未央柳(びようやなぎ)って、
ビオウと読まずに、ビヨウと読まないと、あほと言われます。
なんでかしら。
未央柳(びようやなぎ)は、
2012-06-13 の、ヒペリカム・カリシナムと、近縁ですけれど、
空間的に離れていても、遺伝的に一続きです。
人間では、空間的に離れていても、文化的には同じ、
ということが、よくあります。
動物では、遺伝的によく似ていれば、
認識の仕方が、よく似ていますけれど、
人間では、遺伝よりも、文化的に同じであれば、
同じ事実に見えます。
文化が異なれば、客観的事実が違って見えますから、
物理学では、オッペンハイマーの原爆のように、
殺し合いになるしかありませんけれど、
事務的に妥協ができれば、
お互いの文化の中間が、客観的事実に見えることを、
人生のうちで、何度も経験することができます。
戦争に負けると、一瞬のうちに、世の中が変わったもんね。
原爆の前後の風景の違いよりも、
天皇陛下の終戦の詔勅の前後のほうが、
事実の見え方が変わったのを、たくさんの人は覚えています。
頭の中が、真っ白になったの。
客観的事実は、一つしかない、と思うのは、あほなの。
みんなに共通の文化的規格によって、
客観的事実と言われるものを抽出していますから、
事実が一つに見えるのは、当たり前です。
文化的規格が変われば、違う事実を抽出できますから、
事実の数は、文化の数と同じくらいに、無数に可能です。
発達障害や統合失調症やGID(性同一性障害)などの人は、
もしかしたら、一生に一度も、
事実の変わることを、経験しないのかも知れません。
お医者さんの中にも、そのような人が、たくさんいますので、
精神の病気の治療は、簡単でありません。
事実って、簡単に変わることを、
人生のうちで、何万回と、経験しなければいけません。
時計が溶けたように、歪んでいる絵を描く人が、いるでしょう?
絵ではなく、
実際の超高層ビルや飛行機や人間の顔が、溶けて、
別の形になりますけれど、
それが当たり前であるってことを、
もしかしたら、オウムの人は知らないかも知れません。
麻原彰晃って人は、盲学校で習わなかったのかしら。
毎日、毎時間、毎分、形が溶けるように、生きて下さい、
と言うと、きっと怒られます。
だって、一度できた神経細胞の形は、
そんなに変わり身が早いわけでありません。
何度も同じことを経験しますから、
神経細胞の形が、しっかりと定まり、
記憶や判断や、化学物質の出し入れなどが、固く安定するのに…
毎分毎秒、神経細胞の形が溶けていたら、生活できません。
神経細胞を変形するって、すごい労力ですから、しんどいのです。
でも、神経細胞の形に、記憶や判断や、化学物質の出し入れなどの、
他の個体とのコミュニケーションの仕方が、現れています。
コミュニケーションの仕方って、
言葉の文法のように、もちろん、文化ですから、
どのような仕方によって、
他の個体とコミュニケーションをするかは、文化的に決まります。
脳の神経細胞の形は、外から刺激されれば、変形します。
ハードウェアが変形しますから、コンピュータと違うでしょう?
