榎(えのき)の実は、小鳥が大好きなので、すぐに売れますけれど、
榎という名前の人は、小鳥が好きと限りません。
焼き鳥が好きだったりして。
榎や、椋(むく)の木は、吊し柿みたいに、
人間が食べても、美味しいけれど、
タネが大きく、実が小さいので、人間向きでありません。
でも、美味しそう。
今日の記事の、最後のほうで、
自我の境界性のことを、拡張性と書いていました。
GID(性同一性障害)の、性同一性って、
ジェンダー・アイデンティティ(Gender Identity)ですけれど、
日本語では、性自認とも訳されます。
変な翻訳。
自己同一性の形成に、発達の未熟や異常があるってことですけれど、
どこに、その症状が現れているか、って問われると、
性別の自覚に、症状が現れている、って意味です。
GIDは、自我障害の一種です、っていう命名の仕方。
自覚される性別って、ジェンダーのことです。
セックスのことでないかと、尋ねられますけれど、
人間以外の動物でしたら、自動的に性交渉を行ないますから、
セックスという体の性別を、自覚する必要はありません。
人間は、オートマチックに性交渉を実施する機能が、
退化していますので、
自分の体の性別と、相手の体の性別を、認識しないと、
性交渉ができません。
体の性別を認識するって、識別することですけれど、
自覚すると言います。
人間だけのことです。
体の性別、つまりセックスを自覚しても、
それだけでは、自覚って、何の用もなしません。
実際に、マニュアル操作で性交渉を実行するときに、
自覚された性別を使います。
そうすると、自覚された性別が、
いつのまにか、ジェンダーに変わります。
セックスが、ジェンダーになっちゃうの。
どこに、手品の種(たね)があるかと言うと、
自我の機能の中の、意志という機能にタネがあります。
GIDの人の意志って、嘘をつく機能です。
意志は、早い話が、手持ちの情報から、
これこれの確率で、こうなるだろうって、
将来の状況を見積もり、
その時は、こうするのが良い、
今までは、そうだったので、
これからも、そうだろうって、
未来の自分の行動を、心積もりすることを言います。
自分は、こうする、ってことですけれど、
別の言い方をすると、わざわざ自分の自由を拘束して、
自分はこうであると、自分を規定して、
頑固になることです。
もっと、単純に言うと、
個体って、過去の通りにしか、未来も行動できません。
あほなの。
それを、ぶち壊してくれるのは、
未来の予測困難な状況です。
でも、それって、自分がぶち壊したのでないのなら、
なんとなく、受動的でしょう?
未来の状況を類推して、自分の行動を心積もりするのも、
過去に正直でしたら、受動的と言っても構わないし、
論理的な演算の間違いも、受動的なものでしょう?
意志って、やっぱり、
わざと嘘をつくから、価値があるのかも知れません。
わざと、上手く行く確率の低い所を見積もって、
コロンブスやシュバイツァーみたいに、
大穴を狙うとかね。
慶応の子の、痩せ我慢の精神。
ところが、
わざと嘘をつく意志は、精神の病気と言われます。
ヒステリーが、そうですけれど、
GID(性同一性障害)も、それです。
ジェンダーって、体の性別(セックス)を、
衣服や、言葉遣いや、態度物腰や、持ち物などの、
文化的な印によって、表示するだけでしたら、セックスと同じです。
でも、嘘をつくから、
ジェンダーっていう特別な概念が必要になります。
インドヨーロッパ語では、単語の一々に、
ジェンダーっていう性別があります。
単語にセックスなんか、ありませんから、大嘘(おおうそ)です。
単語によって示されている生物の、セックスを言っていますけれど、
服装や、行動の仕方や、道具なんか、流行文化ですから、
それらによって示されるセックスは、しょっちゅう変わります。
文化に表現されるセックスが、流行によって変わるのは、
ジェンダーが嘘つきの証拠かもね。
嘘をつくヤツが出てくるから、流行が変わるみたい。
ジェンダーに同一性があるとするのは、おかしいと思いません?
