シナゴーグの柱頭 652 ユダヤ人の民族移動

今年の10月頃の古い写真で、申しわけありません。
大阪の鶴見緑地で撮りました。
 
古代ローマ時代のイスラエルの、シナゴーグの柱頭です。
現物が、野外に展示されていました。
常設です。
 
日本でしたら、国宝ですが、あちらでは、ごろごろしています。
昔の町の上に、現在の町がありますので、
紀元前後の遺跡の上に、
民家が、あたりまえのように、建っています。
石は、腐りません。
 
コリント式ですので、アカンサスの葉の浮き彫りかしら。
  
シナゴーグって、
ユダヤ教の教会のような、集会所のような、宗教施設です。
 
民族宗教ですから、
御先祖様を崇(あが)める仕来(しき)たりが、宗教と言われます。
お墓に集まるのでなく、公民館や集会所のような施設を作り、
みんなが、御先祖様の言葉を、忘れないように、伝えます。
 
建物を維持管理する人が必要ですので、専属の神職が生まれます。
御先祖様を共有する人たちの、町やお役所や神殿ができますので、
宗教と、お役所の事務や政治とは、ほとんど同じです。
 
日本の神道だけでなく、寺請け証文を書いた江戸時代のお寺さんや、
公的な事務や政治を仕切った中世ヨーロッパのローマ教会も、
似たようなものでした。
 
民族の仕来(しき)たりを超えたキリスト教の教義が、
多民族社会の絆(きずな)になりました。
 
アッシリアを制覇した新バビロニアのネブカドネザルにより、
ユダヤ民族は、奴隷の身分に貶(おとし)められました。
いわゆるバビロン捕囚の時代です。
アッシリアは、シリアと言われる地域です。
ペルシャのキュロス王が、新バビロニアを滅ぼしたので、
ユダヤ民族は、キュロス王を救世主として讃えました。
 
奴隷の身分から解放されたユダヤ人は、
ペルシャのゾロアスター教を学び、後にキリスト教を生みました。
 
ギリシャのアレクサンダーの軍隊は、
アケメネス朝ペルシャを滅ぼして、
インドのミトラ教を持ち帰りましたので、
古代ローマでは、先に流行していたミトラ教を倒して、
キリスト教がヨーロッパを制覇しました。
 
いずれも、多民族を統治するための、
古代ペルシャのゾロアスター教の手法を、模倣しました。
それぞれの民族の御先祖様の神様が、
たくさん、たむろしている上に、
神様たちも、御先祖さまを、
崇(あが)め奉(たてまつ)っていますので、
神様の中の神様がいます。
 
ミトラ教やキリスト教は、神様の中の神様を主張しました。
多民族に普及する必要から、
個々の民族の風習を削(そ)ぎ落として、
形而上学的な教義になります。
 
後ろの石垣は、ごつごつした溶岩に見えますが、石灰岩でした。
大理石でありませんが、
サンゴや有孔虫などに由来する炭酸カルシウムが結晶して、
方解石を主な鉱物としますので、似ています。
 
イスラエルから運んだのかしら。
琉球石灰岩にそっくりでしたので、
大阪の石屋さんから、調達したのかも知れません。
 
セメントは、日本で唯一の、大量に自給できる鉱産物ですけれど、
石灰岩から作られます。
 
日本には、堆積岩の石灰岩が、たくさんありますけれど、
大理石のように、
接触変性作用を受けて、炭酸カルシウムが再結晶した変成岩の、
結晶質石灰岩は少なく、
古代ローマのように、石造建築物を作るには、
 
 
ユダヤ人が、アケメネス朝ペルシャのキュロス王に解放されたのは、
ほんとうに良かったのかどうか、わかりません。
 
新バビロニアのネブカドネザル王に、
ユダヤ人は三度に渡り、バビロニアに移住させられました。
ペルシャのキュロス王に解放されて、帰国しても、
ペルシャの支配するイスラエルでした。
 
支配者が、新バビロニアからペルシャに代わり、
やがてプトレマイオス朝エジプトや、セレウコス朝シリアなどの、
ギリシャ人の手を経た後に、
ローマ時代に、何度も反乱を繰り返しましたが、
2世紀に、イスラエルはパレスチナになり、
ユダヤ人は自分たちの故郷(ふるさと)の土地を失いました。
 
