樅(もみ)です。
クリスマスツリーに使いますけれど、
北欧ではドイツトウヒを使うみたい。
樅(もみ)は、日本特産です。
果実が10cmもあり、すごく奇麗ですけれど、
高くて見えませんでした。
樅の球果って、松ぼっくりの、でかいのですけれど、
樹齢30年ぐらいにならないと、実をつけません。
雌雄同株(しゆうどうしゅ)でも、
木のてっぺんにしか、雌花(めばな)が咲かないので、
20mぐらいの高いところに、実が成ります。
山の斜面に育っている木を、上から撮らないと、仕方なく、
平地では、なかなか果実を見れません。
常緑広葉樹の中に混じっていますけれど、
それよりも少し標高の高い所に、
樅(もみ)と栂(つが)が、よく育ちます。
もっと標高が高くなると、落陽広葉樹の森になります。
樅の葉は、先割れで、栂の葉は、裏に白線が二本ですけれど、
樅の木でも、成長すると、あまり葉先が二裂しません。
イソップでは、樅の木が、茨(いばら)を馬鹿にして、
お前は何の役にも立たないと、蔑(さげす)みます。
茨の言うには、わたしは役立たずですから、
樵(きこり)が来ても、関係ない。
噂(うわさ)をすれば影で、斧を持った樵(きこり)が現れました。
樅の木は、震えていました。
わたしは幼稚園の時に、
O Tannenbaum (樅の木)という歌を習いました。
クリスマスの歌ですけれど、貞操の歌と教わりました。
何か、わかりませんでしたが、
季節が移ろいでも、いつも緑をたたえているので、
喜ばしい気持ちになる、という意味の歌詞でした。
GID(性同一性障害)は、性別が違うと、御本人たちが仰有るので、
性別の病気のように、聞こえますけれど、
ライフサイクルを実行できなくなる病気なんです。
子供を産んで、子供を育て、
同世代の人の仲間になり、職場の人と仲間になり、
老後の夫婦水入らずの生活を楽しみ、隣近所の人の仲間になり、
配偶者を介護して、最後は子供に介護されて死ぬ生活ね。
同世代の人と仲間になれずに、職場の人と仲間になれずに、
隣近所の人と仲間になれずに、配偶者も子供もなく、
介護することも、介護されることもなく、
孤独になろうとする病気の、症状の現れ方の一つが、GIDなの。
根本的には、みんなと協調するための、
人に共感する能力の不足があります。
高校や大学の、現代国語の入学試験の、
長文読解問題を解いてみるように、お薦めしています。
長文問題でも、漢字を答えるような、単なる記憶の問題は、
除外して結構です。
高校や大学の入学試験を受けた頃の、御自分の学力よりも、
良い点数でしたら、合格です。
現代国語の長文読解力が落ちているようですと、
もしかしたら、認知障害が進行しています。
みんなに共感する能力が落ちているの。
これは、知能検査で測ることのできる能力や、学力などとは、
少し違います。
みんなと協調しなければいけない社会生活に必要なの。
この能力が低いと、
外国語が不十分なのに、外国で生活するような感じに、
なってしまいます。
日本人って、外国語の習得能力が低いでしょう?