服装や、言葉遣いや、行動や、物体の流行に、
同一性なんか、あるわけがない。
性別に現れる自己同一性って、セックスの自覚のことなのに、
ジェンダーにアイデンティがあるって、
でっち上げじゃないのかしら。
文化的流行って、時代によって簡単に変わるのに、
インドヨーロッパ語の単語の性別が、ちっとも変わらない不合理を、
GIDっていう疾患名にこめて、
憂さ晴らしをしているだけじゃないかしら。
性同一性やジェンダー・アイデンティティなんか、ありませんって、
日本の精神科のお医者さんは、はっきりと言うべきです。
性自認なんか、ないってね。
欧米人は、あほです。
嘘をつく意志が、
ヒステリーみたいに病気と言われるのは、
物事を変えたり、作ったりする手順が、
頭に浮かばなくなる認知障害のことを言っています。
人間の意志って、
過去の上手(うま)く行った行動を、裏切れないので、
受動的かもしれないだけでなく、
未来の状況を、
過去の通りにしか、予測できなかったのに、
予想外の状況が、お決まりの頭を、ぶち壊してくれるのも、
また、受動的みたいに見えます。
でも、未来の状況を、自分で作ることもできるの。
自分の未来の行動を、過去の通りに見積もるだけでなく、
見積もった行動が可能になるように、
未来の状況を、作ってしまいます。
自作自演ね。
そうすると、自分の未来の行動だけでなく、
他人の未来の行動をも、左右することにもなりますから、
個人の意志って、
自分の未来を、規定するだけでなく、
他人の未来を、拘束します。
実際、過去の通りの判断を、未来に延長するだけでなく、
手持ちの情報から、未来を類推します。
自分の過去の経験って、ほんの僅(わず)かなの。
手持ちの情報の、ほとんどは、
たくさんの人から仕入れた情報ですから、
過去を、未来に延長すると言うよりも、
みんなの過去から、みんなの未来を作ると言ったほうが、
適切です。
みんなで、みんなの未来を作る手順って、
ヒステリーの人の自我には、不足しています。
だから、物事を変えたり、作ったりする手順が、
頭に浮かばなくなり、
嘘をつくことによって、
意志は、自然の機械的な仕組みを、裏切ろうとします。
嘘って、早い話が、間違いの一種なんです。
みんなの未来を作ることが、
嘘や間違いと言われないのは、
個人の判断や手順でないからです。
意志って、個人の自由と責任の、大切な要件ですけれど、
みんなのっていうところが、
自我や自分っていう機能の、眼目なの。
自我って、みんなの気持ちを実現する機能ですから、
基本的には、白血球に備わった個体の免疫機能のように、
個体に備わった社会の免疫機能と、見ることもできます。
この機能って、自我の特徴のうちの、
境界性と言われています。
具体的には、異物を識別して、攻撃する機能や、
他の個体とのコミュニケーション機能ですけれど、
別の言い方をすると、生殖機能のことです。
その能力が足りないと、
GIDのように、ヒステリーと言われて、
精神の病気の一種とされます。
性的マイノリティなんて言って、喜んでいたのでは、
自我障害ってことになります。
自我とか、自分とかっていう機能には、
時間と意志と責任と、事実の因果関係の認識などの、
自己同一性の機能と、
異物の識別と、コミュニケーションと免疫と生殖などの、
境界性の機能とがあります。
GIDっていう命名は、
同一性のほうに、偏(かたよ)りすぎていますので、
欧米人は、目玉が一つ、壊れていたのかも知れません。
日本人は、真似(まね)をしなくても、結構です。
※ 午前中に、自我の境界性を、
自我の拡張性と、書いていました。
夜に気づいて、書き直しました。
なんとなく、
据わりの悪い気がしていました。
ヤスパースの、
自我の能動性、単一性、
同一性、境界性っていうアレです。
お詫びして、訂正します。
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