パレスチナって、ペリシテ人の土地という意味です。
ペリシテ人って、どこの人か、知りませんが、
紀元前の昔に滅んだと言われています。
ユダヤ民族の長年の敵でした。
 
     ユダヤ人が、ローマによって、
     イスラエルの土地を奪われたのは、
     すでに、少数民族に転落していた後かも知れません。
 
     異民族との雑居は、
     少数派になると、急に住み難(にく)くなります。
     戦争になれば、人数の少ないほうが、
     殺されたり、奴隷にされたりしますから。
     精神的ストレスが、
     生半可(なまはんか)でありません。
 
     日本の性転換って、昔は、関西がメッカでした。
     東京って、性転換をしようとする人たちの絶対数が、
     関西と同じぐらいでしたので、
     人口に対する比率が、希薄でした。
     関西のほうが濃厚だったの。
 
     人口に対する在日韓国朝鮮人の比率や、部落解放運動や、
     新しく暴力団と名付けられた新興やくざの流行や、
     食い倒れと言われるほどの、飲食店の数などが、
     性転換をしようとする人たちの人数に、
     関係があると言われています。
 
     ようするに、GID(性同一性障害)って、
     社会の底辺の人たちの精神の病気なの。
 
     日本人にヒジュラと言われているような、
     インドのGIDを見ればわかりますが、 
     どれほど立派なカーストやお金持ちの出身でも、
     GIDを発症すれば、自分から家を飛び出して、
     落ちこぼれの社会にたむろするようになります。
     統合失調症に似ているの。
 
     もしも精神の病気が軽症でしたら、
     自然に治る可能性が高く、
     うまく行けば、芸能人や総理大臣や芸術家などの、
     遊び人の親分になるかも知れません。
     だいたいは、歓楽の世界の最下層に落ち着く人が多く、
     半分ぐらいの人は、引きこもって、何もしなくなります。
 
     昔のGIDには、関西の人が多く、
     在日韓国朝鮮の人だけでなく、
     在日の人の多い町に育った人も、たくさんいました。
     日本人よりも、在日の人の人数が多くなると、
     地滑りのように、
     日本人が転居して、逃げてしまったそうです。
 
     韓国や朝鮮の人たちが、
     日本人に、植民地支配の謝罪を要求するように、
     在日の人は、自分たち同士の取り決めを優先して、
     日本人の言うことを聞きません。
 
     日本人の指図(さしず)を受けることを、
     徹底的に拒否しますけれど、
     植民地支配の仕返しですから、根が深く、
     隣近所では、どうしようもできません。
 
     人数が、日本人よりも多くなり、力関係が逆転すると、
     急に、民族対立が表れますので、
     日本人は、逃げてしまいます。
 
     人数を見て、横着をする気持ちは、
     今も昔も、世界中、どこでも同じです。
     鉄砲がなければ、人数は暴力です。
     この場所では、少数派でも、
     国全体では、多数派のこともあります。
 
     日本は、国全体の鉄砲を、警察が、ほぼ独占しています。
     敵は、いわゆる暴力団だけですから、
     警察官と暴力団組員の精神って、
     とても似て来るのは、当たり前かも知れません。
 
二世紀に、古代ローマ人は、イスラエルの土地の名前を、
ペリシテ人の土地を意味するパレスチナに、改名しました。
すでに、ユダヤ人は、少数派になっていたのかも知れません。
 
ユダヤ人が故郷を離れて移住することを意味するディアスポラは、
イエスキリストという人の時代から、活発になりました。
ローマに占領されたので、エジプトやギリシャやローマに、
移住しやすくなったのかも知れません。
 
朝鮮や韓国の人も、
日本に占領されると、たくさんの人が日本に移住しました。
原爆が落ちて、アメリカ軍が日本を占領すると、
一層、日本に来る人が多くなり、
朝鮮戦争が始まると、難民のように、たくさんの人が流入しました。
 
一つの国が、広い土地を領有すると、
民族移動が容易(たやす)くなります。
ペルシャや、ギリシャや、ローマの支配は、それでした。
 
ユダヤ教だけでなく、
キリスト教も、ユダヤ民族の宗教を、旧約聖書として伝えています。
これがなければ、キリスト教は、栄えなかったかも知れません。
 
ユダヤ人は、コーカソイドと言われていますが、
ヨーロッパの白人には、異色の人間でした。
キリスト教が、ユダヤの民族宗教の言葉を残したのは、
故郷(ふるさと)を失ったユダヤ人の、誇りに見えます。
 
ヨーロッパの白人って、ギリシャ・ローマ人でなければ、
キリストという人の時代には、野蛮人かも知れません。
ユダヤの歴史って、すごい文明人の証(あか)しのようです。
 
