よく見掛ける街路樹ですけれど、花の時期は、とても奇麗。
統合失調症やGIDの、認知障害って、
いくら進行しても、ヒステリーと同じ種類の、精神の病気に見えます。
わざと、やっているようですけれど、御本人は自覚していませんから、
わざとでありません。
でも、わざとやったのと、
同じようなお膳立てや下工作があります。
万引きをする人は、ちゃんと周囲の様子をうかがい、
本の中身を抜き取り、ケースを棚に返します。
常習犯の手口の一部始終が、ビデオに録画されています。
無意識にできることでありませんが、
お店を出てから、声を掛けられ、
鞄(かばん)の中から、本が出て来て、ビデオを見せられても、
自分は絶対にやっていないと言い、
掛けられた嫌疑を、わざわざ遺書に書いて、
汚名を濯(すす)ぐために、自殺します。
わざとやったのを、自覚していましたら、嘘と言いますが、
たいていは、身に危険の及ぶことや、損になることを、しません。
うまく行けば、儲(もう)かるとか、スリルを味わうとか、
本人にとって、現金な動機から、万引きをします。
警察の人の言うには、やった時は、自覚していても、
やってしまった後で忘れる人が、もの凄く多いそうです。
自分はやっていないと、シラを切りますが、
本当に記憶のなくなる人も、います。
万引きの冤罪(えんざい)を晴らすために、
本当に自殺をしたのでは、採算がとれませんが…
ヒステリーの記憶障害では、
自殺や自傷を、ものともしませんから、捨て身です。
失われた記憶のために、それぐらいの代償を支払うと、
確かにヒステリーと言われます。
ミュンヒハウゼン症候群や、GID(性同一性障害)って、それです。
自覚して行なったくせに、事後に記憶を失いますが、
嘘でなければ、間違いかも知れません。
ヒステリーって、間違いのほうですけれど、
変更不能な心ですので、精神の病気とされています。
認知障害です。
わざとやったのに、変更不能になると言うよりも、
変更不能な心だから、わざとやったのかも知れません。
大切な記憶を、いとも簡単に失う条件反射を作るのと、
自分や他人の、命や体を粗末にする考え方や素質とは、似ています。
三島由紀夫って人の、自殺みたいなものですけれど、
連合赤軍のリンチ事件や、オウムのサリン事件なども、
似たようなものです。
法的には、責任能力が完全である、とされます。
そうでなければ、悪いことをした人は、みんな、
記憶がないような、振りをします。
ヒステリーって、
振りでなく、本当に記憶がなくなっているのですが、
統合失調症の認知障害も、よく似ています。
ストレスが掛かると、
因果関係の記憶を失ない、精神運動興奮をきたします。
事実の前後関係が、飛んでしまい、
他人や世間の、理不尽さや横着に、
辛抱できなくなります。
何がストレスになるかは、人によって異なりますが、
不当な不利益が、自分のせいで起こったのでないかとか、
自分の怠惰や過失がなければ、防げたのでないかとかと、
自分で自分を責めようとすると、
ストレスになり易いみたい。
反省を拒む気持ちと、
人から被害を受けていると確信する気持ちとは、
似ているようです。
ヒステリーの人って、他害と自傷が、
ほとんど表裏一体の、裏腹(うらはら)になっています。
戦争の原因は何かと、問うても、
立場や考え方によって、
原因と結果の、因果関係が変わるだけで、
原理的には、意見にすぎません。
戦争のような、社会的な出来事の責任だけでなく、
事実の自然科学的な解明も、
因果関係って、時間の前後しか、決定的でありません。
近代的な力学や、現代の実証的な科学技術も、
便宜的な理由や辻褄合わせの、
こじつけのような気がします。
法律や数学のように、
整合性があるのは、定義されたものだけですから、
馬鹿馬鹿しいぐらいに、当たり前です。
経験的な事実を、数学や論理学のように定義しても、
たぶん、経験事実と論理は違うと、わかるだけです。
原因と結果なんか、所詮は理由にすぎませんけれど、
世界や人生と、論理や定義は、一致しないと言えば、
自然科学者は、納得しません。
人生はともかく、自然や宇宙は、論理と一致するそうです。
わたしには、孫や、近所のお年寄りや、患者さんや、
人生や法律や、現金な人情のほうが、自然です。
ヒステリーや統合失調症の人って、
肝心なところを、きちっと忘れますから、