協調性が低いの。
女子サッカーのなでしこが優勝したのも、
俳句の季語を理解する繊細さも、
協調性の高さでないかと、日本人は思い込んでいます。
最初から、みんな一緒の品質なら、
協調能力なんか、要(い)りません。
欧米のように、多民族の殺し合いの社会では、
自分と違う人に、共感する能力が要求されます。
そうでなければ、朝から晩まで、
殺し合いに明け暮れなければなりません。
日本人は、そうして異民族を皆殺しにしたので、
品質の同じ単一民族の、平和な鎖国社会が残りました。
なでしこが勝ったのは、協調性が高かったからでなく、
同じ規格の人間が、揃っていたからに、すぎません。
違う人間に共感する能力が、精神の健康には、大切なの。
平和愛好家は、人殺しに共感できなければいけません。
警察官が、殺人事件の被疑者を憎んで、
軽蔑することしか、できないのでは、
日本のように、治安が良いとしか、
統計に現れない社会になります。
諸外国に比べて、刑事被告人の有罪が、異常に高いのと、
統計上の治安の良い国であるのとは、同じ意味みたい。
犯人を捕まえてから、書類を作りますから、
捕まらない事件は、なかったことに、なっています。
責任能力がないとされて、裁判所に棄却される事件って、
ほとんどありません。
責任能力は、警察や検察の判断の通りに処理されていますけれど、
警察や検察の人って、精神障害者をたくさん見ているくせに、
典型的な統合失調症を、識別できません。
それどころか、
精神科のお医者さんなのに、統合失調症を識別できない人も、
たくさんいます。
つい最近では、足の爪が伸びて、羊の角みたいに円を描き、
自分の指を突き刺していた患者さんがいました。
靴下を履いて、靴を履いて、歩くと指が痛いので、
100mも歩くと、休まなければいけません。
歩く時は、パーキンソン病のような歩き方になります。
統合失調症の患者さんですので、
主治医は抗精神病薬の副作用と思っていました。
患者さんは、爪が伸びているので痛くて歩けないと、気づきません。
抗精神病薬って、感覚が麻痺するだけでなく、判断力も低下します。
主治医のほうは、足の爪に気づかないだけでなく、
判断力の低下や、歩き方を、
お薬の副作用にしては変(へん)と、気づかないのですから、
一人が雄牛の乳を搾(しぼ)れば、
もう一人が笊(ざる)で受けるようなものです。
診察室で問診して、入院患者を回診するだけの、
精神科医の能力って、こんなものかもね。
患者さんの診察室でのお言葉に、お薬を出しています。
あの薬は効く、これは効かないと、ブログに書いていますから、
三流高校出身のお巡りさんも、一流大学出身のお医者さんも、
似たようなものです。
もしも、御家族の人が健常でしたら、
お医者さんとは、比べものにならないくらい、
たくさんのことを知っています。
毎日、患者さんの世話をしていますから、
御家族が拒まない限り、お会いする機会があれば、
根掘り葉掘り、聞き出したい気持ちになります。
でも、精神科医は、御家族に、ほとんど何も尋ねません。
余計なことを、知りたくないの。
とうせ、統合失調症やGID(性同一性障害)なんか、
脳味噌の器質的な病気の仕組みが、わかっていませんから、
文学的な解釈を振り回しても、仕方ありません。
それなのに、お薬を使って、強制的に鎮静するって、
患者さんが、悪いことをするから、
それができないようにしてしまうしか、仕方ありません。
やる気が涌いて来なければ、しんどいので、
お酒を飲ませるように、抗不安薬を飲ませて、
ほろ酔い加減で、眠らせています。
お薬の代わりに、性転換のほうが良いと、患者さんが所望するので、
統合失調症はやめて、
GID(性同一性障害)と診断するようになっただけです。
精神科よりも、美容外科のほうが良いそうですが、
両方なら、もっと良いのかしら。
なんとなく、痴呆老人のお金に、悪徳商人が群がるように、
精神障害者に、各種診療科のお医者さんが、
集(たか)っているみたい。
マイケルジャクソンって人も、
最期は、心臓が専門のお医者さんに、かかっていたそうです。
各種診療科がハイエナみたいに、
お金持ちのマイケルに食らいつきましたので、
お医者さんにかかる、と言うよりは、
病気に罹(かか)るような有様でした。
GIDも、お医者さんという病気に、罹っているのでないかしら。
医原病かも知れませんが、
お医者さんが、ばい菌のように消毒されないかと、心配します。
GID(性同一性障害)って、ライフサイクルの病気ですから、
自分史を書いてもらい、
心の性別が、日常生活の実態によく表れているので、説得力がある、
などと感想を述べる精神科医は、あほかも知れません。
わたしも、その一人ですけれど…
ドイツの『ブリキの太鼓』っていうノーベル賞の人の小説の、
主人公の男の子は、3才の時に、自分から成長を止めたので、
身長の低い子でした。
性分化疾患には、身長の低い人や高い人が、たくさんいますけれど、
めったに、低い子が再び伸び始めることは、ありません。
小説の主人公は、
ナチスドイツが負けてから、身長が伸び始めましたので、
まるで、GID(性同一性障害)のようです。
GIDでは、約半分の人が治ります。
男でも女でも、体の性別は変更できないけれど、
心は、どちらの性別にも適応できると、自覚するようになります。
作者のギュンター・グラスは、ノーベル賞を受賞しましたけれど、
戦争時代にナチスの親衛隊員でしたのを、みずから告白したところ、
ポーランドやオランダやユダヤの人などから、
ノーベル賞を返せと言われました。
でも、ドイツの人は、とても好意的でした。
『ブリキの太鼓』は、精神病院の住人が回顧した話ですから、
GIDの人に、似ているかも知れません。
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