神経細胞の形として現われているコミュニケーションの仕方って、
化学物質を出したり、化学物質とくっついたりする方法のことなの。
樹状突起の枝分かれや受容体などの、エステティックな形が、
すなわち、化学物質との関係そのものですけれど、
コミュニケーションの仕方という文化的な規格が、現われています。
わたしたちは、その規格を、
物事(ものごと)という情報に適用することによって、
感情や自我や事実などの、意識の内容を認識します。
物事(ものごと)という情報は、
大部分の生物が、無意識に処理している情報のことです。
無意識ですから、どのような情報であるかを、意識しません。
自動機械のように、生物の体は運営されています。
そのような無意識の情報に、文化的な規格が適用されて、
コミュニケーション用に編集されることを、
わたしたちは、情報を意識すると、言います。
物事(ものごと)を認識することね。
もちろん、他の個体とのコミュニケーションのために、
わたしたちは、意識を持ちます。
自我や事実などは、意識の内容を、分類したものです。
感情は、他の哺乳類との、共通の伝統的な規格を使っていますので、
意識の内容による分類でなく、
適用される規格の種類による分類です。
もしかしたら、幾(いく)ばくかは、
生れつきに備わっている規格です。
空間や時間や論理なども、
適用される文化的な規格の種類を、分類したものですけれど、
文化のうちでも、みんなと一緒という共通性の高いものと
思われます。
共通性が高ければ、
胎児の頃に形成されたものと、識別が困難かも知れません。
あまり共通性の低い文化は、文化と言われずに、
コミュニケーションの用を為(な)しませんので、
犯罪や病気と言われるかも知れません。
何が、どれくらいに共通の文化であるかって、
権力を争うのと、同じ要領ですけれど、
脳みその中の、特に大脳の神経細胞の形に、
文化的なコミュニケーションの仕方の規格が現われていますので、
神経細胞の形って、権力闘争の現場です。
コンピュータは、インターネットを使い、ウィルスをバラ撒いても、
他の端末機械のハードウェアは、変形されませんけれど、
脳みそは、神経細胞が変形しますから、
脳みその中のエステティックな形の争奪戦が、
権力闘争の現場であることは、容易にわかります。
権力の争いって、弱肉強食の生殖本能のことですけれど、
みんなと一緒の文化を作りますから、
いわゆる善良な社会性のことです。
嫌(いや)な奴を殺して、子孫を殖やすことね。
神経細胞の形には、
化学物質の出し入れの仕方というコミュニケーションの規格が、
記憶されていますけれど、
無意識の情報を、感情や自我や事実などとして意識するための、
認識の仕方のことですので、
当然、権力争いによって、自分や事実の見え方が、変わります。
感情が変わるのと、似たようなことですけれど、
物理的な事実が、時計のように溶けて、形が変わるのは、
しんどい作業なので、毎分毎秒と言うふうには、行きません。
すぐに変われば、感情のように変わったと、自覚できますけれど、
みんなと一緒に、じわじわと変われば、なかなか自覚できません。
統合失調症やGIDなどの精神の病気では、
自分だけ変わるくせに、それでも自覚できないのが、普通です。
健常であれば、浮動票のような事実を自覚できないのは、
当然かも知れません。
長期間、変わらなければ、ますます変わりにくくなりますので、
普段から、こまめに変える訓練を怠らないのが、正解である、
という神経内科医も、たくさんいます。
普段から、時計が溶けて変形するのを、自覚できるようにね。
感情ですと、
いとも簡単に、感情の変わったことを自覚できますので、
哺乳類の伝統のほうが、人類特有の賢いやり方よりも、
優秀かも知れません。
神経内科医は、そう思っているのでしょう。
時計が溶けるのは、とても疲れますので、
訓練をして、しんどくなって、頭がおかしくなっても、
わたしは知りません。
毎日、原爆が落ちて、頭が真っ白って、
融通が効く、と言うのかしら。
赤ちゃんは、そうみたい。
脳みその中の出来事が、物理でわかると思うのは、
文化の内容や事務が、物理でわかるってのと、同じ意味ですけれど、
文化は、ほとんどが証拠のない伝承ですから、
物理的に照らし合わせて、情報を解読するのは、
懲りない面々のすることのような気もします。
それよりも、物理のほうが、アリストテレスの考えたように、
物体というエステティックな形の中に、
空間や時間や論理などの、生殖のための文化を、
衝動的に込めているような気がします。
女の子が、顔や体やお化粧や服装や持ち物などの見てくれによって、
人の能力や出世の行く末を、定義するようなことを、
ニュートンやアインシュタインは、やってのけました。
嫌(いや)な奴を殺して、自分の子供を殖やす、
というスケベ根性ね。
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