解体や支離滅裂と表現されるように、
判断の理由や、物事の因果関係が、失われますけれど、
肝心なところって、
ようするに、ストレスの掛かるところです。
実際に、自殺や自傷や他害も、
自分の損失を、ものともしません。
ある統合失調症の患者さんは、
毎日10回ぐらい、御家族に電話を掛けています。
御家族のお金が盗まれるとか、御家族が殺されるとかと言い、
用心しろと、電話を掛けます。
億単位のお金が、銀行に振り込まれるはずなので、
引き出すようにと、家族に要請します。
振り込まれていなければ、誰かに盗られたと言います。
場合によっては、家族に盗られたと。
御家族が、何度も聞き直すと、患者さんは怒ります。
理由がわからないようでは、だめだと言います。
盗まれるや、殺されるや、お金を引き出せなどと、言われても、
健常な人は、理由のない話に、乗れません。
患者さんは、物事の真理が見えるそうで、
御家族のことを、馬鹿たれと罵って、ガチャンと電話を切ります。
これが、一日10回です。
病院の食事には、毒が入っていると言い、
給食を食べずに、売店の弁当を食べます。
衣服や日用品も、入院患者に盗まれるそうです。
半年以上も、保護室に入っています。
ところが、間食を食べるので、お小遣いがなくなりました。
御家族が、御本人の年金を入金してあげると、
いっぺんに、御家族に無理難題を吹きかけなくなり、
病院の食事を食べるようになりました。
御家族に、迷惑を掛けたと謝り、
大人の会話のように、電話ができるようになりました。
まるで、電撃のようなものです。
入院してから、お薬は変わっていません。
これって、認知障害なんですが…
電撃は、頭の皮膚の外側から、
体が痙攣するほど、脳味噌に電気を流すと、
ストレスを忘れて、一時的に気持ちが良くなります。
邪魔な電気が、神経細胞に流れて、
いつもの機能が阻害されるせいで、部分的に記憶を失ないます。
DBS(脳深部刺激療法)のように、
脳味噌に電極を刺し込んで、電気を流すのと比べて、
大雑把なものですけれど、効く原理は同じです。
電撃は、一時的な電流ですけれど、
電極を入れる治療では、
脳の局部に、微弱な電流を、断続的に細かく流します。
要するに、余計な電気によって、
脳の機能を、部分的に邪魔しますが、
お薬と比べて、場所を限定できることから、
気が利いていると、言う人もいます。
電撃って、一時的ですので、
ストレスが溜まって来ると、また、おかしくなります。
年金を、お小遣いとして振り込んでもらっても、
数日で、元の黙阿弥になります。
自分の年金を、家族が使い込んでいるのでないか、
誰かに盗られているのでないかと、心配していたのかも知れません。
小遣いの金額が減って行きますので、不安です。
年金を、しっかりと自分の手の中に、確保して置きたくても、
精神科の入院病棟では、ままなりません。
何が心配なのか、自分で纏(まと)められません。
言葉に表現できません。
条件反射って、無意識に行きますから、
そう簡単には、自分でどうなっているのか、わかりません。
脳の機能の大部分は、条件反射の塊(かたまり)のようなものです。
ケースワーカーや、医師や、看護師や、臨床心理士などを、
信用していません。
自分にもわからないものを、人に説明できません。
御家族にも、説明できません。
毎日毎日、すごいストレスが、積み重なって行きます。
進行するの。
蜥蜴(とかげ)の尻尾を切るように、
嫌(いや)なことや、苦しいことを、切り落として行きます。
そういう条件反射みたいなものです。
御家族が亡くなれば、身寄りがなくなりますから、
一生、入院病棟から、出られないかも知れません。
御家族や自分の財産を、人に盗られるようなものです。
心配の正体を自覚できずに、
理由もない不安だけが、得体の知れない化け物のように、
覆(おお)い被(かぶ)さって来ます。
統合失調症の患者さんは、抗不安剤が入っていますので、
パニック障害のように、突然、理由もない不安や恐怖に襲われて、
自制しようもなく、暴言や暴挙を実行してしまうことが、
よくあります。
抗不安剤って、お酒みたいに、我慢する気持ちが希薄になり、
投げ遣りに、自暴自棄に、衝動的に、やってしまいます。
ちょっとぐらいですと、気持ちが良くなり、眠たくなりますけれど、
お酒も、そうでしょう?
