれば、
実際にパソコンの画面に、映像が見えるように、
お料理を食べれば、実際に、お腹が一杯になります。
食べなければ、実際に、お腹が減って死にます。
その実際の意味は、
モニター画面に、映像が実際に映るのと、同じ意味です。
ドイツの町の、
ケーニヒスベルクで生まれ育ったカントの認識論から、
ウイーンの人たちが、記号論というのを考え出して、
アメリカに亡命しました。
ケーニヒスベルクって、
今はカリーニングラードと呼ばれていますけれど、
ポーランドとリトアニアの間の、
ロシアの飛び地の街です。
当時はドイツ領でした。
記号論から、コンピュータの理屈が考え出されて、
昔は、真空管を使って、
コンピュータが作られましたけれど、
日本人は、品質の良いトランジスタを作りましたので、
電卓というのを考え出しました。
真空管のコンピュータって、
体育館みたいな大きさでしたから、
ポケットに入る電卓に縮小した日本人は、賢い。
記号論の好きなアメリカ人は、
小ささが売りの電卓よりも、
パーソナルコンピュータというのを作りました。
こいつは、使う人が、自分でプログラムを作って、
動かすことができます。
プログラムの作り方が、記号論の応用ですから、
ドイツのカントの認識論っていう形而上学の一種を、
ウイーン風にお料理したやつです。
技術っていう事実の加工は、
数式の変形と同じ作業である、という考え方ね。
わたしも、中学生の頃に怒られたので、
爆弾やロケットや溶鉱炉はやめて、お料理に転じました。
コンピュータって、
端末機のパソコン一つだけを使っているよりも、
インターネットに繋ぐと、
うんと用途が広がるでしょう?
大脳っていう脳みそは、
コミュニケーションのための臓器である、
という考え方ですけれど、
パソコンを、インターネットに繋いだから、
便利になったのでなく、
最初から、コンピュータを作る考え方って、
インターネットの考え方と同じですから、
当たり前なんです。
コンピュータが出来たから、
脳みその仕組みを、コンピュータに擬(なぞら)えて、
理解できるようになったのでなく、
脳みその仕組みを、
認識論や記号論によって理解するようになったから、
コンピュータってのが出来ました。
それと同じなの。
インターネットに繋いだから、
パソコンが便利になったのでなく、
脳みその機能を、
他人や社会とのコミュニケーションである、と考えて、
コンピュータを作ったから、
インターネットが出来たのは、当然なの。
日本人は、そこを理解していませんでしたから、
コンピュータのことを、
言葉の通りに、電子計算機と思っていました。
ほんとは、電子コミュニケーション機と、
理解すべきでした。
電話の仕組みと同じなの。
日本は、物凄いお金を掛けて、
世界一密度の高い電話回線網を作りましたけれど、
電話回線網って、
コンピュータや脳味噌の仕組みと同じであるって、
理解できませんでした。
電話って、コミュニケーションの道具ですから、
大脳がコミュニケーションの臓器であるのと、
直結しているのに、それでも理解できませんでした。
日本の、物凄い努力の結晶の、電話回線網は、
全部、税金の無駄遣(づか)いになりました。
あほです。
マイクロソフトっていう会社を作った人って、
わたしの前任者の医師と、
中学生の頃から、ずーっと文通をしていた人ですけれど、
類は友を呼ぶのかしら、
やっぱり、似たような考え方でした。
大脳の仕組みは、コミュニケーションの仕組みである、
という考え方は、
形而上学から認識論と記号論を経て、
コンピュータに至る道と、同じでした。
統合失調症やGID(性同一性障害)などは、
大脳のコミュニケーション機能の病気である、
ということね。
形而上学と、認識論や心理学と、記号論と、コンピュータと、
精神の病気の中の、
脳の器質に、原因となる病変の発見されない種類の、
精神障害の説明の仕方との関係って、
なんとなく、わかりません?
