ヒュウガミズキ 759 ギリシャ・ローマ

日向水木(ひゅうがみずき)ですけれど、マンサク科です。
水木(みずき)という名前になっているのは、
 
 
古代ローマが、なぜ繁栄したのかって、
現代人には、実感できませんけれど、合理主義なの。
自然の仕組みは、論理に一致する、っていう考え方ね。
 
現代人にしてみれば、当たり前のようですけれど、
昔の人の論理って、なんとなく、いい加減でしたのに、
古代ギリシャのアリストテレスの考え方では、
ほぼ現代人と同じになっています。
 
論理って、1才ぐらいの幼児の頃に、すでに完成していて、
あとは、磨いても、能力が伸びない、と言われています。
ほとんど、生まれつきの能力ですが、
これの優秀な人が生き残り、劣等な人が死に絶えて行くように、
文化を作った、と言うのです。
 
古代ギリシャ・ローマは、奴隷制の社会ですから、
実際に畑仕事をして、食料を生産するのは、
戦争に負けた民族でした。
 
戦争に勝った民族が、都会の消費生活に没頭して、
負けた民族が、奴隷のようにこき使われて、
都市の繁栄を支えていました。
 
古代ギリシャ・ローマって、欧米文化の始まりですから、
欧米は、現代アメリカと同じように、
強い軍隊が、自分たちに有利なように、経済のルールを作り、
違反する民族を征服して、
秩序を乱さないように、睨(にら)みを利(き)かせていました。
 
規則違反があれば、アメリカの軍隊が飛んで行って、
イラクのフセインや、リビアのカダフィみたいに、
殺してしまいます。
 
規則違反を取り締まるのですから、正当でしょう?
世界の規則を破った奴が悪い、っていう理屈です。
 
でも、その世界の規則は、先に繁栄した欧米諸国が、
資産を投資すれば、不労所得が得られるような、
不公正な経済ルールです。
黙っていても、生まれつきに豊かなら、いつまでも豊かなの。
軍隊の力が、その不公正な社会を守っています。
 
     これって、よく考えて見ると、ちょっと変なの。
     日本や中国だって、穀物を作る農業をしていますけれど、
     単位面積当たりの収穫量は、エネルギーに換算して、
     欧米よりも、日本や中国のほうが、多いの。
     小麦よりも、お米のほうが、生産性が高いんです。
 
     実際、それだけ、たくさんの人を養えますから、
     日本や中国のほうが、人口密度が高いでしょう?
     東洋だって、やっぱり、
     力の強い者が、弱い者をこき使って、虐(しいた)げて、
     楽をして、生活をしようとして来ました。
      
     でも、日本の江戸時代を見れば、わかりますけれど、
     あれが限界でした。
     もっと税金を上げると、
     小作の農民は、死んでしまいました。
 
     生かさず、殺さずって、江戸時代の政策でしたから、
     極限まで、お百姓を虐(いじ)めて、
     武士が楽をしようとしましたけれど、
     ギリシャ・ローマの都市のような、
     文化的に効率の良い余裕は、生まれませんでした。
 
     ギリシャ・ローマのほうが、征服した地域が大きかった、
     と言う人もいますし、
     あっちは、石造(いしづくり)の都市だから、
     大昔の建築物が残り、
     いかにも立派なように見えるだけ、と言う人もいます。
 
     わたしの感じでは、古代ギリシャ・ローマのような、
     奴隷社会を維持する余裕は、日本にありませんでした。
     それは、ローマに征服される以前の、
     フランスや北欧も、そうでした。
     ローマに征服されなかったロシアは、
     レーニンのロシア革命まで、ずっとそうでした。
 
     農奴と言われるように、小作農を、荘園に囲って、
     こき使うことは出来ましたけれど、
     それは、日本の江戸時代や、中国の清の時代の、
     小作農の貧乏な生活と同じでした。
      
     奴隷という特別な制度を作ることが、出来ませんでした。
     小作農を囲うのが、せいぜいだったの。
     古代ローマって、奴隷の割合は20%ほどです。
 
     奴隷を所有できる人は、お金持ちであったと、
     言われていますが、
     20%も奴隷がいると、大金持ちと言うほどでもなく、
     現代流の言い方をすると、中産階級でしたら、
     奴隷の1人ぐらいを、所有できたのかも知れません。
      