たくさん飲むと、どうなるかは、言うまでもありません。
健常な人でしたら、眠ってしまいますけれど、
統合失調症の患者さんは、眠らないように頑張るかも知れません。
抗精神病薬のせいで、しんどくなるのを、
併(あわ)せて抗不安剤を飲むことによって、誤魔化します。
妄想や精神運動興奮と言われて、
変なお医者さんに、抗精神病薬を増やされるかも知れませんけれど、
増やせば良いと言うものでありませんし、
減らせば良いと言うものでもありません。
薬物療法って、対症療法に過ぎませんから、厄介です。
GID(性同一性障害)のSRS(性転換手術)も、それですが…
統合失調症の具体的な症状と、お薬との関係は、
一杯ありますけれど、
なんとなく、わたしには、卑近なことのように思えます。
インターネットで紹介しても、仕方ないってね。
紙おむつに溜まったウンコの質感や匂いを、
具体的に報告するようなもので…
そりゃあ、いろいろなウンコが、ありますけれど、
お薬の商品名と、ウンコの具体例を掲げて、
一生懸命、ブログで検討しているお医者さんを見ると、
この人は、ウンコばかりで、
肝心の脳味噌が、足りないのでないかと、疑います。
そんなことを言うと、ぜったいに仕返しをされますから、
言いません。
思春期に、認知障害が一気に進み、
二桁と二桁の足し算や、物事の手順を立てられなくなり、
顕著な実行機能障害の現れた人がいました。
精神科を受診したことがなく、
統合失調症と診断されたこともなく、
御本人は、自分の病気に気づかずに、
結婚して、子供を産み、無事に長寿を全うしました。
お子さんの一人は、健常で、一人は統合失調症です。
そのほかにも、たくさんいますけれど、観察していません。
GIDの人も、いたようです。
統合失調症の残遺症ですけれど、
これを診断できる精神科のお医者さんは、
少ないかも知れません。
最近は、お薬の入らないうちに、
認知障害が行くところまで行ってしまった人を、
あまり、観察できなくなりました。
抗精神病薬が1950年代中頃に普及しましたので、
それ以前に発症して、自然に症状の固定した人は、
まだ存命かも知れません。
抗精神病薬ができてから、
真綿(まわた)で絞め殺されるように、
症状がじわじわと進行するようになりました。
精神運動興奮を、お薬で鎮静しますので、
統合失調症の患者さんの中でも、
お薬の効く症状が、
病気の原因でない患者さんにとっては、
かえって、生き地獄かも知れません。
統合失調症のほとんどの患者さんは、
ドーパミン神経の機能亢進が、
統合失調症の原因でありません。
ドーパミン神経の機能は、正常の人が、
ほとんどですので、
抗精神病薬を使った薬物療法は、対症療法にすぎません。
ドーパミン神経の機能が正常なのに、
ドーパミン神経の機能亢進が起こり、
自力で鎮静できなくなるのは、
ようするに、何かがドーパミン神経に対して、
興奮しろと、命令しているからです。
ドーパミン神経は、正常だったので、
命令の通りに、従順に作動しただけです。
それなのに、抗精神病薬によって、
強制的に鎮静させられますので、
麻薬漬けやアルコール漬けにされるのと、同じです。
もう、習慣化されてしまうと、
ドーパミン神経の調節機能が壊れてしまい、
おそらく、元に戻りません。
それでも、興奮して、
自力で鎮静できなくなったのですから、
お薬を使って、無理矢理に鎮静させなければ、
仕方ありませんでした。
昔は、ロボトミーのように、脳味噌を切りましたから、
それに比べると、ましだろう、と言うことです。
ひと思いに切らずに、薬物療法によって、
底なし沼のように、ダメにして行くのが、
ましなのか、どうかは、わかったものでありません。
お薬のほうが、ロボトミーよりは、ましでも、
お薬を使わずに、座敷牢に入れて、
勝手に苦しませて、行くところまで行かせたほうが、
認知障害が、軽く済むかもしれません。
お薬屋さんが、真顔(まがお)で、
抗精神病薬の真っ当な機序を説明しているのは、
相当な悪徳に見えます。
放置して、苦しませて置くだけの勇気が、
誰にもありませんから、
お薬を使うほか、仕方ありませんけれど、
GID(性同一性障害)の性転換も、似たような仕組みかも。
昔は苦しんだ挙(あ)げ句に、
短期間のうちに、一気に認知障害が進みました。
うまく、あほになってしまえば、その後は認知障害が進行せずに、
わりと軽症の残遺症を、
慢性的に持ち続けるだけで、済んだかも知れません。
うちの母の、子供の頃の大正時代には、
精神病の人って、座敷牢に入れられているのが、普通でした。
民家に監禁されていたので、
子供たちは、みんなで見に行ったそうですけれど、
お薬がなかったのに、
ほとんどの患者さんは、大人しくしていました。
痴呆になれば、牢から出してもらえます。
病気が進行してしまうまでの、待ち時間を、
拘禁して置くようなものです。
患者さんは、勝手に苦しんで、痴呆になります。
御家族に閉じ込められているのは、
もしかしたら、安心かも知れません。
認知障害って、そういう理屈です。
苦しまなくて済むところまで、
自分で認知機能を犠牲にします。
脳の器質に、原因となる病変の発見されない種類の、
認知障害ですけれど、
苦しくなくなるほど、痴呆になれば、完了ですから、
性転換に似ているでしょう?