ユダヤの血筋や伝承にしがみついた人たちは、
ユダヤ教徒として、ヨーロッパ人に差別虐待されました。
混血をしても、心では鼻が高く、
由緒のある傲慢な自尊心を、頑固に捨てませんでした。
 
民族の血筋や誇りにこだわらずに、
民族を超えた形而上学を信じた人たちは、キリスト教徒として、
ヨーロッパ白人の、それぞれの民族に受け入れられて、
同化しました。
 
キリスト教が、民族を超えた多民族の宗教に脱皮したのは、
すでにギリシャ・ローマに流行していたミトラ教との、
競争のせいとも言われていますけれど、
たんに、それぞれの民族の家庭に、
お嫁入りをしたり、養子になったりしたほうが、
生殖しやすく、生き残りやすかっただけかも知れません。
 
キリスト教の、新約聖書って、
旧約聖書というユダヤ教の伝承を覚えていても、
けっして私はユダヤ人でありません、
という言い訳のように聞こえます。
もはや、ユダヤ人でないけれど、
ユダヤ人の伝承を覚えていても構いません、
という二股を掛けるための、納得の仕方のような気がします。 
 
それなら、日本人も、日本の歴史や文学を、詳しく伝承しても、
もはや、日本人でなく、
民族を超えた歴史や文学の遺産として、いつまでも大切にします、と
言い訳を付ければ、良いのかも知れません。
 
新約聖書のような言い訳を付けて、さっさとアメリカ人になれば、
いくら混血をして、
アメリカ白人や黒人やインディアンなどに同化しても、
ちっとも、アメリカの人たちに怒られないと、思います。
 
男の心や、女の心も、その要領です。 
 
     ミトラ教は、たぶん、古代ペルシャの領域の中の、
     古代インドの文化地域から、
     ペルシャ全域に流行したものを、
     マケドニアのギリシャ人たちが、
     ギリシャに持ち帰ったものです。
     
     インドの宗教って、
     それぞれのカーストの御先祖を、
     神として祀(まつ)ります。
 
     カーストって、
     それぞれの産業の分野の、株仲間や座のような、
     排他的で暴力的な独占組織が、
     そのまま、同族の血縁組織でもありますので、
     同じ御先祖の神様や、祭祀のしきたりを共有しています。
 
     神話がくっついていますけれど、
     地中海沿岸や中国のような、神話と一線を画した歴史が、
     インドでは、記述されませんでした。
     歴史に残すよりも、
     重厚な神話を作るほうが、立派みたいなの。
 
     どうせ、記述された歴史なんか、
     嘘かほんとか、疑わしく、
     力の強い人が、自分の都合の良いように、
     歴史を書くのに、決まっていますから、
     そのような嘘八百の徒労を伝承するよりも、
     圧倒的な分量の創作神話を、何千年も積み重ねたほうが、
     有意義と思っていたのかも知れません。
 
     旧石器時代の発掘物の捏造や、
     ES細胞の研究成果の捏造などは、
     精神の病気の学術論文では、日常茶飯の当たり前ですから、
     どうせ、歴史や精神のような、
     しょうもない文学を作るのなら、
     神話を作ったほうが良いと、
     インドの人たちが確信したとしても、
     不思議でありません。
     
     旧約聖書や春秋のほうが、ヴェーダよりも優れている、
     という証拠はありません。
     現代日本の、裁判所の判決文は、
     たぶん、嘘の塊(かたま)りですけれど、
     ちゃんと、人を首吊りにして、殺していますから、
     インドの人の、
     幾重にも積み重なった神話のような価値観に、
     よく似ています。
 
     だって、判決文なんか、
     だれだれの言うことは信じられない、と言っているだけ。
     口先と、牢屋や首吊りだけですから、
     旧約聖書や春秋やヴェーダよりも、荒唐無稽です。
     連合赤軍のリンチ殺人事件と、ほとんど変わりません。
 
     法律家が、こんなのを信じるって、
     変(へん)な時代ですけれど、
     フランス革命から、こっち、
     中世ヨーロッパみたいに、暗黒時代が続いています。
     わたしたちは、古く暗く寒い時代の人間です。
 
     GID(性同一性障害)のための特例法なんか、
     お腹を抱えて笑った人もいます。
     治癒したGIDの人たちの中にね。
     ニューハーフのお店の広告や、
     TV(トランスベスティズム)のお店の宣伝みたいなのを、
     お医者さんや弁護士さんが、
     本気で演技しているのですから、吉本の新喜劇です。
 