     日本の江戸時代って、
     支配階級の武士は、わずか1%ほどですけれど、
     武士でも、貧乏ですと、
     食うや食わずだったと言われています。
 
     公式には、江戸時代に奴隷はいませんでしたが、
     被差別部落の人たちを、奴隷に相当するとしても、
     せいぜい1%ぐらいですし、
     彼らが、だれかに所有されていたわけでもありません。
 
     日本や中国の、農民の生活水準は、
     最低線の限界値でしたから、
     これ以上に厳しい生活水準として、
     奴隷という身分を設けることは、不可能でした。
 
     欧米の奴隷が、日本や中国の、農民の生活水準よりも、
     経済的に低く厳しかったとは、とても思えませんので、
     奴隷を虐(いした)げたことによって、
     古代ギリシャ・ローマが繁栄したと考えるのは、
     眉唾(まゆつば)の可能性があります。
 
     石造(いしづく)りの町は、
     1000年も、壊れず残るから、
     立派に見えるだけなのかしら。
 
     木を使って、家を建てるよりも、
     石を使うほうが、なんとなく、手間がかかりそうです。
     石を切り出すのに、
     すごい労力がかかるのを、厭(いと)わなければ、
     日本にだって、石ぐらい、たくさんありますから、
     立派な建物を造ることも出来ます。
 
     日本では、石の建物を造るだけの、
     経済的な余裕がありませんでした。
     古代ギリシャ・ローマは、
     木がなかったので、仕方ありませんでしたけれど、
     経済的に余裕がなければ、
     木のない土地に、人は住みません。
 
     あっちは、軍隊によって征服した土地が広かったので、
     集められた富も、大きかったのかしら。
     中国やインドも、
     負けず劣らず、大きな地域を支配したのですけれど…
 
わたしは、自然の仕組みと、論理とは一致する、
という合理的な考え方のせいと、思っています。
論理って、実は生まれつきに近い早熟の能力でなく、
ただの定義なの。
 
言葉と同じです。
赤ちゃんは、単語を丸覚えしなければ、仕方ありません。
その時に、単語だけでなく、
単語と単語の繋がり方も、丸覚えします。
この繋がり方に相当するのが、論理ですけれど、
文法って、必然的なものでありません。
わざと作った定義の体系に過ぎません。
 
論理ってのも、けっして必然的なものでなく、
文化の一種の、定義の体系にすぎません。
つまり、生まれつきの能力でなく、
こつこつと、丸覚えをして、
石を積むように、組み合わせて行くものなの。
 
論理能力って、人間の内側に備わったものでなく、
こつこつと覚えて行く勤勉さと、丸覚えの容量に支えられています。
勤勉さって、ようするに習慣ね。
記憶容量を精一杯に使う習慣を覚える人が、選ばれて、
そうでない人たちが、間引かれて、絶えて行く文化を、
古代ギリシャ・ローマの人たちは作りました。
 
自然は論理に一致するっていう考え方は、そういう文化なの。
この文化は、古代ギリシャが地中海貿易によって栄えたのと、
同じことです。
貿易実務を習得して、海運業を経営する勤勉さのことなの。
合理性と言いますけれど、
ギリシャが廃れて、ローマが栄える頃には、
ユダヤ人が貿易の実務を支えていました。
 
古代ギリシャとフェニキアの、海運業や金融業を、
ユダヤ人が受け継ぎ、古代ローマを通じて、
ユダヤ人が経済の実務を握るようになりました。
 
ローマに国土を盗られましたから、
実務能力によって身を立てなければ、仕方なかったの。
古代ギリシャ・ローマの繁栄って、
ユダヤ人の合理主義なんですけれど、
彼らは、みんなに憎まれて、ホロコーストになりましたから、
まだまだ、合理主義が足りませんでした。
 
フランス革命とアメリカ合衆国が、
ユダヤ人の合理主義を継承しましたけれど、
アメリカのユダヤ財閥って、滅び行く運命なのかしら。
黒人が政権を執りましたものね。
 
わたしは、フランスやアメリカの、
エステティックな考え方は、黒人大統領の誕生によって、
だんだんと廃れて行く気がしますけれど、
個人主義ってのが、
古代ギリシャ・ローマの繁栄からは、遠い、と思っていす。
 
エステティックと個人主義って、
自然の仕組みと論理の関係に、一致しません。
個人主義を、インターネットのような手口で壊して行くのかしら。
GID(性同一性障害)の性転換を見ていると、
壊すどころか、かえって、
エステティックを信奉するようになりつつあるのかも知れません。
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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