蜥蜴(とかげ)の尻尾を切るのが、精神運動興奮の役割です。
興奮して、わざと、苦しい神経を切ります。
実際は、封印するだけですけれど、
わざとあほになって、苦しみという被害を、自分で防ぎます。
認知障害って、蜥蜴の尻尾切りの後遺症です。
蜥蜴(とかげ)でしたら、また生えてきますけれど、
なかなか、一人前の尻尾にならないでしょう?
蜥蜴の寿命から考えると、どうなのかしら。
一生、尻尾が上手く生えないうちに、死ぬのでないのかしら。
人間の場合も、封印するだけと思いますが、
一生、復活しないみたい。
復活すると、また苦しみます。
わざと興奮するのも、たぶん、自分で作った条件反射ですから、
自分で苦しんで、
苦しみの元凶の、あたり一帯の神経の機能を、自分で封印して、
自分であほになって、もう苦しくなくなれば、
めでたしめでたしって感じかしら。
統合失調症って、抗精神病薬を飲むから、
陰性症状が起こるのでないかと、疑われています。
だって、妄想や幻聴などの興奮のない時に、
統合失調症と診断するのは、かなり困難です。
現実には、精神運動興奮が目立つようになってから、
統合失調症と診断されて、抗精神病薬を飲むと、
陰性症状が、目立つようになります。
あとから考えると、
興奮して積極的に妄想をぶちまけるために、出歩くようになる前の、
ひきこもった状態が、すでに、異常であったと、わかりますけれど、
その状態で、診断しようにも、
周囲の人が、精神科に誘いませんし、御本人も受診しません。
統合失調症の前駆症状として陰性症状や、
アスペルガーなどに、エビリファイというお薬を使う人もいます。
インターネットで、診断名に対して、これこれのお薬が効くなんて、
言えるのかしら。
そんな根拠を、ネットで伝えられないと思います。
診察室と、入院病棟の中でしか、
患者さんの症状を、診たことのないお医者さんだったりしてね。
患者さんって、自分のどこが、どういうふうに病気なのか、
わかっていませんから、
苦しいと思うところを訴えます。
お医者さんって、走り幅跳びの選手のように、
砂場と踏み切り線がなかったら、足がすくんで跳べなかったり。
お薬によって、統合失調症の前駆症状や、アスペルガーを、
治そうとすれば、
たぶん、精神の病気を、製造することになります。
患者さんは、自分の苦しさを取り除くように、生活したところ、
みんなに、精神の病気と言われる羽目になったのですから。
心の中のことを、人に伝達する表現が、変なんです。
コミュニケーションの仕方が、独自なので、
精神の病気と言われている人が、たくさんいます。
人と同じ言葉を使っても、
人とは意味が違うと思っている患者さんが、たくさんいます。
患者さんの言葉を頼りに、お薬を出すって、
一発勝負でないのだから、出した後のことも、大切です。
インターネットで、一般の読者に、
お薬の商品名と診断名を出して、伝えられるもので、ありません。
わたしなら、御家族から、日ごろの生活ぶりを聞き取ります。
だって、一旦、統合失調症と診断されると、
抗精神病薬を、一生、飲み続けますから、
誤診は、人を、いわゆる廃人にしかねません。
精神科を受診して、主治医に尋ねてみなさいって、
患者さんに勧める意味では、良いかも知れませんけれど、
あまり、お薬や手術に頼らないほうが、いいと思います。
希望を持って、みんなと一緒に、気持ちよく暮らしてもらうのが、
良いのですけれど、
できるだけ、体を壊さないように、わたしはお薦めします。
お薬や手術は、補助的な手段と思って下さい。
統合失調症の患者さんの中に、
お薬を飲まずに、息巻いている人が、たくさんいます。
薬漬けを批判している人って、わりと、うまく行っています。
統合失調症と、すぐにわかりますけれど、
一般の人に、気づかれずに、やっている人が少なくありません。
精神科医を敵に回している人の症状が、結構、軽いって、
興味津々です。
元気があって、いいと思うの。