     ミトラ教って、口承の神話しかありません。
     キリスト教の聖書のような、
     虎の巻や広告文書が、くっついていませんでした。
 
     やっぱり、GIDのための特例法のように、
     広告宣伝のチラシを付けると、お店が繁盛します。
     法律がチラシ広告であるって、
     噴飯(ふんぱん)ものでしたけれど、
     お金を儲(もう)けたいお医者さんや弁護士さんが、
     たくさんいます。
     ウル・ナンム法典やハムラビ法典の昔から、
     法律って、似たようなものです。
 
     ミトラ教は、特定の民族の、特殊な歴史の伝承がなく、
     民族の意地を、きっぱりと放棄していたかのようでした。
     民族の神でなく、カーストの神だったのかも知れません。
     たくさんの部族やたくさんの民族の対立を、
     カーストで解決するのは、
     インド特有の超越の方法でした。
 
     ゾロアスターやキリストの超えかたとは、
     違っていましたが、
     広大なペルシャの版図(はんと)ですから、
     地縁血縁の偏狭な民族の習慣に、
     いつまでも拘(こだわ)る宗教が流行することは、
     ありません。
 
     ペルシャに普及していたゾロアスターの考え方を、
     マケドニアのギリシャ人たちは、模倣しました。
     インドのミトラ信仰を、ヨーロッパに移植しましたが、
     後に、キリスト教によって、破壊されました。
 
     インドのカースト制度の、株仲間や座の商売よりも、
     地中海の為替や保険の効いた決済や取引のほうが、
     ヨーロッパの白人に、好まれました。
     ミトラって、ゾロアスター教のアフラマズダのように、
     太陽の神様であるだけでなく、契約の神様でした。
     ユダヤ教やキリスト教も、神様って、契約がお好きです。
 
     フェニキア人やギリシャ人が、
     地中海に港町を作った商売を、
     ユダヤ人は、受け継いでいました。
     神様との約束って、ようするに、商売のことね。
     端的には、海上運送の為替や保険のことです。
 
     シェークスピアは、ベニスの商人に、
     ユダヤ人を描写しましたけれど、
     海運業の取引形態を、知らなかったみたい。
     キリストって人も、素人(しろうと)さんでした。
 
     ユダヤ人は、ローマ時代に、
     すでに地中海沿岸各地に散らばっていましたので、
     仲間内の連絡網を使い、
     為替や保険を商(あきな)っていました。
     これがあったから、故郷(ふるさと)を離れました。
 
     歴史を記述しても、
     昔のことは、神話と区別がつきません。
     いかにも、事実のような編年体の叙述が、
     神話でないとは限りませんし、
     荒唐無稽な神話が、
     事実を現した歴史でないとも限りません。
 
     キリスト教がミトラ教に勝ったのは、
     歴史や神話の記述のことでなく、
     地中海の商売の仕方が、カーストの商売の仕方に勝った、
     という意味でした。
 
     ミトラ教も、江戸時代の世襲の株仲間や、
     現代の家元制度や、医師や弁護士の制度のように、
     独占と婚姻によって、
     仲間内が結束して商売をするための、
     談合の手口でしたけれど、
     ユダヤ人の結束と、為替と保険のほうが、強かった。 
 
     マケドニアのギリシャ人が、
     ペルシャで流行していたインドのミトラ教を、
     ヨーロッパに持ち帰ったのも、それが目的でした。
     カーストの商売の仕方で行こう、ということです。
 
     マケドニア人って、
     陸地の奥深くの、田舎のギリシャ人でしたから、
     地中海沿岸に、
     植民都市と言われる港町を、作っていませんでした。
     海や船や海運や港の商売を、知らないの。
     陸の王者のペルシャ人を、尊敬していました。
     
わたしは、15世紀以後に、突如として
ヨーロッパに現れたジプシーを思い出しますけれど、
ルーマニアでは、150万人以上もいますので、
行商や放浪や移住が、もとの姿でないことは、明らかです。
時代は異なりますが、ミトラ教も、ジプシーも、
インドの宗教や民族が、起源と言われています。
 
15世紀にもなってから、大量のインド人が、
三々五々、ヨーロッパにまで、行くかしら…
たぶん、ルーマニア内部の、
民族差別を受けた人たちが、ジプシーの起源ですけれど、
もしかしたら、ミトラ教も、
ヨーロッパに取り残されたペルシャの、遺物かも知れません。
 