コミュニケーションが大切って、
GID(性同一性障害)にも言えるんですけれど、
事実の加工が、数式の加工や、言葉やお料理と、
同じような理屈であるって、
GIDの人には、わかりにくいみたい。
動物にも共通の、感情と言われる種類の、意識の中身のことを、
GIDの人は、理解できません。
成り立ちが理解できないって意味ね。
感情もコミュニケーションの手段ですけれど、
哺乳類の中の、人間に近い方の、半分ぐらいの種類は、
人間と同じ感情を共有しています。
やっぱり、ほとんどが文化ですけれど、エステティックです。
GIDの人は、
事実の認識と、文化の中身とが、一致するってことを、
理解できないみたいなの。
だから、コミュニケーションが大切なんですけれど、
GIDって、そこに障害があるので、病気とされています。
事実の認識と、文化の中身とが、一致しなくなるのを
GIDの人たちは、心と体の性別が一致しない、と言います。
一致させるのが、脳の機能なんですが…
統合失調症の人は、
得体の知れないコンピュータの中に暮らしていたり、
自分の体や脳みそに、よそ者のコンピュータを埋め込まれたような、
変(へん)な気持ちになります。
電波が飛んできたり、
どこのだれともわからない人に、
指図(さしず)をされたりするのと、
心と体の性別が一致しない気持ちって、同じ病気です。
統合失調症やGIDなどを、同じ一つの病気に括ってもよい、
という意味ですけれど、
脳の器質に、原因はないのか、と怒られるかも知れません。
たぶん、脳の中に、未発見の器質的な原因がありますけれど、
必ず、そうなる、という原因と結果の関係ではありません。
定義はされない、ということね。
戦争の原因は、これと、これと、これであると、
人それぞれに意見があるように、
脳みその器質の、ここと、ここと、ここが原因であると、
お医者さんが、ぞれぞれに意見を言えるところまで、
将来は、脳の中の、未発見の器質の異常が、
わかって来ると思います。
でも、その異常が、精神の病気の原因であるかは、
それが、戦争の原因であるかってのと、同じように、
永遠に決められない、と思います。
わたしの書いている認知機能って、
昔からの、たくさんの思想家や学者さんたちによって、
受け継がれた認識論や記号論の、
基礎的な教養ですけれど、
これを書くと、わたしはキチガイと言われます。
まだ治療を受けていない統合失調症の人に、
あなたは精神病です、と言うと、
たいていは、お前こそキチガイだ、と反応して来ます。
自分のことを、精神の病気と思っていませんから、
当たり前ですけれど、できるだけ、精神病と言わずに、
穏便(おんびん)に、入院に同意してもらいます。
精神病ではないけれど、眠れないのでないの?
それは、辛(つら)いと思う…
お薬を飲むと、ぐっすり眠れるよ。
病院だから、
3日間ぐらい、眠りたいだけ眠っても、安全。
思い切り眠ると、身も心も、さっぱりするよ。
安心して眠れるって、保証するから、病院へ来てみない?
GID(性同一性障害)の人は、
自分から精神障害の診断を求めて、
精神科を受診するのに、
自分は精神障害でない、と言って、怒ります。
GIDは精神障害なんですって、書くと、
お前はキチガイだ、と怒られます。
統合失調症もGIDも、病識のない精神障害ですけれど、
GIDは、精神障害の診断を求めて受診するくせに、
精神障害と言われると、食って掛かって来ますから、
病識がない、という意味では、
統合失調症よりも、重症です。
広汎性発達障害にしても、アスペルガーにしても、
統合失調症にしても、GIDにしても、
目で見て、手で触って、確実に知ることの出来る事実と、
頭の中で、あれこれと考えて、
人それぞれに持つ意見や気持ちとの間を、
調停できません。
他人や社会とのコミュニケーションが、
中を取り持ちますけれど、
そもそも、コミュニケーションがなければ、
事実を知ることも出来ませんし、
意見を持つことも出来ません。
大脳という臓器と、コミュニケーションという機能が、
事実の認識や、意見を持つ心の、両方を作りました。
大脳という臓器が、器質的に傷んだり、
コミュニケーションという機能が障害されたりすると、
事実の認識と、心の意見や気持ちの、
両方が変調をきたします。
妄想や幻覚や、心と体の性別の不一致などは、
その変調のことなの。
症状が重くなると、意識レベルが低下します。
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