そういう人たちって、一生、抗精神病薬を飲み続けることに、
反対しています。
わたしも、抗精神病薬をたっぷり使うっていう考え方が、疑問です。
たっぷり使っても、進行が止まらないどころか、
かえって、進行しやすいみたいなの。
できるだけ、調子のいい時を狙って、
減らしてみることを、怠りません。
上の例の、統合失調症と診断されたことのない人は、
軽症ですし、
成人してから、認知障害が進行しませんでしたので、
もしも、悪いことをしていましたら、
人格障害と精神鑑定されて、
死刑になっていた可能性がありました。
発症する前の日記が残っていて、
たいへんな早熟の読書家です。
日記の内容から、知能が優秀であったと、わかります。
小学校の工作の作品が残っていて、
手先も器用であったと、わかります。
兄姉姉妹や配偶者の聞き取りから、思春期に発症して、
結婚する頃には、症状が固定していました。
当時は、親の命令によって結婚する時代でしたから、
配偶者を選ぶ権利は、当人にありません。
結婚生活が上手(うま)く行かなければ、
全面的に当人の責任とされましたが、
親の見立てが不味(まず)かったと、
世間の人は思うかも知れません。
戸締まりは厳重で、一人では寝られませんし、
友達はなく、家族と一緒でなければ、外泊もできません。
いつも、他人に家を覗かれて、
家庭を狙われていると思っていました。
自分の思いを、他人に知られている気持ちがしますので、
自分の知っていることを、他人が知らないと、
その人を、馬鹿と侮(あなど)ります。
当然、個人的な経験と、
みんなに共通の経験との、違いがわかりませんし、
自分の心の中だけの出来事と、
みんなで共有することの可能な事実との違いも、
わかりません。
この事実って、客観的事実と言われるもので、
人とのコミュニケーションがなければ、
習得されない文化の形式です。
物事が上手く行かないと、すぐに怒り出して、
解決の手順を、考えられません。
融通が効かず、発症後は知能も低かったのですが、
美形でしたので、黙っていても、
知能の低い人たちの、憧れの的(まと)でした。
もしかしたら、美形であることが、
思春期の発症の、きっかけだったのかも知れません。
美男美女でしたら、何もしなくても、人に褒められます。
子供の頃は、上手(うま)くやっていたのに、
大人の社会生活を要求される思春期や青年期に、
嫌(いや)なことや、苦しいことを、
合理的に処理できなくなりました。
興奮して、不可逆的に認知障害をきたす人もいれば、
興奮せずに、認知障害になる人もいます。
抗精神病薬が普及してから、
興奮が不完全になりましたので、
認知障害も不完全になり、
症状が固定せずに、じわじわと進行する人や、
何度も進行と停止を、繰り返す人が、
多くなったのかも知れません。
戦前から、興奮しない人は、行くところまで行かずに、
じわじわと、認知障害が進行し続けましたけれど、
興奮しないで、あほになって幸せに暮らす人もいます。
お医者さんになる人の中にも、
その一種と思われる人が、いらっしゃいますが、
お医者さんは賢いのに決まっていますから、
言ってはいけません。
精神運動興奮って、使いすぎによる機能の疲弊から、
血糖値の調節機能が、
不可逆的に低下するようなものですけれど、
疲弊しやすい素質と、
暴飲暴食に運動不足のような、不摂生な生活習慣とが、
重なるようにして、糖尿病を発病するみたいに、
不摂生な生活習慣に相当するものが、
統合失調症の人の、
わざと興奮する条件反射のようなものかも知れません。
認知障害なんです。
これが進行するって、
早い話が、社会から隔離されれば、
行くところまで行きます。
みんなと一緒の社会に暮らして、
ストレスが少なければ、あまり進行しません。
統合失調症でも、GID(性同一性障害)でも、
みんなと違うのを、良いことと確信して、
どこまでも、みんなと一緒になることを拒否する人は、
行くところまで行きやすいようです。