ミトラ教やジプシーの起源って、
統合失調症みたいに、不思議ですけれど、
国内に150万人も抱えているルーマニアの人が、
知らないはずがありません。
現在のルーマニア人は知らなくても、
昔の人が記録しているはずです。
 
統合失調症も、御家族が知らないはずがありません。
御家族が精神科医のこともありますけれど、
乳幼児期に、すでに反射の異常が出ています。
統合失調症の症状でなく、発達障害です。
人により、症状が異なります。
 
でも、思春期以後の幻聴や妄想の中身は、
似たような症状になります。
アルツハイマーのような脳の器質の変性疾患でも、
そっくりの妄想の中身になります。
被害妄想や注察妄想などの、身の安全を危惧する症状は、
たぶん、病気でなく、健常である証拠です。
 
たとえば、お尻に出来物ができると、鏡を使って、自分で見ます。
よく見えないので、家族に見てもらいます。
それでも、自分の目で確認したいので、
家族に、デジカメで接写してもらいます。
 
当たり前のことですけれど、
将来、統合失調症になる子は、小学生の頃に、
すでに、お尻の出来物を、家族に見せません。
自分一人で、悩んで苦しみます。
見られるのが嫌(いや)と、本人が言っているのに、
強制的に裸にして、見るのも酷(こく)です。
 
それをされると、本人は、
力尽(ちからづ)くで、辱(はずかし)められたように、
生涯、記憶して、怨(うら)みを忘れないかも知れません。
 
なぜ、見せないと思いますか?
しっかりと見ないと、わからないでしょう?
自分一人では、よく見えないのですから、家族がいれば助かります。
 
本人は出来物のできたお尻を、
汚い、不潔だ、醜い、などと、思っています。
これを変更できません。
人も、自分と同じように思うだろうと、確信しています。
そんなことはないのに…
 
言葉に出さなくても、超能力のように、
人と自分の心は、通じていると思っています。
通じているのは、心でなく、共通の文化から来る共通の感情なのに…
文化は、人とともに変わりますし、時代とともに変わりますけれど、
統合失調症の人は、
幼児期に習得した文化的感情を、変更できないことが多いようです。
 
GID(性同一性障害)の人も、
子供の頃に学んだ文化と性欲の関係を、変更できなくなります。
1970年頃のMtF(male to female 男→女)の人たちは、
着物姿の女性に、男性が性欲を催す仕来たりを学びましたので、
自分が性転換をして、女性になっても、着物ばかりを着ていました。
一般の女性は、1970年頃でしたら、
着物を着るのはセレモニーの時だけでした。
 
事実関係を見極めて、合理的に対処する手順を、
すでに、頭に浮かべられなくなっています。
お尻に出来物の小学生ね。
他人の打ち明ける心に、共感できません。
自分と違っていれば、嘘に違いないと、思ってしまいますけれど、
自分が感じる通りに、他人も感じるのが正常であると、
決めつけるのは、困ったものです。
 
合理的な筋道(すじみち)を考えられなくても、
一流大学の入学試験の、数学の問題を、解くことができます。
わたしに、何冊ものノートを郵送した人もいます。
大学院レベルの数式が、ぎっしりと書かれていました。
新しい数学だそうです。
でも、統合失調症でした。
 
数学の問題を解けば、褒めてもらえますけれど、
お尻の出来物を、褒めてもらえることは、ありません。
そのような時こそ、御家族に見てもらえば、便利なのに…
御家族を信用していません。
統合失調症の人って、天涯孤独な人が多く、 
だれとも意志疎通ができないかも知れません。 
 
褒めてもらえなければ、孤独になるって、単純と思いません?
気持ちが良くなれれば、人と一緒に行動できますから、
みんなと一緒にいるのが、不快になる理由があります。
自分が一番でなければ、みんなと一緒にいるのが嫌(いや)と、
言う人もいます。
 
統合失調症の人って、精神の病気のように言われると、
必ずと言っても良いぐらいに、反撃します。
相手のことを、精神の病気であると、言い返すのが、普通です。
病識がありませんから、当たり前ですけれど、
GID(性同一性障害)も、ほぼ同じです。
 
昔、反精神医学というのが、日本でも流行(はや)りました。  
それによると、統合失調症って、
ユダヤ人やジプシーや被差別部落の人たちが、
差別虐待されるように、
精神の病気と診断されて、監禁されて、
強制的に治療されるそうです。
 
GIDのための性転換医療も、反精神医学の一翼でした。
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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