生まれつきに、みんなと違っていて、
変更できない人が、世の中には、たくさんいます。
わたしは、昔の性分化疾患の人の、
SRS(性別再判定手術)に関わったことから、
GIDのSRS(性転換手術)を知りましたが、
生まれつきに、何がみんなと違い、
何が変更不能なのかを、
GIDは、一人一人について、
それぞれに特定しなければいけないので、
容易でありません。
できるだけ、事実に違(たが)わずに、
融通が利くように、余裕を持って判断してもらいますが、
判断の具体的な中身にかかわらず、
いったん、判断してしまえば、
必ず融通の利かなくなる人もいて、認知障害と言います。
刺青を入れると、消せないのに、
自分から全身に刺青を入れるように、
わざと、判断を変更できなくして、
何事につけても、他人との社会生活を、
コンクリートで固めようとします。
これって、精神の病気であればあるほど、
立派であると、確信しているのと、同じです。
非行少年少女の中には、
妊娠したり、人を殺したりするほうが、
立派と思っている子がいます。
神戸の酒鬼薔薇って子みたいなものかしら。
悪いことをするのを、立派と思っているのは、
厳しく躾(しつ)けなければいけませんが、
融通が効かなくなるのを、立派と思っているのは、
精神の病気が、
行くところまで、行かざるを得ない羽目になります。
わが道を行くと言って、頑張る人には、
幼児期から、すでに、
ひとりぼっちになる寂しさに、耐えられなかった人が、
少なくありません。
見捨てられ不安って言う人もいますけれど、
そういう自分なので、
みんなと一緒でなく、自分一人になっても、
寂しくないように、頑張らないといけないと、
自分を奮い立たせるのは、、
当たり前と言えば、当たり前でしょう?
みんなからはぐれて、
自分一人だけ、置き去りにされる不安と、
わが道を行くと言って、とことん頑固になる生き方って、
矛盾しているみたいに見えるので、
昔の統合失調症の研究者の、ブロイラーって人みたいに、
両価性と言って、
統合失調症の特徴の一つとする人もいます。
わたしには、置いてけぼりにされて、
ひとりぼっちになりはしないか、という不安も、
その反対に、
たとえ、一人ぼっちになっても、淋しくなんかないと、
強がりを言って、
どこまでも、頑張ろうとする気持ちも、
普通のような気がします。
発達障害の症状に、人の目を見て話さないので、
アイコンタクトを取れない、なんて書いてあったりね。
お医者さんなんか、カルテに書いてばっかりで、
あんまり、患者さんを、じろじろと見ません。
ちらっ、ちらっと、一瞬、盗み見るだけ。
人の目なんか、じっと見ていたら、
睨(にら)めっこになって、変でしょう?
深淵を見ていると、深淵もまた、こちらを見ているって、
ニーチェだったか、誰だったかが、
言っていましたけれど、
人の目を見るって、
暗示に掛かりやすい女の子が、大好きです。
発達障害の診断基準に、
アイコンタクトが取れない、なんて書いてあったりすると、
深淵って、目玉のことなのかしら、
ニーチェの言葉ですから、お尻かも知れない、
と思ったりします。
関西では、お井戸って、言うでしょう?
臨床心理士の人の言う発達障害って、
カイロプラクティックやエステティックみたい。
きっと精神科医や形成外科医も得意です。
進行しますと、
統合失調症と診断しても、構いませんが、
抗精神病薬が効きませんから、告知しないと思います。
わが道を行く人。
GIDの中にも、発症後10年ぐらい経過すると、
そろそろ、進行するのが見えてくる人もいます。
10年間ぐらいは、
親や、マスコミや、お医者さんと一緒に、
みんな、遊び呆(ほう)けて、
どんちゃん騒ぎで、手術まで行きますから、
なかなか、わかりません。
宴(うたげ)のあとに、夜が白(しら)むように、
だんだんと、わかって来ます。
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